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パースペクティブ・ヴェリティ ~セカイを支配するパース~  作者: にのい・しち
那由多の神 〜エーディン・バタフライ〜
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9、サキュバスの愛撫

 緊急事態だ! 女の人と何を話せばいいかわからない!!


 夜、高層マンション裏にある駐輪場。

 有に千台の自転車が置けるこの場所を過ぎると、人気のない並木道へ進む。

 クロトは隣で歩く、尾角・美智をそっと見た。


 ポニーテールを左右へ、リズミカルに揺らす彼女。

 健康的に焼けた肌。

 横顔は街灯に当たり陰影が付き、別の魅力を見せる。

 ルビーのような瞳を持つ大きな目と、高い鼻に桃のようにしっとりした唇。

 喉元より下には、豊満なバストが歩調を合わせるように揺れる。


 間近で見るとめっちゃ綺麗だぁー!

 本当に僕、この人のこと知らないのかぁ?

 

 クロトは夜空を見上げ、興奮を誤魔化す。


 どうしよう、会話が思い付かない……何て話せばいいんだ? えー、今日はいい天気ですね――――もう夜だし! 他はぁー、月が綺麗ですね――――空曇ってて月見えないし! それに何気取ってんだよ!?

 

 クロトが師とあおぐ検索エンジンに、会話術の指南をこっそり受けようとする前に、美智の方から会話を振った。


「ねぇ、世の中に疎外感を覚えること、あるんじゃない? 自分だけ、この世界の人間じゃない。何て思ってる?」


「は? い、いやぁ〜」


 今の変化球過ぎるでしょ? 逆にどうやって話を続ければいいの?


 美智は構うことなく続けた。


「大人になる前の10代は、社会のルールに無理してでも適応しなきゃいけない年頃よ。息苦しさから、誰だって現実逃避したくなるわ」


 あながち、言われていることは当たっていた為、クロトは恥ずかしくなり、うつむく。


「でも、あなたは特別よ。この世界の存在じゃないもの」


「…………は?」


 クロトは急な話の流れ付いて行けず、人物の石膏のように顔を硬直させた。

 内心で思うことは、今、隣を歩く美女は、頭のおかしい危険人物なのではないかという不安だ。


 尾角・美智はクロトのことを構うことなく、一方的に話を続ける。


「あなた達、人間は物理法則の原理は知っていても、物理法則の根底を知らない。重力を利用しているだけなのに操っていると勘違いしている」

 

「えぇ? はいぃ……」


「人間の見える物、感じること、数式で算出した概念が真の世界の姿ではないのよ」


「あ、あの? 何かの勧誘ですか? 僕、宗教には興味ないんですけど」


 会話の流れに不信感を持ったクロトは、異様な事態巻きこまれないよう、何とか話を逸らそうと務める。


 すると、彼女は細く艶のある手でクロトの腕をさりげなく掴む。

 柔らかく貼りのある感触が伝わると、クロトの心拍は波打つ。


「あああ、あの!? 何ですかぁ!?」


 彼女がこちらの腕を優しく撫でながら言う。


「どう? これは気持ちいい?」


 腕を伝う感覚は全身にまで行き届いたように感じ、自然と両目がとろけたように落ち、代わりに口が半開きのまま閉じなくなる。

 今の一時の愛撫で、クロトは心までも支配された気分になった。


「これはどう?」


 打って変わって彼女はクロトの腕をつねった。

 それまで、全身が火照りで溶けるのではないかと思ったクロトが「痛っ!?」と声に出し、身体を震わせ、掴まれた腕を振りほどこうとする。


 しかし、美智のか細い腕は、鉄のように固まったかと錯覚するほど、ビクともしない。

 彼女の腕は肘が、くの字に曲げられている為、力などまったく入っていないはずだ。


 クロトの額に汗が滲む。


「み、美智さん? なんのイタズラですか?」


「全ての人間は見えない物に繋がれ縛られている。ルールやマナーという首輪。脳から下る神経の網。鎖のように絡み合うDNAの塩基。科学を介して理解する粒子や分子の流れ。そして、運命」


 美智はいたずらっぽく、小悪魔のように魅力的な笑みを見せ、言葉を借りる。


「運命は見えない糸のような物。そういえば、誰かが言ってたわね? "パースはありとあらゆる物。生きとし生ける者、全てに宿る(はいる)。それはつまり真理"」


 まるで妖魔サキュバスだ。

 彼女は掴んだ腕の周囲を、空いた手で撫でまわすように動かすと、クロトの腕は吹き出すように汗をかく。

 

 夜の涼しい風が、体温を下げたにも関わらず、掴まれた腕だけが酷く汗をかいていた。


 美しい魅惑の音色を奏でる美智の声は、今は恐ろしく不気味に聞こえる。


「紐、鎖、網、神経、糸…………そしてパースの線」


 クロトはその様子を気味悪がった。

 次第に腕から出る汗は滝のように流れると、表面が溶け出しロウソウのように大粒の雫を作る。


 異様な光景にクロトは、恐怖で言葉が喉につっかえたかのように声を失う。

 

 そして、腕は熱で溶かされたチーズのように垂れて行く。

 腕だった物は、飴細工のようにうねり、滴り落ちた。

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