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懐かしい団欒

-1-


母さんと一緒に応接室を出て、居間で二人向かい合って座っている。


それほど長く離れていた訳でもないのに懐かしく感じる、やっぱり落ち着く。


お手伝いさんや下宿の人がいない分、普段よりもずっと静かだ。


「うーん、何の準備も出来てない、帰ってくるなら連絡してくれてもよかったのに」


「そこは……ごめんなさい、本当はね、ちょっと顔見せるぐらいにしようと思ってて」


いきなり帰ってきたから母さんもびっくりしてた、父さんにあった時も同じくらいびっくりしてた。


遅い時間だったから日を改めて、博覧会関係者の人の何人かに話を聞いて、ようやくだ、知らない人に声を掛けるのは凄く緊張した。


父さんに話す時間を何とか作ってもらって、あまり上手に説明できなかったかも知れないけど先輩の事とティルの事を説明した。


初めて父さんにあんなに頼み込んだかも知れない、わがままを言ってるのは分かる、けど、それでも。


「それで、どうかしたの?」


「……私の体が治った時の事、覚えてる?」


昔は家でいる時間よりも病院でいる時間の方が長かったかも知れない。


名前も覚えていないような病気、治らないって言われて、他の子みたいに生きていくのは少し難しいらしかった。


病室でずっと本を読んでいたのを覚えてる、本が好きになったのはその頃からだったと思う。


魔動機や魔具の事もその頃から勉強して、少しでも父さんの役に立ちたかったんだと思う。


「うん、覚えてるよ、あの時は……何だったんだろうね、凄い人もいるんだなぁって」


10年ぐらい前、ある人に見てもらってから私の体は突然良くなった。


マーチェスに来ていた人で、父さんが呼んでくれたらしい。


どうしてかは分からないけど、その人に見てもらうとすぐに良くなった。


これまで出来なかったことが出来るようになった、庭を走り回ったり、木によじ登ったり。


人見知りは治らなかったけど自分が自分じゃないみたいで不思議な感覚だった。


夢みたいだけど、夢じゃなかった。


「治してもらいたい人がいるんだ」


「……よし、事情は分かったからこの話はおしまい!なんか湿っぽいからね」


話を切り替えるように大きく手を叩いた。


「それで、向こうではうまくやれてる?」


「……うん、大丈夫」


一瞬悩んだのは仕事の事よりも私生活の辺り、主に普段の生活。


酒を飲み過ぎてはいないか、とか偏った食事をしていないか、とかその辺りの確認。


大丈夫かと言われると微妙な所、わざわざ言わなくてもいいとは思う。


「今の間は何の間かな?」


「いや、ほら、思い返す時間って必要じゃないです?」


「ふーん?一人暮らしだからってお酒飲み過ぎちゃ駄目なんだからね?」


あまりにぴったり言い当てられてしまったから言葉に詰まってしまった。


無意識に目線を母さんから逸らす。


「……さっき、シルヴァーグさんに聞いたよ?」


「え、どの話ですか!?」


冷蔵庫に酒が多い事だろうか、いや、それとも片付けがあまり出来てない事だろうか。


いや、でも先輩を部屋に来てもらったのはあの時が初めてだから、潰れるまで飲んだ事かもしれない、先輩にお世話になっただけでも二回もある。


いや、でもそもそも潰れるまで飲む事の方が少ないから……


「どの?」


「いや、無いです、何にも、無いです」


自分でもびっくりするぐらい一瞬で色々考えていると怪しむように私の顔を覗き込んでくる。


ここまで来ると気持ちの問題だけど、出来るだけ目を合わせないようにする。


「はぁ、シルヴァーグさんにね、ラズは冒険者としてどうですかーって」


諦めてくれたのか、話を切り替えるように息を吐くと姿勢を戻し話を少し前に戻した。


「そしたらね、しっかりしてるから大丈夫です、だって」


「え、滅茶苦茶恥ずかしいんですけど……」


面と向かって褒められるのも恥ずかしいけど、こんな風に自分がいない所で褒められていたのを聞くのも恥ずかしい。


先輩が戻ってきた時に変な感じになってしまわないだろうか、なりそうな気がする。


でも、褒められたのはやっぱり嬉しい、五枚羽の冒険者の人に褒められたんだって。


顔が少し熱い、にやけてしまっていないだろうか。


「ちゃんとやれてるみたいでお母さん安心しました」


「……はい、おかげさまでちゃんとやれてます」


家を出て、冒険者になってからそれほど日が経った訳ではないけど、こうやって母さんと話をしているとメルヴィアでの生活が少し寂しく感じる。



-2-



私が部屋に入るとラズリアが立ち上がり、私のそばに駆け寄ってくると不安げに見上げてきた。


「えっと、どう、だったっすか?」


「何とかなりそう……かな、ちょっと時間は掛かるかもだけど」


詳しいことは話せないが、何とかなりそうなのは事実だ。


その事を伝えると安心したように大きなため息を吐いた。


「よかったぁ……そうっすよね、うん、よかったっす、何とか出来るかもって言ってどうしようもなかったら申し訳ないっすから」


一転して普段通り、相変わらず切り替えが早い、早いのだが何か変な感じがする。


とりあえず、ラズリアに話せる範囲でこれからの事を話さないと。


「それと、明日からティル共々ここでしばらくの間お世話になることになったから……荷物纏めるの手伝ってもらっていい?」


「あー、私もこっちに移った方がいいっすよね、了解っす」


ラズリアに手短に話し合えた所で視線をリアンさんに向けると穏和な笑みで私たちの方を見ていた。


話は聞こえていただろうから、お世話になることを話しておこう。


リアンさんの隣まで歩くとラズリアも私の後ろに続く。


「突然ですみません、明日からしばらくお世話になります、何かあればこき使ってください」


「いえいえ、何の用意も出来ていませんけど、ゆっくりしていって下さいね」


今日は荷物を纏めて、明日から少し忙しくなる。


ティルに説明して、ダレン爺にもう一回連絡して……後は依頼の件もある。


何にしても、やれる事をやっていくしかない。



-3-


「おはよ、体は大丈夫?」


「別に、何ともない」

迎えに来たのはシルヴァーグだけでラズリアの姿は見えない、連れて戻るだけなら別に来る必要もないだろう。


小さな違和感が残ったままではあるが、言うほどでもない。


飯が不味かったせいで少々機嫌が悪い、声音にも出てしまっているが隠すつもりはない。


「……これが着替えと、それと色々あって泊まるところ変わったから」


「わかった」


不機嫌なのが伝わったのか、数瞬の間の後小さく息を吐くと着替えを差し出し話を進め始めた。


宿を変えた理由を聞く必要も特に無いだろう、鞄を受け取り着替え始めるとシルヴァーグが寝床の端に腰掛けた。


「何か食べたいものある?退院祝いって事で」


「美味しいなら何でも」


我ながら雑な注文だ、ここで食べたものと言えば野菜と米と魚と少しの肉だ。


他に食べるものもないからそれを食べるしかないのだがとにかく不味い。


味が薄いせいであまり食べてる感じがしない、シルヴァーグは消化がどうとか栄養がどうとか言っていたか。


体を気遣うのは分かるが、それはそれとしてもう少し何とかならないのか。


これまでの鬱憤と言うほどではないが、気が済むまで何か食べたい気持ちはある。


「それだけ食欲あるなら大丈夫かな……あれ、前から付けてたっけ、それ」


シルヴァーグの視線を辿ると私の手首に向けられていた、それと言うのはアカメから貰った紐の事だろう。


「前に話した子から貰った」


「竜人の子ね、もう会った?」


「……まだ」


数瞬の間、シルヴァーグならアカメを探してくれるかもと思ったがやめておく。


普段通り淡白に返すと少し困った様子だった、勘繰られる様な事は無かったと思うが。


「何?」


その様子が気になって聞いてみると


「……ティルは、お父さんとお母さんに会いたい?」


「……本当に何?」


あまりに突飛な質問に着替えの手が止まった、聞く理由が分からない。


「そう言えば聞いてなかったなって、見つかったらちゃんと話さないとね……」


何か別の物を孕んでいるような物言いだが気にしないことにする。


両親……父と母の事はほとんど覚えていない、印象に残っていないと言うのが正しいか、そう思う程度には昔の事だ。


人の中で生きる前の事自体あまり覚えていない、野を駆けて回る事や知らない場所に行くのは楽しかったが他の事がどうとか気にしている程の余裕は無かった。


人の世で生きるようになってから親代わりとなった者は多くいたが、そのほとんどがどうでもよかった。


「別に」


「……わかった、ありがと」


単に興味がないだけ、かもしれない。



-4-


「この部屋は自由に使っていいらしいっすよ」


「ラズリアは?」


「私は自分の部屋あるんで!この部屋の真上っすね」


シルヴァーグに連れてこられたのは大きい屋敷だった、金持ちの家、権力者の家と言う装いだ。


庭も広かったし庭木の剪定も見事な物だった、庭師でもいるんだろうか。


調度品の類いも価値はいまいち分からないが小綺麗な物が多い。


今はラズリアに迎えられ、入ってすぐの部屋に荷物を置いた所だ。


部屋の両端に寝床が二つ、その横に小さな棚が一つずつ、鏡合わせのように置かれている。


簡素な部屋だ、これまで泊まってきた宿と比べてもかなり地味だ。 


事前に運んできていたのか、シルヴァーグの荷物が寝床の横に置かれている。


シルヴァーグとラズリアが何か話している間、することもないから寝床の具合を確かめる。


手で押して弾みを確かめたり、頭から倒れ込んでみたり、悪くはないが特別良くもない、宿の物と同じ程度か、シルヴァーグの部屋の物には劣る。


自分の部屋、そう言えばラズリアの世話になった際こっちには来たばかりと言っていたか、ここはラズリアの実家なのだろうか、随分立派な家だが。


「……それは何の何?」


「暇潰し」


困った様子で聞いてきたシルヴァーグに短く返すと何の気は無しに天井を眺める。


こうやってぼんやりしていると自分の中の違和感がよく分かる。


取り除きたいが方法が分からない、下手に手を出せばまた血を吐く事になるだろう。


「そう言えばラズラさんとリアンさんは?」


「父さんは博覧会の準備に戻ったっすよ、しばらく戻ってこないんじゃないっすかね、母さんは用事があるって夕方には戻ってくるって言ってたっす」


「夕食はお世話になるとして……とりあえずお昼にしようか、ティルは美味しければ何でもいいらしいけどラズリアは何か食べたいのとかある?」


「あ、じゃあ行ってみたいところあるんすけど、いいっすか?」



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