トアル日ノ戦場
カザーク。
自由人の集いとも呼ばれる傭兵斡旋所。国の縛りに囚われず、世界あちこちに傭兵を派遣する組織。その所属は子供から老人まで多岐に亘る。
「それで?」
青年がそう問いかける。
ここは戦場。コンコルディア大陸・中央にある二つの国、セントラとセンタクスの領土争いだ。もとは同じ国であったが袂を分かってからは双方がその場所を、神殿を巡っての争いが絶えない。
此度、セントラが神殿を治める中、センタクスが侵攻する形で幕を開けた幾度目かの神殿戦。
多数の傭兵を雇い、自国から派遣した兵士と合わせて神殿へと繋がる道すべてに防衛線を展開するセントラ。その中にはカザーク所属の傭兵部隊もいた。唯一、そこだけが装備も年齢も性別も統一されていない。遠くから見ても分かる、彼らはカザークの傭兵なのだと。実力もまばらだ、下級兵にも及ばない者がいれば一人で数十人を相手取れる猛者まで。
「すごい防御陣形だねぇ……攻めるのが大変そうだ」
崖の上で、彼は苛烈な攻めを受けている仲間を眺めながら、悠長に語る隊長の言葉を聞いていた。
「死体の山で壁が出来てるが」
「君の仲間はずいぶんと腕がいい」
「カザークの連中は戦闘慣れしてるからな」
ただ一カ所だけが持ちこたえ、他は防衛を遅滞防御に切り替えて後退していた。
「このままいくと、押してるようでセンタクスは攻め落とせずに撤退……。セントラには多大な被害、こちらも同じ。それじゃあ面白くない」
「だろうな。それで早々にセンタクスの騎士様をぶつけるか、あの程度じゃカザークは押し返すぞ」
「そのための君だ。正面突破、できるだろう?」
「報酬分の働きはしよう」
「それじゃあ頼むよ、カザークの傭兵」
センタクスの陣営の中でそう指示を受けたカザークの傭兵は、戦況を今一度確かめる。
攻め手側のセンタクスよりも防ぎ手側のセントラが多い。兵数の差はおそらく三倍。兵科も当然センタクスが豊富に揃え輜重隊も複数。囲んでどうこうなどはまず不可能、増援を待つならばセンタクスが防衛陣形を解いて包囲に掛かってくるだろう。当然その先鋒は傭兵部隊、戦いになったところで動きが予測しづらく苦戦は必至だ。
なぜここまで不利なのに攻めることが出来ているのか、それは単独で戦況を塗り替える戦力を用意しているからだ。
「契約内容には敵兵の扱いが書かれていないが」
「扱い?」
「殺すのか、生かしたまま動けなくするのか、なるべく損傷を与えずに無力化するのか」
「防衛線を食い破ってくれるのなら、好きにしてくれていい。他はどうするのか知らないけど、君の仲間だろう? あれは」
「身内の殺し合いはよくあることだ」
「おやおや傭兵ってのは」
「それで、どこまでやればいい。あの程度なら一直線に食い破ってもいいが、手柄立てすぎると不味いんだろ」
国の兵士が死ぬのは民から批判が上がる。だから政治家は死んでも正規の兵に数えられない傭兵を前面に押し出す。しかしそれで傭兵が手柄を上げるとそれはそれでまた批判の対象。
「だねぇ。だから適当なところで下がってくれたらそれでいいよ」
「つまり自己判断に任せると……やりにくいな」
「まあそう言わないでよペルソナ」
名を呼ばれた傭兵は露骨に嫌そうな表情をして、部隊長を見上げる。
「気安く名を呼ぶな」
「まあまあ、よく分かってる君みたいな傭兵は使いやすいからまた一緒になるかもね」
「偉そうに指揮ばっかりしてなかったらな」
「ちょっとは会話を続けようとしなよ」
「だったら契約書に書いとけ、愛想よく付き合えって」
はぁ、とため息を漏らして部隊長はそれ以上を続けようとせず、切り替えた。
「単独でセントラの騎士団を壊滅させたという噂、真実をここで見せてくれないか」
「あれは向こうが手柄を上げるなと言わなかったから……あれだ、センタクスの守備隊一人で潰した後に襲ってきて」
「……分かった、さっき言ったとおりでやってくれ」
「報酬金は契約書にあるとおりに渡せ」
ペルソナは背中の三尺刀に手を回し、鍔を固定している紐を引いて解く。背負ったままで抜刀など出来やしないが、鞘に回り継手を付け紐で肩に掛けることで抜刀・納刀の時だけ引っ張って腰の位置まで下ろすことで可能としている。
周囲からは使いづらそうなどと言われ、実際使う連中はごく一部の地方でたまに見る程度だ。
「刀っていうんだっけ、それ」
「五人斬ったらあとは打撃だ」
正しく振るえば鉄の鎧だろうが軽装甲程度までなら切断できるが、切れ味はすぐに落ちていく。一回の戦争で何十人も斬るというのは……最後の方はぼろぼろになった刃で叩き斬るようになる。途中で剣を弾いたりすればなおのこと武器としての寿命が縮んでいく。
「介入を開始する」
しゃがんだ状態から崖から飛び降りる。
「ちょっ! ここは」
部隊長が手を伸ばす。ここは崖の上……真下は断崖絶壁ではなく手も足も掛ける場所がない反り返った崖。
「おぉ……着地してすぐ動くのかい」
結構いい音が聞こえてきたが、ペルソナは着地して転がった後すぐに立ち上がって走り始めた。
崖の上からどういう動きをするのか追っていく。おそらく仲間であるカザークの傭兵は避けていくだろうと、そう予測していたが防衛線の突出しているところ、カザークの傭兵が陣を敷くその場所に突っ込んで勢いそのままに抜刀せずに鞘を振るって弾き飛ばし、体勢を立て直す前に次々と攻撃して動けなくしていく。
「おやおや……通った後は嵐の道かい」
その後、ペルソナが切り開いた道をセンタクスの兵士たちが突き進み戦局は一気に動いた。