外より来るもの
-1-
距離を離した男に向かって地を蹴ると同時に眼前に迫り、胴体へ一撃を振るうが柔らかい泥のような感触に阻まれる。
杖が向けられるが姿勢を低く構え、最小限の動きでその射角から外れるように潜り込み、剣を引き抜く。
見えない魔力の衝撃が顔のすぐ横を掠め、大きく土煙をあげた。
……巻き上がった土煙が妙だ、男の体に触れる前に何かに阻まれるように流れがゆっくりになっている。
引き抜いた勢いのまま体を回転させて再度一撃を放つ、狙いは杖を持っている腕だ。
切っ先が触れる直前、妙な弾力を覚えたがさっきより勢いを削がれている感覚はない。
構わず振り抜くと刃が腕に触れた瞬間、突然爆ぜた。
衝撃で体が弾き飛ばされるが、空を蹴って態勢を立て直す。
腕が少し痛むが戦闘に支障はない、相手は……至近距離であれだけの爆発があったと言うのに無傷のように見える、動くのを確かめるように手首を振っている。
「全く、ままならんな」
火力が足りていない、急所を狙おうとすると防壁に阻まれる。
体の末端、腕は防壁が薄いようだが二段構えになっているようだ、もしかしたらそれ以上かもしれない。
ダレン爺の試験品があれば、とも思ったけど無いものは仕方ない。
それにあの感覚には覚えがある、魔動機を襲撃した際に現れた一人、それと戦った時に感じた物と似ている。
あの時襲撃してきたのが目の前にいる男なら辻褄は合うか。
ダレン爺からは家に向かえとしか聞いていなかった、おかげで何とか間に合ったとはいえ状況を理解するのは難しい。
こいつがここにいる理由は何だ?何か目的があってここにいるはず。
ダレン爺が後から来る、今すぐに来れない理由がある。
長い睨み合いは、突然内側から勢いよく開かれた扉に破られた。
「ヴァルニール、起動したから後は任せた!」
扉を開けたのはリアンさんだ、確かにリアンさんのはずなのに雰囲気と言動が別人のように感じる。
様子がおかしい、それに屋敷から妙な魔力が流れてくる。
あの森で感じた魔力に似ている……似ているが、何故か別物だとはっきり分かる。
リアンさんはそれだけを言うと力を無くしたように倒れてしまった。
「っ、母さん!」
よろめきながらもラズリアが駆け寄る、リアンさんの事はラズリアに任せよう。
それよりも確かめなければいけない、聞いて答えが返ってくるのを最初から期待していない、それでも聞く必要がある。
「……パンテロの村を知っているな」
私がその名前を出したとき、空気が変わった。
報告書で見た名前、目の前にいる竜人がそうなのだと。
答えは返ってこない、その沈黙が何を意味しているのかまでは推測するしか出来ない。
嘆息を漏らすと張り詰めていた空気が不意に緩んだ。
逃げるつもりなのか、私に向けられていた敵意がなくなっているように思える。
「逃がすと思ってるのか」
「逃がすとも、私の相手をしている場合ではないのだから」
そう言うのと同時、妙な気配が屋敷の中に突然現れ、甲高い鳴き声のような音と共に壁を突き破って飛び出してきた。
あれは……何だ?
獣の類いのようにも見えるが、その四肢は人と同じ形をしている。
どこから現れたのかも分からない異形は、私の方に大きく裂けた口以外何もない顔らしい部位を向けている。
背中にある黒い眼球が世話しなく動き辺りを見渡している。
あれが何なのかは分からない、ただ直感的に分かるのはあれは何とかしないといけない。
竜人の男はいつの間にかいなくなっていた、大きな鳴き声が響いた。
-2-
腕を大振りに薙ぎ払う、潜り込むように避けると続けてもう一本の腕が振り下ろされる。
地を蹴り、股下を通り抜けるように避けながら一撃、すれ違い様に斬りつける。
そのまま大きく飛び退いて距離を取ろうとすると、それに合わせて異形が跳躍する。
私が離れるよりも速く、真っ直ぐに巨体が迫り巨腕が振り下ろされる。
「っ!」
咄嗟に空を蹴って無理矢理に軌道を変えて何とか避け、地面を滑りながら態勢を整え即座に立ち上がる。
大きく巻き上がった土煙を割いて巨体が這い出ると異形が大きく吠え、笛を吹いたような不快な音が辺りに響く。
剣についている血の色は私の知っている魔物のどれとも異なる、白い血。
叩き付けた後の地面が大きく抉れている、当たればただではすまない、受け止めるのは無理だ。
この巨体だ、今の一撃ではダメージにならないだろうし、何の変哲もない既製品の剣が殺すまで持つとは思えない。
急所をつければ一撃で仕留められるだろうが、どこが急所なのか分からない。
頭か、目か、それとも別のどこかか、見当がつかない以上は勘でやるしかない。
一息に踏み込み、相手の攻撃を誘って回避し、生まれた隙をついて斬りつける。
傷は浅いが怒りを買うには十分だろう、異形の連撃が次第に激しさを増していくにつれて隙が大きくなっていく。
生まれた隙を見逃さず、腕の合間を縫うようにして頭部まで肉薄するとその部位の丁度中心、人で言う眉間の辺りに剣を突き刺す。
突き刺すだけではまだ浅い、そのまま間髪入れずに魔力を込めて柄頭を思い切り殴る。
爆発したような音を響かせて零距離で放たれた剣が真っ直ぐに貫いた。
流石に効いたのか、白い血を撒き散らし、叫びを上げて暴れるがそれだけだ。
頭を貫いても死ななかった、なら背中にある目か、背中にある黒い眼球は小刻みに揺れながら辺りを見渡している。
現状手元に武器になりそうなものが無い、さっき放った剣は深々と壁に突き刺さってしまっている。
「ラズリア!何か武器ある!?」
「えっと、これ、使ってください!」
そう言うとラズリアが何か光る物を私に投げ渡してきた。
何かが刻まれた指輪、はめると指の大きさに合わせて小さくなった。
一度短く息を吐いて気持ちを落ち着ける、暴れまわっていてこのままだと取り付くのは難しい、まずは動きを止める。
僅かに身を屈め、一歩を踏み出し、地を蹴る。
真っ直ぐに異形まで飛ぶと同時に指輪に魔力を込め、引き寄せる。
ラズリアの元から私に追従するように真っ直ぐ緑色の光が伸び、異形の腕に深く突き刺さった。
白色の血が吹き出し、異形の巨腕が薙ぎ払われるが空を切る。
後ろ足側に回り込み、もう一度指輪に魔力を込めると突き刺さった状態のまま、腕から足にかけて真っ直ぐに一本の線が走った。
少し遅れて白色の血が吹き出し、自分の体を支えきれなくなり、態勢を崩した異形が地面に倒れ込む。
勢いのまま背中に乗り上げると黒い目が私を捉えた、私が突き立てようとする短剣をじっと見ていた。
体重を乗せて、深く突き刺す。
剣先に魔力を込め、内側で爆ぜさせると同時にその場から飛び退くと、異形は甲高い断末魔らしい叫びを上げながらのたうちまわる、次第に力を無くしていき、最後には動かなくなった。
大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。
これがどこから、どうやって現れたのか、自分の知らない、得体の知れない存在に少し不安を覚える。
深くと突き刺さった剣を手元まで引き戻し、血を払う。
少し乱暴に扱い過ぎた。
「ラズリア、無事?」
「あはは……全然、無事じゃないです」
それでも軽口を言うぐらいには余裕が出来たみたいだ。
私が戦っている間に自分で簡単な治療は済ませていたみたいだけど、それでも一目見て満身創痍なのは分かる。
ラズリアの治療も急がないとだけど、リアンさんの事や未だに妙な魔力が屋敷の中から流れてくるのも気掛かりだ。
調べた方がいいだろうけど、ラズリアに近付くとまずはリアンさんの容態を確かめる。
呼吸は正常、脈もある、何か魔法が掛かっている……様子はない。
意識を失っているだけで命に別状問題はなさそうだ。
「大丈夫そうかな、後で検査してもらわないとだけど」
そう伝えるけど、ラズリアの返事は無い。
少し不思議に思って顔をあげると顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「わた、わたし、死ぬかと、思って、先輩が、来てくれて本当に……」
「……うん、よく頑張ったよ」
背を数度叩いて宥めると、鼻をすすりながらも乱暴に涙を拭うけど泣き止む気配はない。
けどまだ終わりじゃない、まだ解決してない。
「歩ける?まだ調べないといけない事があるから」
ラズリアはゆっくり息を整えると、小さく頷いた。
ここに置いていくよりは私と一緒にいる方が安全だ。
-3-
「これ……何なんすか」
壁に空いた穴を抜けるとその先には工房が見えた、工房の壁にも大穴が空いている。
入ってすぐの所でラズリアにリアンさんを任せて私だけで奥に進む。
元々は綺麗だったんだろうけど、壊れた机や器具が散乱している。
天井には真っ直ぐに白い筋が走っていた、真っ直ぐに外に向かっている、よく見るとさっきの異形の血のようだ。
それに……工房の床に真っ黒い大穴が空いている、妙な魔力は目の前にある穴から感じる。
何故工房が荒れているのか、何故天井の筋が真っ直ぐに外に向かっているのか、あの大穴は一体なんなのか。
あの異形の気配は突然現れた、何もないところから突然。
どういうことか考えていると、穴の向こうから青白い手が伸び、穴の淵を掴んだ。
一つだけではない、何十本もの手が穴から伸び何かを掴もうとしている。
何かが外に出ようとしている、ように感じた。
「ひっ……」
ラズリアの短い悲鳴を聞くと地を蹴って、通りすぎ様にその手の一つに一撃浴びせる。
白い血が吹き出し、斬りつけた手は引っ込んだがまたすぐに別の手が伸びる。
あの異形はここから現れた、今もまた別の異形が現れようとしてる。
この穴を塞がないと駄目だ、物理的に塞ぐのは……効果がなさそうだ、なら魔法で?
私にどうにか出来るとは到底思えない、あれが何なのか、どうすればいいのかも分からない。
下手に干渉して状況が悪化したらそれこそどうしようもない。
頼りになるとすれば……
「遅くなった」
風を切る音が聞こえたかと思えば、ダレン爺の声が続けて聞こえた。
「あれ何とか出来る?」
「その為に来た」
臆する様子なく、その穴に近付くと一本の短剣を取り出し、穴の中心に真っ直ぐ向ける。
短剣を向けると穴にひび割れたような亀裂が走り、全ての手が引っ込んでいった。
ひびが広がっていくにつれて、穴から感じてた魔力が少しずつ弱くなっていく。
そのひびが穴全体を覆うと剣を振るう。
消えたとかそういうのじゃなく、穴が砕けた。
ガラスでも割ったように大穴があった場所には黒い破片が散らばって、黒い煙のようなものを上げながら霧散していく。
深く、長い息を吐くと一度剣を空に振るって、振り返った。
「何がなんやら、分かんないんすけど……」
「家にいろと言った筈だが」
「それは……その……」
厳しい視線をラズリアに向けると気まずそうに視線を逸らす。
「あんまり責めないであげて、ラズリアがいなかったら間に合ってなかったかも知れないから」
仲裁するようにその視線の間に割り込むと、もう一度大きく溜め息を吐いた。
「無事だったからいいが無理をするな、直に組合と魔法ギルドが調査に来る、詳細はそこで話す」




