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ナインテイルス ~異世界九尾語り~  作者: クルマキ
五章 その手を取って君の名を呼ぶ
65/102

三度目

-1-


「朝普段通りに小屋に向かってたんです、そしたら何か……白いのが倒れてるのが見えて、えぇ、見たことない魔物だったんで一応連絡はしましたけど、いやそんな事より!小屋に船が船が突っ込んできたみたいで!盗られた物は特に無かったみたいなんですけど!」


調査に必要になるかも知れないからと依頼主に会って鍵を貸して貰った、おおよその状況はその時にあらかじめ聞いていた、とはいえだ。


「なんというか……酷い状況っすね……」


どう説明したらいいのか分からないからか、ありのままを言ってきた。


体が大きく抉れた悪魔の死体が倒れていて、小屋には船が突っ込んでいる、何かが暴れたのか、この辺りの地面が酷く荒れている。


それに肌で感じる妙な感覚、あの時悪魔と戦ったときに覚えていた感覚に似ているがそれとは少しだけ違う気がする。


先に昼を済ませておいてよかった、これを見た後だと食欲も湧かないだろう。


ここで何かあったのは見て分かる、何故こうなっているのかはこれから調べる、調べて分かることならいいけど。


「……先に小屋の方調べようか」


そういうとラズリアは気乗りしなさそうに大きな四角いケースを持って大回りに小屋の方に歩いていく。


ダレン爺から貸してもらった調査に使うための道具が入っているらしいケース、あのケースを渡された時


「あまりはしゃぎすぎるなよ」


と言われていたけど、その理由は分からない。


先に小屋の方を調べようと思ったのに理由なんて無い、ただ嫌な方を後回しにしただけだ。


私もラズリアの後を追って、小屋に突っ込んでいる船の元に向かう、状況が状況だ、念のため魔物避けも使っておこう。


「にしても、派手にぶつかってるっすね、これ」


船底が酷く傷んでいて、川から小屋に向かって真っ直ぐに地面が抉れている。


この船は元々上流にあった筈だ、そこから暴走してきたのだろうか、小屋にぶつかってやっと止まったように見える。


「とりあえずはー……っと」


ラズリアが船尾に近づき、持っていたケースに手を掛けた。


かちっ、と何かが外れたような音が聞こえると独りでにケースが開いていく、開いていく、と言うよりは広がっていく、の方が印象としては正しいか。


ケースの底の部分が大きく広がると同時に両脇から足が伸びてケース全体を支え、小さな作業台のような形になった、不安定な足場なのにしっかりしているようだ。


ケースの上部はどこがどうしてそうなったのか、作業台の上で変形していて小さな戸棚のようになっていた、どこに何が入っているのか分かるように引き出しの所にラベルが貼られている。


ラズリアが確かめるように戸棚の一つを開けると、道具の大きさに合わせて緩衝材が切り抜かれていて、その窪みにぴったりとはまっている、覗いてみると大きさの異なる同じ用途に使うだろう道具が大きさ順に並んでいた。


他には手元を照らすための明かりや何かの計器らしい物も付いている、それが整然と並んでいると何故か迫力があった。


はしゃぎすぎるなよ、の理由はこれらしい、私にはそういうのは分からないけどラズリアとダレン爺は好きそうだなって思った。


「おぉ……!!」


何かに感動したように声を漏らし、しばらくじっと見つめたままでいると気を取り直した様子で作業に取りかかった。


まずは船から魔動機を取り外すようだ、慣れた手つきで道具を片手に魔動機の下の辺りを弄っている、手早く取り外し終わると厚手の布を作業台に敷き、その上にゆっくりと魔動機を置いた。


……このまま後ろから見ていても仕方ない、ここは任せて小屋を調べておこうか。


「小屋の中調べてくるよ、こっちはお願い」


「了解っす!終わったら呼ぶっすね」


何があれば船が突っ込んでくるのか、これが作為的なものなのか事故なのか、その辺りの事はラズリア待ちか、作業しているラズリアを一瞥してから空いた穴から小屋の中を覗く。


船がぶつかった時のままなのだろう、棚の中身が散乱していて酷く荒れている。


恐らくはお土産だった物、そこの川で釣れるだろう魚の干物、押し花の栞、何かの果物のジャムの瓶が割れて虫が集っている、この近くで取れる物を加工して売っていたようだ。


他にはこの辺りの観光ガイドらしいものや博覧会開催に合わせてかそれ用の案内らしい物も転がっている。


盗られた物は特に無かったらしい、窃盗目的でここまで派手にやるなら盗んだ事を隠す目的の可能性もあるけど他にやりようがあるだろう。


この事故か事件とあの悪魔はどう関係しているのか、考えながら辺りを見渡していると穴の近くに先端が赤い木片が落ちているのが目についた。


よく見てみると付いているのは血のようだ、赤い血、少なくとも悪魔の物ではない、血の付いている範囲から見て、かなり深く刺さっていたらしい。


誰かがここで怪我をした、木片が刺さる状況、この状況で?……船がぶつかった時、誰かが船に乗っていたとしたら起きるか?


なら船に乗っていた人はどこに?襲われたのか、それとも逃げたのか、なら、誰が悪魔を殺したのか?……情報が足りない、先に死体を調べた方が良さそうだ。


「……死体の方調べてくるよ」


「了解っす」


作業中のラズリアに一声掛け、死体に向けて足を進める。


気乗りはしないがラズリアにさせるよりはいいだろう。


-2-


「さて、と……」


死体に近付くと違和感が強い、原因は後で調べるとして気を取り直して死体と向き合う。


くりぬいた様に綺麗な円形状に体の上半分が抉れている、これが致命傷なのは分かるが傷の大きさの割には出血があまりにも少ない。


抉れた周りをよく見てみると傷口が削り取られたように塞がっている、出血が少ないのはこれが理由だろう。


それ以外には大きさの異なる爪で引っ掻いたような傷、何かに噛まれたような傷、強い力で殴り付けたような跡、それから腕の一部……人で言うと手首の辺りが大きく抉れている。


小さな引っ掻き傷と噛み傷は全身についていて、ガルムのような体格の魔物につけられた傷によく似ている、この森にもガルムはいると聞いている、それと争ったんだろうか。


殴り付けたような跡と大きな引っ掻き傷は体の正面に集中している、傷の大きさから見るに相当に巨大な魔物と争ったのだとは思う、そんな巨大な魔物がこの周辺にいたのならその魔物はどこに?


腕の傷は強い衝撃を加えられて出来たもののようだが外からの衝撃でこうはならない、体の内側で何かが爆発したのだろう、自然にはまず出来ない傷、この傷は恐らく人によるものだ、誰かがこの悪魔と戦っていたらしいが他に人がつけたような傷は見当たらなかった。


死体と向き合うのはこれぐらいでいいだろう、足跡を残さないように周囲を調べる。


目立つ跡は三つ、人の出入りする場所にはどれも不釣り合いな物だ。


一つは人の足と似た形をしているが大きい、もう一つも人の手と似た大きな手形、それが交互に獣が歩いたように並んでいる、これはあの悪魔の足跡だろう。


問題は残るもう一つ、指の数は五本、爪先が鋭く尖っていて扇形の大きな足跡が残っている

恐らくはあの傷をつけた魔物の物、大きさから察するに悪魔よりも一回りほど大きい、ここで争っていたのだろうか。


少なくともこの足跡の持ち主がどこかにいる、もしくはいたという事になる。


元々この森にいたのか、それともどこかからはぐれてきたのか、どちらにしても気掛かりなのはこの周辺にしか足跡が見つからなかった事。


ここに向かってくる足跡もここから離れる足跡も見つからなかった、川を下ったのかとも思ったけどそもそも川から続く足跡は無かった。


考えられるのは翼を持っていること、空を飛べるのなら辻褄は合う、この辺りにしか跡がない説明もつく。


「……それも無いか」


これだけの巨体が飛ぶなら相応の風が出る、試しに近くにあった草を軽く踏んでみるとそれだけで倒れて起き上がらなかった。


……思い付かない、次。


死体から真っ直ぐに線を引いたように地面が抉れている、抉れ始めた場所まで辿ると顔を上げ辺りを眺める。


悪魔の死体、小屋に船が突っ込んでいる、正体不明の足跡、真っ直ぐに伸びた何らかの攻撃の跡、体を半分消し飛ばすような何かはここから放たれたんだろうか。


悪魔に空いた穴の先、川を跨いで滝のすぐ横にある崖には何かが着弾したらしき大穴が空いている。


……それだけの物がここから放たれた?そうだとすればあの大きな傷は?もう一つの足跡の持ち主は?考えながら辺りを眺めていると違和感に気が付いた。


「……足跡?」


残っている足跡の内側、靴の跡があった、大きさから見るに恐らく子供のもの、足跡は今私のいる辺りに突然現れるとここから離れるように残っている。


足跡を辿っていくと少しだけ地面が盛り上がっていた、盛り上がっていると言うよりは何かを引き摺ったような段が出来ているの方が正しいか、その近くで足跡は途切れていた。


地面の様子を見比べても自然に出来たものではないのは明らかだ、何かが地面を引き摺った、と言う割には跡が残っているのはここだけだ。


「投げ飛ばされたら、こうなるか……?」


……一度に色々起きすぎてごちゃごちゃしてきた、一度事実だけを整理する。


昨日ここで働いている人から依頼があった、この悪魔が死んだのは昨日より前……恐らく一昨日の夜。


胴体に大穴が空いていて他にはガルムと争った形跡、それから強い力で殴り付けた跡、腕には内側から爆発したような跡が残っている、現場には悪魔の足跡ともう一つ、正体不明の足跡があった。


その足跡がつけられた後には子供の足跡が残されていた、船が暴走して小屋に突っ込んでいるのは……何なんだろう。


全く別の事がたまたま同じタイミングで起きた、と考えるのは都合が良すぎる。


あの船に乗っていて怪我をした誰かがいる、その誰かは悪魔を殺した後……どこかを合わせようとすると別の場所が噛み合わない。


「ちょっと!来てほしいっす!」


考えている途中、焦った様子のラズリアの声が聞こえた。


何か見つけたんだろうか、急いで駆け寄ると


「先輩、あの、これ……船の下に落ちてて……」


ラズリアが差し出してきたのは泥で汚れたちぎれた飾り紐、ティルがつけていたのと同じもの、ただの偶然とは思えなかった、子供の足跡は確かに見つかった、ただその足跡には謎が多すぎる。


足跡が最後に付いていた事、突然現れた事、仮に足跡がティルの物だとすればティルはどこに?


「……他に分かったことある?」


悪い方に考えてしまいそうになるのを止め、大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける、まだそうと決まった訳じゃない、感情的になっても何も解決しない。


「……外から無理やり炉心の魔力を吸い出したみたいな跡があったっす、それと炉心になんか変な魔力が残ってて……えっと……」


続く言葉を言い淀み、どう説明したらいいか困ったように頬を掻く。


「そのままでいいから教えて」


「……あれと同じ感じっす」


そう言ってラズリアが視線を向けるのは倒れている死体、感覚的な物だけど手掛かりとしては十分、魔動機が暴走したのには悪魔が関わっている可能性が高い。


「分かった、ありがとう、持ってきてる魔具で調べられそうな事ってある?」


「今あるのだと……この辺は使えそうっすかね」


そう言って横にあったケースから手のひらに収まるぐらいの細長い箱を取り出した。


箱の中には緩衝材に納められた眼鏡が入っていた、フレームから何となく魔動機みたいな印象を受ける、昔調査に同伴した時に見た目は違うが似たようなのを使った事がある。


「魔力が見えるようになる奴だっけ?」


「そんな感じの奴っすね、実際はもうちょっとややこしいんすけど、ってこれ獣人用のじゃないっすね……お願いしていいっすか?」


差し出された眼鏡を掛けて辺りを見渡すと色の違う霧のような物が見える、色の濃さの違いはあるが大きく分けて色の種類は二つ。


一つは濃い青色、霧というよりは太い線に見える、死体と川を跨いで川の向こうの大穴まで真っ直ぐ伸びている。


もう一つは緑色、小屋に突っ込んだ船の辺りからこの辺りにじわじわ広がってきている。


それとは別に死体の周辺と小屋の辺りが歪んで見える、死体から離れるにつれてその歪みは小さくなっているみたいで、滝の上から続いているようだ。


「……これ、どの程度の魔力まで見える?」


「今の設定だと……ほとんど全部の筈っすけど、どうかしたんすか?」


説明するよりも見てもらった方が早いか、ラズリアの目の前に眼鏡をかざすと手を添えて覗き込むようにして辺りを見渡す。


「あれ?故障……はしてない筈なんすけど……」


肉眼と眼鏡越しに見比べるのを数度繰り返し、困ったように首を傾げる。


魔力はありふれている物、空気と同じように見えないだけで存在している筈の物、今見えるべきなのは普通一面に青色があって、色の違うもやが一部にある物。


これを見るにどういう訳かこの一帯の魔力が消えてる、違和感の原因はこれかもしれない。


「ここまで大規模に消えてるってなるとかなりの大きさの魔動機が必要な筈なんすけどそれらしい跡も無い、残ってる魔力も不自然……うーん……?」


「魔力が不自然っていうのは?」


「あ、えっと、これで見た時の魔力の色と傾向を表す図みたいなのがあるんすけど、青色の魔力ってすぐに形が変わっちゃうんすよ、だからこうやってはっきり残ってるって普通ありえなくて……それにあんな風に歪んでるってのは見たことないっすね」


「へぇ」


適当に相槌を打ちつつ何となくは分かった、ともかく普通はこうならないらしい。


「分かんないのは後回しにするとして……船に落ちてたんすけど、ここの鍵じゃないっすよね?」


そういってラズリアが差し出してくるのはいくつかの鍵を束ねた物、貸してもらった小屋の鍵とは形が全く違う、船に落ちていたのなら船に関係する物の鍵だろうか?


「とりあえず持っていこう、一旦上流の方行ってみようか、さっきの魔具は私が持っとくよ」


「了解っす」


私の調べた事を伝えるのは行きながらでいいか。


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