狐のグルメ マーチェス編
-1-
「私が小さい時からやってる店なんすけど、一人じゃ入りにくい雰囲気あって」
ラズリアに連れてこられたは洒落た雰囲気の店だ。
入り口横に看板が立て掛けてあり、いくつかのメニューとその値段、一番下の余白には「今日は書くことが思い付きませんでした。」と大きく丸い文字で書いてある。
雰囲気と外から中の様子を見れないのが入りにくい理由だろうか、そこまで気になる物でもないが。
「友達とかと来ればよかったのに」
「……それが出来なかったからこうやってるんすよ?」
触れてはいけない所に触れてしまったのか、暫くの沈黙。
この空気を変えるためか、それともこの空気から逃げるためか、シルヴァーグは先に店の中に入っていった、私とラズリアも遅れて続く。
「いらっしゃい、空いてる席にどぞ」
顔立ちが少々獣に寄っていて分かりにくいが恐らく男、入ってすぐの机で何かの紙を広げていた。
私たちが店に入るとその紙を四つに折り畳み、それを脇に抱えて奥に歩いていった。
促されるまま、シルヴァーグが入り口近くの適当な机につくと私たちもそれに続いた。
「一人じゃ入りにくい雰囲気ないっすか?」
「ちょっとそういうのは分からないかな」
私も分からないが、家具や壁紙などからはこだわりのような物を感じる、それのせいだろうか。
席に着くと早速机に置かれていたメニューを眺めてみるが、シルヴァーグが何度か作ってくれた料理や孤児院で食べたことがある物ばかり、知らない物が少ないのは少し残念だ。
少ししてさっき居た男とは別の男が水差しと人数分の杯、それから湿った手拭いを持ってきた。
「用が出来たらそこの鈴鳴らしてください」
「すみません、おすすめってありますか?」
奥に戻ろうとしてた男をシルヴァーグが呼び止めると机の方に近寄り、見ていたメニューを上から覗き込む。
「……オムレツとかオムライスとか、まぁ卵使った料理頼む人が多いです、後はパンケーキとか、です」
いくつかの項目を指で示しぞんざいな説明を終えると足早に奥に戻っていった。
パンケーキ、項目の配置から見るに甘味の類いだろうか。
ただ甘味の所以外にも書かれているのが気になる、パンケーキにもいくつか種類があるのだろうか。
「何か同類の匂いがするっすね、あの人……」
「話慣れてない感じはしたけどね」
後ろ姿を見送ると視線をメニューに戻した、パンケーキについて聞いてみようか。
「パンケーキって何?」
どちらに聞いたわけでもないのだが、私がそう聞くと二人とも顔を見合わせた。
「何……何なんすかね、上手く説明が出来ないんすけど」
「……ここのはデザートと軽食みたいな感じだけど、後で頼む?」
頷いて返す、詳細は分からなかったが甘味らしい、それならこれについて考えるのは後で良いだろう、今は何を食べるか悩むときだ。
やはりおすすめしていたオムレツかオムライスだろうか、シルヴァーグが何度か作っていた。
溶いた玉子を焼いて形を整えた物、それに近いもの自体は以前にも食べたことがある。
店の者がおすすめしているからにはどれも美味いのだろうが、困ったことに種類がある。
具が違うのか、調理の仕方が違うのか、何が違うのかは分からないが何かしらは違うのだろう。
しかし情報が無い、シルヴァーグに聞けばいいのかもしれないが、情報が無いまま直感だけで決めてみたい気分だ。
考えても仕方がない、名前が美味そうな物にしよう。
「決まった?」
「ん、これにする」
私が悩んでいる間に二人はもう決めていたのか、私が決めたメニューを指差すと小気味良い鈴の音が響いた。
注文を終え、しばらく適当な談笑をしていると
「ほい、と」
盆に乗せていたオムライスを二つ、ラズリアと私の前に並べていく。
ほんのりと赤く色づいた米に菱形の大きな玉子焼きが乗っている、なかなか美味そうだ。
名前は何だったか覚えていないが、ソースの名前が長々と書かれていたオムライスにした。
シルヴァーグはオムレツのセットを、ラズリアは私と同じ物を頼んでいた。
私が匙を手に取ると食べるのを制止するように手のひらを向ける。
「おっと、まだ最後の仕上げが」
包丁を端から滑らせ切れ込みを入れるとそのまま刃先で開き、半熟だった玉子が薄く米を覆うように開かれると、更にそこに赤いソースを垂らす。
さっきのままでも十分に美味そうだったが、より一層食欲をそそられる。
「おぉ」
自分でも意識せずに感嘆の声が漏れていた。
ラズリアのオムライスにも同様にすると
「オムレツセット、すぐに持ってくるからもうちょい待っててくれな」
持ってきた物を盆に乗せ奥に戻っていった、早速食べよう。
「先に食べてていいよ、冷ますのも悪いし」
「半熟のオムライスって美味しそう感増すっすよね!」
シルヴァーグが言う前に食べてしまったが、気にはしないだろう。
一口目はソースの掛かっているところを切り取って食べたが、見た目通り、当然美味い。
何日かの病院での飯が不味かったのもあって美味さが染みる。
半熟の玉子は甘さが丁度いいし、何より食感が柔らかく口当たりが良い。
米も薄く味付けされていて、噛めば噛む程甘くなる米に良い刺激を与えてくれる。
何よりもこのソースだ、僅かな辛味が玉子と合わさり、もうとにかく美味い。
二人が何か話しているが気にせず黙々と食べ進め終えた所で、皿に残っているソースが少し勿体無く感じて机に置かれていた鈴に手を伸ばす。
鈴を鳴らす前に確認しておこう、拒まれることはないと思うが念のため。
「パン、頼んでいい?」
当然了承してくれたが私がパンでソースを拭って食べているのを見て、ラズリアも後から聞いてきた時は小さく吹き出していた。
-2-
オムライスを食べ終え、再度メニューと睨み合う。
パンケーキ、聞いては見たがよく分からなかった。
メニューに書かれている字面だけで判断するのは少し難しい、特に甘味は当たり外れが激しい。
横にオススメと書かれているパンケーキを頼むのが無難なのだろうが、他のどれも魅力的な字面をしている。
「先輩とティルはどれにするか決まったっすか?」
「私は大丈夫、ティルは?」
「……決まった」
二人が決まってないならもうしばらく悩んでいようとも思ったが決まっているなら待たせるのも悪いだろう。
確認が終わった所で鈴の音が響く。
「このオススメの奴と……」
「あ、私もそれっす」
「私も」
「オススメの奴三つね、焼き上がるまでちょっと時間掛かるけど大丈夫かい」
「大丈夫です、お願いします」
「あいよ」
さっきオムライスを持ってきた男が注文を取り終え、皿を下げると奥に戻っていった。
「そういえばなんすけど、この後どうするかって決まってたり?」
「特には決めてないけど……ティルは何かしたいこととかある?」
したいこと、そもそもマーチェスに来た理由はアカメに会いに来たからだ。
それが出来なくなった以上、特にやりたい事というのも思い付かない。
博覧会も気にはなるが、始まるのはもう少し先だろう。
観光の地図も今は持ってきていないだろう、何かあっただろうか、と考えていると
「だったら魔具見ていかないっすか?この時期だと珍しい魔具が店に並んでて、結構面白いっすよ」
「じゃあそうしよっか、お土産も見つけておかないとだし」
「ん」
「あと、話めちゃくちゃ変わるんすけど、二枚羽ってどれぐらいでなれるんすか?」
「確か、私の場合は……」
いくらか話題が逸れつつも、他愛のない話を始めて少しした頃、店の奥からほんのりと甘い芳ばしい匂いがしてきた。
「そろそろっすかね!」
ラズリアの声が弾み、三人の視線が奥に向くと丁度ケーキが運ばれてきた、それぞれの前に皿と食器を並べていく。
取っ手のついた鉄板に隙間無くケーキが詰まっている。
表面に大きな十字の切れ込みが入れられており、その上には四角い何かが乗っていてケーキの熱で溶け始めている。
何より、いい匂いだ。
「じゃあごゆっくり」
とは言われたが食器の使い方がいまいち分からない、二人に倣って一先ず同じように持ってみる。
食べやすい大きさに切ってから食べる、のでいいんだろうか。
手始めに十字架の真ん中、乗っている四角い何かと一緒に少し切ってみる。
不思議な感触だ、刃を通すとサクッと小気味良い音が響く、だと言うのに中は柔らかい。
「おぉ」
「あ、うま……」
私が感動している間に二人はもう食べていた。
ラズリアは意図せず声を漏らし、シルヴァーグは一口食べて奥の方を一度見た後すぐに戻した。
少し出遅れたがともかく一口、口に運ぶ。
「あむ……」
なるほど、これは確かに声が漏れてしまう美味さ、焼きたてなのもあって口の中が幸福感で満ちる。
形容する言葉を持たない、美味いものはとにかく美味い、それでいい。
そこからは開けた穴を広げていくようにして黙々と食べる。
鉄板とケーキとの境目の焦げ付き、これも美味かった。
さっきまでの柔らかな生地と違ってしっかり噛み応えがある、クッキーのような食感でなかなか美味い。
三人揃って特に話す事もなく黙々と食べた、何というかそれぐらい美味かった。
会計を終えた後、シルヴァーグが店の奥に向かい、すぐに戻ってきたかと思えば
「作り方教えてもらえなかった……」
そう言ってきたのは少し面白かった。




