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月明カリノ試合

 夜中、結界の張られた中庭にスコールは立っていた。軽装で大振りのナイフを一振り、コレで十分だろうと考えての装備だ。

「おにーさーん――」

 どこからか呑気な声が聞こえ、その瞬間。

「殺すよ」

 気付いたら懐に飛び込まれていた。回避なんて間に合わない、油断していたわけじゃない、気付けなかった。最大の警戒をしていたわけではない、そこまでの実力が無いと判断して気を抜いていた。遊びなんかじゃない、精神状況は戦地にいるときと同じだったのに。

 腹を刺され、しかし真横に振り抜くその動きを封じる。

「えっ」

「もう一回言おうか、確実に殺してから警戒を解け」

 脛を蹴り転倒させる。アーヴェの顔に恐怖が浮かび、スコールは容赦なくナイフを振り下ろす。

 しばらく血を撒き散らしながら、叫び声すら上げることなくのたうち回った。そして動かなくなった。

 一撃叩き込んだら追撃を狙わず離脱、そしてまた一撃加えて離れる。そうして少しずつ削れ、少しでも欲を出せばそこを狙って反撃に繋がる。

 スコールは杖を抱えたまま怯えているシンティラに向き直る。

「味方ごと焼き払え、それが出来ないのなら、魔術師は役に立たない」

 どのみち生かしておく理由がない。カネにならないのなら処分するまで、発散のために手元に置いておくような余裕もないしどこかの所属ならバレる前に口を封じてしまった方が安全だ。その相手が年端も行かない女だろうが、彼にとっては手心を加える枷にはなり得ない。傭兵ならば自ら望んで危険を選んだと言うことだ。

 相応の覚悟は持っていて貰わないと困る。

「生きたければ力を示せ」

 ナイフを向けると彼女は怯え後ろに下がり、壁にぶつかる。

 逃げられない、戦わないと殺される。でも勝てる可能性は微塵もない。

「いや……こんなの、やだ!」

 火の玉が飛んで来た。プロミネンスの連中が飛ばすような、まるで太陽のような火炎弾比べれば可愛いものだ。当たっても精々が軽い火傷程度だろうと思える。しかも目で追えるほどに遅い。

「その程度か、つまらん」

 祓い飛ばすかと、破邪の力を手に纏わせ飛んで来た火の玉に触れた。その瞬間に真上から別の火炎が降った。

「それがどうした――」

 注意を引きつけ別の方向から不意の一撃を、その程度は想定の内だ。火の玉を祓ったその動きで火炎に触れた。手が、服が焼け焦げる。

 魔術にしてはおかしい、干渉が上手くいってない。

 片腕を焼かれながらナイフを投げると展開された障壁が妙に揺らぎ、ナイフを弾かずに通してしまう。

「これは」

 降り注ぐ火炎から逃れると、またも火の玉が飛んでくる。しかし今度は目で追えるが速い。祓い飛ばしてやろうとするが、妙に揺らいだかと思えば接触の寸前で炸裂し吹き飛ばされる。

 木箱の山にぶち当たり派手に打ち壊す。

「おぁっ!」

 積み重ねられていた上の木箱が降ってくる。咄嗟に腕で顔を庇うが、これは痛いで済ませられるほどじゃない。

 おかしい、魔術の条件設定に時限式はあるがあの程度の魔術師が使いこなせる訳がない。わざわざそんなものを使いくらいな接触起爆を使うのが普通だ。

「っ……クソ」

 幸い空箱だったのが良かった、空でもかなり重たいが蹴ってどかせる。

 なんとかして抜け出せばもうそこに彼女の姿はなく、動かないアーヴェが転がるだけだ。警備兵には逃げるようならそのままにしておけと言ってある。どうせ殺せなければ厄介な相手、娼館の兵程度では相手にならない。

「なんだあの魔術は」

 不安定と言うか、定着が早すぎる。魔術で起こした炎は魔術で打ち消せるが、その炎が燃え移ればそれは物理現象だ。力の源を奪ってやれば基本は霧散させられる、しかしさっきのは発動と同時に物理現象と化しながら向かってきているようなものだった。

 中途半端な魔術……よほどのド下手でもなければ使えない。

「はぁ……まあ、仕方ないか」

 後始末を警備兵に任せ、空に飛び上がる。

 冷えた空気が気持ちいい。さっきのは準備運動にもならなかったが、今度は少し体が温まる程度の運動にはなるだろうかと期待しながら、手ぶらで北門に向かっていく。




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