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4、天使様がお通りになった

 クロトは過去に不幸を経験している。

 それは10年前、キャンプへ行くため両親と遠出をしていた時のこと。

 海星の空、絶好のキャンプ日和、それは些細な出来事から始まる。


「ヤダァ!」 


 8歳のクロトは車の後部座席で、助手席から顔を覗かせる母に反発した。


「ほら、クロト。髪が顔にかかって目がかゆいでしょ? だから髪切りに行こうって言ったじゃない?」


「床屋さんヤダァ!」


「もう……じゃぁ、お母さんの髪留めで我慢しなさい」


 母はクロトの伸びた前髪をかき分け、自分の髪留めをクロトの髪に付けた。


 運転する父は前方車両に気を付けつつ、バックミラーから膨れ面のクロトを見て、けらけら笑う。


「ははは、クロト。女の子みたいだぞ?」


「やっぱりヤダァァアア!」


 クロトは乱暴に髪留めを外そうとした。

 それを母が抑え込む。


「クロト。そんなに乱暴に取ったら髪が抜けて……」「あ、危ない!」


 父が叫び声をあげた直後、激しい衝撃が家族を押しつぶす。


 何が起きたのかわからない。

 激しい痛みが全身を揺さぶり、生暖かい液体が顔や手に飛び散る。


 だが痛みは瞬間だけ。

 幼いクロトの意識は、沼へと沈むように暗闇に落ちていく。 


 幼き者に死の概念は理解しがたい。

 永続する苦痛。

 遮断される光の世界。

 助けを叫んでも、手を差し伸べ抱き寄せる母親もいない。

 ただ1人、飲まれていく。

 年端もいかない子供にとって、永遠の暗闇と痛み、肉親との別れは直感で理解出来る死。


 幼いクロトは、冷たく静かなら、虚無の世界へ溶け込むようだった――――――――。


 ――――――――声が聞こえる。

 いつものように学校へ行く為、起こしに来る母のような声。

 だが、耳を揺さぶる声は母とは違うものだ。


 声により意識が覚醒すると、虚無の暗闇に一筋の金の糸を見つける。


 幼き者は金の糸を掴むと、その暖かさに安堵した。

 クロトは糸を掴み手繰り寄せる。

 金の糸は更に何本も増え、合わさると光の道筋へと変わる。

 カーテンコールを思わせる光から、人影がゆっくり降りてくる。


 その姿はまるで、光の階段を下る天使のようだった。


 髪はプラチナの輝きとも思える銀色。

 微笑む唇は春の陽気を喜ぶ桜のようにピンク色。

 くっきり開かれたまぶたに浮かぶ瞳は、幾重にもカットされたダイヤモンドが外の光を閉じ込め、無限の反射を鉱石内で繰り返しているように見える。


 天使は優しく両手を差し伸べ、クロトの頬に触れ、鮮やに咲いた花のような唇で語りかける――――――――…………。

 

 目が覚めると、見知った父親の顔があった。

 

 その後に次々と白衣の医者や看護師が顔を覗きこんだ。


 皆、死の縁をさまよった、クロトの生還を喜んだ。


 幼年期のクロトは、先程までの出来事が現実なのか夢なのか、区別がつかず困惑していた。


 暗闇から光の当たる世界へ連れ戻した、天使がまだ近くにいるのではないかと目で探した。


 しかし、天使よりも探すべき人物が、いないことに気が付く。


 「………………お……かぁ……さん?」

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