優しい世界
-1-
「お昼ご飯の準備してくるよ、アカメちゃんはテイルスちゃんと一緒にいる?」
「うん!」
「嬉しいからってあんまりはしゃがないようにね、アカメちゃんも病み上がりみたいなもんなんだから」
アカメが元気よく答えるとひらひらと手を振りながら部屋から出ていった、扉が閉じると一度息を吐き気持ちを切り替える。
「何があったか分かる?」
あの異形に襲われて、アカメだけでも逃がそうとしてからの記憶がない。
状況から分かるのはルシアに助けられたらしい事だけか、過去に何をしていたのかはともかく敵意のような物は感じなかった。
「私もしらないんだ、気がついたらベッドにいて……すっごく心配してたんだよ?もう、ずっとおきないんじゃないかって、ずっと不安で……」
思い出して泣きそうになるのを堪えながらも言葉を続ける、あの時はそうするしか思い付かなかったとはいえ随分と無理をした。
「だからね、テイルスがおきてるのをみたとき、本当にうれしかったの!」
面と向かってアカメにそう言われると少し照れ臭くて顔を逸らしてしまう。
「私、どれぐらい眠ってた?」
「えっとねー……」
話題を変えるためにも私がそう聞くと思い出すように視線を上に向け、指を順に折って数えている、指を三度折った後、少しだけ自信無さげに自分の手を見、首を傾げると
「多分、三日かな……?」
「多分?」
「うん、私がおきて、今日で三日目!それより前の事はわかんない!」
少なくとも三日、もしくはそれ以上、何があったのかはルシア本人に聞かなければ分からないだろう、説明することが色々あると言っていた、聞けば答えてくれるだろうか?
何かを取り繕っている、なぜそんな印象を受けたのかは分からない、少なくとも村一つの人間を皆殺しにした元凶とはとても思えなかった。
あの村の状況を見るにあれは随分昔に起きた事だと思っていたが、その割に容姿がほとんど変わっていないのも気掛かりではある。
長命の種族がいるのは知っているが、ルシアの容姿の特徴はそのどれにも当てはまらない、単に若く見えるだけかも知れない。
「テイルス、さっきからむずかしい顔してるよ?」
「そんなに?」
「うん、こんなの」
目を僅かに細めて少し険しそうな顔をするが微妙に出来ていない、もしかしてこれは私の真似なんだろうか、そもそも顔に出していたつもりは無いが、アカメにはそう見えていたんだろう。
「似てない」
「えー、私テイルスの真似自信あるよ?えっとね、これはねー、ご飯がおいしい時のテイルス」
改めてすん、と顔から表情が抜けるとアカメの尻尾が大きく左右に揺れる、布団と尻尾が擦れる音がよく聞こえる、少し誇張されている気がする。
もう隠すのを諦めていたが、改めて見てみるとそんなに大きく揺らしているのだろうか?
「そこまでやってない」
「えー?それじゃあこれぐらい?」
少し尻尾の振り幅が小さくなったがそれでも大きく揺れている、話していると急に腹が鳴った、眠っていた間何も食っていないのだから当たり前か。
分からない事は多い、ただそれでも分かるのは
「……とりあえず、無事でよかった」
「うん!」
それからはアカメと他愛の無い話をしていた、なんてことの無い、くだらない話ばかりだったがこうやって話していると二人とも無事だったのだと再認識する。
分からない事は多い、ただ今はこれでいいだろう。
-2-
「おまたせー、ちょっと物足りないかもしれないけどおかわりもあるからね」
盆に乗せた皿と食器を机の上に並べ始めるが、不意に手が止まり
「……好き嫌いとか大丈夫だった?」
「うん!テイルスはないもんね?」
「ん」
何故か嬉しそうに答えながらアカメが机に向かう、強いて言えば不味い物は嫌いだが、わざわざ言う必要もない、ベッドから立ち上がるとアカメの隣に座る。
人の姿でいる事が増えてからは食事のせいで姿がばれそうになった事が何度かあった、毒になる物を避けて食べていたら疑われたのだから堪ったものではない。
それに私には毒である物を美味そうに食べるのだから気に入らない、わざわざ食べられるように体の作り方から変えた程だ。
改めて机の上を見ると焼き上げたばかりの芳ばしい匂いのする細長いパン、湯気の立ったスープがそれぞれ二人分、スープには大きめに刻まれた何かの野菜の葉が浮かんでいる。
美味そうな匂いだ、空腹も相まって普段の何倍も美味そうに感じる、毒でも入っていないかと一瞬疑ったが何かあるならとっくにされている、警戒するだけ無駄か。
匙で掬うと主張するように湯気が昇る、そのまま口に入れると舌を火傷しかねない。
「ふ、ふ、あむ……」
短く息を吐いて少し冷ましてから口に運ぶ。
濃すぎず、かといって薄すぎず、スープを飲み込むと鼻の奥から抜けていく僅かな辛みが癖になりそうだ。
さっきまで冷えきっていた体が内側からじんわりと暖かくなっていくのを感じる、空っぽだった腹が満たされていく何とも言えない満足感、暖かさが身に染みる。
今度は浮かんでいた野菜を掬い口に放り込む、噛むと少し水気のあるしゃくしゃくとした音が聞こえてくる。
野菜の味は薄味で食感だけだがむしろそれがいい、スープの味がよく染みていてスープそのものを食べているようでなかなか美味い。
味は満足だが、スープだけでは腹は膨れない。
もう二口ほどスープに口をつけ、腹が十分に温まった所で一口大にパンを千切る。
驚くほど柔らかい、そして焼き立てなのかほんのり温かい、一口大に千切ると切れ口から中に籠っていた湯気が溢れてきた。
よく焼けた小麦の匂いとほんのりと香るバターの匂い、匂いだけでも既に美味そうだ。
そのまま口に放り込むと少し塩気がある、しかし単純な味かと思って噛んでいると濃厚な味わい深さがある、噛むほどに塩気の中に隠れていた微かな甘さがじんわりと広がってきて口の中を満たす。
名残惜しいが飲み込むとスープで無理やり押し流す。
「……ふぅ」
久しぶりに食べる飯に思わず嘆息が漏れてしまう、それが美味いのだから尚更だ。
「あはは、そこまで美味しそうに食べられると私も嬉しいよ」
「あのね、テイルスっておいしいのたべてるとこんな風に尻尾がゆれるんだよ!」
さっき私に見せたように、アカメが大袈裟に尻尾を揺らすとぶんぶんと空を切る音が聞こえる。
「そんなにやってない」
「んー……同じぐらいじゃないかな?」
私とアカメを交互に見比べると困ったように首を傾げる。
そんなにやってないと思うが、念のため自分のを見てみると相も変わらず大きく揺れていた、正直アカメよりも振り幅が大きいような気もする……気にせず、目の前の食事に集中する。
「さてと……食べながらでいいから聞いてね」
言われた通り、手は止めずにルシアの話を聞いておく。
「アカメちゃんには改めてになるんだけど、ここは私の家、二人が倒れてるのを見つけてここで治療してたんだ、体の調子は大丈夫?」
そう言われて改めて自分の体の調子を確かめてみるが、痛む所も無ければ違和感を覚えるような所もない、腹が減っている以外には問題はない。
「大丈夫」
「ん、それは良かった、でもしばらくは大人しくしててね」
「外であそんだりしちゃだめ?」
アカメの質問には困ったように頬を掻きながら僅かに視線を逸らす。
「何て言ったらいいのかな……治ったばっかりの時って色々気を付けないといけないから……普段通りに過ごす分には問題ないんだけど、あんまり動き回るようなのはしない方がいいかな、家の外に出て遊んだり走り回ったりしちゃ絶対駄目だからね、分かった?」
念押しするようにそう言うとパンを口に咥えたままのアカメが小さく頷く。
「うん、素直でよろしい、外で遊べないのは退屈かもしれないけど我慢してね」
「ふぁーい」
「おかわりある?」
「あ、うん、ちょっと待っててね、すぐ持ってくるから」
-3-
「……ふぅ」
料理が美味いのもあったが空腹も相まってあれから二度もおかわりした、おかげで動く気力が湧かなくなる程度に腹は膨れた。
ルシアは片付けで部屋を出ていった、これからどうしようか考えていると、不意に家の中に間延びした高い音が響いた。
「誰かきたのかな?」
扉の方へ視線を向けながら少し気になる様子でそう言う。
「見に行く?」
「うん!」
半ばアカメに引っ張られながらばたばたと部屋を出、廊下を走り抜け、階段を駆け下りるとこの家の玄関らしい所に着いた、大柄の男とルシアが何か話していたようだ。
「あ、おじちゃん、私とおんなじだ!」
その姿を見てアカメが嬉しそうに駆け寄るがその様子に既視感がある、がどこで見たんだったか。
黒い鱗の尾に黒い髪、片側の欠けた左右非対称の角が額から後ろに向かって伸びている、表情から感情が見えないせいで何を考えているのか分からない、アカメと同じ竜人という奴だろう。
「こんにちは!」
「実際歳は重ねてるがおじちゃんは納得しかねる」
「うん、元気でよろしい、この人はニール、私が色々お世話になってる人、別におじちゃんでも大丈夫だよ」
「……今日は頼まれていた荷物を届けに来ただけだ」
「いつもごめんね、来るだけでも大変なのに」
呆れたのか、諦めたのか、少なくともそれは読み取れた、改めてよく見ると足元に大きな箱がいくつか置いてあった。
「わぁ、おじちゃんがかってきてくれたの?」
アカメの言葉に露骨に不機嫌そうな態度を見せるとルシアに宥められていた。
「お願いして色々買ってきてもらったんだよ、開けてもいいよ」
そう言われるとアカメは楽しそうに箱を開け、その中から一つ取り出して自分の前で掲げた。
私が着ていたような服、大きさから見て多分アカメ用の物、箱に近付き横から箱の中を覗いてみると他にも入っているようだ。
ブラシ……毛先が柔らかいものと硬そうなもの、硬そうな方は大きい物と小さい物の二つある、それから大きく薄い本、肌着の類い、替えの服……他にも色々入っているが大体の物は二つずつ入っている、私とアカメ用だろうか。
「あ、これ、すっごくいいやつだ!」
がさがさと箱を掘り返していたアカメが分厚い紙の束と変わった質感の布を拾い上げ一際嬉しそうに頭上に掲げる。
「何に使うの、それ」
「角のおていれ!おじちゃん、ありがとう!」
「……あぁ」
もう諦めたのか、短く返すとニールは踵を返し
「もういっちゃうの?」
「これでも忙しい身でな、嵐の兆候がある、念のため備えておいた方がいい」
「うん、今日はありがとう」
慣れた様子で短い受け答えをするとすぐに出ていった、……開いた扉から流れてきた風が少し寒い。
「さて……物色の続きはリビングに持っていってからねー」
「はーい、いこっ」
「ん」
物色を続けるアカメの邪魔をするようにルシアが箱を持ち上げる、アカメは生返事を返すと私の手を取りリビングに先回りするつもりのようだ。




