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ナインテイルス ~異世界九尾語り~  作者: クルマキ
三章 ごく短い日常
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いつか見た記憶の場所

-1-


マーチェスを出てしばらく、ようやくそれらしい丘の麓まで来た。


道の脇に置かれた看板にはエデンフラウの花について書いているようだ。


私たちの他にも人がいるらしく、丘の上の方から声が聞こえる。


看板に魔動機を寄せると三人揃って顔を向ける。


エデンフラウ、この一帯にしか咲かず、咲いている時間も短い珍しい花。


花弁が陽の光を透過するだとかで見下ろすとより一層綺麗らしい。


この花が咲き始めた頃、マーチェスでは博覧会の準備が始められる。


「で、一番下のは別に関係はないと」


「観光の謳い文句に丁度良かったりするんすかね、割と人気みたいっすけど」


短く愚痴ると丘を登り始める。


しかし、さっきからティルの調子が悪そうだ。


少し前から本を読むのを止め、代わり映えしない草地の遠くの方をぼんやり眺めている。


酔ったのだろうか。


「ティル、大丈夫?」


「あんまり」


「もしかして運転荒かったっすか?」


「どうだろう、ただの食べ過ぎのような気もするけど」


ティルを一瞥するが特に反応はない、耳が動いているから聞いてはいるみたいだった。


「着いたっすよ!」


稜線を越えるとその景色が一面に広がっていた。


陽を反射して花畑全体が輝いているように見える、風に揺れる度光り方を変えている。


風に揺れて散る花弁が光を反射してきらきらと光輝いている。


星空を見下ろしているような、そんな不思議な景色だった。


知らない景色、初めて見る景色のはずなのにこの景色が何故かとても懐かしく思えた。


守ろうと誓った、守らなくてはいけなかった、守れなかった、そんな突然湧いた感情に胸が苦しくなる。


「先輩?」


いつの間にか魔動機から降りていた、辺りを見渡し、見覚えのある場所を探す。


少し離れた場所に森が見えた、思い出すのはあの時見た私の知らない記憶、確かあそこから手を引かれて歩いてきていた、と思う。


突然乱暴に手を引かれ、この景色を守りたかった人と一緒に見た。


「ごめん、行きたい所が出来た」



-2-


空気が淀んでいる、魔力にも微かに嫌な物が混ざっているような感覚を覚える。


初めて通る道なのにこの道が元々は剥き出しの地面が見えていた道なのを知っている。


陽が傾いてきているせいで明かりを点ける程ではないが辺りは薄暗い。


「こんな所に何かあるんすか?」


「ちょっとね」


幸い魔動機が通れる道だ、草を踏み倒しながら進んでいくと不意に道が開けた。


道の両脇に朽ちた柱が二つあった、片側は中程で折れてしまっている。


その先、村があった、人の気配がしない村、昔は人がいただろう村。


柱の近くには看板が二つあった、一つは腐っていて何が書かれているのか分からない。


もう一つは立ち入りを禁止する旨が書かれている古い看板、何故禁止するのかは書かれていなかった。


「……え、肝試し的なのっすか?」


目的地に着いたと分かったのか、不思議そうに首を傾げ私に顔を向ける。


「違うよ、単に……確認」


どう説明したものか少し言葉を選んで、村の中を進んでいく。


それほど大きい村では無かったはずだ。


知らない場所のはずなのによく知っている。


あそこは集会所だ、たまに村の子供たちを集めて本の読み聞かせをしていた。


あそこは病院だ、この村で初めて目を覚ました場所で、初めて会った場所。


あそこは……魔動機をその建物に近付け、そこで止める。


平屋、特に特徴もない普通の民家。


「ごめん、ちょっと待ってて」


「何か気味悪いんで早めにお願いするっす」


「出来るだけ、早く済ませるよ」


扉に手を掛けると鍵は開いていた、ゆっくりと扉を開ける。


開けた隙間から家の中に籠っていた異臭が漏れてくる、何かが腐ったような臭いだ。


袖で口元を覆い中に入ると廊下が真っ直ぐに伸びているが暗いせいではっきりとは見えない。


明かりを浮かべて見ると床板に染み付いた黒ずんだ足跡が一番奥の部屋から入り口に向かって続いている。


廊下の途中にいくつか扉があったが調べようとは思えなかった。


足跡を辿って奥の部屋に向かうにつれ臭いが段々と強くなっているのが分かる、それに魔力も何かおかしい。


ゆっくりと奥の扉を開けるが酷く荒れている、壊れている机、黒い染みがついているソファー、黒ずんだ床板、リビングだったのだろう。


ここで何があったのか知っている、自分がやってしまったような、そんな感覚をまだ覚えている。


殺して、とそう懇願された。


やっぱり母さんはこの村にいたんだ。


記憶の最後に見えたあの姿は間違いなく母さんだった、この村の事を調べれば何か分かるかも知れない、分かる筈だ。


やっと掴んだ手掛かりがこんな場所だと言うのに少し嬉しかった。


「やっと……」


「先輩!ティルが!」


そんな時、慌てたラズリアの声が聞こえてきた。



-3-


見たことがある景色、見たことがある村、自分の中にはない誰かの記憶で見たあの時の村。


シルヴァーグもあの一部を見ていたからここに来たのだろう。


何かに執心しているようだったが、最後に見えたフラットワーズと名乗った者の事だろうか?


シルヴァーグが入っていったこの家は確かあの牛頭が懇意にしていた者の家だったはずだ。


村の者を皆殺した、そう言った女を殺した場所。


材木の劣化具合や辺りの様子から見て捨てられてからかなり経っているようだが、その時に捨てられたのだろうか。


それにここに来てからどうにも気分が悪い、あの丘に向かっている途中から言い表せない異物感があったがそれが大きくなっている。


この場所のせいも少しはあるだろうが他に何か原因があるように感じる。


「にしてもこんな所に何の用があるんすかね、何かの依頼とかっすかね」


話す事に困った様子でラズリアがそう話し掛けてくる。


シルヴァーグがこの家に入ると落ち着かないのか、さっきから魔動機の周りをうろついている。


あの景色を見たから、と言うだけなら簡単だが後が面倒くさい事になるだろう。


返す答えを持ち合わせていないから無言で返す。


沈黙、別に気まずいとかそう言うのはない、この場で話す事が特にないだけだ。


「けほっ……」


不意に咳き込んだ時、血の味がした。


内側から何か込み上げてくる、堪えようにも我慢出来ない。


何かが体の内側で蠢いている、抑えようにも抑え切れない、どんどん大きくなる。


呼吸が短く、速くなる。


息苦しい、胸が締め付けられる様に痛む。


「げほっ……おぇ……」


咳き込んだ際に吐き出した血が抑えていた手を汚した。


滲んだ涙を手で拭う、生暖かい感触に違和感を覚え、見ると擦れた血が真っ直ぐに手を汚していた。


目の前が不意に赤く染まった。


「ティル!?」


私を呼ぶ声が聞こえた気がする。

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