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冒険者らしく、冒険者らしからぬ

-1-


緊張する、初めて組合に入るときと同じぐらい緊張する。


あの時は入り口でうろうろしてるのをメイさんに声を掛けられてそのまま何とかなった。


けど、今回は違う、誰かの家の周りでうろうろしていると不審者だと思われかねない。


マグダレンさんは守ってくれると言ってくれたけど、辺りを見渡してみても姿は見えない。


本当に大丈夫なんだろうか、今更になって不安になってきた。


でも、やると決めた以上はやらないと、私に出来ることをやらないと。


意を決して、呼び鈴を鳴らすと少しして扉が開いた。


「……どちら様?」


「あ、あの、私、冒険者で、調査してて……練習で一人で聞いてこいって言われて……それで……」


あらかじめ何を言うか用意してたのに、少しずつ声が萎んでいくのが分かる。


「……若いのに大変ねぇ」


「はい……その、トラビスタについて何か知ってること、ありますか?」


「そうねぇ……あれよね、魔具のメーカーさんよね、確か」


大体の人はこんな感じだった、どこかで聞いたことのある魔具のメーカー、自分でも使っている物がある、と。


父さんや母さんの知り合いの人、仕事の付き合いだったり個人的な友達だったり。


私の事に気付いている様子は無さそうだった、


まさかその娘が直接聞いている、なんて思ってもないだろう。


後は一級魔具師の噂を知っている人、そんな事ないと言ってくれる人もいた、けど、怪しんでる人が多かったと思う。


何度かやっていれば慣れてくる、訳でもない。


新しい家の呼び鈴を鳴らす度緊張するし、用意していた文言は何度言ってもたどたどしい。


自分の家の事を聞くのは何と言うか複雑な気分だ。


褒められたら勿論嬉しかったけど、悪口の方が多かったと思う。


悪いことしてそうとか、噂の事とか。


やっぱり一級魔具師だから?そんな理由で嫌われるのは気に入らない。


何があったのか私も詳しくは知らない、どうせ皆噂程度の事しか知らないのに。


それを何度も繰り返して、いい加減日が傾いてきたけど、いつまでこれを続けていればいいんだろう。


「あのー少々よろしいでしょうか」


恨み言を考えながら道を歩いていると、声を掛けられると思っていなくて体が跳ねる。


振り返ると男の人が立っていた、格好からして冒険者の人だろうか?


大丈夫、何も悪いことをしていないんだから、怯える理由はない。


「いきなりすみません、身分を証明できるもの、お持ちですか?」


「あ、はい、ちょっと……待っててほしいっす」


冒険者のエンブレムはどこにあったっけ、確かベルトからぶら下げていたような。


慌てないように、自然に、自然に。


「あっ」


そう気を付けていたのにベルトから外した時にエンブレムを落としてしまった。


拾い上げようとしゃがみこんだ時、頭の上を何かが通ったような感じがして、何かを殴ったような鈍い音が聞こえて


「無事か」


「え、あ、はい……?」


顔を上げるとマグダレンさんがいて、さっき話し掛けてきた人が少し離れたところで倒れていた。


状況が全く、少しも分からない。


「すぐに済ませる、ここで待っていろ」


何の説明もないまま、一度強く地面を踏みつけると倒れている人に向かって歩き始めた。


倒れてる男の人は忙しなく辺りを見回すけど、マグダレンさんや私が見えていないみたいだ。


肌で感じる空気感が張り詰めたように思える、何か話しているみたいだけど私の方には聞こえてこない。


気付けば辺りから音が消えている、さっきまで聞こえてきた音が何も聞こえてこない。


今更になって自分がいつの間にか人通りの無い路地にいることに気付いた、こういう場所には行かないようにしていたつもりだったのに。


何かを聞いているみたいだけど、マグダレンさんが一方的に話しているように見える。


相変わらず男の人の視線は定まらないまま、しばらくその状態が続いて。


不意にマグダレンさんがその男の人の顔面を強く、完全に振り抜く勢いで殴った。


「え!?」


いや、それは、流石に駄目だろうと思って声が出た。


今ので気を失ったのか、倒れて動かなくなった。


一度手首を軽く振ると気を取り直した様子で私に視線を向ける。


「ここまで誘導されていたぞ」


「え、いや……全然分からないんすけど!」


何となく不安だからマグダレンさんの側に近付いておく。


なんでここまで誘導されていたのか、マグダレンさんがどこから来たのかも、なんで殴ったのかも分からない。


「剣を抜こうとしていた、情報はほとんど聞き出せなかったが少なくとも敵だ」


「は、はぁ……」


そうは言われても実感が全然湧かない、なんでそんないきなり……襲われるような理由なんて思い付かない。


思い切り殴っていたけど大丈夫だろうかと、恐る恐る顔を覗き込んでみると


「……あれ、この人って」


「知り合いか」


「知り合いというか……ちょっと最近お世話になって」


その顔に見覚えがあった、少し……どころかかなり変わってしまっているけど。


自分でも忘れようとしていた事、ティルと一緒に行ったあの家であった事、その時に呼んだ冒険者の人だった、偶然だろうか?


「……詳しい話は家で聞く、手間を掛けさせたな」


「あの、この人は……?なんかしなくてもいいんすか?」


倒れたままの人を放って、マグダレンさんは歩いていく。


マグダレンさんの姿を見られたかもしれないのに、放っておいていいんだろうか。


拘束するとか何かしておいた方がいいんじゃないかと思う。


「そこまで強くは殴っていない、姿も声も誰か分からないようにはした、問題ない」


そこまで強く殴ったからこうやって気を失ってるんじゃないんだろうか、なんて思ったけど言わない。



-2-


「それで、何があった」


マグダレンさんの家に戻り、適当な場所に座ると早速その話になった。


うまく説明できる自信がないからあった事をそのまま話す。


「あの……メモで貰った場所に行ったら殺人現場に居合わせて、その時に呼んだ冒険者の人です……」


ティルに連れていってほしいと言われた場所に行ったときの事、ティルには言わないで欲しいと言われたけどそうも言ってられない。


初めて、人が死んでいる所を見た、それもあんな残酷に。


ティルはまだそれが何なのか分かってなかったのか、反応が無かったけど見ていいものじゃない。


思い返すだけでも、あまりいい気分にはならない。


「ゆっくりでいい」


私の言葉が曇っているのが分かったのか、そう言ってくれた。


大丈夫、じゃないけど、これぐらいの事頑張らないと。


「あ、はい、ありがとうございます……夫婦が二人、逆さ釣りにされてて、衛兵の人呼んで……さっきの冒険者の人にも、来てもらって、それから……」


少しでも何か情報を引き出そうとその時の事を思い返していく。


冒険者の人が来てから何をしていたのかを話そうとする前、マグダレンさんが割り込んだ。


「二人だけか?」


「確か、そのはずっすけど……」


どうしてそんな事を聞いてくるのか分からなかった。


なんで亡くなった人の数を確認する必要があるんだろう。


何か、不味いことでもしてしまったんだろうか。


続きを話していいものか分からない沈黙が続いて、マグダレンさんが不意に立ち上がった。


「少し出掛ける、ここにいろ」


「あ、はい」


そう短く言うと出ていってしまった、こんな時間からどこに行くんだろう。


一度大きく伸びをして、伸ばしきった所で頭から机に倒れ込む。


今日は色々ありすぎて疲れた、瞼が重いし今は体を動かす気にならない。


不安な事はたくさんある、父さんの事、母さんの事、先輩の事、ティルの事。


何か進展があったのか、実感はないけれど何か変わっている、はずだ。


きっと大丈夫、根拠は無いままだけど不安ではなくなっている。


きっと、なんとか出来る、きっと、何とか……。


「ねむ……」


ここで寝たら迷惑かな、と思いはしたけど止められなかった。



-3-


起きたとき肩から毛布を掛けられていた、窓から差す陽が明るい、朝まで寝てしまったみたいだ。


大きく伸びをすると寝ていたときの姿勢のせいで関節が大きく鳴る。

部屋を見渡してみるとキッチンの方にマグダレンさんの姿が見えた。


毛布を肩に乗せたまま四つん這いで、母さんの眠っている部屋の襖を少し開けて中の様子を見る、まだ目を覚ましてないみたいだ。


私に出来ることは無いかもしれないけど、早く目を覚ましてほしい。


「起きたか」


「あ、はい、おはようございます」


「飯にする、食べながらで構わない」


作ってくれたのは昨日とほとんど同じ焼き飯、違うのは具と味付けぐらいだろうか、相変わらず美味しい。


昨日は結局食べ終えるのを待たせる感じになってしまったから、今回は遠慮せず、食べながら話を聞く。


「昨日言っていたのはこれの事か」


そう言ってマグダレンさんは新聞を広げ、その記事の一つを指差した。


新聞を取っているのは少し意外だったけど、そんなことより新聞の文面に目を向ける。


『上流域で一家惨殺、至上主義者の仕業か。


上流域に住む家族三人が何者かに殺害されている所を通りがかった冒険者が発見した。


被害者は全員リビングに逆さ吊りにされており、犯人の動機は不明、犯行の手口から至上主義者の犯行の可能性もあり、現在調査中である。』


至上主義、人類至上主義者。


亜人を嫌っている人たちの事、それ以上のことは知らない。


たまにこんな風に新聞で名前を見掛けるぐらい、大体ろくでもない事をしている印象がある。


「あれ、三人……?」


そんな事よりも気になったのはその部分。


亡くなった人が増えている理由、そんなの考えたところで少しも思い付かない。


「もう一人は子供の筈だ」


なんでそんな事が分かるんだろう、と首を傾げると


「書き置きを渡すよう頼んできたのは孤児院の院長だ、テイルスに書き置きを渡してきたのはその子供に会わせようとしたんだろう」


そうだとしたら、ティルはなんであの時に何も言わなかったんだろう。


その事に気付いていなかったのか、それとも何か理由があるんだろうか。


「その子供の事を隠したがっているように見える、理由は分からないが」


「……でも、この記事見たら知ってる人はおかしいって気付くんすよね?」


あの場には他に衛兵の人と冒険者の人がいた、その人たちはこの記事を見たときにおかしいって思うはず。


そもそもなんで増えて載ってるんだ、報告書の時点からおかしくならないとこうはならないはずなのに。


あの冒険者の人たちがそう報告しないと、そうはならないはず。


そうだとしたら……最初から、そうなるように仕組まれていたように感じる。


「確認したが、昨日からラズリアの呼んだらしい衛兵と連絡がつかなくなっている」


その事を知ってるから襲われたんだとすれば、辻褄が合うように感じる。


私とティルが襲われたのも、もしかしたらそれが原因なんだろうか?


「じゃあ、母さんはなんで……?」


ただ、それが理由で襲われたのなら母さんが襲われたのにはまた別の理由がある、って事になる。


「別の理由があったにしろ今は分からん、今夜そのメモの家を調べる、それまでここにいろ」


「はぁ」


話が一段落ついた所で丁度私が食べ終わった、今すぐに何かをするんじゃないなら食べながら聞くんじゃなかった。


食べ終わった食器を流しに突っ込んで、居間に戻る。


答えがはっきりしないまま、分からない事ばかりが増えていく。


机に突っ伏して、これまでの事を整理してみても分からないことだらけですっきりしない。


「魔法装身戦記、読むか」


「……え、こっちにあるんすか?」


頭を机に置いて考え事をしているとマグダレンさんが不意にそう言ったから思わず顔を上げる。


私が前にやっと一巻見つけた本、メルヴィアを出るときに貸してくれるみたいな話はしていたけど、マーチェスに置いてあると思ってなかった。


「メルヴィアとマーチェス、両方に全巻置いてある」


「おぉう……お願いします」


気分転換にはなる、絶対。



-4-


道を歩く人はいない、私とマグダレンさんだけだ。

こんな時間にこんな格好で歩いているのを衛兵の人に見られたら間違いなく止められる。


目立たないように二人とも真っ黒な服を来て、マグダレンさんは暗視用のゴーグルを持ってきている。


小さな頑丈そうなケースを持ってきているけど、中に何が入ってるのかは知らない、調査に使うような魔具でも入ってるんだろうか。


何か違いがあったときに気付けるのは私だけだからと連れてこられた。


そもそもあまり覚えている訳ではないのに何か役に立てるんだろうか。


色々不安な事はあるけど、その家に着いた。


当然だけど明かりは点いていない、他の家もそうだ。


扉の前で暫く立ち止まると


「……中から魔法で塞いでいるな」


「え、全然分かんないんすけど」


先輩が前にやっていたのと同じ事をしたんだろうか、そういうのはよく分からない。


事件のあった家にそこまでの事をするだけの理由がある、って事だろうか。


殺人事件のあった時の処置の仕方なんて教わってないからこれが普通なのかも分からない。


それからは持ってきたケースの中から手のひらに収まる程度の大きさの釘を取り出した。


その釘の先を扉に近付けると、何かを探すように動かしている。


魔具や魔動機を点検する時に使う道具だったと思う。


ちゃんと魔力が流れているのか、魔法陣に変なところが無いか、とか。


集中しているみたいだから、声を掛けるのは止めておこう。


「……ここか」


目的の場所が見つかったのか、そう言うと釘を扉に触れさせ、釘の頭を軽く叩く。


その瞬間から辺りの雰囲気が変わったような感覚がする、肌で感じる空気感が何かおかしい。


ぞわぞわする、耳や尻尾の毛が逆立つ、あまり長くここにいるべきじゃない気がする。


マグダレンさんの後に続いて、他の人に見られない内に中に入ろう。


入ってすぐにマグダレンさんが扉に触れると、魔法陣が浮かびあがったかと思えば扉の中に消えていった。


改めて来た部屋はほとんどそのままの状態で残っていたと思う、はっきり違うと分かるのはぶら下げられた遺体が無い事、当たり前と言えば当たり前だけど。


部屋は誰かが暴れたみたいに家具が散らかったままだし、微かにだけどまだ血の臭いがする。


さっきからずっと何か引っ掛かってるような違和感がある、初めて来たときには無かったように思う。


調べることがあるとマグダレンさんは言っていた、忍び込んでまでする事って何なんだろうと思う。


ゴーグルをつけたマグダレンさんがリビングを歩いて回ってるけど私は特に何もしていない。


その後ろを邪魔にならないように付いて回っているだけだ。


思い出したくはないけど、あの時ここであった事を思い出さないと役に立てない。


「これに覚えはあるか?」


何だろうと見てみると銀色の刃をした小さな短剣が床に真っ直ぐ刺さっていた。


確かこんなのは無かったように思うけど、自信はない。


刃が汚れている訳ではない、凶器に使われたと言う訳ではなさそうだ。


よく見ると刃の表面全体に魔法陣が刻まれていて、何かの魔具なのは分かる。


気になるのはなんでかその短剣に既視感がある、どこかで見たことなんてあっただろうか?


「無かったとは思うんすけど……」


「そうか」


一度、柄の部分に手をかざすとマグダレンさんが数秒固まった。


私が声を掛けようか掛けないか、迷い始めた頃にその短剣を引き抜いたと思えば逆手に握り直し、もう一度突き刺した。


何でかは知らないけれどマグダレンさんがそうすると違和感が薄くなったような気がする。


「……?あの」


「戻るぞ」


再度引き抜くとその短剣をケースから取り出した袋に仕舞い込んだ。


外に出て、もう一度マグダレンさんが扉に触れ、魔法陣を浮かび上がらせると違和感が途端に消えてなくなった。


帰り道は終始無言だった、別に気になる訳じゃないけどマグダレンさんは用がないと話さないだろうし、私も同じタイプだから仕方ない。


今思ってみれば深夜のマーチェスを歩くのはこれが初めてかも知れない。


歩き慣れていて、見慣れている街だけど雰囲気が少しだけ違って見える。


そんなこんなで家まで戻ってきて


「シルヴァーグが持ってきた刃の事を覚えているか」


マグダレンさんは机の上に短剣をおくとそう言う。


「……森で見つけた奴、っすか?」


確か、ブロブが飲み込んでいた持ち手の無い剥き出しの刃。


何かの魔具だとは思うけど何の魔具かは分からない、マグダレンさんに調べてもらっていたと思う。


「それとよく似た刃がついている、家に入るとき妙な感覚があっただろう、これが原因だ、何か思い当たる事はあるか」


森で見つけた刃と似た物があの家の中にあって、それが違和感の原因で、でもそれは最初は無かったはずで、誰かが後からあそこに置いて……


考えてみても思い当たる事はない、あの日の事を思い返してみる。


流れ星についての再調査、再調査の理由は……色々あったから日を改めてもう一度する事になった。


最初は魔力に違和感があったけど、再調査の時にはその違和感が無くなっていた、らしい。


報告書にも一緒にそう書いたから覚えている。


複数の核を持ったブロブの体の中に残っていたもの、先輩も初めて見たって言っていた。


確かあのブロブは魔力を狙って食べる、みたいな性質があって……


辻褄を合わせようとすると辻褄は合うけど、少し強引すぎないだろうか。


……念のため、マグダレンさんにもこの事を話しておこう。


ただ、それで予想できるのはあの森であった事だけで今回の件は少しも分からない。


「……ともかく俺はこの魔具を調べる、何かあったら裏の工房に来い」


「あの、私に何か出来る事ってあるっすか?」


「今日はもう寝ろ」


そうとだけ言って奥に行ってしまった。


そう言われてしまったなら、私に出来ることは無いんだろう。


……シャワーを浴びてさっさと寝よう、明日は何をするんだろう。


少しずつだけど確実に、近付いていっている感覚はある。


きっと、大丈夫だ。



-5-


いつもより早い時間に目が覚めた、いつもなら二度寝するような時間だけど今日は起きる。


リビングまで出てきたけどマグダレンさんはまだ工房にいるのか、それとも起きていないのか姿は無かった。


あれから二日経ったけど父さんと先輩はどうしてるんだろう、ティルは無事だろうか。


マグダレンさんが戻ってくるまで何をしたらいいのか分からない。


何もしていなくていいのかもしれないけど、手持ち無沙汰で何となく落ち着かない。


辺りを見回すと机の上においてあった新聞が目についた。


手に取ってみると日付は昨日、することもないから読んでみようか、普段は新聞なんて読まないから何となく新鮮な気がする。


最初のページには昨日あった事故や事件、規模の大きいものから小さいものまで、色々載っていた。


そこまで大きな事件は無かったみたいだけど、魔動機と歩行者との接触事故が目についた。


魔動機の減速が間に合わなくて、みたいな奴だ。


幸い軽傷みたいだけど、他の街と比べてもマーチェスは特にそういう事故が目立つ、エスリック自体が魔動機の事故件数が多いのにその中でも特にだ。


気を取り直して次をめくってみると博覧会の事が書いてあった。


どんなのが展示されているかとか、魔具師の人へのインタビュー、だとか、細かい日程だとか、イベントの詳細だとか。


インタビューの内容は有名な魔具師の人や、今回が初めてで緊張しているという人、顔見知りの人のが載っていた。


元々はこれを楽しみにしていたのに、今はそれどころではないせいで純粋に楽しめない。


インタビューの欄の一番最後に注意書でインタビューの一部が事情により掲載できないようになった、と書いてあった。


改めてそこを見返してみると父さんの……トラビスタの名前は載っていない。


……新聞を読むのはもういい、部屋に戻ってもう一度寝ていよう。


部屋に戻る前、襖を開けて隣の部屋を覗いてみる、何となく日課みたいになってしまった。


「……え?」


誰もいない、そんな筈はない。


目の前の状態が信じられなくて固まる。


「何があった」


マグダレンさんの声が聞こえた、振り返ると今さっきリビングに来た様子だった。


私の表情を見ると状況を察したのか、早足に私の横を通り抜ける。


そのまま部屋の中に入って、ぐるりと部屋を見渡した後、私の横を通り抜けて奥に戻っていってしまった。


どうすればいいのか分からず、その場でわたわたとしているとすぐにマグダレンさんが戻ってきた。


何か荷物を取ってきていたのか、さっきとは服装が少し変わっていた。


「ここにいろ」


「でも……」


「何かあった時にラズラとリアンに説明出来ない、ここにいろ」


そう語気を強く言うと早足に出ていってしまった。

落ち着かない、落ち着けるわけがない。


母さんがいなくなって、マグダレンさんが出ていって。


誰かが母さんを拐っていった?でも、マグダレンさんは外から開けられる奴はいないって言っていた。


……こういう時はどうやってそうしたか、じゃなくどうすればこうなるのかを考えるといいって本で読んだ気がする。


外からは開けられない、誰かが入ってきて母さんを拐っていった訳じゃない。


最初から中にいた?そんな人いたらマグダレンさんはきっと気付く、そもそもどうやって中に入った?

顎に手を当てて、唸っているけど納得の行く答えは出てこない。


この家にいたのは私とマグダレンさんと母さんだけ、外からはマグダレンさん以外誰も入ってこれない。


……母さんが、自分で外に出たとしたら今の状況は有り得る、んだろうか?


なんでそうする理由が?母さんが目を覚まして、今すぐにここから出ていかないといけない理由が、何かある?


マグダレンさんはここにいろって言っていた。


心配してくれてるのは分かる、外に出たらまた襲われるかもしれない。


私が外に一人でいこうとしたらきっと止めるんだろう、そうだとしても何もしないのは嫌だ。


部屋に戻って外に出る支度をする、鎧は無いけど、幸い普段使っているベルトだけは持ってきている。


父さんから貰った魔具と予備の剣、それからポーチに応急手当用の魔石がいくつか入っている。


心許ないけど、無いよりずっといい。


「……よし」


支度を済ませたら一度大きく深呼吸する。


大丈夫。


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