知らない過去が追ってくる
-1-
村をざっと見て何か無いか調べた。
当たり前だけど何も無い、何かあったとしてもそれはもう十年以上も前の事だ。
目につくのは壁に蔦の這った家屋、朽ちた木、手入れされていない草が伸びっぱなしの道。
トライクを走らせているとあの家の老人は、あの家の夫婦は、あの家の子供は、そんな覚えの無い事を思い出してしまう。
そう広い村ではない、通り抜けるのにそれほど時間は掛からなかった。
そのままトライクを走らせているとすぐ崖についた、切り立った高い崖だ、裏手にある崖はここの事だろう。
こっちの方から変な感じがしていたらしい、依頼の内容が漠然としているがそんな依頼でも引き受けるのが冒険者だ。
フィルスト・ダグザックが冒険者であったとして、この崖の下で倒れている所を助けられるまでの経緯。
崖の調査を引き受けたのは恐らく彼だったのだろう、何故あそこまでの怪我をしていたのかは分からない、怪我をする理由があった筈だ。
何とはなしに崖を見上げる、高い崖で下から見上げても上がどうなっているのかは見えない。
岩肌はごつごつしていて、足の踏み場には困らなさそうだ、あらかじめどこを足場にして登っていくか、目星をつけておく。
「よっ……と」
後はそれを辿って順々に飛び移っていく、それを繰り返していくとすぐに崖の上まで着いた、崖の上はまばらに草が生えているだけ。
振り返り崖の上から辺りを見渡す、森の一部が大きく切り開かれていて、古びた家屋がいくつも見える、魔動機が通る為の林道が細長く伸びていて、遠くには微かにマーチェスの城壁が見える、こう見るとかなり距離があるように感じる。
崖の縁に立って真下を見下ろす、傾斜はきついが断崖絶壁と言うほどではない、ここから滑落すれば、あんな怪我にもなるだろうか。
そうだとしたら何故落ちたのか、それなりに場馴れしていたように見えた、何も無しに崖から落ちるような感じでは無かったと思う。
この辺りで何かあった、と考えるべきだけどあったとしてと証拠は何も残っていないだろう。
崖の上を調べても仕方ないか、さっさと降りて他のところを調べよう。
-2-
あの時、急いで家を出たせいで玄関が開きっぱなしになっている、口元を布で覆って明かりを浮かべ、家の中に入る。
そう長くない廊下と奥から続いている黒ずんだ足跡、廊下の途中に扉があるが一番奥の扉……リビングへの扉だけが開いたまま、先に他の部屋を調べておこう。
最初に開けた扉はトイレだった、ただの普通のトイレ、溜まっていた水が腐っているのだろう、他とは違う異臭がする。
このトイレを借りるときは体を少し縮めないと窮屈で仕方なかった。
次は何の変哲もない普通の部屋、ベッドと綺麗に畳まれたシーツ、ベッドの横には小さな机があって、その上には凝った作りの明かりが置いてあった。
そのどれもが埃を被っている、部屋の中心に立って見渡しても妙なものは見当たらない。
この部屋は客室だった、この村で宿泊する際によくこの部屋を使わせてもらっていた。
『壊した代わりの割には随分凝ったの買ってきたね、んー……お金は払うからもう一個お願いしてもいい?』
この明かりはマーチェスで買ってきた物だ、元々この部屋で使っていた明かりを壊してしまったから代わりの物を買って渡した。
もう一つは寝室に置くつもりらしい、気に入ってくれたようだ。
「……」
この部屋には何もない、次に入った部屋は寝室のようだった。
最初に調べた部屋と違ってインテリアが少し拘っているように見える。
ベッド、衣装棚、大きな本棚とその横に本棚がもう一つ、棚が前後に二つついていてスライドするタイプの本棚だ、それから引き出しのついた机、客室にあった明かりと同じものがベッドの横の小さな机に置かれていた。
恐らくはあの治癒師の寝室。
衣装棚を順に開けていく、古くなってかびた木の匂いと綺麗に畳まれた服が入っている。
畳まれた服を捲り上げ、衣服の下や間に何か入っていないか探してみるが何もない。
本棚には隙間無く本が入っていた、スライドするタイプの本棚の方は滑車が錆びているのか動きが少し悪い。
物語、学術書、料理、他国の民話集……色々入っている。
机の引き出しは一番上の物にだけ鍵がついていたみたいだけど、無理に開けたのか壊れている、鍵のついた引き出しには何も入っていなかった、他の引き出しには筆記用具や小物が入っていた。
この部屋には入った事はそう多くない、彼女はリビングにいる事が多かったから。
扉の隙間から本棚に入りきらなかった本を床に平積みにしているのが見えたから本棚を作る事にした。
『作ってもらってる立場で言うのも何だけど、ここまでしなくても良かったのに』
『あ、ううん、気に入らないとかじゃなくってね、すごく好みなんだけど手間かけさせて悪いなぁって感じ?』
どうせなら、と思ってこんな感じにした、見栄えも悪くはないだろう。
「……はぁ」
自分の知らない事を思い出す、まるで昨日あった事のように景色が浮かぶ。
懐かしいとさえ思う、次いで覚えるのは虚しさによく似た気持ち悪さ、自分の知らないはっきりとした記憶が気持ち悪い、次が最後の部屋だ、さっさと調べてしまおう。
リビング、あの時殺した部屋。
壊れている机、黒い染みがついているソファー、黒ずんだ床板、最初に見たときと何も変わらない。
最初に来たときから魔力に違和感がある、原因が何なのか分からないけど、この部屋に原因があるのは分かる。
リビングの奥にはキッチンがある、先にそっちを調べよう。
リビングを横切ると小さなキッチンが見えた。
隙間を埋めるように置かれた小型の冷蔵庫と食器棚、壁には料理で使う道具を仕舞うための収納棚が取り付けられていた。
この場所に立った事は何度もある、二人並んで料理を作ったこともあった。
『そういえばなんだけど、冒険者の人って野営の時とかどんなの食べてるの?』
初めて立ったときはそんな理由だった、その時は水で戻した乾燥米と軽く炙った干し肉を味付けした物を作った。
腹に溜まる、保存性も高くかさ張らないと野営に最適なのだが不評だった、芯が少し残っているのが気に入らないらしい、干し肉の方はまあまあだったようだ。
野営の料理をそのまま作っただけで料理が得意でないと思われるのは少し、いや、かなり気に入らなかった。
日を改めて、今度はちゃんとした料理を作った、この辺りではあまり見ない地元の料理、その中でもあまり手間が掛からず、彼女が好き嫌いしなさそうな物。
肉を漬けるためのソースを作っていると横で彼女は砂糖の入った瓶を不思議そうに眺めていた。
『砂糖使うの?どこの料理?』
「クリミナ料理……?」
クリミナ料理の特徴、味を引き立たせるために砂糖を使う事がある。
ソースだとか溶いた卵だとかに混ぜる事が多い、好みが別れる味だけど好きな人は好きだろう、クリミナ出身だったのだろうか。
収納棚を開けてみると溜まっていた埃が僅かに舞う、調理器具が一通り綺麗に揃えられている、包丁が入っていただろう場所には何も入っていなかった。
『あー……いちいちしゃがむの面倒くさいなぁって思って』
この収納棚は元々無かった物だ、しばらくぶりに来たときにいつの間にか付いていた。
そうは言っていたがこれは自分のために作らせたものでは無いのだろう、棚の位置が彼女が使うには少し高い。
恐らくは俺のため、これを取り付けるまでは足元の棚に道具を仕舞っていたから。
そうは思っていてもわざわざ口には出さない、言うと機嫌を悪くする。
「……」
ここにはもう何もない、踵を返してリビングへ戻る、リビングを調べる、と言っても調べられる場所はそう多くない。
壊れた机の下に何かある訳でもない、床板に残った足跡は入り口に向かっている。
あまり気は進まないけど、一度集中してこの魔力の原因について詳しく調べる。
村全体を覆っているこの魔力はいくつもの魔力が継ぎ接ぎされたようなそんな歪さを感じる、自然にこうはならないだろう、誰かが何かの意図でそうしたと考えるべきだ。
それにどうやら発生源はここではないらしい、ここに残っているのは魔力がこびりついた物、ここで何かあったんだろう。
彼女はここにいる事が多かった、元々あまり外出しない性格だったのもある。
休日には積んでいた本を一気に読む、朝から読みはじめて気が付いたら夜だった事もあったそうだ。
何をするでもなく、ただここでソファーに座って本を読んだり、他愛のない話をしたり、会話が弾む事は多くなかったが、それでもお互いにその時を楽しんでいたと思う。
『これ?私、日記つけてるんだよ、意外だった?……試しにやってみたら?』
「そうだ、日記……」
彼女は日記をつけていた筈だ、この部屋で書いているのを見たことが何度かある。
無理に毎日書くわけでもない、昨日あったことを書いても構わない、いつか見返してこんなことがあったな、と思い返すための日記。
それらしい物は見つからなかった、誰かが処分したのだろうか、誰が?
不都合だから処分したようにしか思えない、そうだとしたら……
『おねがい、ころして?』
突然、嫌な感触を思い出してしまった、何度も、何度も突き刺した。
そうしなければいけなかった、そうしなければ殺されていた、そうやって無理やりに納得した、あの時殺されていたのが自分だったら、彼女はどうしていただろうか?
「っ……」
ここにいると朧気だった記憶がはっきりしていく、どれも懐かしくて、あの頃は楽しかったと錯覚してしまう。
まるで自分の体験した事のように思い出されるそれが気持ち悪くて仕方がない。
私のじゃない、そうはっきり意識しておかないと溶けて混ざってしまいそうになる。
……まだここを調べ終わっていない、それでも一度ここから離れよう。




