人かそれ以外か
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クルクスにある大型炉心が全部で何基あるのかは知らないけど、今向かっているのはその中で一番大きく一番古い物、昔そう教わった覚えがある、場所としてはクルクスの北門の近く、丁度バスが出てるみたいだからそれに乗って途中まで、そこからは通りに沿って歩いていけば着いた筈。
早朝だからかまだ人通りは少ない、少ないとはいえ見掛けた全員から怪訝な目を向けられている、クルクスに竜人がいるんだから仕方ないとは割り切る、ビバさんも特に気にしていないみたいだ。
「壁の上って魔動機かなんか置いてある?」
「嵐対策のがあった筈ですよ、兆候があるって言ってたんで何か準備してるんじゃないです?」
「……じゃああんな規模にもなるか」
高い壁を見上げながらそんな話をしつつ目的の場所に着いた、炉心があるにしてはあまりにも質素というか簡素な小屋、入口の横には『クルクス第一炉心』と看板が掛けられている。
「遺跡転用してんのね、なるほど」
「ここからで何か分かります?」
「あんまり変化無いかな、中を調べてみないと」
素直に事情を話した所で調べさせてくれないだろう、何にしても話してみない事には始まらない。
試しに扉を叩いてみると少しして扉の一部が横に開いて低い男の声が聞こえた。
「……どちら様で?」
「すみません、炉心巡りをしてるんですが中の見学とか可能でしょうか?」
視線だけでも私たちを怪しんでいるのは分かる、私の後ろ……ビバさんに一度視線を向けると
「後ろのは駄目だ、あんただけならルールを守ってもらうなら構わない」
「ではそうしましょう」
かなり癪だけどそもそも入れてもらえるだけで十分、ビバさんも一緒なら上々だったけどわざわざ反発的な態度を取る必要もないだろう。
話がまとまった所でビバさんは私の背中に一度触れると何も言わず、壁に背を向け座り込んだ。
その様子を確認してか、鍵を外すような音が何度か聞こえた後に扉が開いた、私より少し背の低い男、ビバさんの方には見向きもせず、中に入るように促す。
中の様子は一ヵ所を除いて外観から想像出来る物だった、さっきまで事務作業していただろう机、壁に観光客用らしい資料が並べられていて年代を感じさせる、除いた一ヵ所は明らかに異質な金属製の地下に続く階段、ここが遺跡の入口だろう。
「他の炉心はもう見たのか?」
「いえ、折角なんで順番に見て回ろうと思ってて、ここが一番古いんですよね?」
「あぁその通り、ここはクルクスの中で最も歴史ある場所だ、ここからこの街が始まったと言ってもいい、それでルールについてなんだがそこに書いてある通りだ、一番重要なのは具合が悪くなったらすぐに言うことだ、換気とか魔力とかそんなので具合悪くする事があるからな」
さっきまでの敵対的な様子はもう消えていて、口調からは親しみやすさを感じる。
指差した場所に書かれていたルールは非常時には係員の指示に従うだとか決められた場所以外での飲食禁止だとか一人で動き回らないだとか、それぞれに分かりやすくデフォルメされた絵までついていて子供に向けた物のように思える。
「子供も来るんですか?」
「学校の授業とかでな、姉さんみたいに他所から観光で来るってのは稀だな、わざわざこんな所まで来ねえから、階段を下りた所にデカイのがいるからそいつにこれ見せたら案内してくれる筈だ、そこから少し歩く事になるが文句言わないでくれよ、言うんなら昔の人に言ってくれ、じゃあ楽しんでいってくれ」
そういって机の上にあったパンフレットを私に手渡すと爽やかな笑顔で見送る、さっさと済ませよう。
金属製の床、壁、天井、階段を降りる度に金属音がよく響く、遺跡の雰囲気自体は私の知っている物とそう変わらない。
当たり前だけどちゃんと明かりも付いてる、周りと雰囲気は近付けているみたいだけど後から付けた物だろう、本来の明かりは天井で光っていないままだ。
階段を早足に降り切ると足音でそろそろ来るのが分かっていたのか、正面の部屋から厚着をした男が扉を潜るようにして出てきた、聞いていた通りの大男だ。
「すみません、炉心の見学にきたんですが」
そう言いながらパンフレットを見せると
「炉心だけでいいのかい?食堂跡とか保管庫とか居住区とか他の所の案内も出来るが」
「時間も無いので今回は炉心だけで、お気遣いありがとうございます、私みたいなのって他に来ることあるんですか?」
「子供はたまに来るんだが大人ってなると滅多に来ねえな、歴史はあるが逆に言えばそれしかない、上の奴はこの仕事を自慢に思ってるが別段目新しいもんでもねえし立地も悪いし……愚痴っぽくなっちまって良くねえな、じゃあ着いてきてくれ、勝手に動き回らないでくれよ、迷子になったら大変だからな」
少なくとも大人が来たのは久しぶりらしい、となると可能性があるとすれば内部犯……なのだが口振りからして上の人は関わってなさそうな印象だ。
原因があるとすれば炉心だろう、何か異常があるようなら近付けば何か分かる筈、魔力に注意しながら男の後ろを歩く、途中で何か説明してくれてたみたいだけどあまり聞けてない。
ここの歴史だとか、他の炉心の事だとか、昔習った事があるような内容の話だったと思う。
「ここが炉心の安置室、大丈夫か?他に気になる事がある感じだったが」
「いえ、お気になさらず、大した事じゃないので」
ここに来るまでにいくつか部屋を通り過ぎたけど、そのどれと比べても頑丈で重厚な扉、扉の中央に丸い覗き窓がついていてそこから中の様子を見る事が出来るようだ。
「中には入れない決まりなんだ、そこの窓から見るので我慢してくれな」
「見るだけでも十分ですよ」
少し低い位置にある覗き窓に顔を近付け部屋の中を覗く。
部屋の中は吹き抜けになっていてこの扉があるのは二階に相当する部分、下の部屋には小屋ほどの大きさの箱がいくつも並べられていた、壁や床には配管が通っていて途中で一つに纏められて部屋の外に続いているようだ。
一旦目を閉じ、集中して改めて部屋の中を覗く、部屋の中は薄い青色の魔力で、炉心に近付くにつれてだんだんと濃くなっている。
それだけ確認し終えるとすぐに目を閉じ一度深呼吸、目で見ようとすると流石に疲れる、今度はそのまま意識を外側に向け集中する。
部屋の中に入れればいいけど遮断されていて入れない、どこかに隙間でも無いか探ってみたけど見つからない。
周囲の魔力に違和感は無い……事はない、とはいえこれはビバさんの魔力だ、通ってきた道に沿って微かに残っている、ビバさんが何か探ろうとしているのは分かる、私の方でもやってはいるけど手応えはない。
……不意にビバさんの魔力が動きを止めた、さっきまでと明らかに様子が違う、魔力に作用するような何かは感じられない、そのまましばらく動きを止めていたかと思うと掻き消えた。
「……すみません、急用を思い出したのでここで、案内ありがとうございました」
「ん?もういいのか……って、あ?」
言うだけ言って来た道を戻る、強く床を蹴って止まること無く最速で。
何も無いならそれがいい、何かあったとしても対応出来ない人じゃないしどう対応するべきかも分かってる人だ、それでも急いだ方がいい、何かあった時ビバさん一人だとどうなるか分からない。
-2-
通路を駆け抜け階段を二歩で登りきると小屋にいた人は普段通り……というよりは意図的に小屋の外で起きてる事に関わらないように作業をしているのが分かった。
小屋の外からは男の怒鳴り声が聞こえてくる、内容は正直聞き取れない、少なくとも冷静でないのは分かる。
会釈の後、急いで外に出ると若い男が一人、ビバさんに掴み掛かっていた、ビバさんの方から手は出していないようだ。
遠巻きには何人かが足を止め騒ぎを見物している、何となく状況は理解出来た、急いで間に割って入りビバさんから引き剥がす。
「────!?────!!」
何を言ってるのかは分からないけど、古いクルクス語でそれが強い罵倒の意味を持ってるのは分かった、昔似たような言葉を至上主義者に言われた事がある、わざわざそんな言葉を使うってだけでどういう人間なのかは察しがつく。
「どうか穏やかにお願いします」
「バケモンの肩持つたぁどういうつもりだ、あぁ!?」
「私にとってはそうではないので」
「ふざけた事抜かしてんじゃ……!」
私に向けようとしていた腕を掴んで自分自身に向けさせる、そのまま呆気に取られたようにしばらく固まっていると諦めたようで、私の手を乱暴に振り払い悪態をつきながら納得の行かない様子でこの場を去っていった。
「怪我してないですか?」
「怪我しそうにはなったけどまぁ大丈夫、クルクスってあんなのばっかなの?」
呆れ気味にあんな、と言われてもこの街でそういう面を見てこなかった私からは何とも言えない、いきなり掴み掛かってくるようなのはそういないと思いたい。
「それで、何か分かりました?こっちは外部からの人の出入りがほとんど無かったぐらいです」
「邪魔されたけど何となくは分かったよ、どうやったのかは分からないけど炉心に何か細工されてるのは間違いない、調べるべき場所もおおよそ検討はついたけど今の私たちがこれ以上調べるってなると難しいだろうね」
おおよその検討がついたのならビバさんの言うように調査さえ出来れば何とかなるだろう。
問題はそもそもそれが出来そうに無い事、冒険者が認知されてるならともかくここではただの仕事ついでに観光に来た二人組にしか見られない。
それにビバさんと一緒に動くとなると目立つのは避けられない、その上で怪しい動きをすれば最悪捕まる、私はともかくビバさんがそうなるのは間違いなく面倒事になる。
私だけだったとしても炉心を調べさせてくれ、なんて頼みが通る訳もない、この事を伝えようにも信用が無い、伝えたところで取り合ってくれるか怪しい所だ。
……さっきの騒ぎで人が集まり始めた、面倒なことになる前に離れた方が良さそうだ、ビバさんに目配せだけして足早にここから離れる。
「これからどうします?調べられる所はあまり無さそうですけど」
「あの口振りだと何か起こすような感じだったし、変化があるまで様子見するしか無いかな……一旦戻って途中で目ぼしい所があったら調べてみよう」
私たちが何かする義理は無いにせよ、分かった所で何もできないのはもどかしい。
相変わらず雨の降りそうな曇り空、それでも来た時に比べて人通りも増えてきた、それに伴って向けられる視線も増えている、さっきまで立ち話していた筈の人たちは気付くなり口を噤み怪訝な視線を向ける、子供と一緒に散歩していた母親は子供の目に入らないように不自然に歩き方を変える、向かい側から歩いてきた男は大袈裟に避けすれ違い様に悪態を吐いた、相変わらずビバさんは気にしていない、というよりは他の事に気を回しているようだ。
……いい気分じゃない。
そうやって宿に戻っている途中、不意に遠くから誰かの叫び声が聞こえてきた、ここからそう遠くない子供の声、助けを求めるように何度も繰り返し叫んでいる。
「…か!……いま…せんか!……が!忌み子が……んです!」
何を言っているのか全部聞き取れた訳じゃない、ただ一言だけ聞き取れた、ビバさんに目配せするとお互い声のする方へ走り出す。
『忌み子』、ティルと一緒にいる筈のもう一人、それならティルは、母さんはこの街にいる?。




