魔具の店
-1-
部屋に戻ると食べ物通りで買った荷物を四角い箱に仕舞っていく。あれがさっき言っていた氷を作れる魔動機だろうか。食べ物を保存できるらしい、便利だ。
買ったものを仕舞い終えると隣の寝床のある部屋に行き、戻ってきたかと思えばさっきまでと違って腰に刀を差し、大きな茶色い袋を抱えていた。
「それ何?」
「普段使ってる魔具とか鎧とかそういうの、昨日かなり乱暴に使ったから見てもらわないと」
部屋を出る前、試しに抱えてもらえるように両手を広げて見上げてみる。
困ったように首を傾げると
「ごめん、ちょっと無理かな」
まぁ、そうだろう。
場所は変わって、さっきいた商業区の東側、所謂冒険者関係の店はこちら側にあるらしい。
どんな店なのかはよくわからなかったが、店頭に並べられた武具らしいものを見かけたからそういう店なのだろう。
同じ商業区なのだがさっき歩いた通りとは少し空気感というか、雰囲気が違うように思える。同じように活気はあるのだが往来の人の格好のせいだろうか、少し荒い印象を受ける。
というのも、すれ違う人の多くが何かしらかの武器を携帯しているようだったし、何だったら全身に鎧を身に付けて歩いている者さえいた。
そういう場所なのだろう、それにしたって随分と物騒だ、武具が過剰に取引されている印象を受ける。それだけ需要があるのか。
しばらく歩くと入り口横に「マグダレン魔具店」と書かれた看板が置いてある平屋の前で足を止めた。
「ここ?」
「うん」
看板が無ければ店だと思えないほどに普通の建物だ。さっき孤児院の近くで見た建物と比べても何ら違いはない。
「危ないから中の物に勝手に触らないようにね」
そう忠告すると扉を開け店の中へ足を進める。
見渡してみるが中はそれほど広くない。
店の中央には細長い硝子張りの入れ物が置かれていて、そこには綺麗な石が陳列されていたり、腕輪や髪飾りなどの装飾品が並べられている。
壁に沿って置かれた棚の中には小剣や槍、防具などが立て掛けられている。
店の奥の方で大きな台を挟んで短く切り揃えられた茶色い髪をした女が一人、枝分かれした細い角が二つ、額の上辺りから後ろに伸びている。
今は椅子に座って何かの本を読んでいる。
年の頃はシルヴァーグと同じか、少し下ぐらいだろうか?
私たちが入ってきたことに気が付いたのか、一瞬顔を向けると台の下に本を仕舞い
「いらっしゃーい、どしたのその子」
間延びした声と一緒に何度目かの反応を返す。
質問に短い溜め息を返すと台の前まで足を進め抱えていた袋を台に乗せる。ついていっても仕方ない、綺麗な石でも眺めていよう。この綺麗な石なのだがよく見ると模様が刻まれているようだ。
「ダレン爺は?」
「工房で魔動機弄ってる、んで、どしたのその子」
「色々あって預かってるよ、今日会う人みんな聞いてくるんだけど」
「シルバが獣人の女の子抱えてたらそりゃ気になるよ、隠し子とかそういうあれなのかと」
「それは色々発展させすぎ、ティル、ちょっとこっち来て」
シルヴァーグの話を聞き流していると不意に呼ばれた。顔を向けると手招きをしている。
棚を見るのを中断してシルヴァーグの横まで歩くと女は座ったまま体を前に倒し胴体を台に乗せ顔を近付けてくる。
角の生え際が気になるが見るのも何か悪い気がする。
「初めまして、私のことはベルでいいよ」
「……テイルス」
「なるほど、だからティルね、よろしく」
私が名前を名乗ると軽い笑みを浮かべ満足そうに体を起こした。
「この子、魔動機に興味があるみたいなんだけど良かったら色々教えてあげてくれない?」
「おぉ、まだ小さいのに魔動機に興味あるとはなかなか見所ある、シルバも一緒にやる?」
「遠慮しとく、やってくれるんなら店番代わるけど」
「なんと、それじゃなんかあったら呼んでね、ティル、こっちおいでー」
シルヴァーグの提案に嬉しそうに声音を弾ませると椅子から立ち上がり、置かれた袋を抱えるとすぐ後ろにある戸の前に立ち手招きしてくる。
台で見えなかったのだが、髪と同じ色の鱗を持ったトカゲの様な大きな尾が垂れていた。
台を回り込んでベルの後ろまで着くと器用に尻尾で戸を開け奥に進んでいく。特に理由もないが、一度シルヴァーグの方に顔を向ける。
さっきまでベルが座っていた椅子に座り、台の下を覗き込んでいた。
その中から一つ本を取り出すと足を組み、それを読み始めようとしたところで私の視線に気付いたのか、顔を向け
「どうかした?」
「なんでもない」
ごく短いやり取りを交わすとベルの後を歩く。
どんなことを聞こうか。
-2-
戸を開けると何も目新しくない物が目につく。
戸を開けてすぐ、今いる場所から一段上がった部屋に畳らしいものが敷かれていて、それほど広くない部屋の中央に背の低い茶色い卓が置かれている。
入り口にはベルの脱いだらしい履き物が転がっているのともう一つ、それより大きい黒い履き物が隅に揃って置かれている。
前に倣って履き物を揃えて脱ぎ、部屋に上がる。とりあえず卓の前に座り、部屋を見渡してみる。
丸机、棚、箪笥、奥にも部屋があるようだが扉が締まっていて先は分からない。
何と言うか、最近までこんな感じの場所で生活していたから新鮮味はない。それほど日が経っている訳ではないが少し懐かしく思う。
「食べる?」
そう言って奥の部屋から何かを食べながら出てきたのだが机に置かれた皿の上には得体の知れない薄い薄黄色の一口程の何かが何枚か乗っていた。
「……これ何?」
初めて見る系統の食べ物に思わず目を細める。
「何かの干物、まぁ不味くはないよ」
口の中をもごもごさせながら近くの棚に四つん這いで近付き何かを探している。
とりあえず食べてみようか。一つ手に取ってみる。
干物と言われたが、あまり乾燥している感じではない。少し柔らかくて、指で潰すと弾力がある。
「むぐっ……」
噛み応えが凄かった。しかし何とも言い難い食感だ。
噛み応えはなかなかだが味はかなり薄い。少し塩の味がする程度なのだが、よく噛む必要があるせいかそれだけでも十分だ。
確かに不味くはないが好んで食べる物でもない。味の変化に乏しいが口が寂しいときに食べると丁度いいのだろう。そしてそれなりに噛み続けているのだがいつ飲み込んだらいいのか全く分からない。
「あったあった、教本見ながらの方がいいよね」
一冊の本を手に尻尾で器用に棚を閉め、隣に戻ってきたベルに干物を噛みながら視線を向ける。すると何かを察した様子で。
「あーやっぱり飲み込むタイミングわかんないよね、ちょっと意識して飲み込まないとずっと噛めるから」
と言われた。言われた通り一旦噛むのを止め、飲み込むことに意識を向けると何とか飲み込めた。
「じゃあはじめよっか、どんなことが知りたい?」
「……魔動機って何?」
「なーるほど、そこから話すんだったら魔具の話もしないとダメかな」
そう言って教本をぺらぺらと捲り、目当ての頁を見つけたのか折り目を付け私の前に置いた。
「魔具っていうのは、魔力を他の形に変えるために使う道具のこと、別に無くても出来るんだけど、まぁ便利だからね、魔力さえ込めれば誰だって同じように魔法が使えるんだよ」
そう言って本に書かれている今説明したことを簡単に表現した図を指差す。
魔力、というのは慣れないが、要はそういう力のことだろう。
「で、魔動機って言うのはそういう魔具同士を掛け合わせて作った機構のこと、場所によっては魔動機関とか魔動機械って言うらしいよ」
魔具をいくつか纏めたのが魔動機、というらしいのだが違いがよくわからない。
「……魔具と魔動機って何か違うの?」
「なかなか良いところに気がつくね、魔具と魔動機にははっきり違いがあってね、それが炉心の有無」
炉心、初めて聞く言葉だ。
「魔具を使うためには魔力が必要で、魔動機は魔具を掛け合わせた物って言ったけど、それを全部一度に使おうとしたらかなりの魔力が必要だし、管理も難しい、でそれを何とかするのが炉心の役割で」
頁を捲り、再び図を指差す。今度は何やら丸い図が書かれている。
「炉心の役割は魔力を使って魔力を作ること、それからその魔力を他の魔具に巡らせて、余った魔力でまた魔力を作る、そうやって循環させることで魔動機はやっと動かせるんだよ」
言葉に合わせて図をなぞる。なるほど、何となく理解できたが、ここで新しい疑問が一つ。
「最初から一つの魔具に纏めないの?」
いくつかの魔具を使ってやる必要が無いように感じた。最初からそう言う風に作ればいいのではないか、と。
「魔具って基本的に単純な事しかさせられないんだよ、複雑な事が出来るのを作るのって本当に難しくて、それに分けた方が点検とか交換とかしやすいしね」
色々と興味深い話が絶えない。
まずは魔具と魔動機について、これは簡単に仕組みを教えてもらっただけだがそういう技術があるようだ。
魔法と呼ばれるものについては手の傷を治した物しか知らないが、要はそういう類だろう。
魔法を簡単に扱うための道具が魔具、という認識で間違いはなさそうか。
そしていくつかの魔具と炉心なるものを組み合わせた物が魔動機、細かい所は未だに分からない。
どういう組み合わせをしたらあんな鉄の塊が走り出すのか、気になる所ではある。
以前までの環境とはあまりに違いすぎている。文明的にも文化的にも世界的にも。
「魔動機についてはこんなとこかな、分かんないとこなかった?」
「ん、大丈夫」
一段落ついたし他の頁でも流し見してみようと思ったところで不意に店側の戸が開く音がした。
顔を向ければ壁に手をついたシルヴァーグが顔を覗かせていた。
「ごめん、受領書書いてくれない?」
「あいよー」
そう言って手を伸ばすとシルヴァーグから何かの紙を受け取り簡単に紙面を確認すると何かを書いた後シルヴァーグに返す。
「そこの嬢ちゃんはどういうあれだよ」
初めて聞く低い声、声の方に顔を向けるとシルヴァーグの後ろから赤黒い髪に日に焼けた褐色の肌に薄緑色の目立つ鎧を纏った大男がこっちを覗いていた。
装いからして冒険者、と言う奴だろうか。
「理由無しにこっちに来るなよ」
質問には答えず、これまでどんな相手にも柔らかい口調だったシルヴァーグが珍しく冷たい口調で割り込んできた男に返した。
「別にいいじゃねえか、ベルちゃんに顔見せない訳にもいかねえだろ」
呆れたようにシルヴァーグが息を吐き顔も向けずにその男に受け取った紙を突き出す。
「用が済んだなら帰れ、他にも仕事あるだろ」
「まぁまぁ、シルバもウルベさんも程々にね、まだ仕事残ってるでしょ?」
ベルが場を宥めるがお互いの空気感は変わらないまま。
「へいへい、相変わらず風当たりがきついねぇ」
ウルベと呼ばれた男が渋々といった生返事で答えると紙を受け取り諦めたように踵を返し出ていった。
「さっきのは?」
シルヴァーグの対応が気になってベルに聞いてみると
「ウルベっていうこの店の常連さん、シルバが邪険に扱ってるのには理由があってね……」
「あんまり余計なこと言わない、どんな感じ?」
話を続けようとした所でシルヴァーグに遮られた。別に何でもいいが因縁でもあるのだろうか。
「知識欲がすごいね、質問されまくりで」
二人が話している間、改めてベルの持ってきた本に軽く目を通すことにする。表紙に戻ってみると「魔動機入門」と書かれていた。
軽く流し見したがほとんどの頁に図が載せられているようだった。図とそれについての説明で一組、それがいくつか、といった様子だ。
確かにこれなら知識が無い者が見ても分かりやすい、初見の私でも何となく意味を理解出来る。
力が戻ったなら私にも作れるだろうか、気になるところではある。
本を読み進めていると奥の扉が開く音が聞こえた、自然と視線がそっちに向く。
「ヴェルミーユ、仕事はどうした」
抑揚の無い老け込んだ低い男の声が聞こえてくるとシルヴァーグと同じような黒っぽい服を着た白髪の鋭い目付きの老人が出てきた。
睨むような視線がベルに向けられている。ヴェルミーユと言うのはベルの事だろうか。
「色々あってシルバが店番してくれてたよ、これ嘘じゃないからね」
「嘘だとしたら下手すぎる」
そのままシルヴァーグを一瞥すると机を挟んで私の前に座り、目を細めて私の持っている本を見ると改めて視線が私に向けられる。
「興味があるのか」
「うん」
それ以上会話は続かず、ごく短い受け答えだけだった。
「話がある、上がれ」
そう言われるとシルヴァーグはベルが脱ぎ散らかした履き物を整えてから部屋に上がる。
部屋に上がったシルヴァーグはベルトから鞘を外し、私の横に座った。
「用ってのは試験品のことでいい?」
机の上に鞘を置くと小さく頷き、手に取ると全体を眺め始めた。
「中身が無いが」
「昨日色々あってね」
「そうか」
そう伝えると老人は目を細め、それ以上を聞こうとせず目線がベルの横に置かれている袋に向けられた。
興味がないからか、シルヴァーグが省こうとしているからか、それ以上掘り下げることはなかった。
「そっちはどうだ、何か異常はないか」
「特に問題ないよ、それと立体魔法陣の治癒石ある?」
「今は無い、手が空いたら作るがいつになるかわからん、ともかくしばらく預かるぞ」
一度鞘を横に置くと瞑目し息を吐く。
気になる単語が出てきたからベルの服の袖を引っ張り見上げる。視線がこっちに向けられた所で
「立体魔法陣って何?」
「……えーっとね……」
そう言うと苦い表情のまま目を閉じ唸り始めた。どう説明したものか考えている様子だ。
だが少し待ってみても答えは出てきそうにない。他を当たってみよう。
ベルの隣を離れ、机を回って瞑目している老人の方へ歩く。私が側まで近付くと目を開け、視線だけを私の方に向けた。
「立体魔法陣って何?」
「魔法陣は分かるか」
これも聞き慣れぬ言葉、知らない様子で首を振る。
「魔法的な意味を持った図形のことだ、魔力を流せばその意味を持った魔法が発生する」
「魔具とは違うの?」
「どちらとも仕組みに違いはない、魔具の多くには魔法陣が使われている、魔法陣を使いやすく加工した物が魔具と思えばいい、平面ではなく立体というだけで立体魔法陣も理屈は同じだ、立体魔法陣の方が性能として優れているが作るのが難しい」
変わらず抑揚こそ無かったがなかなか分かりやすい説明だった。無愛想だが、案外良い人なのかもしれない。
「その本は持っていって構わん、飯にする、食べるか」
そう言って鞘を持ち立ち上がった後、シルヴァーグに顔を向けそう言うが
「ごめん、もう食べた後」
「そうか」
短い受け答えを済ませると老人は袋を軽々持つと奥の部屋に歩いていった。
それを見届けるとシルヴァーグとベルの二人が私に顔を向け
「いきなりダレン爺に聞くと思わなかった」
「ね、ご飯みたいだからここでお開きかな」
シルヴァーグが立ち上がり、そのまま私を抱き上げる。せがまなくてもそうしてくれると言うのは楽で良い。
「ウルベが持ってきた奴、カウンターに置いてあるから、今日はありがとね」
「はいよ、またいつでもどうぞ、ティルもまたね」
そう言って小さく手を振り、私たちを見送った。
未知のことばかりで楽しかった。だがあまりにも知らなさすぎる。この本を読み込めば少しは知れるか。
そういえばシルヴァーグの部屋にも本らしい物があったか。後で読ませてもらおう。




