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ナインテイルス ~異世界九尾語り~  作者: クルマキ
一章 初めましてとそれから
3/102

今日は厄日

-1-


ぼんやりとした意識の中で、誰かに呼ばれているようなそんな気がする。


声へ意識を集中すると真っ黒な世界の中で獣人の女の子が現れた。


綺麗な長い金色の髪と白い肌、大きな獣の耳が目を惹く可愛らしい女の子。


何かを懇願するような表情で私の手を握ると何か伝えてくる、が知らない言葉なのか、その意味を理解することが出来ない。


不思議そうに首を傾げると意識が少しずつはっきりしてくる。


手を握っていた彼女の存在が少しずつ消えていく。


諦めたような表情を見せると私の手を名残惜しそうに離す。


また何か言葉を呟くと背をむけて歩き出す、そんな姿を見せられた私は寂しそうな、何かを諦めてしまったような彼女に向けて手を──


そこで目が覚めた。


さっきのは夢だったのだろうか、それにしては現実味がありすぎていたような気がする。


まぁ何だっていい、戻ってきたばかりだし依頼も入れてない、たまにはゆっくり二度寝してもいいか。


そう考えシーツを頭から被ろうとすると聞き慣れた声に邪魔された。


「おはようございまーす!朝だよ朝!二度寝もいいけど放置される私のことも考えてほしいかなーって!」


元気な声と共にシーツを引き剥がされると肩を掴まれ軽く左右に揺さぶられた。


鬱陶しそうに仕方なく目を薄く開きシーツを取り返すべくゆっくり手を伸ばす。そうすると彼女はふふん、と軽く笑うとシーツを抱えたまま私の手が届かないところまで離れてしまった。仕方なく上体を起こし不満を視線に込めてぶつける。


薄暗い中カーテンの隙間から漏れる光に照らされる長い白金の髪と白い肌が幻想的な雰囲気を帯びていて、深い赤色の眼が楽しそうにこちらを見ていた。


今のやり取りに満足したらしく笑みを浮かべ


「そう、それでいいのです、というわけで本題ね」


軽い調子で続けると一枚の小さな紙を渡してきた。


ついでにシーツをぶんどると渋々目を通す。


『サピの森に落ちた流星についての調査依頼』

昨夜確認された流星がサピの森へと落ちたと報告があった。これについて調査せよ、以上


「……なんで私?」


色々と不満を込めて呟く。


渡された紙にはごく短い文章と組合の受領印が押されている。


昨夜という割には依頼が回ってくるのが早い、それだけ急いでいるということだろうか。


「いやいや朝から悪いねー」


悪びれるように手をひらひらとさせて笑いながら彼女-メイは言う。


組合の受付嬢をしているメイが個人に依頼書を持ってくることは珍しい。


今までにも何度かそういうことはあったがそういう時は大体面倒事を持ってくる。


「人手が足りなくてさ、今日特に予定入ってなかったよね?」


「帰ってきたばっかりなんだけど……人手が足りないって、何かあった?」


「そこはちょっと許してほしいな!人手が足りないって言うのは少し違ったかな、一緒に受けてほしい人が一人いるんだけど、ちょっと訳ありでねー」


「訳あり……初めての人?」


短く考えた後、その『もう一人』について短く問い掛ける。


「うん、昨日来たばっかりの紹介状付きの女の子だよ」


その説明で自分に依頼が持ってこられた理由を察することが出来た。


また一つ溜め息をつくと答え合わせをするようにメイが続ける。


「監督役できる女の人が残ってないんだよね、という訳で依頼を持ってきたのです」


ふんす、と自慢げに薄い胸を張る、なんで誇らしげなんだろう。


初めて受ける依頼には監督役と二人で受ける決まりになっている。素行とか実力とか色々知る必要があるから、らしい。


依頼書を返して立ち上がるとわざとらしく考えるような振る舞いを見せてから部屋を跨いで洗面台へと向かう。すぐ後ろにメイが付いてくるが特に気にせず


「受けるよ」


顔を洗い終えると答えを返す。濡れた顔を拭きながら振り返るとにやにやした顔でこっちを見ていた。


「なんだ」とは口には出さず怪訝な表情で睨み返す。


「いやぁおねえちゃんはおやさしいなぁーって思って、別に断ってもよかったんだよ?」


にやにやとした表情は変わらず、わざとらしくそう言った。


確かに断っても文句を言われるようなことはないだろう。私が受けなかったとしても他の誰かがこの依頼を受けるだけだ。


その時は紹介状付きの子には少し待ってもらうことになるだろうが。


「まぁ、断る理由もないし、どうせそっちに行くつもりだったからその時に言ってほしかったけど」


「……怒ってる?」


「ちょっとだけ」


短く答えを返すが特に気にする様子も見せず


「朝ごはんどうする?お詫びも兼ねて何か作ろっか?」


両手を後ろで組むと機嫌を伺うように少し体を前に傾けわざとらしく下から顔を覗き込んでくる。


少し考え部屋の隅の白い冷蔵庫に視線を向ける。メイの提案は嬉しいが、しばらく帰ってこないから、と冷蔵庫の中身を全部鍋に放り込んだ事を思い出した。何人かに手伝ってもらったのを覚えている。


つまり、冷蔵庫は空だ。


「向こうで食べるよ、準備するから外で待ってて」


「ん、わかった」


短く返事を返すと姿勢を戻し扉の方に向けて歩き出し、軽く手を振りながら出ていった。


扉が閉じると騒々しかった朝から一転していつもと変わらない物静かな朝が戻ってきた。


短く息を吐き休日だと思っていた気持ちを切り替える。


サピの森はここからそう遠くない、昼前には調査を開始できるはずだ。


必要になりそうな道具、武具、普段と変わらない準備を進めていくとふと小さな疑問が思い浮かび手が止まった。


「……鍵閉めてたよな」


誰に向けるでもなく呟くと準備を再開するのだった。



-2-


準備を済ませ部屋を出るとすぐ横で退屈そうにメイがしゃがみこんでいた。


ちらりと私の方を見るとまた少しにやけた表情を見せ立ち上がる。この顔は何かを思い付いた時の顔だ。


「いつも思うけど真っ黒だよね」


私の格好──さっきまでの部屋着から着替えた私を指差しながらそう言う。


自分の体を改めて確認してみると確かに黒い、身に付けた革の鎧も腰から吊るした刀の鞘も黒一色だ。


黒くない物を探すとしたらベルトと腰に巻いているポーチぐらいだろうが、どれも暗い色をしている。


「ダレン爺に言ってくれ、こだわりみたいなのがあるらしいから」


「鎧だけじゃなくて、普段の服も黒とか黒よりの灰色とかそういう暗い色ばっかりだよね、お姉ちゃん」


「それは……もう27ですし」


「ずっと前からそうだったと思うけどなぁ、私」


「じゃあ私の趣味ってことで」


強引に結論を出すと「むぅ」と唸った後


「それじゃあ行こっか」 


そう言って私の手を取ると自分勝手に歩き始めた。


少し引っ張られると置いていかれないように慌ててメイと歩調を合わせて横に並ぶ。


早朝だからか普段賑やかな通りも閑散としていて人通りは少ない。


別に二人で手を繋いで歩いてるところを誰かに見られたら恥ずかしい、という訳でもない。しばらくの間沈黙が続く。


少し気まずく思って何か話すことを考えているとメイの方から話し掛けてきた。


「そう言えばお土産的な物はあったりするのかな?」


「ごめん、忘れてた」


その答えが気に入らなかったのか手を少し強めに握ってきた。こっちも強く握り返すと降参したように小さく笑うと


「そっか、じゃあ仕方ない」


振り返ることもなく短く答えた。久しぶりに会ったからだろうか、何か違和感を覚えた。


何が違うのかわからないけど、何か違うような気がしてどういう風に聞こうか少し考えたが思い付かず


「何かあった?」

 

「別に、何にもないよ」


素直に聞いてみたが答えらしい答えは返ってこなかった。


握っている手が少し熱い、さっきからこっちに顔を向けていない、耳が少し赤いような気がする、その他諸々を考慮してぽつりと呟く。


「自分からやっておいて恥ずかしがるとか」


「っ!言わないで!退くに退けなくなったんだから!久しぶりに戻ってきたんだからこれぐらいいいかなぁ、って思ったの!」


突然の大声に周囲のそう多くない視線がメイと私に向けられる。


図星だったらしく立ち止まると真っ赤になった顔をこちらへ向けて言い訳をぶつけてくる。


その姿を見て思わず噴き出してしまった。


「悪かったって、どうする?恥ずかしいんならやめる?」


意地悪く微笑み、握った手を少し持ち上げる。真っ赤だった顔が更に赤くなったように感じる。少し俯き、ぷるぷると肩を震わせると


「そ、そのままでお願いします……」


今にも消えてしまいそうなほど弱々しい声だった。


「はいはい」と快く了承すると歩みを再開する。


少し遅れて引っ張られるようにメイも歩き始めた。


「そういえば一緒に受ける子ってどんな子?紹介状付きなんだよね」


話を途切れさせないようにこれから会うであろう相手について聞いてみる。


紹介状付きで冒険者、なんてのは問題児であることが多い。


例えば問題を起こした士官候補生とか人格に難有りな魔法使いとか、厄介払いに使われてるんじゃないかって思うことがある。なまじ実力があるから質が悪い。


「んー……悪い子じゃない……と思う、よ?」


言葉を選んでいたのかさっきからかった事を引き摺っているのか、歯切れは悪かったがメイの答えは私が思っていたよりもずっと好印象のものだった。


「問題児って感じじゃないのか」


「うん、士官学校とか魔法関係の人って感じじゃなかったかな、紹介状を送ってきた人もその辺りの人じゃないみたいだし」


『紹介状付き』と言われたときは面倒事だと思っていたが今回はそうではないかもしれない、そう考えると気持ちが少し楽になった。


「それにちゃんと挨拶出来る子だったし!」


「それは……確かに珍しいな」


そういえば、と話を切り替える。どちらかと言えばこっちの方が聞きたかった。


「どこか休みの日ある?」


横目でメイの方へ視線を送る。まださっきのことを引き摺っているのか顔は赤いまま、驚いたような表情を見せた。


「え、なに、デートのお誘い?」


「デートって言うな、何するかは決めてないけど、久しぶりにこっちに戻ってきたんだから何かしたいなって思って」


「……確かめるから先に行ってるね!朝御飯は?」


「……日替わりサンドで」


手を離し少し小走りで私の前を行くと、手を後ろで組み嬉しそうな笑顔をこちらへ向けた。


注文を取り終わるとまた後で、と足早に走り去ってしまった。


一人残された私は、さっきと変わらない歩調で組合へと歩き始めようとした所で


「朝からお熱いねぇ!」


「うるさい」


飛んできた野次を適当にあしらうと気を取り直して組合へと向かう。

メイがいなくなってから野次を飛ばす辺り、こいつら分かってやってるんだろう。



-3-


一人で少し歩くと組合が見えてきた。遠目から見ても目につく赤い3階建ての建物だ。


冒険者組合──地方によっては組合じゃなくギルドとも言うらしい、人や村、国からの依頼を斡旋する場所。食堂や宿と兼業していることが多い、その方が都合がいいんだろう。


『アルティア冒険者組合』はこの国の名前を冠する冒険者組合だ。


この街、メルヴィアが冒険者の街とも言われる由来だそうで、国内外問わずいくつかの支部が置かれるぐらいには力のある組織だ。


そんなことを思い出しながら歩くと扉の前に着いた。


『アルティア冒険者組合本部』と書かれた簡素な看板が扉の上に掛けられている。


扉を抜け、周りを見渡しメイの姿を探す。久しぶりに来てもここは何も変わらないな、と少し安心する。


依頼書が隙間なく貼り付けられたコルクボード、広いフロアに規則正しく並べられた椅子と机、カウンターの奥では受付嬢が忙しそうに何か作業をしている。


フロア奥の机、そこでメイがこっちに向けて手を振っているのが見えた。


メイの容姿が特徴的なのもあるが茶色い給仕服に白金の長髪はよく目立つ。


すぐ横には『紹介状付き』らしい女の子もいるが。ここからではよく見えない。


メイに軽く手を上げ応答を返すと奥に足を進める。その道中


「おう、帰ってきてたんなら言えよ」

「お前に言う理由が思い付かない、ちょっと急いでるから」


「あれ、久しぶりだね、帰ってきてたんだ」

「久しぶり、待たせてるからまた今度ね」


「あ、ダレン爺が用があるから暇なときに来てくれって」

「ん、わかった、今日は無理だって伝えておいて」


すれ違い様、数人から声を掛けられるが足を止めずに短く答えを返していく。


相手もそれ以上の答えを求めていた訳ではないらしく、自分の作業に戻っていく。


「おまたせ、君が紹介状付きの……」


正面に立ち、紹介状付きの女の子に視線を向ける。


最初に目についたのが癖のついた短い黒髪、そして頭の上の尖った獣の耳。声を掛けられて僅かにピクリと反応した。もふもふしている。


亜人の年齢を当てる自信はあまりないが、歳はメイと同じぐらいだろうか?


綺麗な碧眼でこちらを見上げていると名前を聞かれていると思ったのか、勢いよく立ち上がった。


身長はメイと並んで同じぐらい、私よりは頭ひとつ分ほど小さいか。愛嬌のある表情で僅かにこちらを見上げると


「ラズリアっす!よろしくお願いします!先輩!」


腰を曲げ大体45度、元気な声と深めのお辞儀と同時に真っ直ぐ手を伸ばしてくる。


不意を突かれた反応に少し対応が遅れる。勿論良い意味で、だ。メイが言ったように悪い子ではなさそうだ。


「シルヴァーグ、シルバでいいよ、よろしく」


手を握り簡単に自己紹介を済ませるとメイを一瞥する。


依頼の詳細と説明、それから日替わりサンド、色々込めた視線だ。


「はいはーい、じゃあ依頼の説明の前にちょっと準備してくるね、ラズリアさんはわかんない事があったら聞いてね」


「はい!」と元気よく返事するラズリア、軽く手を振るとメイはカウンターの奥へ。


それを見届けると私も椅子に座る。それを見てからラズリアも元の場所に座った。


ごく短い間であるが、ラズリアと二人きりとなった。手を膝の上に置き落ち着かない様子だ。


「緊張してる?」


「……ちょっとだけ、女の人来てくれたのはよかったっすけど」


どうやら当たっていたらしい、体勢はそのまま短く呟く。


初めて依頼を受けたとき、確かにそんな気配りをしてもらっていたような気がする。異性だと聞きにくいこともあったかも知れない。


そんなことを思いだし、なんとか緊張を解いてやりたいがどうしようか。


「あー……」


「おっ、またせぃ!今日の日替わりサンドは肉尽くしね!」


言葉を遮るようにメイが戻ってくると『肉尽くし』と名付けられたそれが載った皿が目の前に置かれた。


肉尽くしの名に偽りはなく、一目見ただけだと握りこぶしほどの大きさのソースのかかったよく焼けた肉の塊にしか見えない。


しかしよく見ると薄くスライスされた肉がいくつも巻かれているようにしてその肉塊を作り出しているのだと分かった。


もしかして中も肉、と想像するだけでげんなりしてきた。


申し訳程度に横に置かれた二枚のパンズがサンド要素だろうか。


パンズは無視してナイフとフォークで食べるのが正解のように見えるが、それらしき物は見当たらない。


あくまでもサンドであることにこだわっている、のだろうか?


日替わりサンド、またの名を『作った人の悪乗りサンド』とも言うここの名物、もとい悪習。


「じゃあ説明するね」


悪乗りサンドとメイの勢いに言葉を奪われ、諦めたように息を吐くしかなかった。  



-4-


「依頼書の通り、サピの森に流れ星が落ちたみたいだからそれについての調査、森自体にも何か変化があるかも知れないからそれの調査もだね」


溜め息なんて知らないと言わんばかりにメイの説明が始まった。


ちら、と視線をラズリアに向けるとメイの方に顔を向け熱心に聞いているようだ。


概要も大事だが目の前にある肉の塊をどうするかの方が重要なことのように思えてくる。


とりあえずパンズで肉尽くしを挟むことから始める。


「あの、サピの森って言うのは?」


小さく手を上げ、ラズリアが質問する。一瞬メイの方を見ると視線が合う。


どっちが説明する?と視線で問いかけているようで譲るように視線を逸らす。


「近くにある森のことだよ、この辺りの人はサピの森って呼んでるの、森の奥の方に入ると魔物も出てくるから油断しないようにね」


「なるほど」と頷くラズリア、それを見て


「説明は以上、何か質問ある人ー?」


説明を終えると短く息を吐き、軽く手を上げお互いに視線を向ける。


ラズリアの方を見ると顎に手を当てて何を聞こうか考えているようだった。あの様子だとまだ出てこないだろう。


「移動は私のバイク使うので問題ない?」


肉尽くしをパンズで挟み──ただ上下にパンズを置いただけだが──脂ぎった指を拭く物を探す。


手を拭きたがっていることに気付いたのか、メイがハンカチを渡してきたので有り難く使わせてもらう。


「それなんだけど、やってほしいことがあってね、行きは運搬用の魔動機が近くまで行く用があるからそれに乗せて貰って、格納機も手配してあるから帰りはバイクで帰ってきていいよ」


「……先輩ってバイク持ってるんすか?!」


メイが答え終えるのを待ってラズリアが嬉しそうな声を出す。興味があるんだろうか、声音が少し弾んでいる。


「持ってるよ」


「かっこいいっすよね、魔動バイク!自分もいつか乗りたいなーって思ってるんすよ!どんなのに乗ってるんすか?」


私の乗ってるバイクは自分で買った訳ではなく人から譲ってもらったものだ。


魔動機についてあまり詳しくない身としてはラズリアの質問には苦笑いを浮かべるしかない。


助けを求めるようにメイに視線を送ると肩を竦め


「はいはい、そういうのは後でね、他に何か質問ある?」


「私は大丈夫」


「調査に使う道具とかってどうすればいいっすか?」


「そんなにしっかりした調査じゃないからね、特に用意しなくて大丈夫かな、お昼はこっちで用意するから良かったら食べてね」


強引にメイが話に一区切りつけるとついに肉尽くしに口をつける時がきた。


少し辛味の効いたソースと肉の組み合わせは確かに美味しい。


スライスされた肉に巻かれていたのはこれまた分厚く切られた肉でどこをどう食べても肉とソースの旨味を味わうことが出来る。噛んでも噛んでも肉とソースの味しかしないとも言い換えられる。


一旦肉尽くしを口から離し一息つく。朝起きて最初に食べるような料理ではない。


「……ごめん、ちょっと時間かかる」


「はいはい、じゃあ書類とか持ってくるね」


ひらひらと手を振るとカウンターの奥へと歩いていった。


肉尽くしと戦いながらラズリアの様子を見てみるとさっきまでとは違って緊張している様子は見られなかった。バイクの話で少しは楽になってくれたのだろうか。


メイが戻ってくるまでにこれを食べ終えておきたいが、黙々と食べるのもラズリアが気まずいだろう。


「紹介状付きだって言われたから、もっと荒れてるのが来ると思ってた」


「それ、どういう意味っすか?」


紹介状付きは大体ろくでなし、ということを伝えると何か納得したようで


「あー……紹介状見せたとき渋い顔されたのはそういうことなんすね、どんな人が来たことあるんすか?」


「色々いるよ、上司の嫁に手出してクビになった奴とか破門されてきたやつとか」


「ろくでなしばっかりじゃないっすか……」


前例を少し教えると困ったように苦笑いを浮かべていた。自分がそのろくでなしと同じ分類だと思われていたのだから仕方ない。


話の間を埋めるように肉尽くしに口をつける。完食までは遠い。


「エスリック出身?」


「え、なんでわかったんすか?私もしかしてこっちで有名だったりするんすか?」


驚いたような反応を見せるラズリアにいやいや、と片手を振って否定する。


「なんでそうなる、メルヴィアに冒険者になりにくる獣人の人は大体エスリックから来てるよ」


同じようなのが数人いるから何となく聞いてみたがどうやら当たりだったようだ。


魔動機大国エスリック、アルティアとはそれなりに仲がよくて人口の亜人率、というか獣人率が高い。


魔動機の発掘、製作が盛んで流通している多くはここから輸出された物だ。


「向こうにもいくつか支部あったと思うけど、なんでわざわざメルヴィアまで?」


「マーチェスにも支部はあったんすけど、どうせ冒険者やるんなら本部で始めたくないっすか?」


ラズリアの言い分と同じようなのを何度か聞いたことがある、考えることは同じと言うことか。


それにどうやらマーチェス出身らしい、エスリックの中でもかなり大きい街だ。私も何度か依頼で行ったことがある。


「そういう人結構いるよ、ちょっと食べるのに集中するから」


「なかなか辛そうっすね、了解っす」


ラズリアの視線を感じながら黙々と口に肉を突っ込む、食べるのに集中していると流石に早いもので


「そんなに急いで食べなくてもいいと思うの、終わったら運転手の人に渡しておいてね」


私が最後の一口を食べ終えるとほぼ同時に書類と小さな紙袋を二つ手にしたメイが戻ってきた。


手についたパンクズを皿の上で落とし書類を受け取る。


何が書かれているのか気になるらしいラズリアが身を乗り出して覗き込んでくるが隠すように素早く懐に仕舞う。


「それと、四日後ならデート大丈夫だったよ」


「ん、わかった」


思い出したようにさっきした質問の答えが返ってきた。もう言い方には触れないことにしよう。


そのやり取りを見たラズリアは何かを考えるように顎に手をやり、私とメイの顔を交互に見ると呟く。


「メイさんと先輩って付き合ってるんすか?」


時間でも止まったんじゃないかってぐらい見事に固まった。顔が少しずつ赤くなっていくのがわかった。まさかこんな所から飛んでくるとは思わなかったんだろう。


ラズリアの方は「何かまずいこと言ったすか?」と何が問題だったのかわからないといった様子だ。


「そういう……そういうあれじゃないから!ほら、これは久しぶりに帰ってきたからなんかしたいっていう……あれだから?!ね!?」


真っ赤な顔をラズリアに向けると自分でも何を言ってるのか分かってない様子で捲し立てると同意を求めるように私を見てきた。


その様子がおかしくてつい噴き出してしまった。何も伝わってこない説明をしてるメイに代わって私の方で何とかしないと


「まぁ、うん、一応妹だし」


「付き合ってるどうこうよりもそっちの方がびっくりなんすけど」


「ちょっと事情がややこしくてね、じゃあ行ってくるよ」


あんまり長引かせるとラズリアがまた何か言いそうだから手早くラズリアとの話を切り上げ、紙袋をポーチに突っ込むとラズリアにもう片方を渡す。


「……うん、いってらっしゃい」


顔は赤いままだったが聞くのが懐かしい、いつもと変わらない見送りの言葉が返ってきた。



-5-


「メイさんっていつもあんな感じなんすか?もっとこう……高嶺の花みたいな感じあったんすけど」 


組合を出てすぐ、狭い路地の後ろを歩くラズリアからそんな質問が飛んできた。


大通りから行こうとするラズリアを引き止め、こっちの方が近いと狭い路地を歩いている。その時一瞬嫌な顔をされたのはどういう理由だろう。


確かにラズリアの言うように白金の長髪、紅い眼、白い肌、立ち振舞いと服装を変えればどこかの病弱な深窓の令嬢に見えるかもしれない。


「いつもあんな感じ」


「答えるの面倒くさくなってないっすか?先輩」


いやいや、と手を振って答えるが内心面倒くさい。仕方なく納得した様子で、次の話のネタを探しているようだ。


緊張している様子はもう見られないが、打ち解けるまでが早すぎないか、この子。


「むぅ……そういえば姉妹なんすよね、メイさんと先輩」


「一応ね、どうかした?」


「いやぁ、どうもしないっすよ、姉妹で冒険者組合の受付嬢と冒険者、何かロマンス的な物を感じないっすか?」


言っている意味がよくわからなかった。姉妹で受付嬢と冒険者だとロマンス?


疑問符が浮かんでいるのに気付いたのかラズリアが続ける。


「見送る側と見送られる側ってそういうのあると思うんすよ、夫の帰りを待つ妻みたいな奴っす、私には待つことしかできないけど的な奴っすよ」


「……ごめん、ちょっとよくわからない」


何か説明をしてくれていたらしいが、その説明もあまり理解できなかった。


それを聞いて呆れたように額に手を当て、オーバーな動きで天を仰ぐ。


「わっかんないっすかねぇこの感じ!今度そういう本持ってくるんで読んでみてほしいっすよ、そしたら分かるはずっす」


「……そこの角曲がったらもう着くぞ」


答えるのが面倒くさくなって話の内容には一切触れず、目的地が近いことを伝える。


少し驚いたような表情を見せると小走りで私の横を通り抜け角まで行くと遠くを見るように手をかざしていた。


私が追い付くのを待っていてくれたらしく、横を通り抜けるとすぐ後を歩き始める。


「組合から東門までってこんなに近かったんすね、昨日来たときはもっと時間掛かったんすけど」


「大通りから行こうとするとどうしても遠回りになるから、今度案内しようか?店とか色々、知っておいた方がいいだろうし」


「マジっすか、そのときに本持ってくるんで是非読んでほしいっす」


街の案内がよくわからない本を読むことと交換になったのは納得できなかったがまぁいい。


門の前まで歩くと周囲を見渡す。


城壁に沿って並ぶように止められたいくつかの荷馬車や魔動機、その近くに御者らしき人物が数人、何かを探しているのに気付いたのか、門の横に立っていた衛兵の一人がこちらに向かって歩いてきた。


「組合の方ですか?」


「はい、サピの森まで乗り合いで、格納機の手配をお願いしてる筈なんですが」


概要をかいつまんで説明すると、「こちらへ」と短く告げ歩き始めた。


そうして案内されたのは門の横の詰所だ、窓口越しに待つように言われると奥に行ってしまった。


戻ってくるまでの間少し確認しておこうか。


「格納機の借り方って知ってる?」


「免許とサインだけでいいんじゃないっすか?他に何かあるんすか?」


「基本的にはそれでいいけど、仕事で借りるんならエンブレム見せるのと所属書かないとダメだな、免許はともかくエンブレムは初めての依頼が終わったら貰えるから、無くさないように」


翼の意匠の小さなペンダントを見せると「おぉ……」と感嘆の声をあげた。


しかし何か引っ掛かるのか、顎に手を当て少し考えるような仕草を見せ


「……今さらっと免許持ってないって決めつけたっすよね!?」


「違うのか?」


「バイク乗りたいんだから持ってるっすよ!ほら!」


そう言って小さなプレートを取り出し見せ付けてきた。


ラズリアの名前と顔写真が貼られている。確かに魔具免許だが引っ掛かる点が一つ。


「二級?」


『この者を魔具取り扱い二級とする』の一文。


私が持ってる準二級は魔具の使用と所持を許可するものだ。


冒険者なら絶対取っておいた方がいい、そうでなくても取っておいた方がいいと言われる資格で試験もそれほど難しい物でもないが二級となると話は変わってくる。


二級は魔具の仕入れと販売、鑑定と一部魔具の修理・点検の許可だったか。試験の難易度も比べられないほどに上がる、と聞いたことがある。


「あー……ちょっとした勘違いって奴っすよ、準二級があるって知らなかっただけっすよ」


ばつが悪そうに目を逸らし頬を掻く。どう見ても嘘だがあまり掘り下げるべきではなさそうだ。


「二級取れるなんて凄いじゃないか」


「……うっす」


話を切り上げる意味でただ思ったことを言っただけなのだが、どうにも照れ臭かったらしい。顔を俯け、小さく答えを返してきた。


丁度話を終えた頃衛兵が書類と大きな腕輪を手に戻ってきた。


「ではこちらに所属とサイン、免許と所属を証明できるものをお願いします」


マニュアル的な対応の衛兵に言われた通り免許とペンダントを横に置き


『アルティア冒険者組合』『シルヴァーグ・フラットワーズ』


と書き渡す。書いた内容を改めるように少し眺め、ペンダントと免許を一瞥すると腕輪を置き


「返却の際は東門の詰所か所属している組合の方にお願いします、ご依頼の魔動機は門の外に停まっています、では失礼します」


一礼すると足早に立ち去り所定の位置に戻っていった、真面目なことこの上ない。


免許とペンダントを戻し腕輪を手に持つとラズリアは何やらわくわくしている様子で


「で、先輩のバイクってどこにあるんすか?」


「……別についてこなくても大丈夫だけど、来る?」


「分かりきってること聞くのもどうかと思うっすよ?」


当然、と言わんばかりの態度。


会ってから半日も経っていないがなんとなくこの子との接し方が分かってきたような気がした。


色々私のわからないことを説明されるんだろうな、と思うと気が重くなる。


先導する足取りは気持ちの分重い、後ろを歩くラズリアはそれはもう楽しそうな足取りだが。


詰所から少し歩いて小屋の前。雨風凌ぐ程度の簡単な作りの小屋。似ている物を言うとするなら馬小屋だろうか。ともかくそんな感じの小屋だ。


「あ、ここで待ってるっすよ」


ラズリアの言葉に振り返らず手を上げて答えると小屋の中へと足を進める。


小屋の扉をくぐると白髪のじいさんが受付で退屈そうに本を読んでいた。


視線を僅かにこちらへ向け顔を見ると、受付の下に手を伸ばす。


「一応用件ぐらい聞いたらどうだ、じいさん」


「持ってくるか持っていくかだけだろう、はよう行け」


小さな鍵を受付の上に置くと仕事は終わったと言わんばかりに再び本に視線を戻した。


特に気にすることもなく鍵を拾い、小屋の奥を目指す。 



-6-


「先輩、これバイクじゃなくサイドカー付きのトライクっすよ!」

 

バイク──じゃなくトライクというらしい──押して出てきたときの最初の一言がそれだった。


曰く車輪の数が違うと、曰くいい炉心を使っていると、曰く銀色の車体と流線形のフォルム、全体のデザインが素晴らしいと、曰く……なんだったか。


熱弁するラズリアの話はよくわからないが、褒められるのは悪い気分じゃなかった。とはいえ放っておくといつまでも続けてしまいそうな勢いだ。


「もういい?仕舞いたいんだけど」


「はい大丈夫っす!」


ラズリアの話の隙間に割り込むように伝えると満足しました、と伝わるぐらいにいきいきとした表情を見せてきた。


そんなラズリアのことは置いておいて、腕輪を車体に触れさせる。

腕輪が淡く光ると腕輪に吸い込まれるようにしてバイク──じゃなくトライクだったか──が消える。


そのまま腕輪をポーチに突っ込むとラズリアが口を開く。


「相変わらず格納機って仕組みがよくわかんないっすね、誤作動とかしたら大惨事と思うんすけど」


「魔力の繋がり切断するなんて意識してやらないと起きないと思うけど」


「……突然暗殺されたり?」


「誤作動以前に大惨事起きてるぞ、早く行こう、多分待たせてる」


「了解っす」


何か聞かれるかと思っていたが仕舞ったからだろうか、切り替えが早い。


来た道を戻り門の前、手早く手続きを済ませ門を抜ける。


門を抜けたすぐ横に魔動機が一台、幌のついた大型の物だ。少し汚れた白い車体が年期を感じさせる。


やや興奮気味なラズリアを無視して、前の方に回り込むと運転席で老年と思われる赤い鱗のリザードマンが眠たげに大きく口を開け欠伸をしていた。


こちらに気付いたのか、軽く手をあげると


「来たかい、サピの森まででいいんだったかね」


「そうですね、よろしくお願いします」


短い挨拶を済ませ軽く頭を下げるとラズリアもそれに従った。


「後は嬢ちゃんたちだけだよ、早く乗りな」


その言葉に従って魔動機の後ろに回り荷台に乗り込む。


荷台の上から手を伸ばし、ラズリアを荷台へ引き上げる。


荷台の中にそれほど荷物は載せられていなかった。並べられた木箱、大きめの袋がいくつか、それだけだ。


適当な場所に座り、ラズリアにも座るように手で示すと向かい合うように端に座った。


「じゃあお願いします」


その一言で魔動機が低い音と共に動き始めた。期待していなかったが人が乗ることを考えていない荷台の乗り心地は良くない。


移動だけなら自分で行った方がよかったんだろうな、と思いつつも懐から受け取った書類を取り出す。


「そういえばやってもらいたいことってなんなんすか?紙みたいなの貰ってましたけど」


その紙を見てラズリアが四つん這いで近付いてきた。そのまま横に座ると書類を覗き込む。


「ちょっと面倒くさいこと、すぐ終わるよ」  


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