ずっと続く毎日
戦争ものが書いてみたくてはじめました。
起承転結の起にあたります。
2115年。著しい被害に僅か1年あまりで終結した第3次世界大戦から20年。そのとき存在していた技術を総動員して行われた戦争を経て、世界の人口はこの20年で半分まで減少し、世界地図が形を変えた。当時の人が、その存在を知ってはいても実際に使用されるとは夢にも思っていなかった核兵器や生物兵器を駆使して行われた戦いで、人は今までの暮らしを捨てざるを得なかった。
地上の大半は高い濃度の放射線に染まり、特殊な装備なしでは屋外に出ることも出来ない。いくつかの地域では細菌の突然変異による奇病が発生したが、移動手段も限られ、医師も少ない状況でその全ての地域は見捨てられた。
核兵器や生物兵器の脅威について、時の指導者たちも十二分にわかっていたはずだが、先の戦争が何故起こり、そして如何にして終わったのか、大衆にむけて真実らしい真実は未だにどの国でも提示されていない。
かつての日本。現在は、B-3区。世界は暫定的にアルファベットと数字で記号付けられている。
人は、分厚いコンクリートに囲まれた居住区域で暮らしていた。第3次大戦後に生まれた世代は空を知らない。
関東居住区、隅田川労働エリア。コンクリートの外壁を拡張する工事が続けられている。住む場所を追われた人類は逞しくも戦後20年で立ち直り居住区域の拡張に勤しんでいた。
「一度でいいから外に出てみてえな、欲をいえばスーツなしで。」
「欲張りすぎよ。スーツなしで出たりしたら、もう戻ってこられないよ。」
「そんなのわかってるっての。もしもの話。」
「そのもしもの話は聞き飽きたよ。でも、僕もよく想像だけはするね。昔は外でご飯食べることもあったらしいよ。ピクニックっていってさ。」
拡張工事の労働後、3人は外の世界への憧憬を語っていた。言葉数が多く、労働も目を離すとすぐにおしゃべりに花が咲くのは小林マコトで、その世話をやくのが高橋ジュン、仲裁役が鈴木アキラである。この場にいない、瀬名レイを含めた4人は同世代で家も近く、幼少期からいつも一緒にいた。昔より短くなった義務教育後、全員が自宅に一番近い労働エリアへ就職したため、4人の縁は未だに繋がっている。
「外でご飯かー。なんか落ち着かないな。」
「飯の話するなよ。もう日が沈む前から腹へって仕方ないんだから。」
「今日はレイのご飯だから、楽しみだね」
「あいつはそれしか取り柄がねえからな」
4人は現在は同じ家に住んでいた。アキラ以外の3人は、家族がない。マコトとレイの家族は戦争で、ジュンの両親も放射線によると思われる後遺症で戦後3年で亡くなった。
それ以後、4人で暮らしている。年長のアキラを中心に実の兄弟同然に暮らしていた。
3人の帰宅をレイが微笑んで迎えた。レイはマコトと正反対で物静かで表情の変化も乏しいが、3人に対してはその表情も僅かに豊かになるのであった。4人揃って食事をし、いつも通り4人並んで床につく。
「なあ、どうやって戦争って終わったのかな」
「……それ何回目?」
「毎日だって言うよ。だって、気になるだろ。なんで始まったかだってよくわからないんだから。」
「帝国が世界統一しようとしたんじゃないの。皆そう言ってるじゃない。」
「皆がそう言っているだけだろ。じゃあ帝国が統一してないのに何で戦争が終わったんだよ。」
「帝国が負けたんでしょう?」
「じゃあどこが勝ったっていうんだよ。どこも放射線や奇病でボロボロなんだろ。」
マコトとジュンが寝る前にあれこれと話をするのはいつものことだが、この手の話を深堀をするのは珍しい。いつもは話を振ったマコトが「そっかー」「よくわかんねえなー」などといって話を終わらせるのだ。
「放射戦や奇病で各地ボロボロだというのも、皆がそう言っているだけだよね。」
レイが2人のやり取りに口を挟むのも珍しい。アキラは隣に寝転ぶレイを見たが、仰向けで目を閉じたままだった。
「ってことは、放射線や奇病でボロボロじゃないかもしれないってこと?それは…」
「いや実際、外には出られないし、スーツきて外に出た人達もいるから、全部が嘘じゃないと思うよ。ただ、何が本当かどうか判断するために『皆が言っている』以上の情報を僕たちは持っていないということだよね、レイ。」
レイは、ん、とだけ口にした。
「それ以上の情報がないって言ったって、それ以上の情報なんてないからかもしれないじゃない。なんでも妄想して話を広げたがるのはマコトの悪い癖よ。この間だって、アカネさんが長い髪をばっさり切っただけで『失恋したのかな!?チャンスかな!?』なんて言ってたじゃない。」
アカネさんというのは、よく行く食事処のウエイトレスである。長い髪も短い髪も似合う美人である。
マコトのジュンうるせーを皮切りにいつも通り2人は言い争いそして眠りにつく。
2人の言い争う声を子守唄代わりに寝るのがアキラの日課だが、今日はいつもと違って目が冴えていた。マコトとレイの言葉をアキラは何度も頭の中で繰り返す。
戦勝国?聞いたことがない。外に出たわけじゃないから放射線も実際にはわからないし、奇病についても話をきいただけだ。とは言っても、当時のITと呼ばれる技術も今では極初期のものしか見られないし、コンクリートだらけの居住区を見るに、戦争が、いや戦争レベルの何かが起こったのは間違いない。ずっと頭の隅に置いておいた疑念が、小さなきっかけで噴出する。
悶々とするアキラだったが、日中の労働で疲れていたのでいつの間にか眠りについていて、翌朝にはバタバタ準備するジュンや寝坊したマコトのフォローで昨晩の悩みごとなどすっかり忘れていた。
いつもの朝を取り戻した4人は全員で労働エリアに出勤した。
昨晩の会話の尾など微塵もひいてない3人を、2歩下がったところに歩くレイは見つめていた。いつも通りの無表情だったが、その視線に珍しく熱がこもっているのを年長者は背中で察していた。
先の大戦で豊かさを失った人類は、歴史上初めて文明を退行させた。当時進められていた宇宙探査、医学や物理学といったあらゆる技術がその担い手の頭脳と共に消失した。現在多くの人間は明日生きることに精一杯で、生きる意味や自己の存在価値といったようなことに頭を悩ませることはなくなった。今日を生き抜いたことを感謝し、明日生きぬけることを願う、ただそれだけである。
しかしながら、人は欲深く、目の前のささやかな幸せだけを願うことで長く満足することも出来ない。
なんてことのない日常会話から先の戦争と現状に疑念を抱き、4人が3人になるのは遠くない未来の話である。