因縁の戦い
誰にだって、戦わなければいけない瞬間がある。
勇気を込め、心を奮わせ、心を持って自らの肉体を動かす。
戦うの原点は、勝つか負けるかではなく。まず、己が動くことから始まるものだ。
「負けねぇ」
誰だって生きていれば、戦うことは当然。それを特別に思うかどうか、その人次第。そんな人が今ここにいた。男の名は出雲安輝。
疾風の如く駆け、影の如く静かに陣地に入り、岩砕く拳闘を持って制圧する。その強さ、まさに”超人”。彼の拳、彼の脚、彼の心によってこれまで数多くの敗者が生まれた。
だが、出雲の強さを持ってしても、上には上がおり。生きてきた経験を持ってよく知る事となる、己の能力とは無関係な戦いがいくつもある。
科学的な強さ、不可思議な強さ、ずば抜けた強さ、弱き者の勝利の在り方。
何かを達成するという事はいくつの何かがある。そう、今この時。
ジュウウゥゥッ
「衣付けて揚げれば、いける。ぜってーいける……」
見るからに身体に悪そうと言える、鍋の中の油。やたらむやみに揚げ物にするのは良くない。
だが、出雲の戦いはまだ始まってすらいないところ。
標的はしっかりと油で揚げられ、殻に包まれたようになった。敵を閉じ込めたとも言えるが、今回の戦いではこんなクソ野郎、見たくもねぇという意味が強い。その相手とは
「ピーマンなんてこれで楽勝だ。ぜってーいける」
「お前、ピーマン食べるだけでどんだけ大袈裟なんだよ」
「天草組長は黙ってください!」
食うぐらいなら、自分の上司に強気を見せるくらいだ。
目をつむって、標的であるピーマンを鍋に入れるくらいだ。見たくもない。しかし、
「俺だって、なんとか苦手を克服しようと思っているんですよ!明確な弱点はいけないって言いますし!」
「それお前が食わず嫌いなだけだろ。肉詰めピーマン上手いぞ」
「なんであんなアホな食材が肉を挟んでいるんですか!?バカじゃねぇの、考えた奴!!肉だけでいいんだよ!」
ピーマン農家さん、ごめんなさい。
「野菜炒め、チャーハン、肉詰め、……ウンザリなんです!食べないよう、食べないよう、箸でどかしている俺の身になれってもんです!」
「お前が食えば解決だ!」
天草はため息をもらしながら、出雲と似たようなことを話し始めた。
「俺からしたら、タコとイカを最初に食った奴はすげぇと思うな。あーいう気味悪い生物を食えると判断した奴、ホント尊敬するわ」
「苦手なんですか?」
「むしろ好きだぞ。ただ、よく調理できたなって話だ」
最初の一歩を踏み出した者にはなんであれ、尊敬したいものだ。こうして様々な工夫を凝らして、食わず嫌いを直そうとしている出雲にも、ほどほどに思っている。
まぁ、小さいし、どこ向いて踏み出しているのか、分からんけど。
「よし、揚った」
「衣しかねぇじゃん」
「味わう前に飲み込める小さなピーマンにしました!」
「それ意味ねぇじゃん!!」
「それでもこれは俺の因縁の戦い!ピーマンを乗り越える戦い!」
ぜってー、乗り越えてねぇ。ビビッてる。誤魔化すだけだろ。
それも戦いの仕方。決着の付け方。引き分け、不戦勝、そーいうオチで人を思い留まらせるのも、戦い。
サクッ……
「……うん!克服した!!ピーマンの味はしない!」
「味してねぇなら克服になんねぇよ」
「ピーマンの食べ方が分かるのも、一種の戦い方ですよ!」
食べた瞬間、油の塊。衣と塩だけの味。これならいける。これでいい。ピーマンはこんな味で良い。
「わりぃっ、手が滑った」
「ぎゃあああぁぁっ!!?」
もうこれでいいやと思ったところで、天草は油が入った鍋を徐に出雲の方へぶっかけるように投げ、軽い火傷を負わせるのであった。
「戦いにはいつも水を差す出来事がよくあるもんだ」
「油差されたんですけど」
「戦いは一つだけじゃねぇ、注意しろ」
その注意しろを、出雲は大胆に指摘。
「床、拭いてくださいね。油まみれで滑ります」
「俺がやるのかよ!?」
「天草組長が床にこぼしたんでしょ。手、冷やしてこよー」
「元はと言えば、お前がピーマン食えなくて、克服したいとかでー。うぉっ」
天草、油に滑って転ぶ。