少し昔の事と昔の事について
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「で、何について調べりゃいいんだっけ?」
「さっき先輩も言ってたんすけど、二十二年前から十年前の間で……えっと、フィルスト・ダグザックさん?の記録っすね、それからヴァルニールって人についても、フィルストさんの記録は前に探してもらったけど見つからなかったとか何とか」
「うい、さっさとやっちまおう、念のため死角に入らないようにな」
二人横に並んで棚の上の方から順番に資料を手に取り黙々と調べていく。
……何か話をした方がいいんだろうか?ウルベさんとはほとんど交流がない、初めて話したのは確か、組合でご飯を食べてる時だったっけ、会っただけならマグダレンさんの店でだけど、あの時は本当に顔を見ただけだったから。
黙々と作業してた方が効率自体はいいんだろうけど、空気が重くて耐えれそうにない。
「ウルベさんはなんでマーチェスに来てたんすか?」
資料を手に取り、ばらぱらと目を通しながら当たり障りの無さそうな、無難な切り口で会話を切り出す。
「あん?覚えてるかは知らねえけど、前に大口の依頼が入ったって言ってたろ?細かい事は守秘義務って事になってるがそういう奴」
何となくどんな仕事をしているのかは予想出来た、この時期のマーチェスでの依頼と言うと多分博覧会に関する仕事、荷物の輸送の護衛とか検品とか警備とかそんな所だと思う、大口って事は結構大きい所の依頼を受けたんだろう。
「ラズリアちゃんはシルバの付き添いってのは分かるが……あれか、ダレン爺の依頼だろ?」
「え、なんで分かったんすか?」
「冒険者になってしばらくした頃に一回遠征するような依頼やらされんだよ、俺の時は急ぎの荷物渡してくるように言われてよ、それでそうじゃねえかなって」
「へー……あ、そうだ、ウルベさんってどのぐらいで二枚羽になれました?」
思い出したようにこの前先輩にも聞いた事を聞いてみる、先輩は二ヶ月ぐらいで二枚羽になれたと言っていた。
見習い卒業、一枚羽から二枚羽になれたら冒険者として認められたとそう思える、焦ってるわけじゃないけどちゃんと見てくれてるんだと実感したい。
「俺は……あんまり覚えてねえけど半年は経ってなかった筈だ、まぁ、ラズリアちゃんなら上がれねえって事は無いと思うぜ、ちゃんとやれてるみたいだしな」
「その……昇進?でいいんすかね、どんな基準で決めてるかって知ってます?いまいちピンと来てないんすけど……」
「単純に腕前って言うよりはどれだけ信用できるかが見られてるってのはよく言われてるな、後は依頼の達成率というか……顧客満足度って言うのか?対応が良かったとか親身に話を聞いてくれたとか、まぁそういうの、真面目に頑張ってりゃそういう話が来ると思うぜ」
要するに人付き合い、自分があまり自信の無いところだ、当たり前だけど依頼で話を聞きに行く時はほとんどが初対面の人な訳で、途端に自信が無くなってきた。
「……そういえば、なんすけど、先輩に……シルバさんに飛び蹴りされた話って聞いても大丈夫っすか?」
好奇心、何となく、話が一段落ついて何か話す事が無いか考えていたらそう聞いてしまっていた。
初めて話を聞いたときから少し気になっていた、先輩がいきなり飛び蹴りするような事、メイさんを口説こうとしていた所までは聞いた、もうほとんど聞いてるような物だけど当事者から聞くと少し違うかもしれない。
「あー、あれなー……誰から聞いたかは知らねえけどシルバには内緒な、この話掘り返すとめんどくせえから、確か五年ぐらい前か?」
「五年前って……」
私と同い年の筈だから、メイさんが十五歳の時。
五年前、私の体を治してくれたのはルシアさんの筈なのに、父さんは医療団の人でルシアさんでは無いと言っていた、どうしてそこで食い違うのか、ふと考え込んでしまった。
「急にどうしたよ」
「あ、いや、ちょっと昔の事思い出してて、続き教えてもらっていいっすか?」
「おう、その日は俺が組合に初めて来た日でよ、紹介状持っていったら対応してくれたのがメイちゃんだったんだわ、ちょっと話してたら受付の仕事は今日が初めてって教えてくれてな、いつもは料理とか書類整理とか裏方担当だったんだがその日はたまたま人手が足らなかったらしい」
「へー……」
初めは事務担当だったんだとか、そんな事を思いつつ資料を流し見しながら相槌を打つ。
「で、初めての、受付の相手が俺だぜ?何か巡り合わせのような物を感じるだろ?」
初めての、を少しだけ強調するように一拍置いて強く言うと同意を求められた。
「まぁ、そうっすね」
言われてみれば、ぐらいにはそう思うけどそのぐらいだ、話のオチを先に聞いていてもここからどうなったら先輩が飛び蹴りする事になるのか、予想がつかない、ウルベさんが何かしたのは分かるけど、何をしたのか。
「だから告白した、熱烈に、俺が幸せにするから一緒にならないかって具合に」
「えぇ……」
改めて本人の口からそう言われるとこんな反応になってしまう。
「そしたらメイちゃん泣いちまってよ、勿論泣かせるつもりは無かったんだが、丁度そんときにシルバとビバさんが戻って来ちまってな、俺に飛び蹴り食らわせてきやがった」
当時の先輩基準でいきなり飛び蹴りするぐらいだからよっぽどだったんだろう、それでもどうなんだ、って思うけど。
……そう言えば、上司のお嫁さんに手を出したとか、初対面のメイさんを口説こうとしてたり、そういう人なんだろうか。
「あの、ビバさん?って言うのは?」
話の本筋には極力触れずに話の中に出てきた知らない人の名前について聞く、先輩の知り合いだろうか?
「あー、そうか、知らねえわな、今のラズリアちゃんにとってのシルバ的な人、冒険者成り立ての時に面倒見てた人って言い方でいいのか?」
それもそうか、先輩にも冒険者になったばかりの頃が当然ある訳で監督役というか教育係みたいな人もいるだろう。
「ところで、全然関係ない話にはなるんだけどよ、なんでシルバは先輩呼びで俺はさん付け?」
「え、なんでって……なんでなんすかね?」
何か理由がある訳でもない、何だったら今言われるまで特に意識した事も無かった。
当然だけどウルベさんも先輩だ、他の冒険者の人も当然先輩だけど、先輩って呼び方をするのは先輩だけだ。
「いや、大した理由がないならいいけどよ、何だったらウルベ先輩って呼んでもらいたいとかそういう」
「あ、あった」
そういうつもりは無かったけど、結果的に思いっきり話を遮ってしまった。
あったのはヴァルニールの名前、これはマーチェスの冒険者に対する認識の調査報告書みたいだ。
種族・性別・年齢・職種等に分けて回答の傾向がグラフにされていて、前回の調査と比較した内容が分かりやすくまとめられてる、定期的にやっている事なんだろうか。
日付と日時、どの棚のどの辺りにあった報告書なのか、報告書の内容を簡単にメモにまとめて次を調べる。
「……こっちにもあったな、ヴァルニールの報告書、こっちのは魔動機の事故についての奴だが」
「……結構古参の人なんすかね」
日付は今から二十年前の物、それからも資料を調べているとヴァルニールって人の名前は何度も見かけた、五枚羽の冒険者で他国にもよく遠征している、少なくとも二十年前は冒険者をしているベテランの冒険者、長命種の人の二十年がどんな物なのかはよくわからないけど、そうだとしても二十年だ。
なら、いつから?最初から?それとも何か切っ掛けがあって?目的と理由は?考えれば考えるほど分からなくなってくる、そうする理由、ただの愉快犯……では無いと思う。
「正直、何やってたらこんな面倒事に巻き込まれんだ、命狙われるなんてのはよっぽどだろうよ」
「あはは……そうっすよね……」
突拍子もなく投げられた質問には自分でも実感が無いだけに苦笑いを返すしかできない、切っ掛けは……やっぱりあの家に行って死体を見つけてしまったからだろうか。
「まぁ、俺がいる間はちゃんと守ってやるからよ、安心していいぜ」
「かっこつけてんな、こんな所でなにしてんのよ」
ウルベさんがわざとらしく気取った風な台詞を言い終えるとどこからともなく不意にショウさんが割って入ってきた、他に誰かがいると思っていなかったのか、不機嫌そうな嘆息を吐くと
「……見りゃわかんだろ、調べもんだよ、昔の報告書漁ってる、ってか相方はどうしたよ」
「参考人の尋問だってさ、で、こっちは連絡のつかなくなった連中の受けてた依頼遡るってなって手貸せってよ、めんどくせえよな、何年分あんだよって」
「やってる事が被ってんのな、ヴァルニールとフィルストって名前見つけたら場所だけメモっといてくれ」
「へいへい、やってやるからこれに書いてる名前の奴の報告書見かけたら場所メモっといてくれ、後で見るから」
「うい」
二人が話しているのを肩身を狭く感じながら聞いているとすぐに話は終わったみたいで、ショウさんは離れていった。
「えっと、ショウさんと知り合いなんすか?」
「たまたま一緒に飯食って酒飲んだだけで知り合って半月も経ってねえな、そういや」
「……の割に凄い仲良さそうでしたけど」
「そうか?こんなもんだと思うが」
人見知りしない人ってこんな感じなのかなと、少し羨ましく思った。
-2-
日が沈む前には組合に戻ってこれた、手続きの後、資料室に入りラズリアとウルベを探す。
奥に向かって歩いているとここを出るときにはいなかった何人かの冒険者らしい人が忙しなく資料に目を通しているのが目についた、会長も失踪したらしいけど、この辺りの指示は誰から出ている物なんだろうとふと気になった。
二人を探していると奥の方でラズリアとウルベがどこかから持ってきた椅子に座って資料を探していた。
「何か見つかった?」
「あ、先輩、おかえりなさい、えっと……二十二年前から順に遡ってて、ヴァルニールって人のは結構見つかるんすけどフィルストって人のは見つからないっすね」
手に持っている資料を棚に戻し、手元のメモに何か書き記す。
覗き込んでみると日付と日時、どの棚のどの辺りに置いてあった物か、報告の概要がびっしり書き込まれている。
ラズリアの言うように書かれているのはヴァルニールの物だけ、フィルスト・ダグザックの名前は書かれていない。
「先輩の方はどうだったんすか?」
「どうだろう、無いことはないぐらいかな……大型魔動機の暴走を止めた、みたいな報告書見掛けた?」
「なんすか、その報告書……」
「……それどっかで見たな、どこだっけか」
ウルベが手元のメモを捲り、それらしい記録を探していると一番最初のページにそれがあったようで、メモに記された棚の前を上から順に指でなぞり、目的の資料を手にとって戻ってきた。
「確か、この辺に……あった、これだ、この報告書がどうかしたのかよ」
「助かる」
『大型魔動機の暴走事故についての報告書
場所は東マーチェス下流の商業地区、修理の為に預けられていた大型魔動機が暴走した物、偶然居合わせた為に対応した次第である。
炉心に何者かが細工していた形跡があった事から何者かが意図的に暴走させた可能性有。
死者、重傷者共に無し、軽傷者の治療は近隣の住民がした模様、被害は一部道路の破壊、一部配管の破裂と魔動機の暴走に伴って周辺区域に軽度の魔力汚染を確認、応急処置こそしたが除染作業の必要有。
追記 除染作業は問題なく完了
アルティア冒険者組合マーチェス支部所属ヴァルニール』
日付は今から二十年前、なんでそこであいつの名前が出てくる。
あの記憶が本当なのだとすれば、これはフィルスト・ダグザックが解決した筈、もしかしたら似たような事故があっただけなのかも知れない、マーチェスなら魔動機の事故も多い筈だ。
「他にもこんな感じの見掛けた?」
「無い……と思うっすよ、大型魔動機の暴走ってそう何度もあっていい事じゃないっすから、それに大型魔動機に関する安全規定みたいなのが追加されたのがそれぐらいだった筈なんで、多分その事故きっかけで出来た奴だと思うんすよね」
「まだ見てない所にあるかもしれねえが、俺も見てないな」
類似した事件が二つあった可能性は低いか、ヴァルニールが虚偽の報告をしているのはいいとして、それなら元の報告は?
情報を隠蔽しているのは分かる、それでもここまで情報が出てこない物だろうか?
「とりあえず……二人ともお疲れ様、何か変なことされなかった?」
「そういうのは俺のいないところで聞けよ」
「あはは……大丈夫っす、ただ世間話しながら調べてただけっすよ、ってもういいんすか?」
「うん、もう十分なだけ調べてくれたとは思うし」
これだけ調べてもフィルスト・ダグザックの名前は一度も出てこなかった、フィルスト・ダグザックのこなしただろう依頼の報告書は失踪したヴァルニールに書き換えられている可能性がある、それが分かっただけでも十分だろう。
「まぁ、俺はもう少し調べてるわ、頼まれたしな」
「何かあったら連絡する」
「あいあい、貸し一つな」
去り際に改めてそう言われるとやっぱり頼むんじゃなかったと後悔しそうになる。




