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風使イノ選択

 カザークの斡旋所で簡単な報告会が開かれていた。

 各地に派遣された傭兵や、大人数まとまって戦地派遣されていた連中が一通り揃った時期を見計らってたまに開かれるものだが、今回は人数が少なかった。

「相手が悪かった……その報告でどうにかなると思っているのか」

 普段は受付に立っている男が言う。

 それに返すのは帰還した傭兵たちだ。

「仕方ねえよあの白い女が戦域吹き飛ばしやがって、死んだやつはいねえがもう戦えねえのがほとんどだ」

 そうだと頷くのは片腕がなかったり杖をついていたりと、見るからに酷い怪我をしている連中だ。

「噂に聞く白い悪魔か」

「五十階梯でも一方的にやられたらしい」

「いきなり戦場に出てきたかと思やぁ一瞬で全部消えた」

 隅の方で黙っているヴェントも噂には聞いたことがある。とても美しい白い乙女、可憐な容姿に似つかわしくない荒々しい肉弾戦と乱暴な魔術で戦場を蹂躙する悪魔。

「それにあいつだけじゃない。取り巻きの白騎士どもも正規部隊五つぶつけてやっと押さえられるほどだ」

「押さえるっつうか、足止めだったな」

「……この話はひとまず保留としよう。次だが、知っての通りペルソナが行方不明だ。それから、アーヴェとシンティラが死んだ。ヴェント、間違いないな」

「あぁ。目の前で狼の群れにやられたのを見た」

「テメェ見捨てて逃げて来たのか!」

「この大怪我見て見捨てたとか言えるかっ!? 俺だって戦って……ま、アレだよ、ボロ負けして逃げて来たが見捨てた訳じゃない」

「だがよ、そりゃあ」

「静かに! その件に関してはヴェント、分かっているな」

「俺がやった、そういう疑いがあるんだろ? 目撃者無し、状況的には風の魔術で破壊された形。そして生き残りは風使いの俺だけ」

「分かっているならばよい、しばらく仕事はないぞ」

「そうかよ」

「それとあの女だが、これ以上の治癒は無駄と断ずる。数日中に処分屋に引き渡す」

「ちぃとそれ待たねえか? あの子が居なかったら俺は帰って来れてない、それくらい大目にみても」

「ダメだ」

「そーかよ。だったら俺の好きにさせてもらってもいいか」

「不利益を出さないのであれば勝手にしろ。斡旋所からの支援はないぞ」

「構わねーよ」

 大広間から抜けて二階に上がる。

 どこで狂い始めた? いや、もとから崩れる寸前の綱渡りだったか。傭兵なんざいつ死んでも居なくなってもおかしくない。だから入れ込むな、親しくするな、関わりを持つな。自分で決めておきながら破っているじゃないか。

 窓から外を見れば代わり映えのしないいつも通りの街が広がっている。しかし内に目を向ければ、何かと問題を起こすペルソナが居ない、騒がしいシンティラが居ない、気配をまるで感じさせずに脅かしてくるアーヴェが居ない、いちゃもんをつけてくるガラの悪いあいつらも。

 隅の方の倉庫部屋に入れば、ユズリハがうなされている。赤く火照った顔に荒い息、いくら治癒魔術をかけたところで傷が消えるばかりでどんどん苦しそうになり、時の流れに任せて様子を見ようとして数日、悪化するばかりだ。

「ユズリハ、お前の仲間ってどこにいる」

「分か、り……ません」

「情報流したら迎えに来そうなやつらか」

「……来ない、です。足手まといは、要らないって、言ってました」

「そう、か……。俺、ここにはもう居られないかも知れない」

「…………。」

「それでな、さっきユズリハの扱いで処分屋に……たぶん、このままだと魔術試験で殺されるか、具合が良くなっても売春宿に売られる」

「いや……です、そんな」

「だからお前を連れてここを離れようと思う」

「置いて言って、ください。……ヴェントさんなら、ひとりなら」

 どうしてだろうか、この子は自分のことよりも他人のことを優先する。それが敵だとしてもだ。

「悪い」

 ユズリハを起こすと背中と足に手を回して抱える。

「なに、するんです」

「俺って結構ワガママだからな」

 そのまま部屋を出て駆け足で階段を降りる。

 止める者など一人も居やしない、会議中なら受付の人間も引っ込んで入口には休業中の札が掛かる。人目につかずにこのまま逃げてしまえ。どうせ斡旋所は一人のために危険を犯すことはしない。疑いをかけられたならよほどの稼ぎ頭でも無い限りはすぐに切り捨てる。

「どこに……行くんですか」

「城郭都市だ。あそこなら腕のいい治癒術師も大きな医療施設もある」

「いいですよ、わたしのことは放っておいて」

「嫌だね、今度は逆だぞ。俺がお前を助ける」

 斡旋所を出れば見覚えのある狼が寝そべっていた。黒い毛並み、襲ってきた狼たちの中でも動きが違った。おそらくは群れの長だろう。

 目が合って、いきなり襲われるかと思ったが……。

「なんだよ」

 すり寄ってきて足元に体をこすりつけてくる。だがそれは懐いていると言うよりも匂いを擦りつけているようで。

「こら、はなれろ」

 足で押してみても離れては行かず、逃げようにもひとしきり擦りつけた後はしっかりとついてくる。

「なんだよこいつは」

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