第一話 プロローグ
初投稿です。
ああ、今日は最悪の日だ。
「ザック!あぁクソ!どこに隠れた!?オーリンは二階、ザックは台所と庭を探せ!」
保安官の怒声が響いた。どうやら巻けたようだ。
酸欠と貧血と体への強い衝撃で黒くぼやけた視界が元に戻っていくと同時に、助かった。と声にならない声が思わずこぼれる。
それにしても必死で滑り込んだ洋服ダンスに落とし戸があるとは驚いた。無理矢理作られた隠し部屋なのだろうか、中は思ったよりも広く、当然のように全面が土で覆われていて、所々にはみ出した木の根が長い時が流れているのを感じさせる。
ドタドタと上の方で俺を必死で探しているらしい音が聞こえるが、もう恐るるに足らず。わざわざタンスの中に入って調べる人間もいないだろう。切り替えて次にここから出る方法を探そう。
さっきオーリンだとかいう新米保安官に警棒で殴られた右足を引きずりながら進む。あの野郎が力任せに振り回すもんだから対応しきれなかった。隙をみてパクれた拳銃が唯一の奴らへの応酬か。クソ。
それにしてもなんでここの盗みがバレたのだろうか。どうせ濡れ鼠のアップか、こそ泥ジムが褒賞金目当てでやったんだろう。今すぐにでも奴らの元に行って殺してやりたい。完璧な計画になるはずだったのに。
ここはかの有名な悪徳医師のサカモトの別荘。自分が希少な医師であることを逆手にとった法外な薬代や診療代で建てた大豪邸は、義賊モドキを目指している俺にとっては格好の獲物だった。これも全て生ける伝説の義賊、「忍buzz」に近づくため。あんな派手なだけのヤツが世に認められるなんて許せない。…まあ、別にヤツみたいにSNSでバズりたいわけじゃないし、金は全部俺のものになるわけだが…咎める人間などいないだろう。それにしてもここはなんだ?…裏金でも隠してるのか?それともなにかまた別のヤバ目のモノでも隠してるのか?だとしたら相当運がいいな…義賊っぽいことできんじゃないか?
しばらくまっすぐ歩くと、少し開けた場所に出た。ここまで歩いてきた距離を考えると物凄い広さの地下だ。これはきな臭い事に手を突っ込んでいるのは間違いないだろう。少なくとも、目の前にある異様な光景はそれを証明している。メタリックなテーブルの上に大量のビンと試験に使うであろう器具が大量に並べられている。ビンの中は様々な色の液体が入っており、その1つ1つには「成功」だの「転化」だのと付箋が貼られている。「転化」したらしいビンの中身は固体か液体なのかわからない物体が安定しない形状で蠢いている。…この筋には全くといっていいほど知識は皆無だからなんともいえないが、「素人目に見てもやばいモノ」であるのは間違いはないだろう。さあ、写真でも撮ってさっさと金目の物を奪って帰ろう。
「やあ、ドロボウ君。お目当てのモノは見つかったかな?」
ぬかった。即座に新米保安官から盗った拳銃を構えて対抗するが、声の主の方が一枚上手だった。白い鞭のような何かが勢いよく振られ、拳銃が宙を舞う。が、鞭使いごときが俺をナメてもらっては困るな。拳銃と一緒に取り出していたカランビットナイフを構え、体勢低めに急接近する。ガスマスクと中性的な声。もしかしたらサカモトのお抱えガードマンか?俺が武装解除に対応していた事に驚いているらしい。奴の咄嗟の横振りを避けた。さあ、俺の勝ちだ。
「いやあ惜しい。」
突然の背中への衝撃。鞭だ。そのまま体が地面に崩れ落ちる。いや、そんなはずはない。さっき奴は力任せな横振りを空振った。それにこの距離、まともに鞭を振れる訳がない。何故だ?鞭を二本持ってでもいたのか?そんな…
「なるほどねぇ…鞭使いには接近戦か。熟れてるねぇ。君の名前は?」
KY仮面野郎は倒れた俺の周りをぐるぐると歩き始めた。背骨をやられたらしく、もう動けない。
「お察しするよその心中。でも、迂闊なのはいけないなぁ。この世の中には君の知らないような出来事や物がたくさんあるんだ。例えば、そこのエレメントであったり…ああ、この鞭もそうだね。…えい!」
仮面野郎は持っていた鞭を地面に打ち付けると、強烈な風圧で周りの土が弾けるように飛んだ。俺も情けなく吹き転がされる。
「おっと。加減するべきだったね。ごめんごめん。この鞭は空振った際の余剰エレメントを自在に操る事が出来るんだ。君の背中に命中したのは横振りしたときのエレメント。これの開発にはどれだけキャンバスを使ったことか。これはね…」
侵入者に対して上機嫌で機密情報を話す辺り、こいつは俺を生きて返す気はないようだ。それにこいつはガードマンなんかじゃない。偉いお医者さんは戦闘も一流なのか。いい趣味してらっしゃる。
「…講釈はもう十分だ。…早く殺せよ。サカモト。」
彼の言葉を遮るように言う。サカモトはガスマスクの奥の表情が安易に読み取れるような「がっかり」のジェスチャーをわざとらしくする。癪にさわるやつだ。
「そう、残念。…そういや、僕は殺しはしないよ?君には僕のキャンバスになってほしいだけなんだ。で、名前は?」
「実験台か。なら早く終わらせてくれ。あんなもの見せられた後なんだ。あと名前はザックだ。すぐ忘れてくれ。」
職業柄、社会的にも肉体的にも死ぬ可能性があるから覚悟はしていたが、まさかこんな最悪の日に自分に死が訪れるなんて思いもしなかった。体が強張る。
「わかった。早く終わらせよう。僕も忙しいんだ。」
満身創痍になった俺を重そうに担ぎ上げ、そのまま拘束具つきの実験台に横たわらせた。そして実験台に備え付けてあった何やら怪しい機械や、さっきのエレメントのビンを実に愉快そうに準備し始めた。エレメントを機械の中に流し込み、微調整でもしているのだろう。ノートパソコンのキーボードを叩いている。
「君は優秀な人間だ。ここに迷い込んだ運、私の鞭に対して最善策である対応をした判断力。そしてなにより!いつ死んでもいいという潔さ!…この3つを兼ねそろえた君は間違いなく私の「アルカディア」への布石になる!ありがとう。本当にありがとう!」
死への緊張でめったにされない感謝も耳に入らない。死ねるなら早く死にたい。思わず大声で言った
「サカモト。いいから早く殺してくれ。気が変わらないうちにしてくれなきゃ、お前の求めてた条件1つ、無くなるぞ。」
「あぁそれはいけないなぁ。でも、その少しの気の迷いも私は評価できるね。完璧とは決して欠陥の無いものとは言えない。私はそう信じている。あ、あと、僕はサカモトじゃないよ?僕は…」
サカモトではない謎の人物がガスマスクを取る。その瞬間、途端に視界が朦朧とし始めた。どうやら拘束具に微細な注射針があったらしい。
「おっと。どうやら成功したみたいだけど……転化?いや、そんなはずない。」
体が徐々にふわふわと浮いていくような感覚に襲われる。まるで自分の魂がこの体を離れて、新たに別の魂が入ってくるような、そんな感覚。
ああ、何もかもどうでも良くなってきた。このまま死ねるなら本望だ。実験台として喜んでエレメントに身を委ねよう。視界は完全にホワイトアウトし、無の世界が一面に広がる。俺はそれを境に、考えることをやめた。
『 』
『 』
『…!…ク!』
声だ。
『ザック!僕の手を掴んで!早く!』
頭の中で自分の声がこだまする。いや、実際は俺の幻想なのかもしれない。鬼気迫る語気だ。何も出来ずに意識が溶け落ちていくなか、俺は何も考えずにどこにも無いはずの手を伸ばしていた。ゆっくりと、確実に。
手は掴まれた。透明ではあったが、その手はしっかりとそこにある手を掴んでいた。
白い世界に閃光が迸る。
ザック=バンディム。 20XX年11月24日、サカモト氏別荘にて失踪。
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