10、真紅の妖魔・ディキマ
クロトの恐怖が絶頂に達すると絶叫する。
「うわぁあああ!? 離せ! 離せぇええ!!」
必死に腕を振りほどこうとするが、垂れ下がる蛇のような腕に感覚は無い。
クロトの恐怖に歪む顔を、栗色の髪を揺らすの女は、微笑ましく見守っているようだった。
美智の言葉はこの世界の言語を借りているが、その意味は全く理解出来ない。
「今、あなたの腕のパースを切ったことで、腕は物質的な形態を保てなくなったわ…………命なんて洗い流せる絵具みたいな物ね」
地面には肌色の塊が溜まり、スライムが散乱しているように見えた。
クロトは震えた足に力を入れ、言うことを聞かせるが、足は地面を滑るばかりでその場を離れることが出来ない。
尾角・美智は話を続ける。
「いずれ、この次元を巻き込んだ大きな戦争が起きるわ。この世界の人類が、経験した戦争をもしのぐ犠牲者が出る。その時、命はロウソクに灯した炎よりも呆気なく消されていくのよ」
彼女が再び手を当てると、まるで映像を巻き戻すように地面に落ちた肌色のスライムが見えない棒を這い上がるように、垂れ下がる蛇のような腕にまとわりつく。
だらしなく垂れた腕は、真っ直ぐ伸びて、肌色のロウソクが雫を吸収しているようだった。
気付けば元の腕へと戻る。
自分の身体が正常に戻っても、クロトは錯乱したまま、もがき仰け反ると、美女は手を離す。
クロトはその勢いで尻もちを付いた。
得体の痴れない美女は囁く。
「その戦争の勝敗を左右するのは君。君は私のような万能の存在でも、出来ないことをなし得るの…………万物の創造」
言いようのない生暖かい風が尾角・美智の周囲を取り巻くと、彼女の栗色の髪がなびき、自然とポニーテールを作るリボンが解ける。
艷やかな髪が光沢が増していくと、彼女の髪は熱せられた鉄のように赤く輝いた。
本物だ――――――――本物の人外だ。
人外となった尾角・美智は、恐怖で震える少年に背を向け語りかける。
「退化した人間の身体が器だと、覚醒に時間がかかるようね。そう…………あらためて自己紹介。私の名前は"ディキマ"。あなた達、類人猿が"神"と崇める存在よ」