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ナインテイルス ~異世界九尾語り~  作者: クルマキ
一章 初めましてとそれから
8/102

今日の仕事はおしまい

-1-


気まずい、さっきから何かとこっちに気を掛けてくれているようだが気まずい。


やっぱりさっき出された物を食べてやるべきだったのだろうか。それはそれとして美味かった。水が冷たくてびっくりした。すぐ近くで汲んできたのだろうか。


とりあえずはあの人間になついているような素振りを見せておけば問題ないだろうが、それからどうしようか。


さっきの様子だとあれは死ぬかも知れないらしい。


死んだらどうしよう、こいつと一緒にいることになるのか。敵ではないようだが、少し頼りない。


それになんとかしてあの牛頭にもう一度会わなくてはならないが、どうしたものか。


しばらく表情には出さず考えていると不意に森から霧が漏れ出てきた。


懐かしい感覚、どうやら殺したようだ、都合がいい。


「─────」


辺りを霧が包んだ頃、何かを言っているようだが無視して森の奥へ足を進める。


奥から懐かしい力を感じる、やはり零れ落ちていたようだ。


霧の中心、その発生源の元まで着いたが


「こうなるのか」


小さく呟く、霧を吐き出し続けている石ころが一つとその近くでうなされながら倒れているさっきの女がいた。


女の方は一旦置いておくとして石を拾い上げまじまじと眺めた後、強く握り意識を向ける。大本は変わっていないが、妙な物と結び付いてしまっているようだ。


試しに取り込んでみるが頭に妙なものが映り込む。これはあの牛頭の記憶だろうか?


突然流れてきた情報の多さに驚いたが耐えれないほどではない。


それよりも見えた物の中には知らない物が多くあった、不思議と言葉の意味も理解できた。初めて見た物に久しく感じていなかった高揚感を覚えた。


「なるほど、そういうことも出来るのか、ふふ」


思わず笑みが溢れ呟くがそんなことよりもだ。その記憶と結び付いてしまっているせいで使い物にならなくなっているようだ。酷い異物感がある。


器に問題はない、中身を消せば一応使えるか、器だけ貰っても満たすのにどれだけかかるやら。


ともかく返してもらうとしよう。


それと同時、辺りの霧が薄れてくるのがわかった。追い付かれる前にこっちも見ておこう。


何かを呟いている女の手を握り目を閉じ意識を集中させる。


あの牛頭の記憶が断片的に流れてきているようだ、さっき見た物と同じような記憶が映るがぶつ切りで所々わからない。


だが、ある意味では好都合か、さっきの傷の礼もある、助けてやることにする。


こっちに吸い出してやると表情が少し穏やかになった。異物感があるのでやはり消すしかないが。


これで大丈夫だろう、少しすれば目を覚ますはずだ。一連の作業が終わった時、そう遠くない場所から声が聞こえた。



-2-


「大丈夫っすか?!」


意識が戻った時、最初に目に入ったのは心配そうに顔を覗き込むラズリアと女の子の顔だった。


視界がぼやけてて、はっきりとは見えないけど多分そうだろう。


「大丈夫じゃない、かな……」


なんで、私泣いてるんだろう。


とても大切な人を手に掛けてしまったような後悔、怒りの感情、それが一度に襲ってきて、まるで自分が体験したかのような感覚だった。思い出すだけで苦しくなる。倒れたまま腕で目を覆うと深呼吸。


わからない、わからないことだらけだ。あれが本当にあったことなのだとしたら──


「大丈夫?」

考えていると知らない声が聞こえた、腕をずらして視線を向けると顔を覗き込む女の子がいた。


心配してくれていることは嬉しいが、そんなことより


「……喋れたんだ?」


小さく頷き答えを返すとラズリアも驚いているようで


「喋れたんすか?!」


と声を上げるがこれにはじとっとした目から少しの間を置いてから再度無言の頷き。扱いの違いを感じる。


この子が喋れたことよりも現状の確認だ。そう深い場所ではないが森の外で待ってるはずのラズリアたちがここまで来ている理由がわからない。


「何でここに?」


出来るだけ、責める様子を見せないよう穏和に聞いては見る。


「突然霧が出てきてこの子がいなくなっちゃって、この子の足跡追ってて霧が晴れたと思ったら倒れてる先輩の隣にこの子がいたんすよ」


なるほど、少しもわからない。さらっとこの子とはぐれているのは流しておこう。 


「どれぐらい経ったか分かる?」


「私はさっき着いたばっかりっす、霧が出てそんなに経ってないっすよ」


時間自体はそれほど経っていないらしい、直前のことがぼんやりしていて思い出せない、確かミノタウロスを殺して──


「……あ」


体を起こし思い出したように後ろを向く。


そこにあったことを証明するように地面に倒れたような跡だけを残して死体が消えていた、その奥には斧だけが突き刺さっている。


目を閉じ意識を集中させる、他の気配はない。魔力に意識を向ければ変わらず異物感があった。


「……ラズリア、まだ大丈夫?」


「先輩の方こそ大丈夫っすか?無理せず一旦戻った方がよくないっすか?」


「いや、私は……そうだな、そうしよう」


森に入る前、ラズリアに言ったことを思い出した。大人しくラズリアの提案を受け入れることにしよう。


一度立ち上がり、短く息を吐く。結局ほとんど調査出来ていない、この子を見つけたから一旦戻ってきた、と報告すれば納得してくれるだろうが気になることが多い。


女の子に声を掛けよう視線を合わせてしゃがみこんだがそう言えば名前を聞いていなかった。私の様子で何を聞こうとしたのか察してくれたらしい。


「……テイルス」


「あぁ、うん、ティルでいい?」


無言で頷くと話を元に戻し


「いろいろあったけど、帰ろう」


「……ん」


再度頷くと両手を広げたままじっとこっちを見てくる。小さい頃のメイを思い出した。歩くの疲れた、とかもう歩きたくない、とかそんなことを言っていたような気がする。


「いいよ、ほら」


私も軽く両手を広げると軽く飛び込んできた。体が倒れそうになるのを堪え首に両腕を回したのを確認すると落ちないように片腕で支えながら立ち上がる。


ラズリアに視線を向けるとさっきから負のオーラというか、重い空気感を出している。触れるべきか触れざるべきか。


「……どうかした?」


「さっきは私が聞いても教えてくれなかったんすよ……」


「そういう」


横目でティルの顔を見るとそんなこと知らないといった顔で肩に顎を乗せていた。いい加減な言葉を掛けると森の外へ向けて歩き始める。


「あぁ、それと帰りの運転任せた」


「了解……っていいんすか!?」


予想通りの反応だった。


-3-


それからはガルムに襲われることもなく無事に森の外に出ることが出来た。


ラズリアが嬉しそうにポーチから格納機を取り出すと


「さぁ、先輩!」


とだけ言って勢いよく差し出してくる。そんなに楽しみか。


格納機を受け取ると正面に掲げる。トライクの輪郭が浮かび上がり腕輪が淡く光るとトライクが現れた。


抱きかかえたままサイドカーに乗り込むと外側に座らせる。不思議そうにシートを触ったり落ち着かないのか周りを見たりしてる。しばらくそうして満足したのか大人しくなった。


ラズリアが跨がるとまずは嬉しそうにハンドルを握った。手触りを確かめるように数度握り直す。


惚れ惚れとした表情を浮かべながら続けてエンジンをかける。


低い音を立てて車体が僅かに揺れる。音に少し驚いたのか、私に体を寄せ袖を軽く掴んだ。


「これは、これはたまらんすねぇ……うへへ……」


気持ちの悪い笑顔を浮かべると音を確かめるように数度空吹かす。まぁ、やりたいようにやらせてあげよう。


「……あぁ、そうだ、自己紹介してなかったね、私はシルヴァーグ、シルバでいいよ、さっきも聞いたかも知れないけど向こうで気持ち悪い笑い方してるのがラズリア」


少し体を前に倒し、私の横からラズリアを覗く。視線に気付いたのか顔を向け小さく手を振るがすぐに引っ込むと項垂れつつ溜め息を吐いた。


「……今日あったことについてだけど、誰にも言わないで、色々面倒なことになるだろうから」


「まぁ……そうっすよね、了解っす」


「ティルも、いい?」


「ん」


ラズリアは思い出したように苦い顔を見せティルは小さく頷いた。お互いに言うような事は無いと思うが、それでも念のため。


「それじゃあ、ちょっと寝るから着いたら起こして」


「了解っす」


目を閉じると微かな揺れとエンジン音が聞こえる。気持ち悪い笑い声も少し聞こえてくるが気にしない。


どう報告しようとかティルのことどうしようとか色々考えているうちにその音も気にならなくなって意識が沈んでいく。


今日は、疲れた。





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