狐のグルメ
-1-
昼はパスタと言うものを食べることにした。
近くにそれを食べられる場所があるらしく、少し歩くとすぐに着いた。
小綺麗な小屋の前に、日除けの大きな傘が刺さったような白い丸机がいくつか並べられている。私たちの他にも数組、食事を楽しんでいるようだ
小屋に近い場所に座ると私を隣に座らせるとすぐ白い服を着た係らしい者が目録らしい物と水を置いていったのだがここにも氷が入っていた。
机に置かれた目録をお互いが見えやすいように広げると物は試しといった様子で上の方を指差した。
「……これ読める?」
言われてみれば文字をきちんと見るのは初めてか、あの一件以来言葉は理解できるようになったが、文字はどうだろう。
目録に目をやると確かに見たこともない文字がいくつも並んでいるが、その文字を読むことが出来た。
「めにゅー」
それが何を意味してるのかは不明だが、そう読み上げると安心したように
「大丈夫そうだね、どんなのかは下に書いてるから、好きなの頼むといいよ」
どれがどういう料理なのか名前だけでは分からなかったから助かった。
管のような形をした物や蝶のような形をした物、麺のような形をした物と様々だった。見慣れない名前の横にそれぞれ対応する模様が書かれているから恐らくそうなのだろう。下の説明とも一致する。
色々と種類があるらしいがトマトを煮詰めたというソースを使った麺の物を食べることにした。具にも種類があるらしくこれは熟考の末、肉が入っているという物を選んだ。
魚介か肉とで悩んだのだが説明の所を見てみると魚介の方は見知らない名前ばかりで味の想像がつかなかったからだ。肉はどれだけ知らなくても肉の味だろう。
肉の方はマルウサギという動物の足の肉を使っているらしく、パスタソースと合うように味付けしているらしい。
それから人気らしいチーズを揚げたという物を選ぶとシルヴァーグが手をあげ、係の者を呼ぶと手早く注文を終わらせた。
シルヴァーグが頼んだものを見てみるとは牛乳を煮詰めたというソースに魚介中心の物を選んだようだ。さっき見た見知らない食材の名前がいくつか並んでいる。
「さっき結構食べてたけど大丈夫?」
注文を終わらせると心配したようにそう言ってきた。さっき食べたクッキーのことだろう。美味しかったから一人で食べてしまったがそれでもまだまだ食べられる自信がある。
「まだ大丈夫」
「ならいいけど、用事が終わってからになるけど何かしたいことある?」
したいこと、と言われて考えてみるがいくつもある。魔動機がどういう物なのか知りたいし魔法についても分からない事が多いから知りたい。色々挙げていくとキリがないがその中でも最も知りたい物。
「魔動機のこと知りたい」
これまで見てきた中でも最も理解できなかった物なのだが
「……ん、わかった」
一瞬言葉に詰まりそう伝えると視線を反らした。理由は知らないがあまり乗り気ではなさそうだ。さっき詳しくないと言っていたがそのせいだろうか?
「お待たせしました、ピリ辛チーズフライです、味はついてますけど、お好みでこちらの調味料使ってください」
丁度その時料理といくつかの入れ物が運ばれてきた。食べ方の説明を受けつつ手で促されたこちらの方に視線を向ける。
いくつかの入れ物が並んでいてそれぞれ名前の書かれた小さな紙が貼られているが味の判断材料にはならない。掛けるために使うらしい匙がそれぞれに入っている。
気を取り直して置かれた木製の皿に視線を向ける。
一口ほどの大きさの狐色に揚げられた四角い物が四つ乗っていた。小さな串が添えられているからこれで食べるらしい。
まずはそのまま食べてみるとしよう。
串を刺すと衣が小さく音をたてた。外側はしっかり揚がっているようだが、内側まで串が通ると柔らかい感触があった。
「あむっ……」
まずは一つ。噛むと熱々の中身が溶け出てきた。舌が火傷してしまわぬように気を付けながら味わう。
癖の少ないあっさりとした味なのだが僅かに効いた辛味とサクサクの衣の食感とが合わさってなかなか丁度いい。飲ませてくれないだろうが酒とよく合いそうだ。
一口に食べ終えると口の中に残った味を楽しみつつ机に置かれた瓶に手を伸ばす。どれがどういう味なのかは分からないが順番に試してみよう。
その中の一つの蓋を開けて匙で掬ってみるとさらさらとしている茶色いソースだ。それを少量乗せ食べる。
さっき味わった辛味と一緒にまた別の味、これが何とも不思議な味で最初は酸いのだが噛んでいくと徐々に甘さが勝ってくる。ソースを吸った衣が余すことなく味を引き出しているのだろう。噛む毎に変わっていく味がなかなか面白い。
口の中に残った味を一度綺麗にするために杯を傾けると氷がからからと音を立て、水がよく冷えていて美味しかった。
「……氷って、どうしてるの?」
見上げてみると、することが無いからか頬杖をつきながらこっちを見ているシルヴァーグは何故か楽しそうだった。
温暖な気候なのにこうやって当たり前のように氷が出てくるのが不思議だった。穴でも掘って保存しているかと思ったがそういう訳ではないようだ。
「ん?家にもあるけど、そういう魔具……というか、魔動機があるからそれで作れるよ」
「……魔具ってなに?」
夜でも昼のように明るいのも、温かい水が出てくるのも、魔具によるものだろうか。
「……魔力の形を変える道具?」
「んー……?」
少しの間の後、どう説明したものか困った様子でそう言ってきた。何となく想像は出来たがどうにもはっきりしない。
首を傾げてみると再度困ったように小さく唸ると短く息を吐き
「これから行く所にそういうの詳しい人いるから、その人に聞いた方がいいかな、魔動機のことも詳しいから聞いてみるといいよ」
「おまたせしました、マルウサギのトマトパスタと旬の魚介パスタになります」
説明を諦めた頃、本命の料理が運ばれてきた。
赤いソースがたっぷりかかった麺に薄く切られた肉が散りばめられている。盛り付け方も小綺麗でなかなか見映えがいい。
シルヴァーグの方はほぐした魚の身らしい物や貝が使われているようだ。
さて、チーズフライがまだいくつか残っているがまた後で楽しもう。料理と一緒に運ばれてきた食器に手を伸ばすとその中に箸らしいものがあった。
巻き取って食べる物だと思っていたが確かにこっちの方が使い慣れているし食べやすいだろう。肉を一切れだけ皿の端に避け今朝見たのを真似てソースと麺を絡めてまずはソースのよく絡んだ麺だけをつまみ上げ一口。
口の中一杯に程よい酸味が広がり、もちっとした弾力のある麺を噛めば噛むほどその酸味と混ざりあって旨味に変わってくる。これはなかなか美味い。
一口目だけで満足してはいけない、この料理を味わうための材料がまだ残っている。
続いて端に避けた肉の一枚を食べてみる。柔らかい食感でこれだけでもそれなりに美味い。元々肉が美味いのだろう。薄味だが、だからこそ肉本来の味を引き立てている。
最後に説明に書いてあった通り一緒に食べてやる。肉を一切れ、麺と一緒に掴み一口。
分かりきっていたことだが美味い。美味くないわけがない。
ソースの酸味と肉の味が本当によく合う、控えめな味付けだと思っていた肉がソースの味を輝かせている。弾力のある麺の食感が噛むほど混ざりあった美味さを膨れ上がらせる。
それぞれが自分の存在をはっきりと主張しながらもお互いを引き立たせている。いくらでも食べられそうだ。
「ティルって本当美味しそうに食べるよね」
料理の味を楽しんでいると不意にそう言われた。顔に出していたつもりは無かったが不思議そうに見上げると私の後ろを指差した。
……ずっと意識していなかったが尻尾が忙しなく左右に大きく揺れていた。体が子供だからだろうか、精神的な所もそっちに寄っているのか。
「……美味しいから」
もう開き直って尻尾を振るのを止めないでおこう、誤魔化す意味で水を一口。
もしかして何か食べる度に尻尾振っていたのか、私は。
-2-
大満足でパスタを食べ終え、最後に残ったチーズフライをどう食べるか考えることになった。
残ったチーズフライは三つ、試してない調味料が三つ、丁度全部試せるのだが
「残ったソースで食べても美味しいよ、それ」
空いた皿を指差しそう言ってきた。皿を見れば赤いソースが皿に残っている。これをつけて食べるということか、出された料理同士を掛け合わせる発想はなかった。
だが悩みの種が増えた。一口で食べたいからどうやっても数が合わない、とはいえ言われたからには試してみたいというのもある。
言われるがまま試しに一つ、ソースにつけて一口。
元々の味があっさりしているからかソースの爽やかな酸味とよく合う、僅かな辛味と混ざりあって美味さをもう一段上に押し上げてくれる。美味い。
「むぅ……」
水を飲みながら調味料の入れ物を睨んでいるとシルヴァーグが小さく手を上げ係の者を呼んだ。
「すいません、パン貰えますか、ティルは?」
「私も」
何に使うのかは想像つかないがまだ何かあるのだろう、ともかく頼んでおこう。
どれを切り捨ててチーズフライを食べようか、味が解らないのだから潔く諦めるべきなのだがそれでも悩ましい。
どれを切り捨てるか悩んでいるとすぐに係の者が白くて平べったいパンの乗った皿を持ってきたのだが
「ソースをつけたパンと一緒に食べてもおいしいですよ」
去り際そんな事を言ってきたのだ。また悩みの種が増えたが働いている者が言っているのだ、間違いないだろう。
ソースとパンの組み合わせだけでもなかなか美味そうだが、そこにチーズフライを足すのはなかなか贅沢な感じだ。
美味いのは当たり前だろう、どれぐらい美味いのかは食べてみないと分からない。
パンを手に取り拭うようにしてソースをつけてやると今朝食べた物と似たような感じになった。
そこにチーズフライを一つ乗せてやると不格好な見た目になったが味には関係ない。一口で食べるには大きいが、ともかく一口。
トマトソースとチーズフライの組み合わせだけでも美味かったが、パンを足すだけでこんなにも変わるのか。
ソースを吸ったパンのしっとりとした柔らかい食感とフライのサクサクとした食感も食べ心地がいい。
他のも美味かったが一番美味いのはこれだ、と断言できる。それぐらい美味い。残る一つもこれで食べよう。
人気の理由はこういうことか、と理解した。
最終的にはソースが綺麗に拭き取られた皿が残った。
-3-
昼食を食べ終えると一旦荷物を取りに戻らないと行けないというので家に戻るついでに夕食の買い物をすることになった。
食事を終えた後抱き上げて貰えるように両手を広げて見上げてみたのだが
「少しは動かないとね、歩き疲れたらやってあげるから」
と言われて大人しく諦めた、代わりにはぐれないよう手を繋いで歩くことになった。
歩幅を私に合わせているせいでかなりゆっくりとした歩みだったが、辺りを見ながら歩くには丁度良かった。
さっき食事をしたところもそうらしいがこの辺りは商業区と呼ばれるらしく、食べ物や衣服、その他諸々色々な店があるそうだ。
今は食べ物通りと呼ばれる場所を歩いている。真っ直ぐ伸びた長い道の両脇に隙間なく店が立ち並んでいる。大体の食料はここで買えるらしい。
それに何やら美味しそうな良い匂いがする。
聞けば歩きながら食べられるような軽食もここで売っているらしい。往来の中には何かを食べている姿も見られた。
まだ腹には少し余裕があるか。揚げ物、麺、パンと食べたからそろそろ甘味を食べてみたいところだ。
「……まだ食べれるんだ?」
まだ食べるつもりなのが分かったのか、少し呆れた様子でそう言われた。思えば今日は食べてばかりだ。
「甘いの食べたい」
開き直った様子で今腹が求めているものを言ってみると安心したように
「そう言えば頼んでなかったね、買い物しながら何か探してみようか」
店先に並んでいる物の多くは知らない物ばかりだったが時折見知った物を見掛けることもあった。
干物や野菜は箱に並んでいたり吊るされてたりするのだが、肉や魚など足が早い物は透明な硝子張りの入れ物に並んでいた。こんな見た目だが氷室のようで内側には冷気のような物が漂っているのが見える、魔具によるものだろうか。
そう言えばなかなか交遊が広いらしく、買い物をする度に短い世間話をしていて、いくつか余分に物を貰っていることもあった。
話のほとんどは久しぶりから始まり、次いで私のことについて聞いてくる、最初は面倒臭がらずに答えていたが二回目からは答え方が雑になっていった。
それを数度繰り返し荷物が片腕で抱えるほどに増えた頃、気になるものを見つけた。
肉や魚の入っていた物と同じような入れ物に入っているのだが中身がよく分からない物だった。入れ物から察するに冷蔵しなくてはならない物なのだろう。白、赤、黄、様々な色をした何かが並んでいた。
軽く手を引くと足を止め視線を私に向けてくる。空いている手でその店を指差し
「あれ何?」
「アイス、食べてみる?」
もしかして甘味なのか、氷でない冷たい甘味は初めてだ。興味が湧いてきた。
また尻尾を振っているのだろうが気にせず小さく頷き店の前へ歩くと店員らしい顎のない恰幅の良い男が声を掛けてきた。
「いらっしゃい、久しぶりに見たな、その子は?」
数度目かの同じようなやり取り、諦めたように短く息を吐くと
「……仕事で色々あって預かってます、腰の調子大丈夫ですか?」
これまでと同じように世間話を始めるのだった。よく見れば入れ物の端に目録らしい物が貼られている。どれにするか考えておこう。
ここもさっきの店と同じように下に説明が書かれているがさっきの店よりもよく分からない。材料の名前が分かるのだが材料の味が分からないから判断できない。
入れ物の中に目を向けてみると銀色の容器に入った何かが並んでいる。察するに果物を加工した物だろうか。何となくそんな感じの色味をしているように思える。
「むぅ……」
「……オススメってどれですか?」
そんな私を見かねてかシルヴァーグがそんなことを聞いてくれた。
「人気なのはバニラだな、こっちとしては新商品を推したいところなんだが子供人気があんまり無い」
「じゃあバニラとその新商品お願いします」
「あいよ、300だ」
悩む私の代わりに注文してくれたようだ。慣れた手付きで入れ物からバニラらしい物と新商品らしい物を抉り取り円錐形の何かに乗せるとシルヴァーグに渡す。
シルヴァーグも懐から貨幣らしい物を渡すと指の間に挟むようにして受け取り
「はい、白い方ね」
姿勢はそのまま、私に向けて差し出してきた。茶色っぽい色味のアイスと白いアイス。言われた通り白い方を受け取るとシルヴァーグが店員に短く別れを告げる。
手で持ってみて分かったが下の円錐は焼き菓子のようで食べられそうだ。捨てるところがなく無駄がない。
その上に乗っている球状のものは何とも言い難い。何かを固めているようだがよく分からない。
「……座って食べようか」
一瞬自分の両手が塞がっているのを忘れていたのか動きを止めると、店のすぐ横に置いてある長椅子に抱えていた荷物を横に置いて座り、空いた手で手招きしてくる。
立ったまま食べるのも落ち着かないか、促されるまま隣に座る。どんな味がするだろうか、期待の一口目。
「あむっ」
凍らせているから固い印象があったのだが口に触れた瞬間の柔らかい食感に驚いた。シャリシャリとした舌触りもいい。
口一杯に濃厚な味が広がるのにすっきりとした甘さ、何かの乳だろうか。この口当たりには覚えがある。
二口目を食べても気にならない、濃すぎず薄すぎず、丁度いい甘さが冷たくて美味しい。すぐにもう一口が食べたくなる。
ふと横目でシルヴァーグを見るとのんびりアイスを食べていた。あれはあれで美味しそうだ。
食べ終わったら一口ねだってみようか、一口ぐらいなら食べさせてくれそうだが。
「そんなに急いで食べたら」
「くぉうっ……!?」
そんなことを考えながら黙々とアイスを食べていると不意に頭に鋭い痛みが走った。
「……ゆっくり食べなよ」
かなり呆れ気味だった。




