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国家を葬送した女王

作者: のぶ

 彼らが自らを消滅させたことを、知っている人はどれだけいるだろうか? とふと私は考えてしまう。そうだ。彼らは『殺された』ではなく、『自らを殺した』。でも、もちろん集団自殺じゃないし、一方的に他者との接点を切って独自のユートピアを形成したわけでもない。

と私は今ここに書いているけれど、果たして彼らの行為は正しいことだったのか、これを今でも悩んでしょうがないのだ。


 私がある酒場でグデングンデンに酔っ払っていたときだった。気分が良いことをよしよしとしたマスターが酒を勝手に注文して『お客様がご注文したーー』と適当なワインを次々寄越してくる。後々聞くと、そのマスターは普段からそうらしい。別にそれは不当に暴利を得るためのことではなく、この地域では他人がして良いと感じたことは、自分にも良いと感じはなくてはならい。と考える文化がある。なので酒を飲んでとても気分の良い人には酒を勝手に追加する。これで研究費を大量につぎ込んでしまった。私は翌日マスターに飲んだ分は払う。ときっちり代金は払った。その後、ただ金がなくなったので明日の遺跡へ向かうため今日ここで泊まらせてくれないか? とお願いした。彼は別に良いよ。と言ってくれた。私は彼の行為に甘えて二階で静かにこの地域で得られた『消滅した地域』の史料をきちんと整理していたのだった。ここにもかつて文明が栄えていたことは、歴史学上も考古学上も疑いの余地はない。ただし、彼らは突如として消えてしまった。その日もきっちり日にちで残っている。千年ほど前の、新王国へと移る混乱の時期だ。その日の人々の記憶は今尚残っている。『天国は、目覚めたときにあると思いたいです』『早く迎えが来るといいのですが、私にはその確証はできません』一見して宗教団体の儀式、つまり終末論で人々は一斉に自殺したのではないかと考えられていたが、少し研究してみると当日までそのような記録はなかった。もしかしたら史料価値のある資料がなくなっただけかもしれない。だけれど、それを除いても当日の『フォニア』は静か過ぎることはもはや定説となっている。だが、それからまもなく、フォニアに新王国の軍体がやってきた。そしてフォニアは無条件陥落ののち、歴史から消え去った。最後に歴史学的な史料が確認されるのは五百年くらい前の、ある盗賊の一味が住み込んだとき、この町の名前を古代後の文書を読み解くことができる盗賊が『この町の名前はフォニアという』。これが最後の記述だ。以後二十年前に大規模な上水道工事の前の調査で見つかるまで、フォニアは静かに沈んでいた。

 ゆるやかに現れたその街のことを、私たちはどれだけ知っているだろうか? 新王国の軍体にはフォニアの記録は認められない。おそらく、住民が見捨てて放棄された街としか見えなかったのだろう。そこで彼らは何をしたのだろうか? 新王国が給水に食料の補給、必要な文献を勝手に持って行って、戦争が終わり役割を終えた後、フォニアは消えた。いや、抹殺されたのだろう。新王国には不都合なものがあったのだろうから。



 街の地下を、そして街の全構造を、知っている人がどれだけいるだろう? とその少年は考えた。少年の家の近くから、地下に降りられる。この街が宗教戦争時に弾圧を受けていたとき、人々が逃げ場として地下を選んだ。もちろん、それは最後の策だった。もし空気管がつまってしまったら? そして突然、ある日に水が湧かなくなったら? そのことを唯一振り返ることができるとするならば、この人、銅像として今を生きている市長に聴こう。

「市長。貴方がそれを決定したんですよね?」

「そうですよ」

「なぜそれを選んだんですか?」

「まぁ。貴方も知ってのとおりです。これが私たちの生き延びる道だったのです」

 と彼は述べるだろう。

「じゃあね」

 と少年は「彼」に告げた。彼は泣いているだろう。少年は彼の敵の子孫なのだから。

 少年がその「通路」そして「タイムマシン」を使うとき、彼の先祖の疼きをうすうす彼は感じていた。けれど彼は明確に述べはしなかった。後少し不平等ではあるものの、講和の条約を結び、今の憲法第二十条に多様性有る社会について書いてある以上、そしてもうそんな意識はみんなないのだから、差別なんて少年はしなかったし、少年の友人のシューベルトも、似たようなものだ。

タイムマシンの構造は、少年たちが地図を作り上げていった。それは代々伝わる学校の生徒たちの職務らしい。最下層にたどり着いたときはつい最近のことだった。彼、シューベルトが亀裂の入った壁を壊してたどり着いたのだ。手首を釘で打ちぬかれて絵画に射られ、下半身がない、それは儀典に出てくる女王だった。女王陛下は伝説上の人物ではなかったのだ。そしてそのときシューベルトは何を思ったのだろう? とそれから二十年以上後、少年に子供が出来たときに考えた。いずれこの子もタイムマシンの探索をしたいと思うのだろうか? 私の祖父がして、私の父がして、私がしたように、この子もまたフォニアにいればタイムマシンの中で私たち先祖を見るのだろう。そしてあの女王を発見したとき、この子は何を考えるのだろう。と。シューベルトが女王を発見した日を、今でも僕は思い出すことができる。そう、あの日、シューベルトは歌を歌っていた。大音量の声で地下の響き具合で道を調べる。音響担当のテレーゼと、僕が壁の壊しを専門。三人でいつもやっていた。

シューベルトは「シューベルトの歌を歌うのが一番すきでね」

 と笑う。

 そんなシューベルトが僕たちに無断で壁を壊したのは、もしかしたら啓示とか、ちょっと陳腐かもしれないけれど女王がシューベルトを呼んでいたのかもしれない。だって女王の愛人の名前がシューベルトの本名と同じだからね。その愛人が誰かは言わないよ。その人の名誉にかけてね。

 僕がこうして、永い月日を経ても未だに、

「フランツ。ちょっと来なさい」

 とフランツ・ペーター・シューベルトのフランツをとって息子に名づけたのは、そうした何かフランツの行方がタイムマシンでどっかいちゃったからだろうか? シューベルトは最後までフォニアにいたのだから。

少年が青年になるころには、すでにタイムマシンの探索はしなくなっていった。さすがに勉強と部活と恋愛と、そういうお決まりの青春を楽しむことが十代の中期から後期にかけて子供たちはしなくてはならないから、急ぎの用で近道をしなくてはならないとき――たとえば徹夜で勉強して寝坊してぎりぎりの時間でテストを受けなくてはいけないときとか――以外、少年はもう、使わなくなっていた。そして高校を卒業し、大学へ行くために門をくぐるとき、もうここの門を二度とくぐることはないとわかっていた。家の花壇にわすれなぐさを植えた。以後少年はフォニアには一度も帰らなかった。

 フランツにとってのあの朝は、いつもと同じ午前六時の目覚まし時計で起きて、窓を開けて湿気にまじる空気を吸って洗面所で顔を洗う。そしてお母さんに『今日の朝食何?』と訊いて『パンとマーガリンとコーンスープ』と母親が返したとき、最期に列なる系譜もやはり『パンとマーガリンとコーンスープ』だったことを誰が思っただろうか? 

女王の最期の食事よろしく、僕が食べた食事も『パンと……コーンスープ』『ええ。そうよ』と僕はパンを切って一口かじった。フォニアの陥落は近い。『明日の食事は何?』『……寝てからのお楽しみ』と母親はシューベルトの頭を撫でた。宣戦布告は近い。生き延びる手法は、地下しかない。けれど、それは敵国も知っている。僕たちは逃れることは、できない。せいぜい名誉の戦場で果たすことを果たすだけだ。フランツは最後の日記を書いた。『天国は、目覚めたときにあると思いたいです』これを後世の歴史家は読み解いた。三階のマンションに住んでいるフランツは眠ることにした。電気を消して、ただ、だけれど女王のようにいつかまた復活する、その日を思いながら。

 その同じ時刻。市長は署名をした。『我が街の生存についての案件』。これだ。最終的に市長が署名をするのを閲覧したのは、議長と副議長、商工会議所の会長、副市長、果てには有名な作家までいた。会議室の定員は百名だった。しかし、この法案は可決されたのちに市長が署名をして始めて効力を有する。場合によったら拒否権の行使も認められている。しかし、今回は何を言わないで、そしてその署名の様子を全市民が閲覧するのを許可して、署名をした。五十名ほどが書名を閲覧していただろうか? 彼の本名は少し長い、ひとつ、ひとつと埋めていって最後の文字を書き終わったとき、市長は「おやすみなさい」とだけ述べて会議室を後にした。それを見届けた市民もまた、外に出て行く。これしかなかった。と、誰もが思ったのだろう。新王国は最新の武器で整備している。特に河川と豊富な農地とエネルギーの原料が産出されるこの地を陥落することが新王国の勝利に不可欠で、同時にそれは古王国(これは新王国の勝手な命名だけど)の敗戦を意味していた。新王国の病原菌で汚染された蚊がこの地にまかれたら、一発で街は腐敗した人で埋まるだろう。それは不名誉だ。そして憤るべき、殺し方だ。それが、フォニアの儀典の歴史書のように「町中の火災」によって崩壊するならまだ誰もが納得したかもしれない。しかし、新王国は汚染された蚊を撒くことを宣言していた。

 その前日。市長は大ホールで演説をしていた。

『本年1月30日。市民の総意をひとつに集合して、ここに私の誓いと私の愛するべき子供のみなさんの名誉を、新王国から守ることを述べ、そして憎むべき新王国がもたらしたハイパーインフレによってフォニアの数万の市民の最後の蓄えを葬り去ったことを容認せずに拒絶しよう。

……。

最後通牒を、容認できる人はこの場で挙手を。

…………。

我がフォニアには、富がない。農作物も、エネルギー資源も、貴重な水資源も、奪われた私たちにできるこ数少ないことを、私たちは守り続けてきた。世界史にも残るような小説家の作品を廉価で市が販売し、同様に建築基準を新王国のものにしないための、あらゆる抵抗を尽くした。

私たちに富はない。

私たちに主権はない。

しかし、私たちは文化と、伝統がある。そして名誉がある。

名誉はときとして戦場になる。

 ……。

名誉の戦場で闘うことが出来ない人は逃げなさい。そして不名誉の烙印を押されることから逃げなさい。

闘うときが来た。

針は戦場の刻へと向かっているのだ』

市長はマイクを降ろした。拍手はなかった。


 それからのフォニアは新王国が襲い、新王国に対しての無条件降伏の後、新王国が大幅な建築物の破壊と世界的作家の小説を燃やして煙とした後、フォニアの民を捨ててフォニアは歴史から抹殺された。



「お兄ちゃん。頑張れよ」

「ええ。ありがとう。いつかその日になったら貴方のことを世界に紹介させてもらいますよ。世紀の考古学者を手助けした人と」

「はは、そりゃいい。じゃあまた機会があったら会おうぜ」

 車は道を進んでいった。

 私が見渡す限りの廃墟を眼にしている今さらだけれども、さっきのおじさんはこの廃墟をどう思っているのだろう。特になんとも思っていないだろうけれど、それでも良いだろう。私は許可書を提示し遺跡に入らせてもらった。聖家族贖罪教会のような、建物が埋もれたままになっていたのは新王国が埋め立てたからだろう。しかし、高すぎる建物だったので完全には埋めきれずに塔と周辺の頂点部の部屋だけが地面から出てそこを盗賊たちが住んでいたようだ。そしてそこに書いてある石に刻んだ歴史は、塔が埋もれなかったのと同じく、歴史は埋もれないことを、必死で抵抗した痕跡なのかもしれない。


 誕生の年にフォニアは誕生し、

成長の年に名も無き王国連合の一員となり、

悲劇の年では疫病の蔓延が広がった。

奇跡の年に初代国王が即位の礼を用いて国王となり、

物語の年でフォニアを代表する作家を輩出した。

礼拝の年に君主制が廃止されて共和国に戻った。


おそらくこれを書かれたときにはここまでの歴史しかフォニアにはなかったのだろう。

続きが荒く刻まれている。


砂漠の日に水不足に襲われ、

怒りの日にフォニアは新王国に支配された。

嘆きの日に文化が破壊された。

渇望の日。フォニアの死は近い。


この続きにまた別の筆跡で静かに一行書かれている。


玄室にフォニアは送られるだろう。そして誰からも葬送をされないだろう。


これを書いたのは誰だろう? 今のところ史料に残されていない。教会法によるとここまで登れる人は限られる。そうすると、高位の僧しか書くことはできない。フォニアを代表する千年の建築物にいたずらに近い書き込みを、みなが容認したのだろうか? 真相はまだわからない。

この古代文字を読み解いた古代文字を解読専門としていた盗賊が資料に残している。

『この国の名前はフォニアという』

たまには文化を盗むやからも文化を残すものだ。

 私はそばにいた顔見知りの研究家に話しかけた。

「何かめぼしい発見は最近ありました?」

「農業制度についての文書が少し見つかったくらいです。今詳細な解読作業に当たらせていますが、たぶん、身分の規定ではないかと推測されています」

「なるほど。どの職業にも身分の規定がありますしね」

「ええ。ただ」

「ただ?」

「私たちはこの街を発掘していていいのだろうか? って思っちゃうんです。ここにも書いてありますけれど、私たちは葬儀屋をやっているのかなと。だって死後の弔いも私たちは文化の発掘とともにしているんですから」

「そうですね。葬儀屋……うん。私たちは葬儀屋なんです。人ではなく、世界の。ですね」

「ははは」

 彼は軽く笑っていた。考古学者兼葬儀屋。悪くない生き方だ。

 私は塔を降りて教会の扉を開けた。この塔を降りるのに十分くらいかかる。そして破壊されかけた壁画が下の人間から神を現しているようで、塔の上層部は完全な金箔といくつかの宗教的なモチーフだけだったと解析でわかっている。それなのに塔の上層部にフォニアの歴史について最初はきちんと書いてあることを考えると、本来は塔の上にさらになにかあったのかもしれない。おそらく痕跡から彫刻だと推測されているけれど、もちろんそれは行方不明で今後も見つかることはないだろう。

 防犯上や、歴史財産保有の観点からフォニアはいまだに塔から入らなくてはならない。フォニアの周りには鉄の柵が張り巡らしてある。塔から下部へと降りるに従い、戦場と、不倫などが出てくる。最後に着く一階には裸の男女が書かれているだけだ。

 教会の扉を開けた。

 おお、フォニアの民だ。彼らが通り過ぎるのが見えた気がした。どこへ行ったんだろう。誰か教えてくれ。



 首都、ウバルの富裕層たちが丸ごと消える日がある。

 それが国が主催する半年に一回のパーティーだ。庶民の階級に属している人だけ招待される。ここで庶民と書いたけれど、庶民と言っても所詮は人口の一パーセントしかいないし、庶民院だって立候補することは普通の人にはできない。でもね、庶民院の人たちだって貴族院の人たちから見ると制約はある。貴族院は完全に国王から任命されないとなれないからね。

 だから僕たちは庶民の人たちを狙って盗みに入る。リスクが大きいけれど、リターンも大きい。でももちろんそんなことは庶民の人も知っている。庶民の人だけの地区を合同で作って警備に当たらせる。これがウバル式の民主主義だ。所詮は庶民による独裁制と同じだ。僕たちには少しの権利がある。生きることが庶民が許した場合には生きることができることだ。その代わり、僕たちは発言権がないから、戦争が起こったら真っ先に庶民が戦争に参加する義務がある。これは立派と言っとこう。三十年前の戦争のときは庶民が頑張ったことを、僕たちも知っている。しかし、そのときの廃墟に僕たちは住んでいる。

 どこかのだれかさんはプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神という本を書いたという、なるほど。だから僕は働くのか。それが本来の教義らしい。

 

 もし、真実があるとすれば、それはひとつだけ。

 誰が言ったっけ? と考えながら教室で先生の話を聞いていた。教室と言っても少しはまともな建物にありあわせのもので学校に近いものを作っただけと先生は言う。そしてこうも付け加えるのだ。『皮肉なことに、子供を守る方法は親から引き離すことであると述べた人がいる』と。だから僕たち子供は教育を受ける権利がある。しかし、教育と教養が庶民だけに独占されているのはまずいと思った先生が無償で教育を僕たちに授けてくれる。ふ~~ん。と思ったりする。でも暇つぶしにはちょうどいい。先生は政治と歴史のお話をする。中世では何が重視されていたと思う? と近くにいた生徒に訊く。『お金?』『ううん。書面で交わした契約なんだ』『契約?』『そう。交わした契約は絶対に守らなくてはならない。それが中世だった。例えば王が人質になった場合に家来がお金をいくらか払う契約になっていて、その金額を払っても王が開放されない場合、王は家来にお金をもっと出してといえない。だって契約に書いていないからね。そして王があくまでも自分の領土しか口だしを出来なかった。そしてそのころに王国連合に入った。しばらくしてペストが蔓延して人口が半分になった。このとき、農業を強制的にやらされている人たちは苦しんだと思う?』『そう……ですよね?』『それは事実だけれど、人は食料がなくてはいきていけない。つまり、農作物を作る人が減った分、農奴の身分が高くなった。だって他にいないんだもん。それから近代の国王が即位した。契約に従ってね。それからは対して変わらない歴史だね。二百年後に大作家のパレが出てきた。ウバルを代表する作家だけれど、その人生は謎ばかり。僕はパレの『夫人よ、なんで泣いているのか?』と『誰のために泣いているのか?』を持っているから読みたい人は声をかけて。それからは国王の廃止が大きなイベントだ。お金を追求して、よくばりな人たちにとったら国王は伝統っていうものを強制的に守らせるやっかいなものだったからね』

 先生は説明する。

 僕は帰宅した。家に帰って僕と兄の分の食事を作って僕は勝手に食べて、『だったら』と呟いた。僕たちが、こうしてあまりいい身分でいないのも、伝統なのだろうか? 僕はお金が欲しい。そしてよくばりだ。僕は自分を勝手に愛したいんだ。これにケチをつける人は偽善者だ。だから僕は考えていた。盗み。の計画を。まず、こうする。門は常に開いているからパーティーが始まった夜の始まりに、わざと僕の仲間の二人が喧嘩をする。兵士が何かと思って見に来る。そしてそこをついて住宅街に入る。後のことは考えていない。僕のことを見つけた兵士が槍で胸をつくかもしれない。僕が門を超えたことを見過ごした兵士が処分されるかもしれない。でもいいだろう。と考えた。

 決行の日が来た。夜七時半。門は開いている。そして兵士が二人いる。ハイムとローには酒を事前に飲んでもらって門の前まで酔っ払いがわけがわからずに来たと。そして道の間違いをお互いのせいにしてなぐりあう。

「おいなんだここ、家じゃねーだろ」

「ああ、おまえが連れてきたんだろう」

「ちげーよ。ボケ」

 ハイムがローに殴りをかけた。

「やったなー」

 ローが叫ぶ。兵士がやってくる。僕はハイムとローに兵士がかまっているすきをついて庶民街に侵入する。これで僕が入ったとばれたら兵士たちはどのような処分を受けるのだろうか? 僕は庶民街の暗い森を少しさまよった。ここが安全だろうと。ちょっとして人気の無くて窓が開けっ放しの家に入る。家に使用人がいるかもしれないから、それは注意しよう。僕は入った部屋の高級な棚から宝石を盗んでポケットに入れた。

「誰?」

 やばい。見つかった。

「貴方は誰?」

 蝋燭が照らしていたのは若い女の子だった。

「僕は……」

「盗賊さん?」

「そうだよ」

「……」

 僕は何も言えなかった。もはやどうでもよかったのかもしれない。

「……契約をしない?」

「どんな?」

「私を外に連れて行って。ただ、私を脅して人質にしようとしたことにして。もしばれたらそう言って。そして、貴方の服じゃだめだから」

 と彼女は洋服のタンスを出した。これを着て。それからシャワーがあるから浴びて汚れを落として。

 それからは彼女に言われるままだった。お互いの名前も年齢を知らないまま、僕は外見だけは庶民になっていた。彼女が言うには使用人は通ってきているため夜になると帰るとのこと。家には今は彼女だけらしい。

「いい。約束よ」

 僕は素直にうんと言っていた。

 後は簡単だった。

 僕と彼女は恋人であることにして、親がいない隙を狙ってのデートということにした。門番の兵士は甘酸っぱい経験でもあるのか笑っていた。僕は彼女に別の門から出ることを提案した。ハイムとローはいまごろどうなっているだろう?

 僕たちはそれから誰も行ったことがないような外の森を散策した。彼女があれ何かしら? と気になったものを、僕は絡まっているつるを頑張って取り払った。人が通れるくらいの穴はあったのでそこから入り、蝋燭で照らした。内部は十メートル四方で冷たい空気が僕の肌を刺す。

「誕生の年にフォニアは誕生し、」

 ? 彼女が壁に手をあてている。何かを読み上げたようだ。

「それは何?」

「古代の文字。私たちは教養の一環として習わされるの」

「フォニアって?」

「さぁ? でもこの塔の中身は教会としか思えないし……」

「失われた都市?」

「……最後に玄室にフォニアは送られるだろう。そして誰からも葬送をされないだろう。と書いてある。玄室って棺を納める部屋のことだけれど。……新王国に文化が破壊されたというようなことが書いてある」

「じゃあこれは失われた都?」

「そうかも。それにこんな森に古代の文字で教会の塔としか思えないものをつくり、あたかも放棄されたように建物を作る理由なんてあるかしら? これ……有名な画家のイリルって署名されている。本物なら私たち世紀の発見よ。イリルって謎が多い人で三十くらいの作品しかないの。世界各地でそれぞれひとつの作品しかないから郷土自慢になっているんだよ」

「そっか」

 僕たちはいったん外に出て塔の上を見た。ランプで照らすと塔の頂上に受胎告知の彫刻がある。

「……帰ろうか」

「うん」

 彼女はうなずいてくれた。


 それから僕と彼女の付き合いは始まった。お互い、名前も年齢も知らない。庶民街に住むお嬢さんと盗賊をやるような門地の低い野郎。お互いに知っていたのはこのことだ。

 それから僕と彼女はふたりで砂を掘り返して部屋などを発掘していってふたりでランプを囲んでしゃべっていたこともある。ここは僕と彼女だけの空間なんだ。でも何年後か、彼女が引越しするというと聞いて僕は涙も出なかった。本来あるはずのないことだ。無に帰っただけなんだ。僕は悪いと思いつつも受胎告知の彫刻を丁寧に切って彼女に渡した。

「じゃあね」

 と、僕と彼女はお互いだきあった。

 それから彼女にあったことはない。塔にも一度も行ったことはなかった。それでも僕と彼女が出会った始まりが盗賊であった以上、僕が彼女を思い出すには盗賊を続けるしかなかった。窃盗の罪で火刑を言い渡され、火にくべられた時、彼女のことを思い出した。少し、声にうっかり出てしまった。

「フォニア……」

 誰も聞こえなかったようだ。

 歴史は大事だ。しかし、ときには丁寧に葬ることも大事だ。もし、真実があるとすれば、それはひとつだけだ。フォニアは存在する。いや、存在したか。

これでいい。



 おかしい。

 と少佐は呟いた。

「フォニアの門が開いてる」

「どういうことでしょうか?」

「さぁ? 何かの奇手でも考えているのかもしれない」

「朝から誰も見えませんね」

「どこかに集団で隠れているのかもしれない。複雑に入り組んだ地下の道で脱出している可能性もあるかもしれない」

「いえ。それはないかと。出口から地下通路に薪を焼いて煙を送風機で送っています。少し前からフォニアの街からその煙があがっています。とても前も見えませんし、複雑に入り組んでいる以上、どこにどうつながっているかわからないはずです」

「そうだな」

 1月31日。この日はフォニアの建国記念日だ。そこを敢えて選んだのは上層部だ。しかし、少佐としてはこれは好めなかった。敵を殺すには、自分が殺したことを正当化できるくらい。敵が死んだことを正当化する必要がある。いろいろな解釈があるかもしれないが、『汝の敵を愛しなさい』。とある福音書にある。そしてある大統領はこう付け加えた。『しかしその名は決して忘れるな』その通りだと少佐は考えていた。だからその名に値する人を、最大限の敬意を払って殺さなければならない。そして建国記念日に陥落させることは、名誉なのだろうか? 貶めることになるのだろうか? 少佐にはよくわからなかった。

 侵攻は始まった。フォニアにいた我が国民はすでに何ヶ月も前に退去している。

 しかし、彼らは時が止まったとしか思えない形で寝ている子や、笑っている女性や祈っている聖職者しか見つからず、生きて動いている人間は見つからなかった。

「これはどういうことでしょうか?」

「私にはわからない」

 送風機の指示を停止させた。煙が消えてからの調査で地下にも人はいなかった。ただ、彼らが聖母と勝手に名づけた女性を除いて。その女性に対する調査が始まった。入り組んだ地下に記載されていながら放置に近い形で遺骸を残していた理由は何か? 彼女が初代国王の妻でクーデターを考えて偽の歴史書を、彼女が初代国王とする歴史書を作らせた人物で、そのためにフォニアの黎明期に関する研究が難航したこと。そしてクーデターに失敗して当時の血を流すことを禁忌とするフォニアにとって、最も残虐な殺し方が、聖なる絵画を背景に下半身を生きたままに切断して生きたままに手首に釘を打つ方法だったのだ。

 それから新王国は勝利宣言をだし、フォニアは歴史的役割を終えるときが来た。それはフォニアの住民もわかっていた。入り組みすぎた地下が分裂して地盤沈下するときがいつか来るとの予測があったからで、無条件陥落をする前からすでに住民の移住が進んでいた。果たしてフォニアの民をどのように扱えば良いのかわからなかったので住民は海に捨てられた。弔いの儀式としてフォニアの宗教についての専門家にフォニア用の儀式で葬儀を行った。パレの小説は研究するために必要な量以外は燃やされて、新王国のものと勝手になった。建物は大部分が壊された。しかし、聖家族贖罪教会などの歴史的建築的物は普遍的価値が認められて破壊を免れた。ガレキはいろんな国で建築の資材などに使われたりした。しかし、いつか崩れるとわかっている場所なのだ。誰も文句は言わなかった。農地には塩を撒かれ、河川の流れは変えられた。新王国は伐採のしすぎで砂漠化が進み、食料難で滅びた。


砂漠化により砂に完全にうまり塔だけが埋もれ、森となり、近くにまた都市が出来て、フォニアが記憶に出されるまで五百年かかった。一人の少年と一人の少女だけが、フォニアを知っていた。そして少年は盗賊となり火刑に処せられた。少女の行方はわからない、おそらく幸せに過去へと葬送されたのだろう。



 私がこうして、これを書いているのも、もうお分かりでしょう。私が研究をしている合間に突然フォニアは地下が地盤沈下して聖家族贖罪教会ともに崩壊しました。もう遺跡ではないので崩れた教会の絵画などは博物館に行ったと聞いています。聖母の遺骸は崩れたときの火災で全部燃えてしまったようです。歴史書の予言どおりなのかはわかりません。ですが、あの聖母の遺骸の裏か上か下かはわかりません。それこそ石油と、衝撃で自動的に火災が起きる仕掛けがあったのでしょう。

終わりは、儀典のほうでした。永遠の繁栄を約束する正典ではなく、です。もしかしたら、クーデターを起こしてまで失敗した聖母は、国王派にスパイを送ってその命令を遂行させたんでしょう。いつか宗教戦争の際にいくつも掘った通路と、資源を採掘するために入り組んだ通路が、フォニアを壊滅させる、その日を。良くわかっていたんだよね、女王陛下?

ですが儀典とは言え、その女王陛下こそが、私たち考古学者より、一番、都市の、宗教戦争後の多民族国家になり、農作物に穀物にエネルギーに水などを元とした繁栄にはじまり、誰からも葬送されないと塔に書いた人の予想を裏切って、フォニア――我が祖国を葬送したのでしょう。


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