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ナインテイルス ~異世界九尾語り~  作者: クルマキ
五章 その手を取って君の名を呼ぶ
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誰そ彼時

-1-


目が覚めた、夢を見ていた……ような気がする、どんな夢なのかも思い出せないが確かに見ていた事とその夢が決して良いものでは無かった事は覚えている。


体を起こして辺りを見渡す、ここは私の使っていた部屋……のようだ。


窓の外は薄暗い、時間としては日が沈む少し前ぐらいだろうか。


何があったのか、どうしてここにいるのか、ここから抜け出そうとして、どうしようもなくなって戻るしか無くなって、それからは……思い返していると右手で無意識に何かを強く握っていたのに気付いた、手を開くと見覚えのある私がアカメに渡した筈の飾り紐があった。


それだけで何があったのか分かってしまった、理解出来てしまった、朧気にあった夢の感覚がはっきりしてくる。


アカメは死んだ。


自分の事なんかどうでもよかった、私が何かしていればこうはならなかったのではないかと考えてしまう、些細な事でも何か違っていれば、アカメは死なずに済んだのではないかと考えてしまう。


人が死ぬなんて事はこれまでだって何度も見てきた、私が殺すように仕向けた事もあった、罪のない者の首を落とすよう命じた事もあった、故意にせよ事故にせよ気にした事など一度もなかった。


誰かが死んだ、たったそれだけの筈なのに……こんな気持ちは初めてだ。


一緒に本を読んだ、他愛もない話をした、一緒に遊んだ、文字も勉強した。


自分の意思でしてきた事はあまり多くなかったかも知れない、けど苦ではなかった、それが楽しかったから。


誰かと対等の立場で共にあった事なんてこれまで無かった、思えばいつの間にかアカメの喜ぶ事を自然と考えるようになっていた、それが楽しかったから。


自分勝手に手を引いてくれないのか、私に本を読んでくれるんじゃなかったのか、私にばかり本を読ませるのはずるいとそう言っていたじゃないか、それから、それから……


当たり前になっていた、一緒にいる事がこれからも続いていくんだと勝手に思っていた。


孤児院を離れてマーチェスに行くと聞いたとき、私は寂しがっていたのかもしれない、あの地下でアカメと会えたとき一緒にいられるなら、それならいいかと思っていた、これからの事もきっと何とかなるだろうと思っていた。


アカメが死んだ事を受け入れられない、誰かがいなくなった事を、誰かが死んで悲しむことなんてないと思っていた。


これまではそんな事無かった、誰かのためにこんな風に悔やむことなんて無かった、そもそもそう思える者などいなかったのだから、そう思う必要など無かった。


失ってからその事に気付く、取り返しがつかなくなってようやく思い知らされる。


布団を頭から被り目を閉じる、何も見えない、何も聞こえない、感じるのは布団の暖かさぐらい、深く息を吸って、深く吐く。


もう終わった事、どうしようもない事、悔やんだからとどうにかなる事じゃない、いつまでも引き摺るよりもさっさと忘れてしまった方が楽になれる。


そう考えている自分が嫌になる、受け入れようとしている自分に嫌悪感すら覚える、自分でも今の感情が整理できない。


ただ夢であってほしいと、そう思う。


………


……



そうやってどれ程経ったか、不意に部屋の扉を三度叩く音が聞こえた、返事をせずにいると


「入るよ?」


シルヴァーグの声が聞こえ扉の開く音がする、足音が近付いてくるとベッドに腰掛けたのが分かった、布団を捲って顔を出すと少しやつれた様子だった。


「体は大丈夫?」


「別に何ともない」


様子を見に来ただけなのかそれ以降は何か話をするでもなくただ座っているだけ、お互いにどちらから話し掛けるか探っている……とも違う、妙な間が空いていた。


「……これからどうするの?」


居心地が悪くて私の方からそう聞く、言ってからもっと先に言うべき事があったと後悔したがもういい。


「どう……しようかな、色々あったからもう少しここにいないといけないかも」


別にどこだろうと私のやる事に変化がある訳じゃない、ただこれまで通り興味のある事、楽しいと思う事をやるだけ、ここにいる理由が無いならシルヴァーグと一緒に戻る、あるならそれが終わるまではここにいる、それだけ。


「やっぱり気にしてる?」


「……何の話?」


「アカメちゃんだっけ、仲良かったんだよね、その……うん」


自分で話していてこれ以上触れるべきではないと思ったのか、話を強引にそこで区切った、その言葉で改めてアカメは死んだのだと思い知らされる。


「気晴らしって訳じゃないけど、こういう時は気分転換しないとね、テイルスは何か食べたいものとかある?何でもとはいかないけど、私が作れる物なら」


「誰だお前」


つらつらと語る声を遮る、言わなければ延々とそれらしい事を続けていただろうから。


シルヴァーグは私の事をそう呼ばない、初めて私と出会った時から、私がテイルスと名乗った時からずっとティルと呼ぶ。


例え何かの間違いでそう呼んだだけなのだとしても一度疑いを持ってしまえば細かな所作や言葉遣い、纏っている雰囲気、それらに僅かに違和感があるのにも目が向く。


シルヴァーグの姿をしている、だがシルヴァーグではない。


シルヴァーグと同じ声がする、だがシルヴァーグではない。


シルヴァーグを演じている、私にシルヴァーグとして見られようとしている。


長い沈黙、諦めたように嘆息を吐くと


「ばれたんならいいや、疑われてるんなら誤魔化せそうに無いし、結構自信あったんだけど」


声音はそのまま、わざとらしく諦めたように手をひらつかせる、その所作や雰囲気には覚えがあった、あの時記憶の中で見たルシアと似ている。


「そういう君こそ、子供のふりして何?」


「……別に何も、見た目通りの振る舞いの方が楽だからそうしてるだけだ」


「あっそ、なら折角だし話でもしようか、色々話したいことあったんだよね」



-2-


目が覚めた、寝転がったまま辺りを見渡す。


タンスと机、それから本棚、最低限の家具しかなく部屋の中は薄暗い、どこかの知らない部屋、私の着けていた魔具の類いは机の上に一纏めにして置かれていた。


誰かが私の事を助けてくれた……みたいだ、気だるいけど動けない程じゃない、ベッドから這い出るように立ち上がり、一度この部屋を出る。


どこかの民家、階段と部屋がもう一つ、一先ず隣の部屋の扉をゆっくり開け中を覗く。


……ティルがベッドで眠っていた、無事みたいだけど部屋に入るのは後にしよう、今は助けてくれた人を探さないと。


音を立てないようにゆっくり扉を閉め、次は階段を下る、二階建ての普通の民家、階段の前に扉が三つ、それから玄関とその反対に扉が一つ。


反対側の扉から人の気配がする、何となくその先はリビングのように思う、ゆっくり近寄り扉を開ける。


「あの」


助けてくれたお礼と、ここがどこなのかを聞こうとした、私の事を話しても仕方がないから、それだけ伝えてビバさんと早く合流しないとと思ったから。


……そこにいたのは、間違いなく母さんだった、最後に見たときから何も変わっていない、


懐かしい?嬉しい?湧いてくる感情が上手く説明できない、あまりに突然で心の準備も何も出来てない、そのまま固まって数秒、少し視界が滲んできてやっと受け止められた、込み上がってきた物を手の平で乱暴に拭き取って、改めて顔を上げる。


変わらずそこに母さんはいて、少し困ったような顔で私を見ていた。


「……えっと、話したいこと、たくさんあると思うから」


そういって机の方に歩いていって椅子に座るように促す、言われるがまま椅子に座ると母さんもすぐ隣に座った。


まだ気持ちの整理がついてない、話したい事と聞きたい事が多すぎてどれから手をつければいいのか分からない、そのまま沈黙が続くけど不思議と気まずさは感じない。


そんな中で一番始めに思い付いたのは……


「母さんは……母さんが助けてくれたの?」


どうしていなくなったの?と、聞く勇気は無くてすぐに誤魔化した。


母さんが私たちを捨てたのだとしたら、誰かに言われたそんな妄言を思い出してしまう。


そんな事は絶対無い、そうしなくてはいけない理由がきっとあったんだとそう信じ続けてきた、もし本当にそうなのだとしたら……私のこれまでが全部無駄になってしまうみたいで、怖くて聞けなかった。


「うん、二人とも酷い怪我だったから……体は大丈夫?ちゃんと治ってるといいんだけど」


「二人?……竜人の子は一緒じゃなかった?」


「竜人の子?いなかった、筈だけど……」


「……」



"母さんは、嘘を吐いている"



あの時何があったのか分からない、後少しで助けられた筈なのに、何かに邪魔されて……母さんはどうしてここに?どうして私たちを助けられた?分からない事だらけで頭が回らない。


「メイは元気?」


考え込んで黙ってしまっていたみたいだ、沈黙が気になったのか不意に母さんがそう切り出す。


「……うん、元気にしてるよ、今は冒険者組合の受付で働いてる、この前医療資格取ったって言ってたかな」


「そっか……シルバは、冒険者なんだよね、エンブレム持ってたから」


「……ハーリングに、冒険者組合が出来たの知ってる?そこの……立ち上げの時の会長補佐に選ばれたんだよ、最初は本当にただのご飯屋って感じで、いや今もそう思われてるんだけど……冒険者らしい活動なんて全然出来てなくって」


「初めての所だとそんな感じになるのかな」


一度話し始めると後は自然に言葉が溢れてくる、ハーリングでの事に限らず、これまでにあった事、私が冒険者になってからの事、母さんの知らない私やメイの事、本当に他愛の無い話を続ける、母さんは時折相槌を打ちながら私が話しやすいように返してくれる。


こんななんて事の無い日常を取り戻したくて、私はずっと探し続けて、ようやく見つけられた。


メルヴィアに戻って一緒に暮らせる……のかは分からない、母さんにも事情があるんだろうから、メルヴィアに戻ってきてくれなくてもいい、ずっと一緒にいてほしいなんて子供みたいなわがままは言えない、たまに手紙のやりとりをするだけでも、会いたいと思った時にまたいつでも会えるようになればそれだけでいい。


なのに……母さんを探す手掛かりになったあの記憶、これまでに積み上げられた疑念、それが間違いであって欲しいと思いたくて見ない振りをしているのは自分でも分かってる、気付かない振りを……私が知らない振りをしていればきっと昔みたいに戻れるから。



"それでも知らないといけない"



「母さんは……なんで、パンテロの村にいたの?」


そう分かっていた筈なのに、自分の意思とは別にそんな言葉が漏れた。


空気が張り詰める、息が詰まる、この沈黙が何を意味している物なのか分かりたくはなかった。


「あそこで、何があったの?どうして母さんは」


「ぜん、ぶっ、私が、私が悪いの!」


私の言葉を震えている母さんの声が遮った。


「帰りたいって、思っちゃったから、私が、そう望んだからっ……!」


母さんが、そう望んだ?


「私は、生きてちゃいけないのに、自分じゃ死ねなくて、でも死ぬのは嫌で、でも私が生きてるとたくさん人が死んじゃって……」


母さんのせいで、人がたくさん死ぬ?どうして母さんがそんな事をする?母さんの言葉の意味を理解できなくて頭が回らない。


母さんの言葉は分からない、でも嘘を言っている風には見えない、だからってどうすればいい?何をすればいい?


「シルバ」


不意に落ち着きを取り戻そうとしている母さんの声が静かに響く。


母さんのせいで、誰かが傷つけられるんなら、私は……



-3-


初めて人を殺した時の事は、今でも覚えている。


冒険者になって五年目、殺したのは以前にビバさんが捕まえた事のある脱獄した魔具師だったらしい、脱獄して、復讐するために入念に準備を重ねてわざわざビバさんの前に戻ってきた。


何をして捕まったのかとか、そういう事は特に聞かなかったけど逆恨みも良いところだと思った、自分がどうしてそうなったのかも分かってない、話し合いが出来ないタイプの人種。


細かい事はあんまり覚えていない、私もビバさんもお互いにボロボロだったから、ただ助けないと、そう思って体が勝手に動いていた覚えはある。


ビバさんがいつもやっていたみたいに、魔力を爆発させて前に飛んだ、今まで使ったこともない魔法、上手く使いこなせる訳がなかった。


加減もしらないまま吹き飛ばされるように飛んで、勢いのままぶつかった剣先が男の首を深く切り裂いて、もぎ取ったみたいだった。


肉が潰れた音と骨が砕けた音が聞こえて、気付いたときには地面を転がっていた。


どさ、と人が倒れる音が聞こえて、ごと、と何か重たい物が落ちる音が聞こえて、何があったのか理解したのはその少し後だった。


手に持っていた魔具を落とそうとした、そうすればこの場はなんとか出来る、そうすれば助けられると思った、私が何とかしなくちゃいけないと思った、そうしなければビバさんは死んでいたかもしれないから。


けど、こんな風にするつもりじゃなかった、殺すつもりじゃなかった、悪人だからと殺していいとその時は思っていなかった。


ビバさんは助けられた事のお礼と私に殺させた事を謝った、その時は何とか割り切れたと思う、それでも罪の意識はどうにも拭いきれなかった。


二度目は正直覚えていない、あまり日は経っていなかったと思う、三度目は……言われれば思い出すだろうけど、思い出さないようにしておかないとそうしなくてはいけなかったと割り切っていても気が滅入るだけ、極力殺さないに越した事はない、殺すなんてのは最終手段でそうせざるを得ない状況でだけするべきだ。


それでも無い訳じゃなかった、手加減の出来ない相手、反撃を許せば他の誰かが殺されてしまうかもしれない相手、ここで私がやらないと私の大切な誰かが傷つけられる相手、そうせざるを得ない状況はいくつもあった。


命を秤に掛けて、私の基準で切り捨てるべきものを切り捨ててきた、実力が付くにつれて殺さなければいけないような状況になる事は少なくなった、それでも無くなった訳じゃない。


いつからか人を殺すことを割り切れるようになってしまっていて、人を殺す選択肢を当たり前に選べるようになってしまっていた。


それが母さんでも?



"それが母さんでも"



母さんが、たくさんの人を殺してしまうなら、ここで止めないと、駄目なんだ。


たとえそれが、ずっと探していた大切な人でも、たとえそれが、私とメイの母さんでも。


それでもやらなきゃ駄目なんだ、そうしないとたくさんの人が死ぬ、私がやらないといけない、そうしないと……


無理やりに母さんを組み敷いて、その首を両手で押さえ付け締め上げる。


「ごめんなさい、ごめん、なさい……!」


ぐちゃぐちゃに泣きわめいて、殺したくないのに、それでもそうしないといけなくて呪詛のように何度も謝る。


どうして抵抗してくれない?そうすれば、殺さなくても済むかもしれない、なのに、なのに、どうしてそんなに優しい顔をする?


「シル、バ……っ」


苦しそうな母さんの声が聞こえる、もう聞けなくなってしまう、嫌だ、嫌だけど。


私がやらなきゃ、たくさんの人が死ぬ、不幸になる、それは絶対にだめなんだ。


これまでも選んできたように、今回もそう選ばないといけない。


感情を押し殺そうとしても溢れてくる、やっと会えたのに私が母さんを殺さないといけない、


こんな事なら出会わなければよかった、そうすればこんな事にならなかった、私が母さんを探そうとしたから、私が母さんを見つけてしまったから。


いつかはこれも受け入れてしまうのだろうか?だったら……私は今まで何のために?


『そこまでにしておけ』


そう頭の中で聞こえたとき、体が突然軽くなったような気がした。


頭の中で考えていた事がふっと消えて、自分が今何をしようとしていたのかを理解した。


「わ、私、何しようとして……!」


慌てて母さんの上から飛び退く。


自分が何をしようとしていたのか、考えるだけでも恐ろしい。 


母さんを、殺そうとしていた?母さんを殺して、それを仕方ない事と受け入れようとしていた?どんな事があったって、そんな事考える訳ない、そんな事、考える訳……


「何入れてんの?お前」


呆れたようにそう言いながら体を起こすとつまらなさそうに短く溜め息を吐いた。


様子がおかしい、まるで別人みたいで……


「母さん……?」


「はぁ、まぁいいや、どうせ大して変わんないし?」



じゃあ、貰うね



その言葉が聞こえるのと同時に意識が沈んで、沈んで、沈んで、暗闇の中に沈んでいく。


何も見えない真っ暗、指先から感覚が無くなっていって、何かに埋もれていく、自分が少しずつ分からなくなっていく。


いつまで沈む?どこまで沈む?もしかしたら、ずっと、このまま……


それが怖くて無意識に暗闇に手を伸ばす、もがいても、もがいても、何も掴まず空を切るだけで沈んで、沈んで、もっと深く沈んでいく。


………………


……………


…………


………


……



手に何か触れた、その何かが私の手を強く掴む、指先から暖かさが伝わってくると意識が少しはっきりしてくる。


まだぼーっとする頭で辺りを見渡すといつの間にか真っ暗ではなくなっていて、今にも消えてしまいそうなぼんやりとした明かりが僅かに私を照らしている。


「長くは持たない、悪いがそれまでだ」


はっきりと姿は見えないけれど、その声には聞き覚えがあった。



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