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第一話 既卒無職無能俺、就活帰りにその日受けたばかりの企業から速攻お祈りメールが届いて落胆してたら、女子中高生達からリアルRPGの勇者にスカウトされた!?

「それではまず、黒宮さんの自己PRからお願いします」

「俺、わたくしは……その、けっこう、几帳面な、性格でして……地道な努力家で、継続力があり、挑戦意欲が高く、慈悲深く…………あの……えっと…………」

「では次の質問に移りますね。大学をご卒業されてからこれまで、どのように過ごされて来たのでしょうか?」

「えー、その、IT企業や食品メーカーや、電機メーカーや、農協、学習塾、老人ホームなど、いろいろな企業を受けつつ、資格試験や、公務員試験にも、チャレンジを……」

「僕の方からも二、三質問させていただきます。うちの会社を志望した動機は?」

「えー、その、御社で開発されておられる、ソフトウェアの一つである、地理情報システムというものに、わたくし、特に興味を惹かれまして……その、他社にはあまり無い、独自性というか、社員数五〇名足らずの、中小IT企業なのに、業務が、多岐に、渡っているというか……加えて、わたくしが、大学時代に学んで来た、知識も、大いに、活かせるのではないかと…………えーまあ、そういうことです」

「何かスポーツ経験は?」

「……特には……ないです」

 六月上旬のある日の夕方、四時半頃。名古屋市内のオフィス街に佇む、とあるソフトウェア開発会社中途採用試験個人面接での一幕だ。

会場は会議室。室内中央付近にぽつんと置かれた折り畳み式パイプ椅子に座る黒宮信彦と、長机備えの木製椅子に座る二人の面接官とが向かい合う座席配置。

三〇代後半くらいの女性と、五〇歳くらいのがっちりとした薄毛の男性から次々と質問され、黒宮信彦はいつもと変わらずたどたどしく答えてしまったのだった。


あぁ、今回も絶対不採用だろうな。試験案内には〝面接は一時間程度を予定しております〟と書かれてあったけど、五分くらいで終わったし――今までにも何度もあったことだけど。今回に限っては最後に何かご質問はありますか? とも訊かれなかったな。

先ほど受けた会社が入居する古びたオフィスビルから外へ出た信彦は、沈んだ気分で地下鉄栄駅へと向かって歩き進む。その姿は傍から見ると、紺色のリクルートスーツがマッチ棒みたいな形をして路上を舞っているかのようだった。

信彦の身長は一六五センチ。体重は、五〇キロにも満たない。標準的な成人男性と比較すれば、かなりみすぼらしい体格といえよう。おまけにどんよりとした目つきで大抵いつも暗い表情、鈍重な立ち居振る舞い、声が小さく話すペースも遅い。いかにも頼りなさそうな風貌なのだ。

集団面接、集団討論グループディスカッションの場において信彦は毎回、同じグループになった他のメンバーと比べて最も発言量が少なかった。しかもその発言内容も周りから浮いてしまうような、あまりに突飛で的外れなものであることが多かった。他のメンバーや面接官を苛立たせたり、唖然とさせたりして来たことは枚挙に暇が無い。

入室してから着席するまでと退出する際の動作も、他のメンバーと見比べて悪い意味で一番よく目立ってしまうことが常であった。今回受けたような個人面接の場においても、訊かれた質問に対して返答するまでにかなり時間がかかってしまうことがこれまでにも度々あった。そして答える時は大抵しどろもどろになってしまう。

ようするに信彦は、コミュニケーション能力が著しく低いのだ。

面接結果は言わずもがな、いつも不採用となっている。

既卒三年目になってしまった信彦が大卒新卒就活解禁日より就活をし始めてから、これまでで不採用となった企業の数は書類選考落ち、応募後音沙汰無しも含むとはいえ聞いて驚く無かれ、なんと延べ四百社以上にまで達している。正社員はもちろんのこと契約・派遣社員、アルバイトですらも断られ続ける日々。

公務員試験も筆記は高確率で通過出来るのだが、やはり面接で撃沈。

就職活動をしていく上で、ごく普通の人ならば十社も受ければ少なくとも一、二社は採用に至るものだ。信彦がいかに社会から必要とされていないのかがよくお分かりだろう。

俺は簡単に入れる地方国立大卒。東大でなくとも名大や旧帝大のどこかか早慶に入れていれば、状況がかなり違っていたのかもしれないな。俺の母校の先輩でもノーベル物理学賞貰ってる人いるにはいるけど。 

 ふと予備校の看板が目に留まった信彦は、己の学歴の低さに改めて失望感を抱く。信彦は学業面においても落ちこぼれだったのだ。

駅へ近づくにつれ、人通りもかなり増えて来た。信彦のように一人で歩いている者よりは、複数で行動している者の方がずっと多かった。そんな中、

「配属先の経理課長のデブ禿げの不細工なおっさん、マジうざいわ~」

「あいつキモ過ぎ。うちなんかもう百回以上はセクハラされたし。はよ辞めるか地方飛ばされて欲しいわ~。つーか死ねっ!」

「不祥事起してクビになってくれたらマジうけるし」

とある曲がり角から、スーツ姿の男三人女二人の集団が現れた。

「そういやオレと同じ大学でゼミも同じやって、内定出んまま卒業した奴おるけど、そいつやっぱまだ就職決まらんみたいやわ~。契約とか派遣も受けてるみたいやけど。昨日までで百二十社以上落とされたらしいわ~」

「マージで!? ちょっと引くわそれ。そんだけ受けて決まらんとかあり得んだろ。そいつやば過ぎ。どんだけ無能なんよ。おれなんか一社目で即効決まったし」

「やるなあ。オレは一社目最終面接落ちで、二社目で初めて内々定もらった。オレの一個下の名女の彼女も今年就活やけどもう四社から内々定もろとるで。第一志望の地銀行くらしいわ~」

「彼女おったんかぁいっ!」

会話内容から察するに、おそらく大卒新入社員の方々なのだろう。彼らは信彦の前方を遮るように横に並んで歩き進みやがる。生き生きとした明るい表情で、じつに楽しそうに。男の方は皆、背丈が一八〇センチ近くあった。

百二十社程度で無能扱いなのかよ? 陰口言い回ってモラル低そうな連中だな。

 信彦が不快に感じたその直後、彼らの一人がとんでもない行動をとった。飲み終えた缶コーヒーを道路脇に平然とポイ捨てしたのだ。

「あっ、彼女からメール来てるわ。仕事終わったら金の時計んとこ来いって。うぜえっ」

罪悪感に全く駆られてないのだろう、彼はスマホを取り出していじり始めた。

採用担当者共はあんなろくでもないやつらに内定与えてるのかよ。ああいうのは社内とかでは礼儀正しくマナー良く振る舞ってるんだろうけど、外へ出ればあんな態度だ。皮肉なことに、ああいうタイプの人間って他人に媚びへつらうのも上手いんだよな。

彼らの発した言葉や行動に、信彦は強い憤りを感じた。思わず路肩に落ちていた小石をぶつけてやろうかと思ったほどだ。

俺の方が、あいつらなんかよりもずっとずっとモラルの高い人間だってことを教えてあげよう。これは、スチールだな。

 信彦は誰からも褒められるわけでもないのにU字磁石のような形に腰を曲げ、彼の投げ捨てた缶コーヒーを拾い上げ、そこから三〇メートルほど先にあった自販機横の空き缶入れにきちんと分別して捨ててあげた。

 引き続き、信彦は俯き加減で歩き進む。

学生の身分の内に易々と仕事にありつけてしまうやつらって、仕事をさせてもらえるということが、いかにありがたいことであるのかが一切理解出来ない人間になっていくんだろうな。仕事は貰えて当然、適当に仕事してても給料いっぱい貰えるんだって舐めた考えになるんだよ、絶対。特に一流企業勤めや公務員の方々はその傾向が顕著だろう。何でも自分の思い通りになるという、我侭で横柄な人格も形成されていくに違いないぞ。実際、仕事に就いてるやつらって、短気で傲慢でモラルに欠けたのばかりだからな。さっき銀行員っぽい四人組が平気な顔で信号無視して横断歩道渡ってるのを見たし。道いっぱいに広がって、のろのろ歩いてるサラリーマン・OL連中はけっこう見かけるなぁ。他の歩行者の邪魔になってるってことを何とも思わない自己中なやつらなんだよ、きっと。だいたい悪徳業者の存在。パワハラや給料未払い、不当解雇といった職場いじめっていうのは、冷酷で悪辣でモラルに欠けたやつらばかりが仕事にありつけてしまっているからこそ、社会問題化しているんだろ。

そんな持論を心の中で呟いてしまっていたちょうどその時、

「ん?」

 信彦のスマホがブーッと震えた。

メールか。

 信彦はスマホをズボンポケットから取り出す。

採否結果のご案内かよ。

信彦は件名を見ると、期待を全くせずにメールの中身を開いてみた。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

黒宮 信彦様

                   メディアソフトファクトリー株式会社

総務部人事課 採用担当 三木 一哲 

 

     採否結果のご案内


初夏の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。この度は、弊社求人へご応募いただき、誠にありがとうございました。

さて、今般の選考に当たりまして慎重に検討いたしました結果、今回は貴意に添えないとの結論に至りました。何卒ご了諾戴けますようお願い申し上げます。

末筆ながら、貴殿の今後ますますのご健勝をお祈り申し上げます。  

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 予想通りの不採用通知。

またかよ。日常的にもらい慣れているとはいえ、やはりきつい、精神的に。ていうかさっき受けたばかりの会社じゃないか。来るのが早過ぎだろ、採否結果は一週間程度で連絡致しますって言ってたけど、一週間どころか一時間も経ってないぞ。それに、書面ではなくメールって失礼だろ。いつも思うけど何が〝慎重に〟だよ。どうせ即、不採用と決めたんだろ。まあ、通知が来るだけでも良心的だな。応募してもそれ以降全く音沙汰ない場合も多々あるから。俺に、いつまで就活させる気だよ? どこまで俺を追い込むのか――。

俺はもう一生、就職は無理なのか?

 信彦の社会に対する恨みは日に日に増すばかりだ。長期の就活経験で失った履歴書代、証明写真代、交通費、封筒代、郵便料金。それらの額は莫大なものになっていた。

経歴にも、救いようのないくらい致命的欠陥を抱えてしまった。学生の身分の内に就職先を決め、最終学歴後すぐに勤務し始めるのが一般的な日本社会。信彦のようにそのレールから外れた者は、就職がますます困難な状況に追い込まれてしまうのだ。

事実、信彦も大学を卒業して無職となって以降は書類選考の段階で撥ねられ、面接にすら辿り着けないケースが顕著に増えていた。

内定通知って、本当に実在するのかよ? 伝説上の幻のアイテムなんじゃないのか? ここまで不採用が続くと、その存在すら疑わしいぞ。

信彦にとって内定通知なんてものは、もはや空飛ぶ絨毯やランプの魔人、人魚、河童、ミノタウロス、ペガサスといった空想上の存在物と化しているのである。

なんか、就職活動をすればするほど、ますます内定からは遠ざかっているような錯覚さえしてくる。俺の履歴情報がいろんな企業や役所に行き渡って、採用しないように仕向けられてるんじゃないのか? これだけたくさん受けまくっていればな。 

 信彦は不採用通知を受け取ったショックからか、根も葉もないことも頭に浮かべてしまう。

面接、予定より随分早く終わっちゃったし、本屋にでも、寄るか。

 ふと思い立った信彦は、なんとも鬱屈した気分で時間潰しのためふと目についた本屋へ立ち寄る。

面接対策の本は山のように出てるけど、本番じゃ全然役に立たないないよなぁ。そろそろ家帰るか。

 信彦は新書やラノベ&コミック新刊、就活対策本コーナーなどを三〇分ほど立ち読みしつつ、うろうろしながら過ごして外へ出た。

 学生の身分のうちに漫画家とかラノベ作家デビューして、そのまま成功して若いうちに一生遊べる金稼げて、企業への就活とは無縁の人生を歩めた奴はいいよなぁ。そういう人は面接試験も受けたこと無いだろうし。極々少数だけど、子役タレントとか、アイドルとか、藤井〇太くんみたいな早熟のプロ棋士なんかみたいに学齢期以前から収入を得て、輝かしい実績を残して生涯安泰を確定させている連中はもっと羨ましい。

 俯き加減でこんな羨望の思いを心の中で呟きながら、本屋から外へ出た。

 まだ帰るにはちょっと早いかな?

そう思った信彦は地下鉄栄駅の出入口は通り過ぎて、久屋大通公園へ立ち寄る。

 就活って、よく考えたらRPGだよな。

 ベンチに腰掛けくつろいでいると、信彦はいろいろ設定を思いついてしまった。


 こんな出来事を経て、信彦はあの奇妙な物体に遭遇したのである。


 さっきの、絶対、幻覚、だよな? 俺、疲れてるのか? 長年の不採用続きで精神的に。それか、就活をRPGに例えた設定をA4用紙一枚ではまとまりそうにないくらいまで考え過ぎたせいか?

 あの物体を倒した直後、そう考えていると、

「お兄様、見事な鞄捌きでしたね」

 背後から、聞きなれぬ女の子の声が――。

「だっ、誰でしょうか?」

 信彦は思わず後ろを振り向く。 

 そこにいたのは有松鳴海絞の菊柄浴衣姿で濡れ羽色髪三つ編みの和風な女の子だった。

「のんほい、はじめまして。うち、このゲームの名古屋のご当地ヒロインキャラ、夏目菊江と申します。ゲーム内名古屋市で明治時代から続いとる甘味処【夏目庵】の看板娘で十四歳、中学二年生だに」

菊江はほんわかした表情、おっとりした口調で嬉しそうに自己紹介し、ゲームの箱を手渡して来た。

タイトルは『日本ご当地敵モンスター退治旅』。行書体黒筆文字で書かれていた。

 パッケージには鳥瞰図風の立体的な日本地図がプリントされていて、羆、鳴子こけし、高崎だるま、さるぼぼ、舞妓さん、坊っちゃん団子、有田焼茶碗、シーサーなどのデフォルメイラストがご当地に該当する地図上に描かれている。

 テレビゲーム用で、CEROは十二歳以上対象のBらしい。

「えっと、その……」

 信彦はどう反応したらいいのか分からず、困惑してしまう。日本地理の学習用ソフトみたいだなっとも思った。

「あの、お兄様、この土日はお暇ですか?」

「えっ、あっ、はい。暇、ですけど」

 この質問には、面接時についやってしまうようなたどたどしい口調で答えた。

「そりゃちょうどよかっただに♪ ほいじゃぁ藪から棒ですが、明日から一泊二日で、このゲームに登場するモンスター退治の勇者として参加してくれませんか?」

「へっ!?」

 あまりに突然のお願いに、信彦は目を丸めてしまう。

「じつは昨晩、この子達がこのゲーム内の愛知県のご当地モンスターを、ボス含めてリアル愛知県内に飛び出させてしもうたんだに。ちなみにさっきのモンスターの名前は『ういろうちゃん』だに。このゲームの最弱キャラだに」

菊江がそう伝えると、女の子が他に四人、信彦のもとに近寄って来た。小学生と中学生が一人ずつ、高校生が二人いるように思われた。

「あたしがテレビ画面に麦茶こぼしちゃったせいでそうなっちゃったの。でも菊江お姉ちゃんは現実世界に出られて喜んでたよ。この冒険には、頼りがいのある大人の男の人が必要なの」

 メロンのチャーム付きヘアゴムでお団子結びにした髪が可愛らしい、青いサロペット姿な小学生っぽい女の子が言う。

「そんなわけで放課後に、協力してくれそうな人を探しに来たのです。ちょうどこの辺りはオフィス街でもありますし」

女子高生っぽい四角い眼鏡をかけ、濡れ羽色な髪を水玉シュシュで二つ結びにしてお淑やかさを感じさせていた子がにこやかな表情で伝えた。

「でも、私は筋肉ムキムキで厳つい感じの人はすごく苦手だから、真面目そうで大人しそうで優しそうな感じの人がいいなって思って」

 もう一人の女子高生っぽい、ほんのり栗色セミロングふんわりウェーブヘアな子は苦笑いを浮かべてそう呟く。

「この人なら良さそうだわね。まさに草食系って感じだし。性的なイタズラもして来なさそう」

 丸顔丸眼鏡ボサッとしたウルフカットがまあまあ似合っていた中学生っぽい女の子は、彼に好感が持てたようだ。

「えっ、えっと……その……」

 信彦は上手く状況が呑み込めず、ぽかんとしてしまう。

「お兄様のお名前は、何とおっしゃるのでしょうか?」

「黒宮、信彦、だけど」

菊江からの質問に、信彦は緊張気味に答えた。

「信彦様かぁ。ええお名前だに。信彦様、うちらの冒険に、どうかお付き合い下さい!」

「いや、しかし、ですね」 

「このゲームのモンスターは、一般人には無害で姿すら現さず、勇者に対して襲い掛かるようになっとるけど、信彦様に襲い掛かったってことは信彦様には勇者としての素質があるってことなんだに。周りに信彦様と同じようなスーツ姿の人はどさまくおったけど、信彦様だけに襲い掛かったってことは特別なオーラがあるってことなんずら。それに、信彦様はこのゲームの主人公に感じがよく似てて親近感がわくだに。お願いしますっ! うちらといっしょに冒険しよまい」

「わっ、分かった」

 菊江に目を見つめられ強くお願いされ、信彦はついつい承諾してしまう。

「あの、信彦様は、どこに住んでるのでしょうか?」

「今は実家で、名古屋市の、藤が丘の、方。大学の頃は、徳島でした」

 次の質問に信彦がこう答えると、

「近所じゃん。ますます都合ええね」

 ウルフカットの子は嬉しそうに呟く。

「ほいじゃぁ、うちがゲーム内から装備品や回復アイテムを調達してくるだで、こちらの時間で明日の朝七時に、ここの公園に集合ってことで」

 菊江はスマホの地図をかざしてくる。

「えっ、あっ、はい。分かり、ました」

こんな感じであれよあれよという間に参加させられることになってしまったわけだ。

「うち、今夜は信彦様宅でお世話になりますよ。ゲームのシステム、詳しく説明したいもんで。うちはゲーム内キャラだで、食事とお風呂はゲーム内のうちんちに戻って済ませますのでご心配なく」

「あっ、はい」

このあとも、信彦はこの子達といっしょに行動することに。

栄駅へ向かっていくさい、

 なんか、非常に気まずい。

 こんな心境の信彦に対し、

「ワタシ、彩佳。中二よ」

「あたしは妹の未羽だよ。小四なの」

「信彦お兄さん、このゲームでらおもろいからやってみぃ。ワタシ達のセーブデータに上書きしてもええから。そのデータやないと菊江ちゃん出入り出来んし」

「わっ、分かった」

小中学生の二人は気さくに話しかけてくれる。ウルフカットの子が彩佳、おかっぱの子が未羽というらしい。

「私、この二人の姉の琴乃です」

「琴乃さんの幼友達の村瀬優希帆です。いっしょに千稜台高校に通ってます」 

「進学校、ですね。俺の、母校より」

女子高生の二人も、信頼が持てたのかやや緊張気味ながらも自己紹介してくれた。セミロングふんわりウェーブヘアな子が琴乃、水玉二つ結びの子が優希帆みたいだ。

地下鉄にもいっしょに乗り、藤が丘駅前で解散することとなった。

「ばいばーい信彦お兄ちゃん、菊江お姉ちゃん。あたし今日は早めに寝るよ」

「ほいだら明日どえらい楽しみにしとるよ」

「願わくば明日までに自然に解決されてて欲しいなぁ」

「琴乃さん、せっかく超奇跡的体験が出来るんだから楽しまなきゃ損よ。では信彦さん菊江さん、また明日」

 女の子達は、琴乃はしょんぼり気分で、他の三名はわくわく気分で自宅へ帰っていった。

 

           ☆


信彦は帰宅後、菊江を両親に見つからないように気を付けて自室に招き入れた。そして説明書をザッと流し読みしたのち、ネット上のレビューもスマホで一応確認してから対応ゲーム機であのソフトを起動させた。

「雅楽の音楽とは、BGMも和風だな」

 スタート画面が表示されるとコントローラを操作し、続きからを選ぶ。

「舞台もろに名古屋だな。名古屋が出るRPGなんて初めて見たよ。就活とかで何度も訪れたことがある名古屋駅前が忠実に再現されてるし。グー○ルマップのストリートビューみたい。ファンタジーっぽさを全然感じないよ。ここまで日本の町並みがリアルに再現されてるRPGって、他にないよな?」

信彦は楽しそうにゲーム画面を覗き込む。

「従来のRPGとはかなりちゃうだに。リアル近似な世界観になってて、現代日本が舞台で、敵モンスターもご当地に関連したものが登場してて全国で数万種類もおるだに。手に入る回復アイテムも名古屋なら八丁味噌プリッツとか、きよめ餅とか、カエルまんじゅうとか、ご当地ならではの実在するものだに。長距離移動するための乗り物も現実世界と同様、鉄道、バス、飛行機、船、タクシー。従来のみたいな飛空艇とか架空の乗り物は一切出んだに」 

「斬新だな」

「主人公が名古屋に住むアニメやマンガやゲームが好きな男子高校生で、勉強せんかねと普段から口うるさく言うおかんから解放されるために、夏休みを利用して日本一周の旅に出ることになったって設定なんだに」

「なんか、共感持てるな」

「あと主人公以外の勇者仲間がみんな女の子だに」

「そっ、そうなんだ。あっ、敵が出た。あのういろうか」

 画面上に【ういろうちゃん】が計三体表示されていた。

 一体が主人公にいきなり突進攻撃を食らわしてくる。主人公に1のダメージ。

「1だけか。こいつが最弱雑魚っぽいな」

 信彦は感心気味に呟く。

 この敵をド〇ラっぽい柄のバット攻撃で楽々全滅させ、主人公をまた歩かせ初めてすぐに新たな敵との戦闘画面になった。

「今度は伝統工芸の節句人形のモンスターか。これも名古屋らしいな」

 信彦は主人公にバットで攻撃させ、この敵に4のダメージを与えさせる。

「うわっ、攻撃力高っ。9も食らったぞ。こいつはレベル1で戦わない方がいい敵だな」

 突進攻撃を食らうと、信彦は焦り気味に逃げるを選択させた。

「やばっ」

失敗し二度目の突進攻撃を食らってしまい8のダメージ。

 逃げる選択二度目は成功した。

「危うくゲームオーバーになりかけた。回復アイテム、あそこの甘味処で買うか」

「そこがうちんちだに。このゲームでは魔法は存在せんだで、体力回復にはアイテムを使うか宿に泊まるか温泉に浸かるかくらいしかないだに」

「そこもリアルだな」

「このゲーム、でれ面白いだらぁ?」

「うっ、うん。そういえば、ゲーム内の敵、現実世界に飛び出てる分、ゲーム内での遭遇率は下がるんじゃないのか?」

「まあそうなるずら」

 信彦は引き続きこのゲームをプレーすることに。

「このゲーム、ひょっとして主人公がアイテム探しのために見ず知らずの家に勝手に上がり込むってことも出来ないのかな?」

「当たり前じゃん。そんなことしたら住居侵入罪と窃盗罪になるずら。このゲームでは宝箱も出て来んし、本物の剣や銃、その他殺傷能力のある武器を持つことも銃刀法違反になるだで出来ん現実世界にかなり近いファンタジーRPGなんだに。このゲームのファンタジー要素といえば、敵モンスターの存在と、それを倒したらお金やアイテムが貰えることと、食べ物や薬で病気や怪我が瞬時に治っちゃうことくらいだに」

 菊江はにこにこ笑いながら伝えてくる。

「本当、就活みたいにリアル感溢れるRPGだな。テレビ塔もリアルにかなり忠実に再現されてるし」

「信彦様、がっかりすること言っちゃうかもしれんけど、リアルな日本の町並みが忠実に再現されとるいうても、町の中心地や観光名所、地形くらいで、住宅地とかは製作者の想像でモデリングされとるだに。あとやばい施設もゲーム内ではカットされとるよ」

「俺はそれでもじゅうぶん過ぎる再現度だと思う。むしろ住宅地まで忠実に再現したらプライバシー的にダメだろ。菊江ちゃんこのゲームのこと詳しいね」

「そりゃぁうち、ゲーム内キャラだで。このゲームのシステムは大方把握しとるだに。うちは攻略本代わりにもなるだに。愛知県をスタートして、旅をしながら仲間を増やして各都道府県に少なくとも一体はおるボスを全て倒せばゲームクリアだに。特定のラスボスはおらんくて、どこから攻略していってもオーケイだに。つまり愛知をラストに攻めるんもありだに。だけど敵の強さは全然ちゃうよ。敵が一番へぼい愛知編のボスより、中の下の県の雑魚の方が遥かに強いだに。愛知県の次どこ行ったら倒しやすいかは、ヒミツ」

「その方が楽しめる。旅始めたばっかりの主人公が、いきなり最強クラスの敵が巣食うとこに行くことも出来るってわけだな」 

 信彦はこのゲームに対する期待感がますます高まった。

「間違いなくその地域のどべ雑魚にも瞬殺されちゃうけどのん。交通費さえあれば、日本中どこでも自由に移動出来るだに。それにしても信彦様のお部屋って、男の子のお部屋のわりにきれいに片付いとるよのん」

「俺がいない時に母さんが掃除してくれるからな」

「信彦様、勇者やからって自分の部屋の掃除をお母様に任せっきりはいかんだに」

「俺、勇者じゃないし」 

「このゲームのプレーヤーはみんな勇者だに。信彦様のお部屋はどんなアイテムが隠されとるんかやぁ?」

 菊江は立ち上がるや、勝手に机の引出やベッド下を調べてくる。

「あの、俺の部屋、従来のRPGのアイテム探しみたいに物色するのはやめて欲しいな」

「数学や工学の難しそうな専門書もけっこう持ってるし、教養高そうだに。賢者としても活躍出来そうだのん」

「俺、学業面では落ちこぼれだったんだけど……」

「信彦様謙遜しちゃって。大学の成績表、優けっこう多いじゃん。微分方程式とか解析学とか幾何学とか。でれ難しそう」

「それ、就活用の成績証明書。あの、菊江ちゃん、プライバシーの侵害だから」

「すみません、信彦様の属性が知りたくて」

 信彦と菊江、こんなやり取りをしていると、

「信ちゃん、晩ご飯出来たよ」

 一階から、まもなく還暦を迎える母からの叫び声。

「じゃあ、俺、晩御飯食べてくる」

「ほいじゃぁうちは、ゲーム内に戻っとくのん」

 菊江はそう伝え、ゲーム画面に飛び込んだ。

「……本当に、ゲームと現実を行き来出来るんだな。これ以上モンスターが飛び出さないように、電源切っといた方がいいよな?」

 信彦は驚きつつリモコンに手を触れようとしたら、

「うちがしっかり監視しとくだで今回はええだに」

 菊江が半身で飛び出て来てこう伝えてくれ、また画面上に戻った。

「そっか。じゃあまたあとで」

信彦は見届けて部屋から出た。

「今日の面接は、どうやった?」

「いつも通り」

「……とにかくはよ働いてもらわんと困るんよ。来年定年なんやから。この間受けた東京の会社は、もう結果出た?」

 高校理科教師を務める六四歳の父との気まずい会話。よくあることだ。

「そこ、一次は通ってた。次、二次面接が明後日に。東京であるけど、交通費と宿泊費は向こうが全額支給してくれるから」

「そうか。そりゃよかったやん」

「信ちゃん、そこは日帰り?」

「朝九時からあるから、泊りで、明日出る」

 信彦はこんな嘘を吐いて、この土日に違和感なく外泊出来るように伝えることに成功。ちなみにその企業は本当は本日午後二時頃、スマホメールにて不採用通知を受け取っていた。

       ☆

信彦が夕食と風呂も済ませて自室に戻ると、菊江はすぐに画面から飛び出して来た。信彦はそのゲームをそのあともしばし楽しんで、午後十一時頃には就寝準備を整えた。その頃にローカルニュース番組が始まったが、あの件に関することは全く報道されず。

「人的被害はまだ出てないみたいだな」  

 信彦はひとまず安心し、再びゲーム画面に切り替える。

「夜遅くから明け方までは敵モンスターもお休みするだで。うちももう寝るだに。おやすみ信彦様。明日起きたらゲームの電源入れて、うちを出しりん」

 菊江はそう伝えて、ゲーム画面に飛び込んだ。

菊江ちゃんは三次元化しても、無邪気ですごくかわいかったな。

 信彦は菊江のいる夏目庵で旅日記を付けセーブ確認後、ゲームの電源を切り布団に潜り込む。 

リアル世界で非リア充な俺が勇者となってリアルなRPGが楽しめるって、怖くもあるけど、すごく楽しみだな。

 興奮からか、なかなか眠り付けなかった。

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