非日常への接近
-1-
シルヴァーグは用事があるらしく朝食を一緒に食べ終えるとどこかに出掛けた、夕方には戻るらしい。
ラズリアにマーチェスのどこに何があるのかを簡単に説明して貰った。
要約すると街の中心に大きな川が流れている街だ。
大きく三つの区画に分けられそれぞれ上流、中流、下流と呼ばれるらしい。
流通に便利だからか川に沿って様々な店が立ち並んでいて、船の上で商売をしている店もあるんだとか。
そのせいで行こうと思っていた店がいつの間にか他の区画に行ってしまう事がたまにあるらしい。
上流の方では食べ物や衣服等の利用するものの多い生活用品、そこから下っていくにつれて専門的な物を取り扱う事が増えるようだ。
魔動機や魔具は主に中流、下流の方まで行くと魔動機の部品だとか魔具の材料等を扱うようになるらしい。
私が興味を持ちそうな場所だけを説明したのか、それ以外の事はあまり分からなかった。
「行きたい所とかあるっすか?地元なんで結構詳しいっすよ!」
地図を片手に胸を張るラズリアはさておいて、聞きたい事がある。
「これ、何か分かる?」
ロナから貰った紙を取り出しラズリアに渡すと
「えーっと、東のー……何かのお店とかっすかね?ここに行きたいんすか?」
そんなやり取りがあって、今はラズリアに手を引かれてマーチェスの街を歩いている。
建物の作りが少しメルヴィアの物とは少し異なる、それに往来の人の種類も異なるか。
道中食べ歩きをしたり、見慣れない魔動機を見てラズリアが勝手に盛り上がっていたりした。
「やっぱり住宅地っすよね、この住所……」
今いるのはいくつもの民家が並んでいる住宅地だ、時折メモと民家を見比べつつ歩いている。
家の大きさが途中で見たものやメルヴィアで見たものより大きいか、富裕層なのだろうか。
「あ、ここっす、メモの家……って!やっぱりめちゃくちゃ人の家じゃないっすか!?」
二人並んで正面から見上げる、二階建ての結構大きい家だ。
ラズリアの言うように何かの店をやっている様子はない。
とりあえず、家主に会ってみようと足を進める。
が、ラズリアに手を引かれて引き止められた、顔を向けるとしゃがみこみ、小声で
「いやいやいや!私いきなり知らない人の家行くとか無理っすよ!なんて言えばいいんすか!?」
何故か必死だ。
「私がやる」
「いや、うーん……?じゃあ、それなら……」
渋々、と言った様子で立ち上がると私がラズリアの手を引いて歩く。
扉の前に着くと扉の横にあった私では届かない高さに何かのボタンがあるのが気になった。
「じゃあ、ティルが押して欲しいっす、私は見てるっすから!」
開き直った様子で私を抱き上げるとそのボタンに高さを合わせる。
一度押してみると家の中で何かの音が鳴っているのが分かった、これで来客を知らせるのだろうか。
しかし少し待っても反応はない、首を傾げたラズリアがもう一度押してみたが変わらずだ。
「留守、っすかね?」
試しに扉を引いてみると鍵は掛かっていないようだった、無用心と言うわけではないだろう。
……微かにだが家の中から血の臭いがした、かなり薄いが間違いない。
扉を少しだけ開けて家の中に体を滑り込ませる。
「え、いや、ティル!」
いきなりの事に反応が遅れたラズリアも後を着いてきた。
私の隣でしゃがみこむと外に聞こえないよう小声で
「勝手に入っちゃ不味いっすよ!」
「何か臭う」
私がそう言うと鼻を数度鳴らし臭いを嗅ぐ。
「奥の方からっすかね……」
ラズリアが玄関から恐る恐る廊下を覗き込む、途中曲がっているせいで奥の様子は分からない。
少し悩んだ様子を見せた後、靴を脱いで家に上がる、私もそれに続く。
日が差しているおかげで家の中は充分に明るい、私たちの足音だけがよく聞こえる。
部屋が三つ並んでいた、手前二つの部屋の扉は閉じているが一番奥の部屋の扉は少し開いているようで異臭はその部屋から漏れている。
とりあえずはその部屋を見てみるようだ、一旦開いた隙間から中の様子を見てみようとしているが上手く見えないのか体を捩らせて唸っている。
その様子が面倒くさくて、横から扉を開けてやると驚いたように体が少し跳ねた。
「いきなり開けないで欲しいっすよ……」
驚くラズリアを無視して部屋の中に入る。
机と椅子、それから台所があるが少し荒れている。
椅子は倒れたままだし、机も部屋の中途半端な場所に置いてあった。
それから部屋の中心、男女の獣人の死体が二つ、足を括って吊られている。
血抜きでもしているようで、血が垂れ落ちて血溜まりを作っていた。
血が乾ききっている様子はない、日はそれほど経っていないだろう。
「っ、ティルは、見ちゃ駄目っす!」
遅れて入ってきたラズリアがその事に気付くと咄嗟に私に覆い被さるようにして視線を塞ぎ、急いで部屋を出る。
死体を見るのは初めてなのだろう、動揺している。
「え、衛兵、衛兵の人、呼ばないと」
ロナが私をここに連れてくるように言った理由が分かった。
あの死体はアカメを引き取った夫婦だ。
-2-
衛兵を連れて戻ってくるとそれからは大変だった。
衛兵側だけで処理する訳にも行かないのか、後から数人の冒険者らしいのを連れてきていた。
立場を証明するためにラズリアが首飾りをその場にいた全員に見せたり、どういう関係なのか答えたり、その時は私が知り合いの家だと答える事になった。
色々やっていると日が暮れた頃にやっと解放された、連絡が取れるよう宿の場所を伝えラズリアと一緒に宿に帰っている所だ。
「はぁ……」
さっきから溜め息が絶えない、何かをぶつぶつ言った後もう一度溜め息を吐く。
「大丈夫?」
何となくそう聞かないといけないような気がして聞いてみたが首を横に振り
「だいじょばねぇっす……ティルこそ大丈夫っすか、知り合いの人、だったんすよね」
「大丈夫」
「ならいいんすけど……はぁ……」
他人を気遣える程度にはまだ余裕があるみたいだがあまり触れるべきでは無さそうだ。
……気掛かりなのは、死体が二つしかなかった事。
確かにあの死体はアカメを引き取った夫婦の物だ、ならアカメもそこにいたはずだ。
一先ずはアカメが無事かもしれない事を喜ぶべきなのだろうか。
部屋に戻るとシルヴァーグが自分の荷物を整理していた。
「おかえり……何かあった?」
「もう、色々、大変だったんすよ……」
ラズリアがベッドにふらふらと歩み寄り頭から倒れ込むと動かなくなった。
枕に顔を埋めているが寝ている訳ではなく単に疲れているだけだろう。
シルヴァーグはそれを眺めた後、説明を求めるようにこっちに顔を向ける。
一先ず私もベッドに腰掛け
「うん、色々」
どこから説明をしたものだろうか、今日あった事を順に説明する事にする。
……ロナから貰った書き置きの場所だった事は伏せておく。
不要な心配を掛ける事もないだろう、後でラズリアにも口裏を合わせるように言っておこう。
「それは……いや、あんまりする話じゃないか、ティルも早く忘れた方がいいよ」
話をそこで切り上げ、荷物の整理を止め立ち上がるとラズリアの肩を揺する。
「ご飯行くよ、今日は奢るから」
それから結局ラズリアが酔うまでは飲んだ、それ以上はシルヴァーグに止められていたがさっきまでの様子はない。
シルヴァーグは程々に、私は変わらず飲ませてもらえない酒をラズリアに勧められ続けた。
初めて会ったときもそうだったが、何かあると酒を飲もうとするのだろうか。




