期待通りにいかない
俺にとっては異世界とは、理想郷であった。
実際に存在などしないことは分かっていても、そこに憧れ、美しさを感じ得る。
一生かかってもたどり着くことのできない場所、それが理想郷。
だったはずだ。
俺はこのとき、二度、期待を裏切られた。
一度目は、良い意味での裏切りだ。
存在などするはずがないと思っていた異世界に、俺はいたのだ。
見た目も変わっていることは、川の水面に映る顔を見ればすぐにわかった。
美化している。
しかし、二度目の裏切りは、悪い意味での裏切りだった。
裏切りとは、あくまで期待の裏切り。
異世界に召喚された際、主人公たる俺には、チート能力もしくは美女が付与されるのが当然のはずだ。
それが、異世界で俺が戦うこととの交換条件であるからだ。
しかし、美女もいなけりゃ、チート能力もない。
俺のステータスをご覧いただこう。
アカツキ タクロウ
レベル:1
職 業:普通の人
スキル:なし
異 名:なし
ただでさえスッキリしすぎているステータスなのに、俺のはさらにスッキリしている。
スキルも異名もない、レベルも1で、攻撃力防御力もカスだ。
職業欄に関しては、もはや職業の記載さえなかった。
「ん~これはもしかすると、成り上がりの物語になりそうな感じか?」
何の能力もない主人公が、何かの拍子に目覚めて成り上がるパターン。
そのパターンだと、最初に物凄い苦しみが待っていることになるんだが…。
そして俺はこのとき、三度目の裏切りにあった。
「オラオラ!金だよ金!」
「だから、金は無いっす!俺は無一文だから!」
嘘は言っていないのだが、チンピラは俺に迫ってくる。
逆らいたいが、相手は武器を持っている。
少しでも逆らったら、たぶん殺されても文句は言えない奴だ。
だが本当に、俺は金を持っていない。
「持ってねえなんてことがあんのかァ!?」
「こっちが聞きたいっすよ!俺は異世界から召喚された主人公なんすよ!」
「ふざけたこと言ってんじゃねえ!」
チンピラは持っていた剣を抜き、峰で俺を殴る。
こめかみのあたりに激痛が走る。
そりゃそうだ、俺は鉄で殴られたんだからな…。
「っ…!」
「このっ!クソガキが!」
俺はそのまま蹴り飛ばされ、川の中に蹴落とされた。
川と言っても大きな川ではなく、大して深くもない小川だ。
俺は足で頭を踏まれ、水の中に顔をうずめた。
呼吸が出来ない、もがくが、鼻水がこぼれるだけだ。
「くそがっ!」
最後に頭を蹴ると、チンピラはどこかへと去っていった。
俺は草原の小川から顔を出し、情けない自分の顔に引っ付いた鼻水を拭う。
「…主人公じゃねえのかよ、俺」
泣きそうだ。
美女が救いに来てくれる展開だと期待していたが、その期待すら裏切られた。
本当に俺は、何の変哲もない凡人に生まれ変わったのか?
だとしたら元いた世界の方がまだマシだ。
「グルルルッ」
今度は嫌な声が耳に入った。
恐る恐る顔を上げると、そこには大き目の犬がいた。
白目を向いて、涎をたらす、2メートルはありそうな巨大な犬。
犬の頭上には”ガオドッグ”と表示されていた。
たぶんこの犬の名前なんだろうけど、狂犬病とかだったらやばい…。
「逃走!」
俺は全力で走り出すが、小川の石で足を滑らせ、走り始めて2秒で小川に転げ落ちた。
腰を打ってしまい、痛みで立ち上がれない。
「グルルァァッ!」
巨大犬は以外にも平手打ちを噛ましてきた。
先ほどのチンピラにやられたこめかみに、再び痛みが走った。
そして、血が流れ落ちる。
「くそ…痛いんだが…」
俺はゆっくり立ち上がり、小川を駆けあがって、走って逃げた。
ガオドッグは水が嫌いなのか、小川を挟んで逆側に逃げた俺を追ってはこなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こんなもんなのか、異世界召喚って。
ちょっと…いや、だいぶ残念だ。
まだ召喚されて2時間も経っていないだろうに、立て続けに傷を負った。
元いた世界でもここまでズタボロになった記憶はないんだが…。
死に物狂いで歩いていると、草原の奥に街並みが見えた。
見た感じ、中世ヨーロッパ風、ここらへんも異世界っぽい。
生き延びろ、生き延びるんだ。
まずはあの街に行って、仲間を、武器を手に入れなきゃ…。
俺は息を荒げながら、街を目指した。