いつもの朝
-1-
いつもと変わらない時間に目が覚めた。
起きた場所は普段使っているベッドではなくその横に置いてあるソファーだ、これからはこのままだろう、引っ越してまで何とかしようとは思わない。
ベッドの方を見ればシーツが小さく膨らんでいる。頭からシーツを被っているみたいだ。
音を立てないように静かに立ち上がり、薄暗い中キッチンに向かう。
昨日はロナさんに少しだけ怒られた。最初からそう言ってくれればよかったのに!と。
その割には何故か嬉しそうに必要になりそうな物のリストを作ってくれた。
獣人の子供に必要な物、と言われてもいまいちピンと来なかったから助かった。
普段買わないような物は尻尾の毛並みを整える用の櫛とか、抜け毛掃除に使う道具だとか、そんな感じの物だ。
見慣れない品物を眺めているのは新鮮で少し面白かった。
それから今の季節にあった服と部屋着をいくつか試着していたが、ティルは終止尻尾を大きく振っていた、楽しんでくれていたみたいだ。
私がいない時は孤児院で面倒を見て貰うことになっている、私がいるときは私が、そうでないときはベルが迎えに行ってくれることになった。
それから私が戻ってくるまではダレン爺の所で世話を見てくれるらしい、自分で言っておいてなんだけど迷惑掛けすぎている。
ダレン爺に説明したときは私たちの時みたいに好きにしろ、とだけ言ってまた奥に戻っていった。
何だかんだでちゃんと面倒を見てくれるだろう、それにベルも話し相手が欲しかったみたいで面倒を見るのに乗り気だった。
孤児院で他の子と上手くやれるか、少し心配だ。
昨日のことを思い返しながら冷蔵庫を開く。
今朝は何を作ろうか、とりあえずこのベーコンのブロックを何とか消化していかないと。
-2-
美味しそうな匂いに釣られて目が覚めるのはなかなか気分がいい。
昨日は色々やって疲れたがその分楽しかった。
初めて見る物で溢れていた、シルヴァーグが知っているものはシルヴァーグに、シルヴァーグも知らない物は店の者に聞いた。
衣服に特にこだわりは無かったが店の者がいくつか見繕ってくれた。試しに一つ着て大きな鏡の前で自分の姿を見る。
子供、歳は六か七つ頃、初めて顔を見るがなかなか整っているように思う。
瞳孔が人の物と違って、縦に割けているのと耳と尾を除けば人と同じだろう。
今思えば何故人の姿なのか、化ける力もないのに人の姿になれている理由が分からない。
元の姿のままあそこにいたら死んでいただろうから良かったが、考えても仕方がないか。
いくつか着てみたが、着易くした帯のない着物のような服と今着ているつるつるした服の色違いの物、それから肌着と下着を買うことになった。
獣人用の下着を見たが、尾が邪魔になるためか際どい物が多かった。
シルヴァーグに見るのを止められたから私の見ていた物がそういうものだっただけのようだ。
それから獣に使う為の道具を自分に使うのは初めてだったが、毛繕いが楽に出来たり、手櫛で尾を整えるよりも手軽で気持ちが良かったりと便利だった。
特に抜けた毛を掃除するための道具一度使ってみたがこれが存外楽しい、持ち手の付いた円柱を転がすと落ちた抜け毛がよく取れる、意味もなく転がしていたくなる。
しかし、今朝の飯も美味かった、今朝食べたのは孤児院で食べた物に似た平らな焼き菓子のような料理だった。
噛みごたえのあるカリッとした食感と孤児院で食べたものと違って塩味が効いていてなかなか美味かった。
炒めた干し肉を乗せ、一緒に食べてやると肉の脂と塩味がよく合って尚美味かった。
単純な味なのだが、それだけに寝起きでも食べやすい、味付けを変えてやれば間食にもいいだろう。
そう言えば干し肉の塊を貰ってしまったらしく、しばらくは料理に必ず出てくることになるのを謝っていた。
極力飽きないようにしてくれるらしいのだが、正直美味ければ何でもいい。
何だかんだでシルヴァーグの世話になることになったがそうする理由が思い付かない、単なる善意か、何か意図があるのか、何でもいいが特に断る理由もなかった。
強いて言えば孤児院での生活が今の水準よりも低い可能性があったから、だろうか。
……フラットワーズ、名字と言っていたか、似ているとは思ったが何か関係あるらしい。
しかし目的がわからない。何故あの女がそう言ったのか気になる所ではある。
「さっきから考えてるけど、どうかした?」
考え込んでいるとその様子が気になったのか、シルヴァーグが声を掛けてきた。
今は昨日買った着慣れない服を着て、シルヴァーグに抱えられて組合に向かっている。
人通りはそれほど多くないが、すれ違う人から視線を感じることが多い。
「なんか見られてる」
言って不信感を抱かせる理由もない、適当に誤魔化すと
「あー……うん、私がティルと一緒にいるのが珍しいとかそんなのだよ、しばらくしたら大丈夫だろうから」
そう言いながら組合の扉を開ける、いつの間にかそんなに歩いていたらしい。
組合に入るとすぐ近くの席から少し騒がしい声が投げ掛けられた。
「おはようございます、先輩!ティルもおはようっすよ」
ラズリアがシルヴァーグに軽く頭を下げ頭を上げると嬉しそうに私の方に顔を向ける。
「それと指名で依頼っすよ!なんかわくわくするっすね!」
そう言って大きく判の押された一枚の紙をシルヴァーグに渡す。
確かめるように裏面を一度見、紙に書かれている内容に目を通すのを横から覗いてみる。
『サピの森の再調査依頼』
前回の調査が中断となったためサピの森の再調査を依頼する。
今回の調査は前回の調査者であるシルヴァーグ・フラットワーズ、ラズリア・テールライトの二名を指名する。
以上
冒険者の仕事だろう、サピの森というのは私がいたあの森のことだろうか。
私と初めてあったときは何かの調査に来ていたようだ。
「えーっと、格納機の手配はしてくれてるらしいっすから移動は先輩のトライクになるんすかね」
「ん、わかった、ティル預かってもらいに行くけどどうする?」
「待つのもあれなんでついてくっすよ、それとこれお昼にって」
シルヴァーグがいない間はロナの所で預かって貰うことになっている。
孤児院では孤児ではない子供の面倒も見ているらしい、託児所とか言っていたか、親の仕事が終わるまでの間、子供を預かるのも仕事のようだ。
シルヴァーグかベルか迎えに来る事になっている、シルヴァーグがまだ仕事中の場合はベルが面倒を見てくれるようだ。
さっきまで座っていた机に置いていた紙袋を二つ手に取り、その内の一つをシルヴァーグに差し出す。
「今更っすけどティルの服って先輩が選んだんすか?」
組合の外へ向かおうとした時不意にラズリアが私の方を見ながらそう言う。
「いや、店の人に選んでもらったけどどうかした?」
「特になんかあるって訳じゃないっすよ、似合ってるなぁって思っただけっす」
褒められてる様で悪い気はしなかった。
-3-
「いらっしゃーい」
「おう」
ダレン爺の店に入ると目立つミスリル製の鎧が最初に目に入った。
反射的に嫌な顔をするとベルとウルベが反応を返す、カウンターで何か荷物を受け取っているようだ。
ウルベがいることに内心げんなりしていると先にラズリアが二人に挨拶を返した。
「おはようございます!」
「……ティルのこと預かってもらいに来たんだけど、それと見てもらってた魔具は大丈夫?」
「はいはい、ちょっと待っててね」
入り口から用件を伝えカウンターの方に向かう、ベルは裏に預けていた魔具を取りに行ったみたいだ。
カウンターに着くとウルベは荷物の上に頬杖をつきわざとらしく私の方を見てくる。
「何だ」
「いんや、その子のことお前が預かるってのがすげぇ意外でな」
「え、ティルって先輩の所で暮らすことになったんすか?」
「まぁ、うん」
よく会う人には説明したからその辺りから聞いたんだろうか、軽く流して話を終わらせる。
切り上げたがっているのが分かったのか、それ以上言及はしてこなかった。
「あーそうだ、メイちゃんとベルちゃんには言ったんだがよ、大口の仕事が入ってな、暫くメルヴィアを離れることになってよ」
「私らに言っても仕方ないだろ、それ」
「一応な、一応、じゃあ行くわ、ラズリアちゃんもティルちゃんも頑張ってな」
そう言って荷物を抱えると店を出て行った。
ベルやメイならともかく私とラズリアに言っても仕方ないだろうに。
「……先輩とウルベさんって仲悪いんすか?」
「私も気になる」
ウルベの後ろ姿を見届けると不意にラズリアがそう聞いてきた。
便乗した様子でさっきまで店の中を眺めていたティルも乗っかってきた。
説明する程の事でもないしどうしようか、と思っていた所に丁度良く大きな袋と刀を抱えたベルが戻ってきた。
両手が塞がっているからか、尻尾で戸を空け後ろ向きにカウンターに歩いてくる。
「おまたせ、ってウルベさんは帰ったのね、鎧は修繕済み、鞘以外の試験品は問題ないけどあんまり乱暴に使わないようにね、鞘は調整するとかで今は普通のがついてるよ、しばらく掛かるんじゃないかな」
カウンターに袋を置くと簡単に説明していく、一通りの説明が終わると何故か決め顔で
「さっそく装備していくかい?」
「……いきなり何?」
「いや、なんか言わなきゃって、じゃあティル預かるよ、ロナさんの所でいいんだよね?」
ベルが両手を前に出すとティルを抱えさせるのだが
「あ、そうそう、ウルベさんとシルバの仲が悪いのは初めて会った時にメイのこと口説こうとしてたからだよ」
あまりに自然に言うものだから止めるのが遅れた。
言うような事では無いから言わないようにしているのだが、ベルはどうもこのことを言いたがる。
メイがそのことを話した時大笑いしていたからこの話を気に入ってるんだと思う。
私がいるときにしかそのことを話そうとしないのは私が止めるのも楽しんでるんだろう、趣味が悪い。
「あー……なるほど?でも何か想像つかないっすね、その時の先輩」
何か納得した様子で小首を傾げ私とベルを交互にラズリアが見る。
「ねー、私も最初聞いた時おかしくってね、シルバがいきなり飛び蹴り食らわせるなんてさ」
「初対面で飛び蹴り食らわせたんすか?!」
「余計な事言わない」
諦めて気にせず流していたらもっと掘り下げてくるとは思わなかった。
少し語気を強く言っておく、もう五年も前だ。
確かメイが組合で働き始めた日にウルベがメイを口説こうとしていて、思わずというか何というか反射的に体が動いてそうなった。
今となっては消してしまいたい過去、と言う奴だがウルベへの対応はその時からあまり変わっていない、初対面があれだったからだろうか。
「はいはい、まぁあんまり言わないでね、着てくんなら裏使っていいよ」
私がいない間に話す、なんてことは無いと思いたい。
短い溜息を吐くと袋を抱えて裏に回る、まだ何もしていないのに何か疲れた。




