荷台にて
-1-
「じゃあ、名前と年齢と出身から」
「改めて名乗るのってなんか恥ずかしいんすけど」
揺れる荷台の中、横に座るラズリアに質問を投げ掛ける。
何をしてるのかと言われれば、簡単な面接のようなものだ。
普通は面接が終わってから依頼、という流れなのだが時間が無いときにはこういう事もある。
この面接結果を参考にパーティーを組まされたり、受ける依頼を決める指針になることもある。
「えっと……名前はラズリア・テールライト、歳は20、出身はエスリックのマーチェス……こんな感じでいいっすか?」
名前、年齢、出身、魔力を込めた指先でなぞり刻む。
少々緊張しているようで、ぎこちなさが滲み出ていた。まぁ、気持ちは分かる。にしてもメイと同い年だったのか。
「そんなにかしこまらなくていいよ、普段通りで大丈夫」
「普段通りって言われても難しい物があるっすよ、それに刻紙使うほどのことなんすか?これ」
「普通の紙だと色々面倒なことがあってね、刻紙を使うようになってるよ」
魔力を調べれば誰が書いたかすぐ分かるのが刻紙の利点だ。欠点は誰にでも書けないこと、単価が高いこと。
詳細を話すつもりはないが少しでも間を空けるとラズリアに話を脱線させられそうな気がしてすぐに話を戻す。
「じゃあ次、魔法は何か使える?」
「魔具なら大丈夫っすけど魔法はぜんぜんダメっすね」
「魔具可、魔法不可と」
「あ、魔法は簡単な奴だけでも使えるようになりたいって思ってるっすよ」
「魔法習得希望と」
淡々とした調子で問答が続く。
「次、武器は……それでいい?」
ラズリアの腰に吊られている二本の剣に視線を向ける。
その視線に気付いたのか、ふふん、と自慢げに鼻を鳴らしそのひとつを抜くと見せ付けるように眼前に掲げた。
刃渡り30cm程度、薄い緑がかった剣身に何やら文字が刻まれた剣だ。
柄の部分には赤い石がはめ込まれている。
冒険者になったばかりの人間が持つには早すぎる武器に思う。というのも
「冒険者始める時にミスリル製持ってくるのは初めて見た」
「家出るときに渡されただけっすよ」
鉄製の武器と比べると値段が何倍も違ってくる。
軽くて丈夫で鈍らない、なんてのはミスリル製の武具のよく使われる売り文句だ。
ミスリル製の武具を買えるようになったら冒険者として一人前、なんて言われることもある。
それに加えて恐らくだが、あの剣は魔具だろう。通常の武器には不要な装飾がいくつか見られる。
わからないのがミスリル製の魔具をぽんと渡せるぐらいの家の娘がなんで冒険者を始めたのか、だが気にしないことにする。
「念のため確認しておくけど魔具であってる?」
「そっすよ、ちょっと見ててほしいっす」
そういって少し離れたところに剣を置くとわざとらしく手のひらを向ける。
嵌められた指輪が淡く光ると剣が宙に浮き、ラズリアの手に向かって飛んでいく。
手のひらの前で握られるのを待つように浮かんでいるのを見せると
「まぁ、こういう魔具っす」
剣を握りそのまま鞘に納めた。手元に戻ってくる、ということでいいんだろうか。
ともかく、ラズリアの実演を総無視して
「そっちは?」
「無視っすか!?」
もう一方の剣に視線を向けるとラズリアが思わず叫んだ。
運転席の方から小さく笑う声が聞こえたような気もする。
大声を出したことが少し恥ずかしかったのかわざとらしい咳払いをし、軽く鞘に手を触れると
「こっちは予備っすね、武器は二本持っておけって言われたんで」
「そっちもミスリル製だったりしない?」
「さーすがにそれはないっすね」
困ったような笑みを浮かべると僅かに剣を抜き、鈍い銀色の剣身を見せてくる。懐かしさを覚えてくる鉄製の剣だ。
「じゃあ次、苦手なことと得意なことって何かある?」
「……むぅ」
これまでの質問にはすぐに答えていたがは今回は答えが出てこなかったようで腕を組み天井を見ている。
得意なこと、と何度か呟いているから詰まっているのはそっちの答えだろう。
「大事なのは苦手なことの方だから、そっちだけでもいいよ」
「……マイナスのことだけ伝えるってのもあんまり気分よくないっすよ、釣り合い取っていかないと」
とは言っているが思い付かなかったのだろう、少し間が空いて
「人見知りすること、っすかね」
「うそつけ」
思わず食い気味に否定してしまった。いやいや、と手を振り
「最初の一歩が難しいんすよ、それが出来れば後は大丈夫っすよ、今朝だってそうっす」
「それにしたって慣れるまでが早すぎない?……面接は以上、お疲れ様、何か質問ある?」
指でなぞり、内容を確認する。最低限必要なことは書き終えた。
最後に監督役の名前を書いて御者に渡して終わりだ。
「思ったより聞くことないんすね」
「私が最低限しか聞いてないだけだよ、刻紙一枚じゃ足りないって人もいる」
目で無言の意思表示をしてくるラズリアは無視する。なんで聞かないんすか、と言ったところだろうか。
何にしても早くに終わらせることが出来た。後は到着するまで時間を潰すだけだ。
メイに邪魔された分、少し寝ようかとも思ったが揺れる荷台での寝心地は最悪だろうから却下。
何か暇を潰せるものでも持ってくればよかったか。
時間を持て余しているのが見ていてわかったのか、ラズリアが口を開く。
「すぐ終わらせたから暇になってるじゃないっすか先輩、もっと聞いてくれてよかったんすよ?」
「さっさと終わらせてのんびりしたかった」
再び無言の意思表示、流石に二回目も無視するのはよくないだろう。
「だからって睨むな」
「お互い暇なのに一人の世界に入ろうとしちゃ嫌っすよ、先輩は大丈夫かも知れないっすけど私は大丈夫じゃないんすから」
「悪かったよ、暇を潰すのを手伝うからそれで許してくれないか?」
ラズリアの勢いに気圧され和解の条件を提示したが、何か面倒なことを言ってしまったような気がした。
森に着くまで後どれくらいだろうか、こうなるのならもう少しやる気を出して面接すればよかった。
-2-
「じゃあ、まずは名前、年齢、出身っすね!」
いきいきとした表情で私の正面に座り直した時は何をするのかと思ったが、暇を潰すのを手伝うとは言った。言ったがこういうことになるとは思っていなかった。
片手で顔を覆い、深いため息をつく。曰く、「質問されてばっかりって不公平っすよね!」とのこと。
それにしたってわざわざこういう形式を取らなくてもいいじゃないか、すぐ終わらせようとしたことを恨んでいるのか。
「やるのはいいけど、なんでこういう形式なんだ」
「特に理由はないっすよ、さっきやってたんで真似してみたかっただけっす」
さぁさぁ、と回答を促してくる。真意はともかくとして答えないと許してもらえなさそうだ。
諦めて気持ちを切り替えるとしよう。
「シルヴァーグ・フラットワーズ、27歳、出身は……メルヴィアだよ」
少し詰まってしまったが違和感なく言えただろうか?
「そういえば先輩ってどれぐらい冒険者やってるんすか?」
どうやら問題なかったらしく次の質問に移った。
「12年だよ」
一瞬の沈黙、そして
「え、15で冒険者ってなれるんすか」
「アルティアだと15でなれるけど」
「エスリックだと20まで駄目だって言われるんすけど」
「じゃあそういうことなんだろう」
「……早くも面倒くさくなってるっすよね、先輩」
否定はしない。実際面倒くさい。面倒くさがってるのを隠そうとしないぐらいには面倒くさい。
短く息を吐き気持ちを切り替える意味で姿勢を変える。
「……悪かった、やるって言ったからには最後まで付き合うよ」
「言質取ったっすからね!」
ビシッと勢いよく指を向けてくる、なんでやる気になってるんだこの子は。
呆れ半分、面倒くさいの半分でため息を吐くと次の質問が始まった。
「先輩のトライクっていくらぐらいしたんすか?」
「あれ貰った物だからその辺りのことはわからないかな……魔動バイクって20万ぐらいだったっけ?それと魔動機のことあんまり詳しくないからね、私」
質問に答えるついで、魔動機が好きらしいからその予防線を張っておく。また語られたら着いていけない。
「えぇ……なんかずるいっすね」
「正直なんであんなにするのかよくわかってないんだけど」
「発掘品でも複製品でも炉心が安いものじゃないっすからね、それに部品とかフレームとか諸々っすかね、値が張るのは仕方がないっす」
「……例えばだけど、ラズリアの見立てだと私のってどれぐらいする?」
「そうっすね……いい炉心積んでたっすからね、内装もいい奴使ってるはずっす、それに確か採算が取れなくなったとかであのモデル今は作られてないんすよ、マニア的には堪らないっすね、その辺りを踏まえると……」
考えるように目を閉じ顎に手を当てそのまま少し待つと
「……安く見積もっても400万ぐらいじゃないっすかね、人によってはもっと高く見ると思うっすよ」
「……そんなに」
思わず声が漏れた。自分が貰った物の価値を初めて知った、そんな高価な物を渡してきたのかあの人は。
400万、普通の生活をしていれば大体1年ぐらいは働かなくても生きていける額だ。私の借りてる部屋の家賃が月2万。200ヶ月、16年分の家賃と同じと言われた。
「……それにしても、魔動機好きなのか?詳しいみたいだけど」
現実逃避する意味でラズリアに話を振る
「かっこいいっすからね!男の夢が詰まってるっすからね!」
力強く拳を握り力説する。どこかで聞き覚えのある言い分だ。
「男の夢って、性別間違えてるぞ」
「ここでいう男の夢っていうのは性別とかそういうのを超越したもっとこう……心で感じる奴っすよ?」
目の前で手をふわふわさせるとはっきりした答えが出てこないまま強引に納得させようとしてきた。
「漠然としてるし伝わってこないな……エスリック出身の人ってそういう人多い気がするんだけど」
「魔動機と一緒に育ってきたようなもんすからね、特別思い入れがあるんすよ」
「そう言えば、魔法習いたいって言ってたけど」
慌てて、と言うほどでもないが強引に話を魔動機から引き離す。
このまま魔動機について話していると予防線を無視して語られそうな気がしてきたからだ。
「やっぱり冒険者としてやってくなら多少は使えた方がいいっすよね?メルヴィアって確かギルドあったっすよね?そこで習おうと思ってるんすけど」
「そりゃあ使えた方がいいんだけど……簡単な奴しか使うつもりないんなら誰かに教えてもらう方が早いよ、基礎が出来れば大丈夫だろうし、ギルドで教えてもらおうとしたらお金かかるし」
ラズリアの私に向ける目線が変わった気がする。無言の意思表示というか期待のまなざしというか、もしかして先輩が教えてくれるんすか?と訴えてきているようで
「……暇なときに教えてくれるようにメイに頼んでおくから、同い年だと教えやすそうだし」
「……あ、やっぱり同い年だったんすね」
一瞬の間の後、安心したようにそう言った。何を安心することがあるんだ、と視線を向けると
「いやぁ、いきなり歳聞くのも失礼じゃないっすか?」
とのこと、気持ちは分からなくはない。
そこで話が一旦打ち切られ、荷台が静かになった。
むぅ、と小さく唸ると何か話題を探すように私をじろじろと見始めた。ばつが悪そうに視線を逸らすと
「……気になってたんすけど、先輩の武具って既製品じゃないっすよね?オーダーメイドっすか?」
そういって私の真っ黒の鎧を指差す。
「高いけどいい鎧だよ、軽い割に丈夫だし、うるさくないし臭いがつかないし、魔力込めると勝手に直るし」
「最後のどういうことなんすか……」
「私も理屈は知らないんだけどね、一枚から削り出してて魔力を込めると自己修復するとか聞いたけど」
「どういうことなんすか……じゃあそっちも?」
言葉を繰り返すと腰に差してある黒い鞘を指差し僅かに顔を寄せる。
「これは……作ってもらった、っていうのとはちょっと違うかな」
柄に軽く触れ、僅かに抜いて見せる。綺麗な空色の刀身が薄暗い中で僅かに青白い光を帯びている。
それを見ると顎に手を当てて何か考えているようだった。
「天然ミスリル製の刀……先輩ってテスター……なんすか?」
「……それで合ってるよ」
テスター、正確に言うと一級魔具試作品試験者。
文字通り、魔具の試作品を運用、データ取りするのが仕事だ。量産されるものもあれば、採算が合わずそれっきり、みたいなものもある。
魔具師の気まぐれに付き合わされることもあれば、知らないうちに何かの実験の片棒を担いでいるなんてこともある。
ここから新しい発明に繋がったり、生活に役立つ物がが生まれたりもする。
自分で言うのもなんだがそれなりに実力がないと任されない。それから──
「あー……なるほど、そう、なんすね」
──魔具師にもテスター側にも黒い噂が多い。
ラズリアの反応が悪いのはそのことを知っているからだろう。
人体実験だとか非道徳的な取引とか、そんなのだ。
詳細は知らないが昔事件があってから評判が悪くなった、と聞いている。
「噂って本当なんすか?子供拐って実験したり悪魔と契約したりって」
「……他は知らないけど私のところはそういうの、無いから」
長い間世話になっている人だ。噂とはいえそうかも知れないと思われるのは気分が悪い。
……語気が少しきつくなってしまっただろうか、落ち着く意味でもため息を一つ。
その様子が不機嫌になったとでも思ったのか取り繕うように
「その……もう大丈夫っす、すみません」
「……怒ってる訳じゃないから、気にしなくていいよ」
短いやり取りを終えると会話はそれっきりで重苦しい空気が流れた。
……何か言葉を掛けるべきだったのだろうか。
-3-
重苦しい空気が続いていたが不意に魔動機が停止した。体が反動で少し左右に揺れる。
体感よりも随分長く感じたがやっと着いたのだろうか。座ったままでいると運転席と荷台を繋ぐ小窓が開かれ
「着いたから早く降りな」
短く用件を伝えてきた。
「じゃ、行こうか」
ゆっくりと立ち上がるのを見るとラズリアもそれに合わせて立ち上がる。
さっきのことをまだ引きずっているのか表情は暗い。
なんて声を掛けようか、考えてみたがフォローが思い付かない。
「本当に、怒ってないから、そんなに気にしなくて大丈夫だよ」
「……すみません、もう大丈夫っす」
結局最後に言ったことの繰り返しになってしまった。
少しぶりの会話がこんな感じで始まってしまったがこれから大丈夫だろうか。
会話を一旦そこで区切ると小窓から書類をリザードマンに渡す。
「ありがとうございました、書類は組合の受付までお願いします」
「あいよ、こんなことで金が貰えるなら安いもんよ」
用事を済ませると足早に荷台から飛び降りる。後に続くラズリアを荷台の下から見上げ
「忘れ物はない?」
「……大丈夫っすね」
体を触り確認を終えると軽い足取りで飛び降りると魔動機の方へ向き直り
「お世話になりました!またお願いします!」
「おう、嬢ちゃん、また頼むよ」
ラズリアが口に両手を添え大声で叫ぶと窓から半身を乗り出し腕を上げた。
少しして魔動機が走り出すと森の入り口の前で私とラズリアの二人だけになった。横目でラズリアを見る。
「人見知りするって?」
「ほんとっすよ、最初挨拶できてなかったっすから」
「説得力ないな」
少し不安だったが、切り替えの早い子のようで安心した。
「これから森の中に入るけど、何か質問は?」
質問を考えるように顎に手を当て森に体を向けうんうん唸っているが
「大丈夫っす、分かんないことがあったらその時聞くっすよ」
今は思い付かなかったのかそう答えた。
「じゃあ忠告、危ないと思ったら下がること、無理はしないこと、不思議に思ったことがあったら連絡すること、私も極力見てるようにはするけどはぐれないように、いい?」
「了解っす」
いくつかの忠告を済ませると、森の中へ足を進める。