表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナインテイルス ~異世界九尾語り~  作者: クルマキ
一章 初めましてとそれから
5/102

どこかで見た顔

-1-


「森の調査、って言われたっすけど結局どういうこと調べたらいいんすか?」


周囲の様子に気を向けながら森の中を進んでいると後ろを歩くラズリアから質問が飛んできた。


森の中といっても今歩いているのは簡単に整備されている道だ。草の生えていない剥き出しの地面が森の奥へ続いている。


入ってすぐということもあるがまだ異常らしい異常は見つけられない。


「初めて受ける依頼だから、何か変わったことがあるかを確認するぐらいでいいよ、大まかな流れをやってもらう感じで、後でちゃんとしたの来るだろうし」


「流れ星見つけて持ってこい、って訳じゃないんすね」


「そこまで期待されてないよ、あるかもわからないのに」


やるべきなのは異常の有無、変化の有無を確かめること、何もなければそれでよし、何かあったのなら確認、可能なら対処、そんな感じだ。


「そう言えば何でサピの森って言うんすか?」


「大した由来でもないよ、サピの実がよく取れるからそう呼ばれてるだけだし」


ごつごつした見た目の堅い皮を持った赤い実だ。皮を剥くのが少し手間だが実は柔らかく甘い。剥いた皮も柔らかくなるまで煮て味をつけてやると独特な食感の酒のつまみになるらしい。


「サピの実ってあんまり好きじゃないんすよね……」


「甘いの苦手?」


「苦手って訳じゃないんすけど好んで食べないっすね、サピの皮は好きっすよ、酒好きなんで」


そんな話をしながら何も起きないまましばらく歩いていると不意に道が途切れた。


ここから先には行かないように、と申し訳程度の柵が道の終着点に置かれていた。


「ここまでで何かおかしいと思った所は?」


柵の前で足を止め、自分でも特に異常はなかったと思っているが念のために確認する。


種族が違うから私が気付かないことに気付くこともあるかもしれない。


「魔物ってここから先に出てくるってことでいいんすよね?」


「群れからはぐれたのがこの辺りに出てくることもあるけど、まず無いかな」


確認を終え柵の横を通り抜けると、ラズリアもそれに続く。


ここから先は人があまり入らない場所だ。何か変化があるとすればこの先だろう。


「そういえばここに出てくる魔物ってどんなのっすか?」


柵を越えたのとさっきの続きだろうか、そんな質問。そういえば説明していなかったか。


柵を越えて少し歩いた辺りから魔物の姿がいくつか見られる。


どれも怒らせたり近寄らなければ襲ってこない大人しい魔物ばかりだ。


ラズリアが聞きたいのはそういう魔物ではなく人に襲ってくるような魔物についてだろう。


「人に襲ってくるのはガルムぐらいだよ、角の生えた犬みたいな奴、ここのは相当奥まで行かないと出てこなかったと思うけど」


「見たことあるっすよ、狩りする時二匹でする魔物っすよね」


「詳しいな、一匹しか姿が見えなかった時には大体もう一匹近くにいるから気を付けるように」


「まぁ二匹に襲われても負ける気はしないっすけどね!」


「あんまり慢心しない、魔物は魔物なんだから」


ふんす、と胸を張って見せるが私が咎めると「うっす」と呟いて元に戻った。


聞いても仕方ないと思って聞かなかったが、どの程度戦えるのかを確かめる必要がある。とは言え適当に放り込む訳にも行かない、環境を上手く作ってやらないと。


念のため、ここで聞いてみようか。


「聞いてなかったけど、どれぐらい戦える?」


ラズリアの足音が止まる。それに気付いて足を止め、ラズリアに半身を向ける。見れば顎に手を当て何か考えているようで


「……どう答えるべきなんすかね、自信はあるんすけど」


実際私もどう答えるべきなのか分からない。視線を空に向けたり地面に向けたりしながらうんうん唸っていて忙しない。


自分でも答えられないことを聞くべきじゃなかったか。ラズリアの答えが出るのを待たず


「聞くことじゃなかったな、その時になったら確かめるよ」


「それはそれでどうなんすか?」


その方が早いと答えると納得してくれた。


「……ん?」


森を歩いていると不意に違和感があった。漠然としたものではない、はっきりと何かが違うと感じた。


違和感の正体を探すため足を止め周囲に気を向ける。


森の中は静かなもので木々が風に揺れる音、遠くから聞こえる鳴き声、土と木の臭い。森の様子に目立った変化はない。


ならこの違和感は──


「どうかしたっすか?先輩」


気になったラズリアが横に並び顔を覗き込む。この様子だとラズリアは特に違和感を持っていないようだ。


「ちょっと違和感」


「マジっすか、全然わかんないんすけど」


気がするだけ、と念を押す。


流れ星と無関係とも決め付けられないが、森の中で何かがあったのだろうか。確認する必要があるか。


「ちょっと集中するから周りの警戒頼む、何かあったら強めに叩いてくれ」


「了解……って呼ぶだけじゃダメなんすか?」


「声だと気付かないかもしれないから、それじゃあ頼んだ」


説明を一方的に終えると目を閉じて深呼吸。力を抜いて体の外側に全感覚を向ける。


いくつかの気配、僅かな物音、風の流れ、森の臭い、肌に触れる魔力に少しだけ違和感があった。


感覚を魔力だけに向けより深く集中する。元々森を漂う魔力に異物が混ざっているように感じる。


周辺の魔力に影響を与える何かがあるということだろうか。


可能なら回収、もしくは破壊、そうでなくとも確認する必要がある。

魔力の流れを辿る、これでおおまかな場所が──


「──ぱい!!」


突然意識が引き戻される。


ラズリアの平手打ちが背中に叩き込まれたらしい。強めにとは言ったがここまで強いとは思わなかった。


力を抜いていたせいで前に倒れそうになったがなんとか踏み留まる。


「ちょっと強すぎ」


「申し訳ないっす、そんなことよりなんか来てるっす」


ラズリアの指差す先に意識を向けると確かにこちらへ向かってくる気配が二つ。


遠くから聞こえる落ち葉を踏みつける音がこちらに近付いてきている。耳を澄ませば微かに荒い呼気も聞こえてくる。


周囲からは他の魔物の姿が消えている、この気配に気付き逃げたのだろう。気配の正体は察しがつく、しかし理由がわからない。


「構えて」


忠告とほぼ同時、茂みから二つの影が飛び出した。捻れた二本の角、血を連想させる赤黒い体毛。


魔物──ガルムが二匹、鋭い牙を剥き出しにしてこちらを威嚇していた。


-2-


現れたガルムは二匹。森の奥から来たことを考えても出てくるにはまだ浅すぎる。狩り場はもっと奥だったはずだが何かあったのか。


毛を逆立て低い唸り声を上げ様子を見ている、気が立っているようだ。二匹同時に現れたのは警戒する必要がなくて都合が良い。


ここまで出てきている以上討伐するつもりだが丁度いいか。


「怪我しそうになったら助けてあげるからどこまでやれるか見せてくれ、満足したら声掛けるよ」


「えぇ……いきなり過ぎないっすか?」


とは言うが薄緑の短剣を抜いたラズリアが一歩前に出た。


特に決まった構えを取る様子はない、下に向けた右腕に剣を握っているだけの状態だ。短く息を吐きをし、剣先を向けると



「さっさと終わらせるっすよ!」

短剣をガルム目掛けて勢いよく投擲、それと同時、姿勢を低くしたラズリアが放たれた短剣に劣らぬ速さで駆ける。


それを見たガルムは身を大きく翻し回避。ラズリアの放った短剣は空を切るだろう。


牽制の一撃、あの距離なら回避されて当然だ。だが大きな動き、当然隙も生まれる。


ガルムが身を翻した直後、短剣が引き寄せられるように残像を伴って距離を詰めるラズリアの元へ戻った。


「せいやぁぁっ!!」


戻ってくる短剣の勢いを殺さぬよう一回転、勢いを乗せて短剣を再度放つ。


当然回避できる筈もなくガルムの首に突き刺さった。


投擲の勢いを殺せず、赤い軌跡を残しながら吹き飛ばされるガルムの首から短剣がひとりでに引き抜かれるとラズリアの元へ戻る。


「ッ!」


回転の勢いを踏みつける足で殺し一瞬で体勢を立て直すと短剣を握り直し、踏み込みと同時に一撃を浴びせる、が致命傷には及ばなかったらしい、続く連撃を避けられると距離を取られた。


まだ十秒と経っていないが一旦仕切り直しだ。ここからはお互いに睨み合うことになるだろう。


まぁ実力を見ることは出来た。これ以上長引かせても時間の無駄か。

柄に手をかけ、短く息を吐く。


「もう大丈夫、お疲れ様」


軽く地を蹴る、髪が風に乱される。声に気を取られたラズリアがこっちに顔を向けるのが見えた。僅かな隙を見逃さず、ガルムが飛び掛かろうと力を込めたのも見えた。


一瞬で両者の睨み合いの中心に着くと同時、一閃。


青い残光が走ると上顎から半分に切り分けられたガルムが地に伏した。


「余所見するものじゃないよ、それと」


軽く地を蹴りラズリアの横を抜け背後から飛び掛かろうとしていたガルムの額に一撃。


額を貫かれると流石に死んだか、その場に力無く倒れた。


「終わったと思った時が一番危ないから、油断しないように」


血を払い刀を納めると乱れた髪を撫で付けラズリアに顔を向ける。声の発信源に気付くと慌てた様子で振り返った。


「どうだったっすか先輩!!」


振り返るや否や嬉しそうな表情を見せ近づいてきた。嬉しそうなのは自分の中でも結構上手く出来たと思ってるからだろうか。


実際想像していたよりもずっと上手く戦えていた、正直ここまでやれるとは思っていなかったが褒める前に。


「ちゃんと殺し切らないと不意討ち食らうから気を付けて、生き物は案外しぶといから首に刺さったぐらいじゃ死なない時もある、首の骨を断つか頭を潰せば大体の生き物は殺せるよ」


いくつかの助言、技量は十分、足りないのは経験だ。それはこれから補っていけばいい。


「まぁ……ここまでやれると思ってなかった、すごいじゃないか」


素直な称賛を送ると、恥ずかしそうに笑みを浮かべ「うっす」と短く答えた。褒められるのになれてないのか、この子は。


戦闘は終わったが、むしろここからが本番だ。いよいよ本格的に異常を確認できた。


背を向けガルムの死体に触れようとするとラズリアが露骨に嫌そうな声を出した。


「うへぇ……それ触るんすか……」


「殺すのは迷わなかったのに触るのは嫌なのか?」


「それとこれとは話が違うと思うっす、私は触んないっすからね!」


「今は別にいいけどこういうのは出来た方がいいよ、すぐにやれとは言わないけどさ」


念押ししてくるラズリアを軽く流し死体に触れる。


体毛を掻き分け他の傷がないかを確かめるが軽く見てみただけでも傷はラズリアの作った傷だけで他の魔物と争ったような傷は見つからない。


ガルムは群れで暮らす魔物だ。もし外敵が現れたのなら群れ全体で対応すると教わったことがある。


この個体が傷を負っていないだけの可能性もあるが戦って縄張りを追い出された可能性は低そうだ。


ならこんな浅い場所にまで出てきた理由はなんだ?さっきの違和感と何か関係があるのか?


いくつかの疑問が浮かぶがまだまだ情報が足りない。森の奥まで行けば分かるだろうか。


「何か分かったんすか?」


「何も分かってないって分かったぐらい、もう少し奥にいかないとダメかな、ちょっと早いけど魔物避けも使っておくよ、ラズリアが持ってて」


ため息を吐き立ち上がりポーチから小さな石を取り出し魔力を込めてラズリアに渡す。


森の奥に視線を向け


「もう一回集中──」


「きゃあああ!!」


遮るようにして遠くから聞こえてきた悲鳴、咄嗟に顔をその方向に向ける。


「ついてこい」


「え、ちょっ」


ラズリアの応答を待っている暇はない。


地を強く蹴り、木々の隙間を縫うように、最速で駆ける。



-3-


木々の隙間を縫うように森を駆け抜ける。地を蹴る足に魔力を込め更に加速する。


そうして森が開けた頃、悲鳴を上げたと思われる獣人の子供の姿が見えた、そしてそのすぐ後ろにガルムが一匹。


強く蹴る。柄に手を掛け姿勢を低く、放たれた矢のように真っ直ぐに。


女の子と飛びかかろうとしているガルムの間に着くと同時、振り抜く。風を切る音が短く響くとガルムの断末魔が響いた。


血を払い刀を納めると短く息を吐き、乱れた髪を撫で付ける。女の子に視線を向けると不思議そうな顔で私を見上げていた。


……夢の中で見た獣人の女の子だった。腕を噛まれてしまったらしい、真っ白の服に血の跡が付いてしまっている。


周囲を見渡すと斧の刺さったガルムの死体、そして離れたところにミノタウロスの姿があった。


もう一匹の死体を確認するとしゃがみこみ女の子と視線を合わせる。可愛らしい顔立ちだ、縦に割けた瞳孔を持った金色の瞳が私を見ていた。


「……本みたいなことも、あるんだな」


傷口に手をかざし、意識を集中させる。これぐらいの怪我なら私にでも治せるだろう。微かな光が漏れだすと不思議そうな表情を見せた。


「ごめんね、今はこれぐらいしか出来なくて」


「先輩!いきなり……ってどういう状況っすか、これ」


そう伝えると同時、ラズリアが飛び出してくると女の子が驚いたような声を上げた。


「ガルムに襲われてたから助けたんだけど……」


視線を向けるとラズリアから隠れるように私を壁にして困ったような顔でラズリアと私の顔を交互に見ている。いきなり出てきたラズリアに驚いているんだろうか。 


「驚かせちゃってごめんね、もう大丈夫だよ」


目を合わせ、出来るだけ優しい口調で落ち着かせる。袖で涙を拭き取ると安心したように頷いた。


少し離れた場所からこちらに向かって歩いてくるミノタウロスの姿が見えた。


格好と斧から察するに木こりだろうか、突き刺さっていた斧を抜き取ると冷めた視線をガルムに向けながら血を払い斧を腰のラックに掛け直した。


一目見て戦い慣れているように見えた、森に入る以上魔物とも遭遇するからだろうか。


「その子は無事か、人間」


「……えぇ、おかげさまで」


声に反応して顔を上げるが、『人間』呼びされたことに露骨に顔をしかめる。


男が声を出すと女の子は慌てたように私の後ろに隠れた。


よく見なくても強面だ、しかもでかいし斧を持ってる。怖がるのも無理はないか。


「いくつか聞きたいことがあります、よろしいですか?」


「……構わないが少し離れるとしよう」


そう言って私の後ろに視線を向けた後、背を向け歩き出す。


後ろから安心したように深く息を吐くのが聞こえた。やっぱり怖かったのか。


「この子の側にいてあげて、ちょっと話してくるよ」


「それはいいんすけど、なんか距離おかれてないっすか?」


「いきなり飛び出してくるからだよ、じゃあ任せた」


立ち上がって後を追おうとすると袖を引っ張られた。


見れば不安げな表情でじっとこっちを見つめていた。置いていかないで、と訴えかけてきているように感じられる。


短く息を吐くと改めてしゃがみこみ、目線を合わせる。


「このお姉ちゃんが一緒にいてくれるから大丈夫だよ、だからここで待ってて?」


ラズリアを一瞥し柔らかい口調で諭すと諦めたのか納得してくれたのか、手を離してくれた。改めて立ち上がり


「じゃあ任せるよ、早めに戻ってくるから」


「了解っす」


少し遠くからこっちを見ているミノタウロスに向けて小走りに走り出す。


「こわくないっすよーお揃いっすよー」


後ろから何とか仲良くなろうとする声が聞こえてきた。



-4-


「すみません、お待たせしました」


あの子のこともある、事情を説明して聞くことを聞いてさっさと帰ろう。


短く息を吐くと気持ちを切り替えいつもの語り口を始める。


「組合の者です、調査にご協力お願いします」


「……いいだろう、見ての通りガルムが浅いところまで出てきている、奥まで見てみたが原因はわからん」


これは予想できていたこと、裏付けが取れてよかった。


「なるほど、他にはありますか?」


「次はお前が教えるのが道理じゃないのか?」


呆れたようにわざとらしく溜め息を吐かれた。


情報交換の場で情報を伝えない理由はない、ただ少しむかつくだけだ。


「……魔力に違和感があります、原因に何か心当たりはありますか?」


「魔力だの魔法だのとは縁遠い体質でな、全くわからん、そっちの方が詳しいんじゃないのか?」


一瞬答えに詰まった、重要な依頼ではないと思っているが説明すれば詳細に触れることになる。


とは言え伏せたまま情報を引き出すのは難しいか。


「……昨夜流れ星が落ちた、と報告が入っています」


「なるほど、話としては繋がるか」


「何か関係が?」


疑問を口に出すと森の奥に視線を向け


「流れ星が原因かは知らないがガルムの縄張りが変わったんだろう、変化には機敏な魔物だ」


なるほど、確かに辻褄は合う。詳細を調べようとするなら森の奥まで行かなければ駄目か。


短く息を吐き視線を女の子とラズリアの方へ向ける。


微妙な距離を保ったままラズリアが渋い顔をしていた。第一印象で失敗するとあんな風になるか。


視線に気付いたラズリアが手を上げてきたので軽く手を上げ答える。


「ご協力ありがとうございました、私達はあの子を連れて一旦メルヴィアまで戻ります」


軽く一礼をし、背を向けて歩き出そうとするが


「……名前ぐらい名乗ったらどうだ」


と呼び止められた、確かに言っていなかったか。踵を返し、改めて一礼。顔を上げると同時に


「シルヴァーグ・フラットワーズと申します、何かお困りでしたらアルティア冒険者組合をよろしくお願いします」


わざとらしく言い伝えると今度こそ背を向けて歩き出そうとするが


「……止まれ」


語気強く制止を命じられた、何か気に入らなかったのか?


「まだ何か──」


短い溜め息を吐き振り返った時、自分に向けられている殺意に気がついた。


突然湧いて出てきた殺意に対応できない、片手で首を掴まれ持ち上げられる。


足が地面を離れ、もがく足が空を蹴る。首を掴む手を必死に離そうとしてもびくともしない。


気管が無理やり押さえ付けられ息が出来ない、声にならない声が漏れだす。


「が……ぁっ……」


「何故、あんなことをした」


理解が追い付かない、何の話をしている。自分に向けられている殺意の理由がわからない。


何をしたんだ、知らない、私はそんなこと知らない。


漏れだすようにして何とか言葉を紡ぐ。


「……知ら、ない」


「知らない、だと!?十年前だ!!お前が皆を殺させたんだよ!!」

怒りから首を絞める手に力が込められる。


意識が遠退き始め、抵抗する力がだんだんと力が入らなくなる。


もがく力がなくなっていって、死が近付いてくるのがわかった。


「せいりゃぁぁぁぁ!!!!」


残った意識がそんな声を聞くと突然体が宙に浮き、かと思うとすぐに落下していった。


「げほ……っ……はっ……」


突然解放され、膝を付くと遠退いていた意識が引き戻される。


まだ朦朧とする意識の中で息を整えつつ顔を上げ状況を確認する。


すぐ横にラズリアらしい人影があった。剣を構え前方を睨んでいるようだ。


ラズリアの睨む先に視線を向けると少し離れた場所で倒れたミノタウロスの姿があった。ラズリアに助けられてしまったようだ。


なんとか立ち上がろうとしてふらついた所をラズリアに支えられた。


「先輩大丈夫っすか!?」


「一応、大丈夫、かな……多分」


まだ頭がくらくらする、真っ直ぐ立てているかも自分じゃわからない。


それにわからないことだらけだ。この森のことも、自分に向けられた殺意のことも。


視線をミノタウロスに向けたまま、息を整えることに集中する。


「邪魔を、するのか」


「いきなり何わけわかんないこと言ってるっすか!」


倒れたままそう呟くとゆっくりと体を起こす。それを見て私を庇うようにラズリアが一歩前に出た。


同時、異質な魔力が漏れだす。さっき感じた違和感がそのまま大きくなったような感覚に襲われた。


漏れでる魔力が酷く不快感を与えながら肌を撫でていく。


違和感の正体がこれなのだとしたら、何故それがあのミノタウロスから?


戦闘は避けられない、考えるには時間が足りない、現状では正解がわからない、だから


「あの子を連れて走れ、何とかする」


「いきなり何言ってるんすか!?」


突っ掛かってくるラズリアを無視して話を続ける。


「ちゃんと追い付く、魔物避けもあるから大丈夫だ」


何を言っても聞くつもりがないとわかったのか、諦めたように声を上げると


「あぁもう!」


ラズリアが駆け出し、女の子を乱暴に担ぎ上げると森へ消えていく。


何かを呟きながらゆっくりとした動きで立ち上がり斧を構えていた。


楽な依頼だと思っていたがそう甘くはないらしい。


話を聞かなくてはいけない、まずは動きを止めないと。


短く息を吐く。


「お前が、殺させた」


直後、そう呟き狂気を感じる瞳が私を捉える。漏れだす魔力が一層濃さを増し


「オオオオオオッッ──!!!!!」


咆哮が響いた。



-5-


咆哮と共に斧を構え地を走る。そのまま距離を詰められると脳天目掛けて振り下ろされる。


大きく後ろに飛び退くことで斧は空を切り、そのまま地面に向かって振り下ろされた。


その一撃は地面を大きく割り土煙を舞い上げた。それと同時、土煙を割って巨体が飛び出してくると横薙ぎの一撃を繰り出される。


腰を深く落とし、逸らすように腕を下から突き上げる。


一撃が頭上を掠めるとがら空きになった胴体へ一撃を叩き込む。だが、怯んでいる様子はない。


そのまま素早く斧を翻し一撃を繰り出す。これも後ろに飛び退くことで回避するが、同時に距離を詰められ眼前に巨体が迫る。


息つく暇も与えぬような連撃、距離を取ろうにもそれを許さぬ立ち回り。相当の手練れのようだ。


振り下ろされる斧を寸での所で回避するとその一撃が地を大きく割り土煙が舞い上がる。


そのまま切り上げるように横薙ぎの一撃が繰り出され土煙を一閃した。


「っ……!」


半歩踏み込み斧の一撃を刃ではなく根元で受け止める、鈍い音が響くと勢いのまま吹き飛ばされ、空中で体勢を整え着地。


少し地面を滑るとやっと距離を取ることが出来た。


受ける直前に防壁を張ったはずだが、受け止めた腕に痺れが残る。防壁を張って刃を避けてもこれか。


それにあの怪力だ、受け止められたものではない、間違いなく弾き飛ばされるだろう。


現状わざわざ近付いてやる理由はない。このまま距離を取って何とかしよう。


姿勢を低く構え虚空を切り裂く。宙に走った青い残光が形を残したまま真っ直ぐに放たれる。


光を両断するように斧を振り上げたがそれでも進み続ける光は足を浅く傷をつけると掻き消されるように霧散した。


……加減はしたがダメージが無さすぎる。それにあの消え方は魔力で打ち消されたときに見られるものだ。漏れだしているあの魔力が原因と考えるべきか。そうだとすれば遠距離からの攻撃で動きを止めるのは難しい。


近接戦闘では恐らくこちらが不利、練度で言えば互角、もしくはあっちの方が上だろう、その上種族の差もある。遠距離での攻撃の効果が薄い以上近付くしかない。


少々強引になるか、仕方がない。


姿勢を低く構えると魔力を込めて地を強く蹴り、一瞬のうちに距離を詰め懐に潜り込む。


こちらの動きに気付いたのか斧を振り下ろすが反応の遅れたその動きでは間に合わない。


そのまま切り抜けるようにして足首に一撃浴びせる──はずだったのだが、刀が足に触れる直前、甲高い音を立てると見えない壁に受け止められた。


「っ?!」


進もうとしていた体が強引に引き止められ判断が遅れる。振り下ろされる斧が近付いてくる。


回避は無理だ、間に合わない。防壁でも受けきれるかわかったものではない。


痛み分けを目指すのが最良か、出なければ死ぬ。


握る刀に魔力を込め、再度力を込める。


魔力を込めた一撃は容易く防壁を破りミノタウロスの足を深く切りつけた。


体勢こそ崩したが、それでも振り下ろされる斧の勢いは止められない。


切りつけられるまでのごく僅かな時間で出来るだけ身を捩り少しでも体を遠くへ飛ばす。


歯を食い縛り、痛みで意識が飛ばないように備える。そうして鋭い痛みが走った。


「ぁ……ぐ……」


痛みに耐えられず声が漏れる、覚悟はしていたがそれでも痛いものは痛い。


そのまま飛び込むようにして距離を離し、そのまま倒れた。


体勢を崩したミノタウロスが片膝をつくのと切り裂かれた腹から血が吹き出すのはほとんど同時だったと思う。


傷口が熱い、思った以上に傷が深い。


何とか避けてこの様だ、そのまま受けていたとしたら間違いなく死んでいただろう。


そんなことはどうでもいい、早く傷を塞がないと。


倒れ込んだまま腰に吊るしたポーチに震える手を突っ込み手探りで目的の物を探す。


独特の手触りの丸いものが指先に触れたのを感じると握りしめ傷口に近づける。


もう使うようなことにはならないと思っていたが、念のため持ってきてよかった。


魔力を込め、更に強く握り砕くと緑色の光が手から溢れ出し傷が塞がっていく。


傷が塞がったと言っても流れた血と痛みはどうしようもない。ふらつく足で刀を支えにして何とか立ち上がる。


離れた場所に片膝をつくミノタウロスは斧を握ったまま憎悪を込めた眼を向け続けている。


「武器を、捨ててください」


肩で息をしながらも命令するように強い口調で伝えるが答えは返ってこない。


変わらず向けられる覚えのない怒りと憎悪をこちらに向けている。

異質な魔力は変わらず漏れだしている。未だに戦おうとする意思を感じる。


「繰り返します、武器を──」


二度目の命令の途中、ミノタウロスの体が突然見えない何かに蹴り飛ばされたように凄まじい勢いで向かってきた。


力を込める様子を一切見せずに行われた加速、不意の出来事に対応できなかったが、その巨体は私のすぐ横を通り抜けた。


勢いは止まらず、両足で乱暴にブレーキをかけしばらく進んでようやく止まった。こちらに向き直ると動くのを確かめるように斬りつけたはずの足で数度地を踏む。


……なんで足が治っている、さっきまで動けるような状態じゃなかったはずなのに。


それにあの動き、練度は高くないようだ。だが順序がおかしい、あの傷を治せるほどの魔法を使える癖に加減が分かっていないように見える。


これまでの戦いを振り返ると嫌な予感が浮かぶ。


「ずるいな」


愚痴るように呟き刀を納め相対する。


あいつは私が使った魔法を見よう見まねで使っているのかもしれない。


しかし、見よう見まねであそこまでの魔法が使えるのはおかしい。私の使った魔法はともかく、治癒の説明がつかない。


……何にせよ手加減していられる相手じゃない。それにあの状態だ、話し合いなんて不可能だろう。


最悪の事態に備えて一度ラズリアと合流したい。そのためには目の前のあいつから逃げなくてはならない。


心臓の鼓動が早くなるのを感じる。自然と呼吸が荒くなってくる。


息を整え納めた刀の柄に手をかけ姿勢は低く、狙いはさっきと同じように足だ。今度は遠慮しない。


覚悟を決めると魔力を込め軽く地を蹴る。


間を詰めようとする直前に斧を振り上げ地面を抉り土煙を巻き上げながら不可視の攻撃が放たれる。


さっき放った一撃の模倣だろうか、可能性を考慮せずに一息に距離を詰めていれば危なかっただろう。


連続した最小の動きで土煙の横を通り抜け、更に距離を詰める。


そうしてさっきと同じように懐にまで潜り込むと読まれていたようで斧が振り下ろされるがまだ遅い、後ろに回り込むようにして避けると同時、一閃。


何かに阻まれるような感触が一瞬だけあったが構わず振り抜く。素早く体勢を整え刀を納め短く息を吐く。


バランスを崩しながらも強引に体を捻らせ、地面を抉りながら斧が迫る、が遅い。


強く地を蹴り跳躍。すれ違い様、斧を握る腕目掛けて一閃、青い残光を残しながら真っ直ぐに森へ向けて走る。


背後から木々が薙ぎ倒されるような音が聞こえた、少し遅れて何かが倒れる音、斧を地面に落としたような音。


「皆殺し、皆殺しだ」


僅かに聞こえた呪詛のような言葉が耳に残る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ