騒がしい人
-1-
抱えられながら辺りに視線を向けるが、人の往来が多い。
人間、獣の耳を持った人間、獣の頭をした人間、立派な髭をした子供、二足歩行するトカゲ、頬に鱗の張り付いた人間、色々なのが歩いている。
聞けばこのメルヴィアという街は多数の種族が移民して出来た国らしい。冒険者の街、とも言われるらしいのだがその冒険者と言う仕事が今一よくわからない。
「……あれ何?」
この街について聞いていると低い音を立てながら車輪のついた大きな四角い箱がすぐ横を通っていった。窓らしい物もあり何人かが乗っているようだった。すぐ近くで止まると煙が抜けるような音と共に扉らしい箇所が開いた。
「魔動機だね、何台かでこの街を回ってて行きたい所の近くまで乗せてもらうんだよ」
「魔動機って?」
「……私あんまり詳しくないからなぁ……」
ぼやくように呟くとその魔動機とやらに乗り込み入り口近くの空いてる場所に座り私を横に下ろした。
座り心地はあまり良くないが窓側に座らせてくれたのは有難い。
そうして少し経つとゆっくりと窓の外の景色が流れ始めたようだ。窓の位置が高いせいでほとんど外が見えない、椅子に膝立ちになれば見えるか。
「おぉ」
姿勢を変えて外を見てみるとゆっくりと人や建物が流れていく、なかなか楽しい。
「ちゃんと座ってないと危ないよ」
「……外見たい」
不機嫌そうに顔を向けそう伝えると一瞬何かを考えるような仕草を見せ
「……じゃあ、これで」
私の体を抱き上げると窓際に体を動かし私を膝の上に座らせた。高さが稼げた分、座ったままでもちゃんと外の景色を見ることが出来た。
「そんなに気になる?」
顔をあげて見れば窓枠に頬杖をつき、同じように外に視線を向けている。
「知らないのいっぱいで楽しい」
出来る限り、言葉を選んで子供っぽく伝えるが楽しんでいるのは事実だ。好奇心が強い子供、程度の認識だろうか、実際対した違いはない。
以前は知っているものばかりで少しも面白くなかったが、ここは違う。私の知らない事で溢れている。
何度か止まり、誰かが乗ってきたり、誰かが降りたりを数回繰り返していると目的の場所についたらしい。
「着いたよ」
そう言ってと私を抱き上げ魔動機の出口へと歩く。
降りる前、出口横にあった平たい皿に貨幣らしい物を乗せると魔動機から降りた。少し歩き方がぎこちないが痺れたのだろうか。
辺りを見渡して見ると建物が多いのは変わらないが、雰囲気が違うように感じた。人通りもそれほど多くない。
魔動機が走る低い音が遠退いていくと大通りから外れ、建物と建物の間の細い道を通っていく。
少し歩いた頃、不意に足を止め建物の正面に向き直る。見上げてみると他の建物と比べてかなり大きい二階建ての白い石造りの建物があった。
そのまま扉を開けると広い空間に出た。入り口といった様子で辺りに人の気配はない。左右に伸びる通路の入り口と奥に扉が見える。
扉の横にある大きな窓から扉の先の部屋の様子が少し見えるが人の姿は見られない。机らしい物と何に使うのかよく分からない小物が置かれているのが見えた。
「すみませーん!」
「はーい、今行きます!」
シルヴァーグが大声で呼び掛けると慌てた様子で奥の部屋から返事が聞こえ勢いよく扉が開かれ女が飛び出してきた。
長い金髪に尖った長い耳をした女だ、シルヴァーグと同じ年頃だろうか、私が着ているのと同じようなつるつるした服を着ている。
シルヴァーグを見つけ、嬉しそうな表情を浮かべるとそのままずんずんとこっちまで歩き、シルヴァーグの手を両手で握りすがり付くように見上げる。
「丁度よかった!話し相手に……」
「ロナさんだけですか?」
「みんなで予防接種に行っちゃったよ!忘れてた私も悪いけど!」
慣れた様子のシルヴァーグが話に割り込むとロナと呼ばれた女が言った。騒がしい、関わらない方がよさそうか。
シルヴァーグに向けられていた視線が少しずれ、私の方に向けられる。目を合わせないように顔を背けると私の顔を覗き込もうと体を動かしその度に顔を他所に向ける。
数度それを繰り返していると
「……手続きのお願いに来たんですけど、大丈夫ですか?」
呆れたようにシルヴァーグが言うと僅かに視線を向けた後諦めたのか体を正面に戻した。
「そういう事ね、じゃあこっちにどーぞ、ついでに誰かが戻ってくるまで相手してくれると助かるかな!」
そういって自分が出てきた部屋へ向けて歩き始めたのだがシルヴァーグが歩き始める前に聞いておきたいことがある。
「誰?」
歩く後ろ姿を指差すとさっきまでと同じように教えてくれようとしたのだが
「あの人は……」
「出来れば直接聞いてほしいな」
私の声が聞こえたのかシルヴァーグの言葉を遮り扉の前で振り返る。さっきまでと違って落ち着いた雰囲気だ。私に向き直り、青い瞳が真っ直ぐに私を見る。
「ここの孤児院の院長をやらせてもらっているよ、ロナでいいよ、君の名前は?」
「……テイルス」
「じゃあ、ティルでいいかな、長い付き合いになるかもしれないね、よろしく」
「……普段からそれでやってた方がいいと思うんですけど」
お互いに自己紹介を終えるとシルヴァーグがそう呟く。落ち着いた雰囲気が消え、さっきのような騒がしい様子に戻り
「これやってると疲れるし!さ、中にどーぞ、お茶とお菓子ぐらいは用意するよ」
お菓子……それは気になる。
-2-
奥の扉を抜けるとすぐ横にある小さい部屋に案内された。
手前に長椅子が一つ、その奥に椅子が一つ、椅子と椅子の間に細長い机、それ以外に物がない、綺麗に掃除された部屋だ。
シルヴァーグが長椅子に座り、隣に下ろされる。中に何が入っているのか知らないがなかなか座り心地がいい。
部屋を見渡してみると窓はないが不思議と明るい。見上げると天井に照明がついているようで、火の気はないがそれよりも明るかった。
他には変わったものはない、深く腰かけて大人しくしていよう、お菓子が待ち遠しい。
「ま、手続き自体はすぐ終わるんだけどね、こっちの受け入れ準備が終わるのに時間がかかるってだけだし」
手に持っているお盆には薄く赤みがかった色の水の入った人数分の杯と四角いお菓子が乗った皿が乗っていた。それらを並べると正面の椅子に座り
「というわけで話し相手になってくれたまえよ!まずは馴れ初めからいってみようか!」
「どういうわけなんですか、他の仕事大丈夫ですか?」
「いいのいいの、これも仕事の内だし!」
やや開き直ったようにそういうとさぁ!と手で催促している。
私には関係無さそうだ、早速頂こう。
硬貨程度の大きさで手に持つと少し粉っぽい、僅かに甘い果物のような匂いがする。よく見ると薄く白いものを挟んでいる焼き菓子だ。
試しに一口、食べてみるとサクッと小気味良い音を立てた。すぐに口の中の水気が無くなるがなかなか美味い。甘すぎない甘さが丁度いい。僅かに効いている塩気が甘さを引き立てているのだろうか。
今度は茶を頂こう、口元まで近付けてみると果物のような爽やかで甘い、いい匂いがする。いい匂いがする茶は大抵美味い、期待できる。
一口、杯を傾けると見立て通りやはり美味い。このお菓子によく合うすっきりした味だ。
「色々省きますけど、昨日依頼の途中で見つけたんで保護しました」
「ほとんど言ってるようなもんだけど……まぁいいや、見つけた場所は聞いても大丈夫?」
「……サピの森ですね、それから自分の名前以外記憶がないらしいです」
「ふーん……ティルのことをもう少し詳しく聞こうと思ったけど、それなら仕方ない、それじゃあシルバの話をしようじゃあないか!」
何かを考えるように一瞬間が空くとカップを片手にシルヴァーグの方を指差す。
シルヴァーグはお菓子を取ろうとしていた手を止め怪訝な視線を送っていた。
「いやぁ?昨日の今日でお互いのことを知らないんじゃないかと思ってね、ティルは自分のことが分からないんだし、シルバの話をするべきじゃないかな?」
一つ屋根の下でしばらく暮らすわけだし!と付け加えると楽しそうな声で続ける。
「ティルも、自分と一緒に住む人がどんな人なのか知りたいよね?」
私の顔を覗き込むように体を倒し首を傾げながら言った。シルヴァーグとロナ、二人分の視線が向けられる。
確かに、知っておきたいことがいくつかある。丁度いいか。
お菓子を食べる手は止めると、わざとらしく考え、二人の顔を交互に見、カップを傾けて一言。
「うん、知りたい」
「というわけでシルバの話ね!」
二対一だからと座る場所を交代し、正面の椅子にシルヴァーグが、私の隣にロナが座ることになった。
まずは何から聞こうか、お菓子を食べながら少し考えていると突然
「男性経験は!」
それはそれで気になるが聞かれた当人はと言うと頬杖をつき呆れたような視線と沈黙で返していた。
サクサクと食べる音がよく響く。その沈黙が少し続いた所で
「ごめんごめん、冗談だって」
クッキーを食べる手は止めず、杯を傾けて一言。
「冒険者って何する仕事?」
「む……」
自分の仕事であるはずだが答えるのに困っている様子だった。考えるように瞑目し、私がお菓子を食べ、少し経ち
「誰かを助ける仕事……っていうのも違うか、ごめん、うまく説明できない」
「実際どんな仕事って言われても難しいよね、冒険者って」
「……なんでそんな仕事してるの」
思ったことをそのまま伝えるとシルヴァーグが答えるより先に
「ティル、ずっと食べてるけど、あんまり食べるとお昼食べれなくなるよ?」
と皿を自分側に寄せつつもロナからの突っ込みが飛んできた。答えたくない理由でもあるのだろう、無理に掘り下げるものでもないか。
「おいしいから、お茶も好き」
食べるのを諦めて仕方なく杯を傾けるが、まだ諦めている訳ではない。少し手を伸ばせば届く位置だ。
だが警戒しているのか、皿から手が離れていない。隙を見て取る必要があるだろう。
「いやぁ嬉しいこと言ってくれるね!やっぱり美味しいよね、このクッキー、私が焼いた訳じゃないけど!私料理出来ないし!」
「……料理できない?」
向けられる言葉を軽く流し、シルヴァーグに視線を向け首を傾けながら言う。
しばらく世話になる以上、重要なことだ。不味い飯を食わされるのは勘弁したい。
「それなりには出来るよ、なんでそんなこと?」
「朝やらなかったから」
「冷蔵庫空なのに昨日買い物するの忘れてたからね、昼は外で食べるだろうけど、夜からは作るよ」
「なんだったらお昼一緒に食べる?食べていっていいんだよ?というか食べよう!何食べたい?シルバも手伝ってくれるだろうし大体の料理は……」
「ロォォォナァァァ?様子見に戻ってきたらなぁにサボってんのかなぁ?」
はしゃぐロナの言葉を遮るように、応接室の扉が少し開かれ、赤髪の鋭い目付きの女性が顔を覗かせていた。
呼ばれた本人はぎこちない動きで背後に顔を向け
「サボッテナイデスヨ?エルフ、ウソツカナイ」
ぎこちない言葉で釈明を述べると同意を求めるようにシルヴァーグに顔を向ける。今なら菓子を取れるか。
「昨日ぶり、シュミル、仕事してたっていうのは本当だよ」
最低限の助け船を出すがシュミルと呼ばれた女が一瞬こちらに視線を向け、再度視線を二人に戻すと
「……シルバとロナの場所逆でしょ、なんでその子の横にロナがいるのよ」
反論が思い付かなかったのかお互いに無言で視線を反らした。
沈黙がしばらく続く中、不意にサクサクとした音がよく響いた。それが面白かったのか、シュミルが噴き出した。
「っ……まぁいいわ、終わったらやることやんなさいよ、今日忙しいんだから」
愚痴るように呟くと顔を引っ込め、どこかへ歩いていったようだった。
ロナが安心したように深い息を吐く。カップの中身を一気に飲み干し気を取り直すように手を叩き勢いよく立ち上がった。
「さて!シュミルも帰ってきたことだし私も仕事に戻らないとね、気が変わったら!早めに連絡してね!準備できたら組合に連絡しておくから」
釘を刺すように語気を強く言うとばつが悪そうに視線を反らした。
「……気を付けます、こっちも何かあったら連絡しますね」
「よろしい、ティルも何かあったら遠慮せずに言ってね」
「ん」
そう言って小さく手を振ると最後の一枚を口に放り込み小走りに出ていった。
扉が閉じるとシルヴァーグが短く息を吐き杯の中を一気に飲み干す。
「……お昼にしようか、何か食べたいのある?」
何だろう、食べたいものと言われてもどんな物があるのか分からないし、料理の名前もわからない。
そう言えば朝向かいの席でメイが何か食べていたか、美味しそうな匂いがこっちにまでしていてなかなか美味そうだった。
「朝食べてた麺の奴」
「パスタね、近くに店があったはずだからそこで食べようか」
「ん、わかった、結局あるの?」
私もそう多くない残りを飲み終え杯を置くと、話が繋がらないのか何が?と聞いてきた。
「男性経験」
とやや食い気味に答えを返す。少し困ったように視線を他所に向け
「……ないよ、ほら行くよ」
ため息混じりにそう答えると私を抱き上げた。




