夢であれ
-1-
目が覚めたとき、ソファーで横になっていた。
天井の模様は普段あまり見ないけど、確かに見たことがある模様、どうやら実家の応接室みたいだ。
こうなるまでの記憶がはっきりしない、確か昨日は……刺されたんだ。
慌てて服を捲って見ても傷も何も見当たらない、のに乾いて固まった血が服に張り付いているし、その真ん中ぐらいに大きな穴が開いている。
誰かに襲われて……それから……
「そうだ、ティル……ティルは……」
見渡してみても部屋の中にはいない、部屋の中にいないならどこに?
慌てて部屋から飛び出る、家の中は静かで、外から鳥のさえずりが聞こえてくる。
窓からは日が射していて、何もなかったかのように平穏な雰囲気で、いつも通りのように思える。
なのに、嫌な予感がずっと止まない、悪いことばかり考えてしまう。
呼び鈴が鳴った。
-2-
何があったのか、ラズラさんもはっきり分かっていないらしい。
誰かに襲われて、ティルが拐われて、ラズリアが応接室で眠っている。
部屋に置かれていた書き置きからそう判断したらしいが、応接室には内側からしか開けられないような魔法が掛かっているらしい。
強引に開けることも可能だが、そうしない理由が何かあるようだ。
ラズリアが無事なのかも分からないが、無事だと祈るしかない。
詳しい話はラズリアが目を覚ましてからだ。
「犯人に心当たりは?何か犯人から要求のような物は?」
「いえ、何も……初めての事で……」
動揺しているのは見て分かる、娘が襲われたんだから当たり前だ。
気掛かりなのは何故ティルを拐ったのか、トラビスタに対しての人質が目的なら娘であるラズリアを拐うのが普通だろう。
更に分からないのが何故ラズリアは拐われなかったのか、二人が一緒に拐われるならまだ話も分かる。
考えたくはないけど、二人が殺されてしまったのなら、それも分かる。
何故ティルは拐って、ラズリアは殺そうとしたのか、何か明確な目的があるはず。
それに……誰がラズリアを助けてくれたのか。
「ともかく、ラズには家を出ないよう言っておきます、それから組合にも連絡を……」
言葉を遮るように呼び鈴が鳴った。
このタイミングでの来客、ラズラさんは続く言葉を止め、神妙な面持ちで立ち上がる。
誰かが対応したのか、部屋の外から引き止める声が聞こえ、それが少しずつ大きくなっていくと勢いよく扉が開かれた。
「……連絡も無しに何の用でしょうか、今立て込んでいるのですが」
「失礼、どうかご容赦願いたい」
リーダー格らしい全身鎧を纏った竜人の男が一人、その後ろに軽装の獣人の男、大柄なのと小柄なのが二人、部屋の外でラズリアが呆然とした様子で立っていた。
やや早歩きにラズラさんの前まで歩くと一枚の書状らしい物を広げて見せる。
「召喚機所持の疑いで拘束する、そちら……の冒険者にも加担の疑いがある、同行願いたい」
私の方にも視線を向けると何故か一瞬言葉に詰まった。
しばらくの沈黙、ラズラさんは何かを考えるように瞑目すると
「……なるほど、そういう用件ですか」
そう小さく呟いた、今の一言で今の状態を何となく察した。
最初は組合に所属している冒険者が、裏で何かをしているのかと思っていた。
だからラズラさんはマーチェス支部に所属していない私に依頼した、相手に情報が伝わらないよう秘密裏に事を進めようとした。
密輸されている物が分かれば、犯人の手掛かりになるはずだった。
手が回るのが早すぎる、初めからそうするつもりだったように。
そして……私の手に入れたあの木箱の中身も予想がついた。
「抵抗なさらぬよう、我々は貴方の敵ではあるが不幸を望まない」
そもそも抵抗する理由はない、今はこのまま流れに任せるしかない。
「父さん、召喚機って……」
部屋の外にいたラズリアが、ふらふらとおぼつかない足取りで部屋の中に入ってくる。
信じられない、そんな訳がないと、そんな表情だ。
召喚機、一級魔具師の噂について回る悪魔を呼ぶ為に使うとされている魔具。
「嘘、ですよね?ほら、何かの間違い……とか、ですよね!?先輩も、そうなんですよね!?」
ラズリアは今にも泣き出しそうな表情で、そんな訳がないと信じようとしている。
答えは返ってこない、返せない。
この沈黙が答えだと、暗に言っているみたいで、それを否定するために何か言葉を探そうとしても上手い言葉がみつからない、
「っ……」
掛ける言葉を探している内に、ラズリアは走り去ってしまった。
「ここは私だけで対応する、追ってくれ」
-3-
逃げてしまった、何でか知らないけど冒険者の人が追いかけてくる。
やっぱり悪魔と契約したとか子供を実験に使っているとかあの噂は本当なんだろうか。
テスターの人も、それに協力してるって噂は本当なんだろうか。
父さんが、先輩が、そんなことするわけ無い、無いはずなのにそうだと言い切れない自分が嫌だ。
まばらな人混みを走る、時折誰かにぶつかって、謝りつつも走り続ける。
なんで、なんでこんな事になってるのか分からない。
ティルがいなくなって、父さんと先輩が捕まって、冒険者の人に追われて。
母さんが帰ってきていない事も何かあったんじゃないかと酷く不安になる。
私のせいで、私がちゃんと守ってあげないと行けなかったのに、なのに。
足がもつれて転んだ、すぐに起き上がって、眩む視界の中でひたすらに走り続ける。
走って、走っていつの間にか袋小路だ、追い付かれる、そもそもなんで私は追われてるんだろう?
分からない、分からないけど捕まりたくはない。
足音が近付いてくる、何とか、何とかしないと。
「動かずにしゃがんでいろ、何とかする」
冷たく、どこかからそう言われると頭から何かを被せられた。
言われるまま、辺りの見えない真っ暗の状態でしゃがむ。
「あっれ、確かこっちに……ってあらら、そういえばそんな時期か」
「お久しぶりです、いきなりすみません、こっちにこれぐらいの黒髪の子来ませんでした?」
足音が近付いてくる、両手で口を押さえ付け呼吸を殺す。
息苦しい、早く、ここからどこかに行ってほしい。
「……さっきそこの壁を登っていったが」
「情報ありがとう!もうちょっと追ってみるわ、見失ったらそんときは組合に連絡に戻るんで!」
「任せた」
そんな声が目の前を横切って足音が奥に向かっていった、あと一人はまだここにいるみたいだ。
「何か面倒事か」
「いや、うーん…………」
冒険者の人が唸ること数秒、さっきから心臓が痛いぐらい早くなってる、早く、早く……!
「……トラビスタさん所でね、ちょっと、色々ありまして」
「そうか」
「あんまり詳しい事言えないんで、すんません……博覧会、頑張って下さい!応援してます!」
声だけしか聞こえてないのに身振りが見えてくるような、頭を深々と下げてたんだろうな、と分かる声だった。
足音が離れていって、少し経つと急に視界が明るくなった。
押さえていた息を吐き出して、大きく息を吸って、大きく吐く。
それから恐る恐る顔を上げると少し怖い顔でマグダレンさんが私の事を見下ろしていた。
「立てるか」
そう言って手を差し伸べてくれた、両手で掴むと引き上げてくれて。
「話は家で聞く、ついてこい」
そう短く言うと私に被せていた布を脇に抱えて背を向けて歩き出す。
すがる思いで後を追いかけるしか出来なかった。




