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小さな願い

-1-


そろそろ休憩もいいだろう、あんまり休んで歩くのが億劫になってはいけない。


もう十分に休んだ、後は川に沿って下っていくだけだ。


アカメの事は……どうした物か、里親が死んでいる、マーチェスに戻ってもアカメを保護する者がいない、それに死んでいる事をアカメにどう説明すればいい。


そのまま伝える?はぐらかす?どちらにしても良い結果になるとは思えない。


今まで生きてきてこんな事を考える事はなかった、どうするべきなのか分からない。


「テイルス?むずかしい顔してるよ?」


私が一人で悩んでいるとアカメが私の顔を覗き込む。


心配している様子はない、ただただ不思議がっているように見える。


「……アカメは、お父さんとお母さんの事好き?」


自分でも突然何を聞いているんだと思う、聞いてどうするつもりだ。


少し前にシルヴァーグに似たような質問をされたから、こんな事を聞いてしまうんだろうか。


私がそう聞くとアカメは困ったように唸り始めた。


「んー……私ね、お父さんとお母さんの事何にもしらないんだ、ずっと孤児院にいたから……」


「……そうじゃなくて、里親の」


「……?さとおや?」


何故か話が噛み合わない。


何か食い違っている、根本的に何か違っている。


違和感の正体を見つける前、私たちの来た方向からさっきの妙な気配を感じた。


「伏せて、静かにしてて」


アカメの背を押して椅子の横にしゃがみこませ、私もそれに続く。


船の外の様子は分からなくなるが気配のおかげで大体の場所は掴める、下手に顔を出して見つかるよりずっといい。


耳を澄ますと川の水音に混ざって足音と僅かな呼吸音が聞こえる、土を踏む音が石を踏む音に変わった。


気配が近付いてきているが船の方に真っ直ぐに向かっていない、私たちに気付いている訳ではなさそうだ。


気配が近付くにつれて血の臭いも濃くなっていく、石を踏む音が少しずつ近付いている。


手で口を抑えて呼吸を出来るだけ漏らさないように、アカメも私の真似をして口元に手を当てている。


気配が船の近くを歩き回っている、私たちを探しているようにさえ思える。


どこかに行くまでここで隠れているしかない、見つかれば今度こそ逃げられるか分からない。


息が詰まる、鼓動が早まる。


暫くそれが続いて、ようやく気が済んだのか、一度鳴き声をあげると足音と気配がゆっくり離れていくのが分かった。


後もう少しで、隠れきれる。


後、もう少しで……





不意に異物感が、大きくなった。


それと同時に高い鳴き声を上げ、足音が、気配が、反転して真っ直ぐにこっちに向かってくる。


気付かれた、アカメの手を引いて立ち上がろうとする前に船体が大きく揺れた。


「わわっ!」


船が傾いている、魔動機から聞こえる低い音と共に船底が地面を擦る音が聞こえる。


顔を上げれば景色が流れている、大きな飛沫を上げ、もう一度船が大きく揺れた。


突然の加速に反応が追い付かず、勢いに体が引き倒される。


巻き上がった飛沫が肌を濡らす、船の揺れが絶え間なく続く。


揺れは激しいが椅子を掴んで何とか顔を上げ、周囲を見渡して今の状況を確認する。


船を川に落とされた、その時に後ろにある魔動機が起動したのか、凄まじい速さで川を下っているようだ。


川辺には異形が船を追うように走っているが、船の方が速いらしく異形が離れていく。


船が岩にぶつかったのか、削れるような音と共に船が一際大きく揺れる。


暴れ馬のように、川を下り続ける。


「わああ!!わあああ!?」


二人揃ってみっともなく悲鳴をあげて、身を投げ出されないように椅子にしがみつく。


瞬間、突然激しい揺れも巻き上がる飛沫も無くなり、体が宙に浮いた。


何が起こったのか、理解できずお互いの悲鳴が止まる。


落ちる感覚、そういえば滝があったなと、今になって思い出した。


「ぐぇ」


直後衝撃と共に叩きつけられ、潰れたような声をあげる。


それでも船は止まらない、水を裂いて進む音が木を削るような鈍く重い音に変わり、揺れが一段と激しくなる。


かと思えば強い衝撃に身を投げ出された。



-2-


立ち上がるのも面倒くさく感じる、幸い体は何とか動く。


ふらつきながらもゆっくり立ち上がり、辺りを見渡す。


陸に乗り上げた船がそのまま進み続けて、近くにあった小屋にぶつかってやっと止まったようだ、川から真っ直ぐに地面を抉りながら進んだ跡が残っている。


船のぶつかった所は大穴が開いていて、中に置いていただろう棚が倒れているのが見える。


その近くにアカメが倒れていた、上半身だけを起こしてぼんやりと辺りを見渡していて……血の臭いがする。


急いで近寄ると今にも泣いてしまいそうな顔で私を見上げる。


「あ、テイルス……」


「じっとしてて」


見ると尖った木片が足に刺さっていて、血が滲んでいる。


このままだと歩くのは無理だ、背負って歩くのは……私とアカメの体格差的に難しい、背負う体力もあるか分からない。


ここが小屋である以上、待っていれば誰か来るのだろうがそれは出来れば避けたい、あの異形がうろついている。


どういう訳か私たちに気付いていた、ここで姿を隠していても見つかるだろう。


思い当たるのは……私の中にある異物感、それが大きくなったときに気付かれたように思える。


それがいつ来るとも分かった物でもない。


現状では歩く事もままならないが、ここで留まる訳にも行かない。


ここから離れるにはアカメの怪我を何とかしないといけない。


なら、やるべき事は決まった。


「……治せると思う、痛いけど我慢できる?」


「う、うん、がんばる」


アカメの手を握り、もう片手を突き刺さった木片に手を伸ばす。


「木抜くから、袖噛んでて」


不安げに袖を噛むと、小さく頷く。


無駄に痛ませないように、力を込めて一気に引き抜く。


「っ、んっ!!?」


体を丸め、私の手を痛いぐらい強く握る。


荒く短い呼吸、涙目になりながら私の方を見る。


「大丈夫、大丈夫だから」


宥めるように、出来るだけ優しい口調で返す。


傷口からは止めどなく血が流れている、血で汚れるのも構わず傷口に手を添える。


目を閉じ、見える光景も、聞こえる音も、触れる感覚も、全て無くして自分の内側にだけ意識を集中する。


思い出すのは一度受けた感覚。


シルヴァーグに手を治してもらった時の感覚、メイに傷を消してもらった時の感覚。


優しく、柔らかく、温かい、そんな淡い光。


アカメの傷が治るよう想いながら、魔力を練り上げる。


「……いたいのいたいの、とんでけ」


そう呟くと手のひらから暖かさがアカメに流れていくように感じた。


少しずつ、ゆっくりと、確かにアカメに流れていく。


それがどれほど経ったのかは分からないが、流れていくのが止まった。


ゆっくりと目を開けると他の感覚がゆっくり戻ってくる。


足から手を放すと最初から傷など無かったように治っていた。


「……痛くない?」


確かめるように恐る恐る足を動かすとアカメの表情が途端に明るくなった。


「すごい!テイルス、ほんとにすごい!ありがとう!」


「別にっ、いいから」


抱き付こうとしてくるアカメを押さえようとしたが、手が血で汚れているのを思い出して仕方なく受ける。


その状態で何とか立ち上がろうとすると、アカメも立ち上がり改めて辺りを見渡す。


「……これ、おこられないかな……?」


怪我が治ってようやく周りの状態に気がついたのか、少し不安げにそういう。


小屋に派手に空いた大穴、そこに突っ込んでいる船、穴の向こうには棚に陳列されていただろう品物が散らばっているのが見える。


後ろを見ると川に向かって真っ直ぐに地面が抉れている、何があったのか想像するのは容易い。


「気にしないでいい」


「そうかなぁ……」


そもそも私たちに非がある訳ではない、それでもアカメとしては気になるのか何度も壁に空いた穴を覗き込んでいた。


「もう少し、……」


アカメの手を引いて、先に行こうと促すが言葉が詰まる。


突然息苦しさを覚える、異物感が大きくなっていくのが分かる。


もうそろそろ押さえるのも限界かもしれない、数度深呼吸をして整える。


「テイルス?大丈夫?」


「大丈夫、だから……」


早く行こうと、言葉を続けようとしたときあの気配がすぐ近くにいるのが分かった。



-3-


咄嗟に顔が向く、時間がゆっくりになったような感覚を覚える。


崖上から異形が真っ直ぐにこっちに飛び掛かってきている。


避けられない、間に合わない、逃げられない。


精々出来るのはアカメを少しでも遠くに突き飛ばすぐらいだ。


異形はすれ違い様、私の体を掴み上げるとそのまま乱暴に叩き付けた。


「かはっ……」


押し出された呼吸に血の味が混ざる。


腕はまだ動かせる、剣もまだ落としていない、まだ足掻ける。


何とか剣を引き抜くと、がむしゃらに私を押さえ付ける腕に振り下ろす。


何度も何度も振り下ろし、その度に白色の血が吹き出すがそれでもまだ私を離さない。


「テイルス!」


足掻く私を黙らせるように、叩きつける。


一度目で振り下ろす力が無くなった。


二度目で腕を上げる力が無くなった。


三度目には剣を握る力が無くなった。


何度も何度も叩きつけられ、その度に全身が打ち付けられて意識がぐらつく。


私が力無く項垂れるとその動きを止め、その何もない顔を私に近付けてくる。


真っ黒い目が、楽しむように笑っているように見えた。


なぶっている、私が苦しむのを楽しんでいるように思える。


……気に入らない。


まだ、まだ動ける。


持てる力を振り絞って、刺して出来た傷口に手を突っ込み肉を掴む。


外へ、外へ、内側から破裂するように、そう願う。


「はじ、けろっ!」


そういい魔力を放つと、異形の手首が大きく抉れ弾け飛んだ。


異形がのたうち回り、腕に体を振り回され、遂に私を掴んでいられなくなったのか、異形は私を放り投げた。


地面に投げ捨てられて、転がって。


「げほっ……おえっ……」


それでも怠慢な動きで何とか起き上がろうとすると打ち付けられた痛みとは別の痛みに襲われた、内側から体を裂かれるような、そんな痛み。


内に抱えている異物が大きく、どこまでも大きくなっていくような感覚を覚える。


遠くにいるアカメが駆け寄ってくるのが見えた、気持ちは嬉しい、けど。


「っ……来るな!」


そういうとアカメは戸惑ったように、泣きながら足を止めた。


幸いな事にあの異形は私にしか興味がないらしい。


一通りのたうち回ると威嚇するように牙を剥き出しにして唸っている。


死ぬ、だろう、今の私であれを何とか出来るとは思えない、体もろくに動かない。


不思議と以前と違って、死ぬのはそれほど嫌ではなかった。


今ならアカメはここから逃げられる。


それから先は祈るしか出来ないが、少なくともこの場からは逃げられる。 


唸り声が一際強く、大きくなる。


意識が薄れて、全身から力が抜けて、視界が赤くぼやけてくる。


「そんなの、そんなの!ぜったいいやだよ!」


アカメが無事に逃げ切れるかどうか、それだけが気掛かりだった。


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