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後ろめたい事

-1-


「ここっす」


ラズリアに連れてこられたのは東マーチェスの中流と下流の間にある大きな建物だった。


一言で言えば金持ちの家、回りの様子から察するに富裕層の住宅地と言った所だろうか。


家と言うよりは屋敷と言った方が相応しいかも知れない、回りの家と比べてもかなり大きい。


立派な門に広い庭、庭師がいるのか、植えられている木や茂みは枝先が綺麗に整えられている。


立ち止まって辺りを眺めている私を置いてラズリアは特に気張った様子も見せず庭を抜けて玄関の前まで着くとこっちに顔を向けている。


釈然としないが後で説明してもらえるんだろうか、広い庭を横切ってラズリアの後を追いかける。


ラズリアが呼び鈴を押して、少しすると覗き窓が少しだけ空いたかと思えばすぐに閉じ、扉が開くとおっとりした雰囲気の黒髪の獣人の女性が出迎えてくれた。


一度私を不思議そうに見上げるとラズリアに視線を向ける。


「おかえりなさい」


「ただいまです、えっと……」


どう説明しようか困ったようにしながらラズリアが私を一度見るが、言葉に詰まった。


「ここで話すのもなんですから、上がってください」


一瞬の沈黙の後、ラズリアをフォローするように扉を大きく開けると、私たちが通りやすいように少し身を引く。


扉を抜けると広い入り口、高い天井、正面に二階に続く湾曲した階段が二つ、いくつかの賞状らしい物が階段下の壁に掛けられている。


ぱっと目に入ったのはこれぐらいか、あまりじろじろ見るのも失礼だろう。


「冒険者のシルヴァーグさん、ですよね?娘がお世話になっています、リアン・トラビスタと申します」


私たちの方に向き直ると行儀よく頭を下げ、顔を上げる。


娘、ラズリアのお母さん、いや、そんな事よりだ。


「いえ、こちらこそ……テールライトっていうのは?」


一先ず私も一礼を返し、ラズリアに説明を求め、顔を向けると言いづらそうに視線を斜め下に向け、頬を掻いていた。


「テールライトは私の旧姓です、あまり責めないであげてください、そうした方がいいって言ったのは私ですから」


ラズリアの代わりにリアンさんが答えると、ラズリアは改まった様子でリアンさんの横に並ぶと


「えっと……じゃあ、改めて、ラズリア・トラビスタっす、隠しててごめんなさい」


初めてあった時より深々と頭を下げた。




-2-


ラズリアはまだ用事があるらしく途中で別れ、私だけ応接室らしい部屋に案内された。


部屋の中央に机、その机を挟むように一人用のソファーが二つ、その反対側に長いソファーが置かれている。


窓は無いが不思議と息苦しさは感じない、天井には換気用のファンがゆっくり回っている。


「掛けてお待ちください」


促されるままソファーに座るが座り心地が凄くいい、多分高いソファーだ。


リアンさんの方を見ると何故か楽しそうに飲み物の用意をしているみたいだ。


時間が少しあるみたいだ、今の状況を再確認しよう。


ラズリアの実家に連れてこられて、そこがトラビスタ……魔具の有名ブランドと同じ名前でラズリアはそこの娘で。


わざわざ冒険者になんてならなくても不自由なく生活出来ただろうに、何か理由があるんだろう。


何とか出来るかも知れないと言っていた、今はラズリアのその言葉を信じるしかない。


「どうぞ」


「ありがとうございます……聞きたいことが色々と、あるんですけど」


置かれたカップに手をつける前に顔を上げてみると何故かそわそわした様子でお盆を使って口元を隠していた。


味の感想が気になるんだろうか、一先ずカップを手に取り口元まで運ぶ。


「美味しいですよ?」


「よかったぁ、自分でやるの久しぶりだったから、間違ってたらどうしようって」


私が味の感想を言うと嬉しそうにそう言いながら、私の隣に座った。


「はい、ではどうぞ、私もお話ししたいことたくさんあるんです!」


どういうわけか、乗り気なようだ。


身振りからも楽しみにしているのが分かる。


「それはいいんですけど……トラビスタってあのトラビスタでいいんですよね?魔具ブランドの」


私が迷ったら選んでいる魔具ブランドの名前が確かトラビスタだ、日用品からそうでない物まで手広く扱っている、はずだ。


ダレン爺の店にもいくつかトラビスタで作られた魔具を仕入れていたはずだ。


マーチェスにあるのは知っていたが、そこがラズリアの実家だとは思わなかった。


確かに名前が目立ちすぎる、目立ちたくないのなら偽名を使う必要があるだろう。


「はい、そのトラビスタです、自分で言うのも何ですけど結構有名ですから、じゃあ、次は私の番ですね!何から聞こうかなー……」


考えるように下顎に手を添えて、視線を僅かに上に向ける。


そのまま唸ること数秒、何か思い付いたのか私の方に向き直り


「娘はその、どう、でしょうか?」


「どうって……冒険者として、ですか?」


「はい、あの子のやりたいことをやらせてあげたいって後押ししたんですけど……やっぱりちょっと心配で」


思い返すのは初依頼の時、私が死ぬかもしれない事を伝えた時の事。


誰かを殺すかもしれないことを納得しようとしていた、割り切ってはいなかったがそれでもだ。


意外と行動力もあって、あの時ラズリアがいなかったら死んでいたかもしれない。


感情的になりすぎなのと人見知りが激しいとは思うが、向き不向きとはまた別だ。


「……私よりよっぽどしっかりしてますから大丈夫ですよ」


「褒めてもらえると私も嬉しいです、じゃあ、次はシルヴァーグさんの番ですね!」


褒められたからか、少し声音が弾んでいるように思う。


「……ラズリアから何か聞いてますか?」


話の流れは大きく変えずに、ラズリアの事について。


ラズリアが何をしようとしているのかを私は知らない、曖昧な言い方なのは私が上手い聞き方を思い付かなかったからだ。


「私もまだ何にも聞いてないんですよ、いきなり帰ってきたと思ったらお父さんに話したいことがあるって……」


続く言葉を遮るように部屋に三度ノックの音が響く。


リアンさんが中に入るように促すと少し緊張した様子のラズリアが入ってきた。


「えっと、父さんが先輩と二人で話したいって、ここでもうちょっと待っててほしいっす」


それを聞くと、リアンさんが立ち上がり


「じゃあ私はここまでですね、続きはまた、私たちは階段下の部屋にいますから」


私に小さく一礼するとラズリアを連れて部屋を出ていった。


話したいことと言うのはなんだろう。




-3-


二人と入れ替わるようにして入ってきたのは恰幅が良くて顎髭を伸ばした黒髪の獣人、ラズリアのお父さん。


立ち上がって、お互い小さく一礼。


「ラズラです、娘がお世話になっているようで」


簡潔に自己紹介を済ませると対面のソファーに座った、それに倣って私も座る。


「……どこまで聞いていますか」


社交辞令を手早く切り上げ、本題に入る。


「おおよその事情は、貴方の事も分かる範囲で教えてもらいました」


「……どうするつもりなのかを、教えてもらってもいいですか」


ラズリアがお父さんに会いに行ったのなら、何とか出来るのはこの人だろうし何とか出来るからこうやって私と二人で話をしているんだろう、なら気になるのはその方法だ。


医者が治せないと言った、治療法が見つかっていないと言っていた、それをどうやって治すつもりなのか。


「医療団を紹介します、医療団とは個人的な付き合いがありまして、娘が私を頼ったのはそれが理由でしょう」


医療団、恐らく一番進んだ医療技術を持っている団体。


何をしているのかを詳しく説明は出来ないが、病気の治療法の研究もしていたはずだ。


確かにそこなら魔裂症を治す方法が見つかるかも知れない。


「……ですが、ただ協力するだけでは私に利がない、商い人としては許しがたい事です、貴方は冒険者、それも五枚羽の腕利きだそうじゃないですか」


続ける言葉はわざとらしく、前もって練習していたような芝居がかった喋りですらすら述べると


「私の依頼を受けていただけるのでしたら、協力しましょう」


「……組合を通していませんね」


浮かれる気持ちを押さえて、今の言葉を冷静に受け止める。


交換条件、それはいいが気になったのは依頼と言ったこと。


つまりは仕事、なのだが今の様子では組合を通している訳では無さそうだった。


冒険者が個人で依頼を受ける事は推奨されていない、問題が起きるのを防ぐために組合を通して依頼を受けるのが原則だ。


それに組合を通さない依頼なんてのは大体が後ろめたい事だ。


「出来るならそうしたいんですが、こちらにも事情がありまして、そうですね、説明も無しにいきなり受けろと言うのも無理な話です、いくつか説明させてもらいますが……よろしいですか?」


僅かに語気を強く、これ以上聞くなら後戻りは出来ないと暗に言われているような気がする、私に選択肢は無い。


「……続けてください」


「ありがとうございます、博覧会はご存知ですね、トラビスタはマーチェスの組合と協力してその運営を取り仕切っていまして、展示する魔動機、魔具の管理、搬送の段取り、博覧会中のスケジュール等々、色々とやらせてもらっているのですが……どうにも何かが秘密裏に運び込まれているようなのです、少量ずつですが確実に、さっきあったはずの物が無くなっていたが物品の数は間違っていなかった報告を数件受けています」


「……何か、と言うのは?」


「まだ分かっていません、隠している以上決して良いものではないでしょう」


密輸だろうか、警戒が厳しくなるこのタイミングをわざわざ選ぶ理由が分からない、


冒険者が搬送の護衛に付く事もあるだろうし荷物を管理する目も当然厳しくなる、何故このタイミングで。


今でなくてはならない理由、思い付いたのはあまり考えたくない答え、そうであってほしくはない答え。


普段ならそう考える事は無かったかもしれない、ただそう考えるに足る理由がある。


確認の為にも一つ聞いておかないといけない。


「……普段から組合とは協力を?」


「察しが早くて助かります、護衛の依頼をすることは普段からありますが、積み荷の確認まで手を貸して貰うのは博覧会の時期だけです」


「そう……ですか、わかりました」


組合に犯人がいるかもしれない、それも複数、そうだとすればマーチェスの組合を頼るわけにはいかない。


必要なのは間違い無く白の人間、誰が敵か、どこまでが敵か分からない以上迂闊に動くわけにもいかないだろう。


だからこうやって私個人に話を持ちかけてきた、ただ、それだと少し疑問が残る。


「事情は分かりましたが……私に話してもよかったんですか?」


私を信用出来ると判断した理由が分からない、ラズリアから聞いた話だけでそこまで分かるとは思えない。


「貴方はマグダレンさんのテスターですから、信用するには充分すぎる理由です」


「……なるほど?」


ラズリアからその事を聞いたんだろうか、はっきりとそうだ、と話したわけではないが予想は出来る範囲だろう。


「ともかく……どうでしょう、依頼を受けて頂けますか?」


念押しするようにそう付け加えた。


きっとろくでもない事になる、そうと分かっていても断る理由にはならない。


「分かりました」


「では、くれぐれも口外なさらぬよう、ところで今はどちらに宿を?」


「組合の宿です、変えた方がいいですか?」


「そうですね、空き部屋がいくつかあるのでそこを使ってください、必要な物があるならこちらで手配します、お連れの方もご一緒で構いません」



「それでは、依頼の詳細をお話しします」



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