既視感
-1-
「先輩、あの……」
部屋を出るとラズリアが気まずそうに声を掛けてきた。
「さっきはごめん、いきなり肩掴んで」
「いや、それは別に気にしてないんすけど」
困ったように頬を掻くと
「覚えてる限りの事になるんすけど……話した方がいいですよね?」
自分の記憶に自信が無いのか、確かめるようにそう聞いてきた。
何故か話が噛み合わなかった、ラズリアは会ったと言い、ラズラさんは会っていないと言う。
自分の思い違いかも知れない、という気持ちがあるのかもしれない。
「移動しながらになるけどお願い」
「了解っす、えっと……」
ラズリアは生まれつき体が弱かったらしい、当時の技術では治せない難病だったとか、何度も医者に見て貰っていたみたいだけど、一向に治る気配は無かった。
ある日、ラズラさんが治癒師を連れてきた、これまでも何度も連れてきた事があるからその内の一人。
たまたま近くを通り掛かって、ラズリアの病気の事を聞いて来てくれたらしい。
その人の治療を受けた翌日、ラズリアの体は最初から病気なんて無かったように良くなった。
医者も何があったのか分からなかったが、体が良くなったのだからともかく良しと深く考えなかったらしい。
その治療をしたのがルシアさん……私の母さんだったとラズリアは言う。
五年前、母さんがここに来ていた。
初めて見つかった、はっきりとした手掛かりが嬉しい。
ただ、それでも何故ラズリアとラズラさんの言い分が違うのかは分からなかった、リアンさんにも同じことを聞いてみれば何か分かるだろうか。
「……でも、先輩に初めて会ったとき、ルシアさんに似てるなぁとか別に思わなかったんすよね」
「どういう事?」
「さっきの写真見てから似てるのに気付いたというか思い出したというか……何て言うんすかね、未視感?」
見たことがあるはずなのに初めて見る、ということだろうか。
「そういうことあってもおかしくはないと思うけど」
「うーん……でも何か違ったんすよね……」
納得している様子はない、顎に手を当て首を傾げる。
あれでもないこれでもないと、唸りながらしばらく歩いていると病院に着いたがまだラズリアは唸っていた、一度足を止め
「答え出た?」
「全っ然、なんなんすかね、ほんとに」
聞いてはみたが、まぁそうだろう。
話に一区切りついた所で病院の中に足を進め、受付で用件を伝える、のだが私より先にラズリアが受付の人に話し掛けたのが少し意外だった。
「あの、テールライトさんのお見舞いに来ました」
「ちょっと待ってくださいねー……はい、では改めて少々お待ち下さいね」
手元にある何かと見比べるように私たちを見た後、そう言って奥に引っ込んでいった、すぐに受付の人が戻ってくると
「お待たせしました、先生からお話があるのでこちらの部屋までお願いします」
促されるまま部屋に入るとティルを見てくれたのと同じ先生がいた。
「何やらご縁があるようで……」
顔だけをこちらに向け、机にあった資料を手に取り私たちの方に改めて向き直ると私たちに椅子に座るよう促す。
「では、容態について説明させて頂きますね」
話を纏めると、体に過剰な負荷が掛かっていて魔力もほとんど尽きていた。
命に別状は無く容態も安定している、異常は見られないがいつ目が覚めるかまでは分からない、との事だ。
「私個人の憶測を伝えるのは避けたいのですが、自分の意思でそうしたようにしか……」
自分から体に負荷を掛けるような事、思い当たる物はある、あるけどそれじゃまるで……屋敷の中で何をしていたのかを知っているのはリアンさんだけだ。
それにどういう訳か、あの竜人の男の名前を呼んでいた、その事は誰にも話していない、知っているのはあの場にいた私とラズリアだけだ。
詳しい事はリアンさんが目を覚ますか、組合の調査待ちだろう。
「……お伝えする事は以上となります、何か質問はありますか?」
「あの、ここの警備ってどうなってますか?」
「警備ですか?詳しくは言えませんが、医療機関ですからそれなりの物ですよ、それにここに入院している事自体一部の者しか知りません」
「そう……ですか、はい、ありがとうございます」
「病室は廊下の突き当たりから二番目の部屋です、念のため手短にお願いします」
話を終えると二人並んで部屋を出て、今度はリアンさんの病室に向かう。
分からない事ばかり増えていくが手応えが無い訳ではない、少しずつだけど進んでいっている実感はある。
扉を開けると薄暗がりの中、リアンさんがベッドで眠っていた。
カーテンが締められていて日の光は隙間から漏れてくる程度のものしか入ってこない、ここにいる事を隠すような、そんな印象を受ける。
無事ではある、無事ではあるが……これに関しては待つしか出来ない。
ラズリアが部屋に置いてあった椅子をベッドの横に運び、それに座ると何をするでもなく、ただじっと眠っているリアンさんを見つめている。
「先輩、あの、ちょっと、一人にさせてもらってもいいっすか?」
私の方に顔を向けると伏し目がちにそう言う。
「外で待ってるよ、終わったら呼んで」
聞いてあげない理由もない、手早く部屋を出て、すぐ近くの壁にもたれかかる。
扉越しにラズリアの声が微かに聞こえてくる、何を言っているかは聞こえないし聞くべきでもないだろう。
何を思っていたのかは分からないけど、色々と重荷だったんだろうと思う、ダレン爺が一緒にいてくれたみたいだけど、それでもだ。
壁にもたれてラズリアを待っていると、廊下の向こうからダレン爺がこっちに歩いてくるのが見えた。
「ラズリアは中か?」
早足に歩いてきて、そのまま扉を開けようとするダレン爺の前に腕を出して制止する。
状況を察してくれたのか、伸ばしかけた手を戻し、扉を一瞥すると私の隣にもたれかかった。
「急ぎ?」
「今回の件と関係のありそうな依頼を見つけた、詳細は後で話す」
話を区切るように、一度短く息を吐き
「話したいことがあったらしいが何の話だ」
そう言われて一瞬何かあったかと考えて、思い出した、書き置きの話だろう、ごたごたしてて忘れていた、あの時はティルが魔裂症になってしまった事を伝えようと思っていたけどそれどころじゃ無くなってしまった。
「魔裂症って知ってる?ティルがそれになっちゃってね、その事で相談しようと思ってたんだけど……」
「……両親はまだ見つかっていなかったか」
ティルの体の事、両親の事、何故あの森にいたのか、分からない事の色々、まずはティルを探さないと何も始まらない。
「ティルに聞いたんだけどね、別に両親に会いたいって訳でも無いらしいんだ、だったら……」
両親を探さずに私と一緒にいた方がいいんじゃないかと、そう思うようになった。
結局は私の決めつけでしかない、何か事情があったのかも知れないがそれでもだ。
「テイルスの面倒を見ると聞いたときから思っていたが、何か理由でもあるのか」
メイとティルには話した、森で出会った日に夢で見たから、一緒に住もうと思ったのはそんな理由、我ながらむず痒くなってしまうような理由だ。
「……メイに話したら笑われたから言わない、本当に大したことじゃないよ、そんなに意外だった?」
「意外とは少し違うが、ここまでするとは思っていなかった」
ダレン爺から見れば、ティルに入れ込んでいるように見えるだろうか。
出会ってそれほど経っていない子の為にするにはおかしい事だっただろうか?
「……棘のある言い方にしかならないな、気にしなくていい」
そんな事を思っていると少し後にそう続けた。
それからは長い沈黙、お互いに何か話すことがあったか考えているような沈黙、どちらかが話し始める前に不意に病室から物音がした、もう終わったんだろうか。
「先輩、もうだいじょ、ばぁっ!?」
勢いよく扉を開け、部屋から出てきたラズリアがダレン爺の目の前に飛び出してくると同時に思いっきり跳ね退いた。
「話がある、俺の家に来い」
その事には一切触れずそう言うと廊下を歩いていく。
壁にもたれかかるのを止め、ラズリアの方を見ると跳ね退いた姿勢のまま固まっていて
「それは何の何?」
「あ、いや、別になんでもないんすけど……感情の起伏激しくて変になるっすよ、ほんとに」
そうぼやいた。
-2-
ダレン爺が座ると丸机を挟んで私たちも座る。
「昨日の早朝、船が暴走した原因を調査してほしいと依頼があった、その中に出てきた魔物の特徴があれと類似している、無関係とは考えにくい」
一枚の依頼書を机に置くと説明を続ける。
依頼主は川下りの案内係の人、簡単な自己紹介の後に依頼の内容が続いている。
内容は船が小屋に突っ込んでいる原因を調べてほしいというのと、その場に見たことのない魔物の死体があった事。
船の状況が詳細に書き記されている文末に発見者の人が話しただろう死体の特徴がいくつか書き加えられている。
巨大な体、白い肌、目鼻の無い頭、類似する点は確かに多い。
「自然に発生する物じゃない、何者かが呼び出した筈だ、今回の件と関係があるかもしれん」
「……結局、あの白いのは悪魔って事でいいんすかね?」
召喚機と呼ばれる魔具を使うと呼べる、一級魔具師の噂に出てくる、漠然と良くないものなのは分かるがそんな程度の認識しかない。
「召喚機によって出来た穴から出てきた以上、そう考えるのが妥当だろう」
そう言うと話を切り替えるように短く瞑目した。
「それで何か質問はあるか」
「一応、依頼は暴走した原因の調査だけどそっちは?」
「依頼主には悪いが原因の調査は後回しだ、手が空き次第俺が調べる、組合にも話は説明してある」
「……それ調べるの私じゃ駄目っすか?」
ダレン爺の言葉を遮ってラズリアが割り込むと二人揃って顔を向ける。
「あ、いや、船が暴走した原因調べるんすよね、だったら私にも出来ると思うんすけど……ほら、マグダレンさんにはお世話になりっぱなしですし!それに、先輩も一緒に来てくれるんすよね?ならそんなに危ない事もないと思いますし!」
調査の度に大変な目にあった印象しかないのによく言えたな、とは思うけど今は黙っておく。
確かに暴走した原因を調べるなら魔具免許二級を持っているラズリアは問題はないだろう。
「……そもそもダレン爺が行かなくてもって思うんだけど、それについては?」
ダレン爺が行かなくてはいけない理由が気になった。
「現状誰が信用出来るのか正確に把握出来ていない状況だ、外部の者を関わらせるのは極力避けたい、そういう意味ではラズリアは問題無いが……無理をさせるなよ」
ダレン爺の言い分は納得出来たがそれでも不安は残る、あまり動くなと言われていた筈だ、無理をさせないように気を付けないと。
「そのつもり、ラズリアもあんまり無理しないようにね」
「……うっす」
信頼出来ると言われたからか、少し照れた様子で頬を掻くと短く返事を返す。
「依頼が終わったらラズラの屋敷に来い、一度情報を整理したい、それで昼飯はどうする」
どうしようか、特に考えていなかった、少し早いけどこっちで食べていくか、何か作って持っていくか、死体を見た後で食べる気力は私はともかくラズリアには無いだろうから先に食べていった方がいいか。
「こっちで食べてくよ」
「そうか、冷蔵庫の中は好きに使ってくれて構わない、調査に使う道具を準備してくる、出るときになったら呼べ」
話を終えると立ち上がり奥に歩いていった。
「なんか照れるっすね、面と向かって信頼出来るって言われるの」
「いい加減褒められるの慣れたら?」
話しつつもキッチンに向かい、ラズリアと一緒に冷蔵庫を物色する。
小分けにされた肉と野菜、つまみに食っているだろう干物が少々、冷蔵しておいた方がいい調味料と作りおきのお茶と少々の酒、小分けにされた冷や飯が山積みになっている、マーチェスに来てから作ったにしては多すぎるような気がする。
ともかく、どこに何があるのか分かりやすく綺麗にまとまっていた。
「……私の冷蔵庫の中って汚かったんすかね……?」
「まぁ……偏ってはいたかな」
正直あまり綺麗ではなかったのは事実だけど、出来るだけ濁す。
この感じだと作るのは焼き飯だろう、ダレン爺の分も合わせて三人分、さっさと作ってしまおう。




