昔と今と
私にはお父さんはいない。私が生まれる前に死んでしまったらしい。
私にはお母さんが二人いるらしい、お母さんと私を生んだお母さん。
生んでくれたお母さんは、私を生んですぐに死んでしまったんだそうだ。
お母さんは、生んでくれたお母さんのお姉さんで、私を引き取ってこの街に引っ越して来たんだそうな。
今まではクリミナっていう国にいたけど私を引き取る時にこっちに引っ越してきたと言っていた。
お姉ちゃんと私が姉妹なのに全然似てないって話をするとお母さんが困った様子でそう話してくれた。
つまり、私とお姉ちゃんは従姉妹らしい。
お姉ちゃんが本当のお姉ちゃんじゃない、って言われてちょっとだけショックだった、けどあんまり気にならなかった。
それでもお姉ちゃんはお姉ちゃんだし、お母さんはお母さんだから。
私が八歳のある日だった。
お母さんは手伝いがあるから今日は帰ってこられないって言われた。
お母さんがいない一日、お姉ちゃんと二人きりの一日、ご飯も洗濯もお掃除も、全部自分達だけでやらないといけない一日。
「本当に大丈夫?シルバもメイも寂しくて泣いちゃわない?」
家を出る前、お母さんは心配そうにそう言った。
一日でもお母さんと会えなくなるのは嫌だったけど、心配させるのはもっと嫌だった。
「泣かないよ!」
本当は寂しかったけど、そんな風に見栄を張った。
「大丈夫だよ、今日はずっと家にいるから」
一緒に見送るお姉ちゃんがそう言った。
その言葉を聞くとようやく決心がついた様子でお姉ちゃんと私の二人を纏めて強く抱き締めた。
「二人一緒なら大丈夫、いい子で待っててね」
「うん、いい子で待ってる!」
明日になればお母さんに会える、今日一日だけだから、そう思って頑張った。
寂しかったけど、お姉ちゃんがずっと一緒にいてくれたから大丈夫だった。
お姉ちゃんと一緒に作った料理をお母さんに食べてほしくて、帰ってくるまで起きていたのを覚えている。
お姉ちゃんは料理の学校に通っていたから、教えてもらいながら一緒に作った。
初めて作ったハンバーグはお姉ちゃんやお母さんの作ったハンバーグみたいに綺麗に出来なかったけど、美味しかったから食べてほしかった。
「お母さん、遅いね……」
「きっと一杯頑張ってるんだよ、いい子で待ってなきゃ、だよ」
「うん……」
結局、その日お母さんは帰ってこなかった。
いつの間にかお姉ちゃんと一緒に寝てしまったみたいだった。
寂しかった、お姉ちゃんはずっと一緒にいてくれた。
次の日、お姉ちゃんがお母さんを探しに行くことになった。
「行き違いになるかもしれないから、メイは待ってて」
「……うん、待ってる」
一人でいるのは寂しかった。二人に早く帰ってきて欲しかった。
このままお姉ちゃんまでどこかに行ってしまって帰ってこないんじゃないかって、そんなことまで考えてしまう。
お姉ちゃんは日が暮れる前に帰ってきた。帰ってきたお姉ちゃんに泣くのを堪えながら抱き着いたのを覚えている。
近所の人にも事情を話して手伝ってもらったみたいだけどお母さんは見つからなかったみたいで。
結局その日も、お母さんは帰ってこなかった。冒険者組合に探してもらえるよう依頼を出してもらったらしい。
寂しい、お母さんに会いたい。
お母さんが帰ってきていない話はすぐに広まった。
向けられる同情の目が嫌だった。知らない人から突然優しくされるのが気持ち悪かった。
学校でも、みんながいつもと違って気を遣っている様子なのがたまらなく嫌だった。
あぁ可哀想、可哀想な子、私たちを見て誰かが言ったのが聞こえた。
みんな、私たちのことを可哀想だと言う。
父親を早くに亡くし母親は行方不明、両親のいない可哀想な子。それが私たちを見る目だった。
私は、そんな風に見られるのが大嫌いだった。
それからしばらくしてお姉ちゃんに孤児院に入るように相談された。
近所の人にそう言われたみたいで、そこは私たちみたいな両親のいない子が暮らしている所らしい。
あれからお姉ちゃんは料理の学校を辞めて、お母さんがやっていたことを今はお姉ちゃんがやっている。
いきなりでどうしたらいいか分からなかったけど近所の人に色々手伝ってもらいながらなんとか暮らせていた。
でも、このままだと暮らしていけないと言われた。
今住んでいる家を引き払って孤児院のお世話になれば大丈夫、らしい。
お母さんと一緒に過ごしたこの場所を離れるのが嫌だった。
でもわがままを言ってお姉ちゃんを困らせるのは嫌だったから、お姉ちゃんに言われるがまま荷物を纏めることにした。
誕生日に買って貰ったお気に入りのぬいぐるみ、お母さんが褒めてくれたみんな一緒にいる絵、みんなみんな、とても大切な物でお母さんとの思い出がたくさん浮かんでくる。
けれど、もうお母さんに会えない、そんな風に考えてしまって
「お母、さん……」
泣かないって約束したのに、涙が止まらない。拭いても拭いても、溢れてくる。
声を押し殺して泣いているとお姉ちゃんが抱き締めてくれた。
「やっほー、君がシルバの妹ちゃんだね?」
初めて孤児院に来たとき、髪の長いエルフの人に会った。孤児院の偉い人でロナっていうらしい。
少し狭い部屋に案内されて、何か色んなことを説明してもらったけどほとんど覚えていない。
ただ黙って椅子に座って、お姉ちゃんと話しているのを聞いていると何か引っ掛かった。
「……お姉ちゃんは?」
「私は……」
「一緒じゃ、ないの?」
「そう……だね、別々に暮らすことになるのかな」
「……!やだ!お姉ちゃんと一緒じゃなきゃやだぁ!」
そんな風に駄々をこねたと思う。孤児院に入れるのはまだ働けない子供だけ、と言われた。
宥めようとするお姉ちゃんとロナさんに泣きじゃくって、何度も何度もわがままを言った。
お姉ちゃんも、ロナさんも困っていた。
私はお姉ちゃんと離れるのが嫌、そんな自分勝手なわがままで孤児院に入るのを拒んだ。
それから代わりにとロナさんに連れてこられたのはお母さんの働いていたお店だった。
初めて来る場所で、途中すれ違う人は怖そうな人ばっかりで不安だった。
そこは魔具のお店で店の真ん中においてあるガラスケースの中には綺麗な石や指輪が並んでいたり、壁沿いの棚には本で見たような剣や鎧が並んでいる。
「いらっしゃーい、ってどしたのその子ら」
「ひっさしぶりー、ほら、ルシアの、ダレンいる?ちょっと相談事があって」
「あーちょっと待ってて」
そう言って竜人の女の人は奥に引っ込んでいった。
「好きにしろ」
初めてダレン爺と会ったときほとんど話し合いもせず、それだけ言って奥に戻っていった。
私とお姉ちゃんが困った顔でお互いの顔を見合わせるとロナさんが説明してくれた。
「えっとね、ここならメイとシルバ、二人の面倒見てくれるよ、無愛想だけど悪い人ってわけじゃないから」
「あの、ありがとうございます」
「いいのいいの、子供のわがまま聞いてあげるのが出来る大人ってやつだし!」
それからしばらくの間、お姉ちゃんはお店を手伝っていたんだけど、お母さんが帰ってこなくなって半年が経った頃、お姉ちゃんに相談された。
「さっき、組合の人が来て、母さんの捜索願いが取り消しになったって」
最初お姉ちゃんの言った意味が分からなかった。
少し考えて、その意味を理解して
「誰も、お母さんを探してくれないの……?」
泣くのを堪えながら言ったと思う。
安心させるように、お姉ちゃんは私の頬に手を添え
「だから、私が探すよ」
「私、冒険者になろうと思うんだ」
今のままで良かった、今のままが良かった。これ以上何かを失うかもしれないのは嫌だった。
学校から帰ってきて、お姉ちゃんとダレン爺とベルにただいまって言って、たまにお店を手伝ったり気まぐれに魔法や魔具の事を教えてもらったり、そんないつもで良かった。
待っていれば、きっと誰かがお母さんを見つけてくれるはずだから、そう思っていた。
お姉ちゃんにずっと一緒にいてほしかった。
でも、お母さんを探そうとしているお姉ちゃんを引き留めるのはすごくわがままなのは分かっていた。
お母さんに会いたい、けど、お姉ちゃんまで居なくなってしまいそうで、それがたまらなく不安だった。
「ちゃんと、帰ってきてね」
精一杯、お姉ちゃんに心配させないようにそう言ったと思う。
-2-
「ラズリアさーん?」
扉を叩く、しばらく待っても反応がない。
宿の人に聞いてみたけど出掛けてはいないらしい、もうお昼を過ぎているのにまだ寝ているのだろうか。
お姉ちゃんはダメじゃないか、って言っていたけど大丈夫だろうか。
「ラズリアさーん?起きてる?」
もう一度扉を叩き、扉に耳を近付けると部屋の中から微かな呻き声が聞こえてきた。
鍵は借りているから入ってみようか。
「ちょっと、失礼しまして……」
扉を開くと引っ越しの荷運びだけ終わりました、みたいな部屋だった。
私の部屋より少し狭いワンルームの部屋に並べられた箱が道になっているのと机とベッド、それから床の上で倒れてるラズリアさん。
「ラズリアさん!?」
「う゛お゛ぉ……」
あまりに突然すぎて少し反応が遅れてしまった。慌てて近付いてみると低い呻き声を上げている。
これは確かにダメだ、少し介抱してあげないと。
ラズリアさんの背中に手を当て、魔力を同調させる。ラズリアさんが絶不調だからすんなり治療出来た。
しばらく横になっていればすぐに良くなると思う。
一息つくと部屋の中を見渡してみる。机の上に支給品の鞄が置いてあるから水筒はその中だろう。
「ラズリアさーん、エンブレムここに置いとくよー、ってあれ……?」
一応、言うだけ言って鞄の中を探す、のだけれど鞄の中には何故か刻紙が一枚紛れていた。
間違えて持ってきたとか、そんなところだろうか?中身は後で見るとして持っていっておこう。
冒険者が危ない仕事だっていうのは分かっていた。
お姉ちゃんを少しでも手伝いたくて組合で働くようになるとそれがはっきり分かった。
危なくない仕事もある、けど、お姉ちゃんは腕利きの冒険者だから、危ない仕事を引き受けることが多かった。
でもお姉ちゃんならきっと大丈夫だろうと思っていたのかもしれない。お姉ちゃんならそんなことにはならないだろうって思っていたのかもしれない。
けど、それが目の前に起きると頭の中が真っ白になって、考えたくないことで頭が一杯になる。
この刻紙に使われている魔力はお姉ちゃんの魔力で、それをラズリアさんが持っていて、書かれているのは、お姉ちゃんが──
「……そんなの……」
息が苦しくなる、目の前がぼやけて、力が入らなくて座り込んでしまった。
もしも、お姉ちゃんが死んでしまったら
嫌だ、そんなの、絶対に嫌だ。お姉ちゃんまでいなくなったら、私は




