番外編、夏休み
時は八月上旬。
今日は待ちに待った夏祭りってことで俺は水奈と火奈と待ち合わせだ。
「いやぁ、楽しみだよな。ダブルデート」
前言撤回。
俺の横にいる白泉はウキウキとした様子でキョロキョロしている。
今日ここまで来るまでは楽しみだった。夜も眠れないくらいに。
ただ、ここに来てこいつと出会った瞬間に楽しみは一瞬にして消え去ったんだ。
「何がダブルデートだよ。お前彼女いないだろ」
「いなくても、お前の連れがいるだろ?」
「最低だな、お前! 遂にここまで堕ちたのか!?」
「はあ!? お前がそれを言うか? 受験前の癖に女の子と遊んでさ! しかも毎日卯月先輩とお勉強とかズルイんだよ! 夜のお勉強もご一緒ですか!?」
もうヤケになってるじゃねえか! 本当に最低だぞ、こいつ!
────と言っても完全に否定出来ないのも事実。受験間近に遊び回ってたらいけないよな。
言い出したのこいつなんだけどさ。
流石に哀れに見えてきた白泉に嘆息する。
「一緒に遊ぶのは文句ないんだよ。でもさ、あんまガッツき過ぎるなよ。あいつら繊細なんだから」
「分かってる分かってる。ひひひ、遂に俺にも彼女が・・・・・・」
駄目だ。全く聞いてねぇ・・・・・・。
完全に自分の世界に入ってしまっている白泉を尻目に周りを見渡す。
そろそろ時間のはずなんだけど。影も形も見えない。
火奈はともかく、水奈はそういうところしっかりしてるのに。
「なあなあ、本当に手を出してないんだよな? あの妹分二人には」
「ああ。出してないよ。だから少し黙れ」
いい加減しつこい白泉を適当に流す。
心配だ。こいつの頭もだが。あの二人に何かあったんじゃないだろうか。
突然両肩を掴まれる。
「どっちだ! どっちがいいと思うんだ、おまえは!? 大人しいダイナマイトと活発なスレンダー。どちらも捨てがたい・・・・・・」
「・・・・・・ろ」
「えっ? なんか言ったか?」
「黙れって言ってんだろうが!」
「いってええええ! 何すんだよ、お前!」
俺が叩いた頭を押さえて騒ぐ白泉。
そんなことはどうでもいい。でも、その後ろに水奈と火奈を見つけた。
だが様子がおかしい。知らない男と話してる・・・・・・?
彼氏────ではないように見えるな。ってことはナンパか。
距離はざっと十メートル。なら二秒もかからない。
「どっちも可愛いと迷うよなぁ。ってあれ?」
白泉を無視して人混みに溶ける。
水奈火奈に伸ばされた手を掴んで言う。
「俺の連れが何かやりました?」
「あ? 連れ? お前みたいな冴えないのがこの二人の? 何の冗談だよ、お前────」
「何か、やりました?」
掴む手に力を込めて聞き直す。
顔を歪ませて何かを言おうとする男はすぐに口を閉じて俺の手を引き剥がそうと足掻き始めた。
手を離すと、
「チッ! 何でもねえよ!」
男はそう言い残して去っていく。
中々便利なものだ。悪魔の身体能力ってのは。
「すごい! 凄いよ、春くん! 手を掴んだだけであの人逃げちゃった」
「あの、ありがとうございます。あの人、ずっと追いかけてきてて・・・・・・」
両手を握って跳ねる火奈と頭を下げる水奈。
黄色の浴衣は笑顔の眩しい火奈によく似合ってる。既にヨーヨーを持ってるってことは二人で先に遊んでたんだろう。
そして水色の浴衣の水奈も中々可愛い。そして水奈の手にはりんご飴が握られていた。
「こんなの大したことじゃないから気にすんなよ。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「ん? なになに? あー! 分かった。お金がないんだ。どうせ桜ちゃんにいっぱい奢ったんでしょー」
「そういうことなら気にしないでください。私達、少しなら出せますから」
「そういうことじゃなくてさ。あいつのことなんだ」
俺達を見つけられずにキョロキョロしてる白泉を指さす。
その方向を見た瞬間、火奈の顔が思いっきり歪む。水奈も火奈程じゃないが拒絶してるように見える。
あいつ何したんだ? この二人に嫌われるって相当だぞ。
ようやく俺達を見つけた白泉が走ってきた。
「悪い悪い。じゃあ行こうぜ」
うわぁ。こいつ鈍いな。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、白泉が火奈に手を差し出す。
「は、はぐれたら大変だからさ。手、繋ごうぜ」
それは難易度高くないか!?
実はこれ。最近俺も知ったんだが、かなり恥ずかしい行為らしい。
日向いわく、仲のいい人ならともかく親しくない人にやられるとちょっと・・・・・・。ってことらしい。
火奈はもう完全に引いている。
恥ずかしいって分かってるからだろう。完全にどもっていた。それが原因だ。
火奈と白泉が同時に俺を見た。何故俺に助けを求める・・・・・・。
仕方ない。これも親友のためだ。
水奈の手を取って笑う。
「まあ、確かに大変だしな。繋ごうか」
「は、はい。ありがとうございます」
力強く握られる手に若干の幸せを感じる。女の子の手の感触ってのはいいものだ。
これであっちもやりやすくなっただろう。横目で見ると、
「じゃあボクも春くんと繋ぐ! えへへ、両手に花だね。春くん」
なんか思ったのと違う感じになった。
にこにこと笑顔を作る火奈を見てると拒否しようにも声が出ない。
悪い、白泉。俺はヘタレのようだ。
結局俺は両手が塞がれたまま、夏祭りを楽しむことになった。
「春くん、ゲームしよ! ゲーム」
火奈がかき氷の屋台を指さして言う。
かき氷でゲーム? 周りにも食べ物の屋台が並んでるから見間違えたわけじゃない。
「かき氷でどうやってゲームやるんだ?」
「早く食べた方が勝ちね」
火奈が先に屋台へと駆け込んだ。
早食い競争かよ・・・・・・。しかももう始まってるらしい。ズルとかそういう次元を超えてんだろ!
火奈を追って屋台に向かう。やっぱり先に喰ってやがる!
「おっちゃん、かき氷一つね。味はこいつと一緒でいいから」
「はいよ。全部乗せね」
何頼んでんだ、こいつ!?
だばだばと注がれていくシロップ。その姿はもう糖分の暴力だ。
目の前に置かれたそれを口に運ぶ。
なんか意味の分からない味がする。色んな味が混ざってわけがわからん。
「おっちゃん、これ」
「おう、気付いたか! このシロップは本物の果汁を使って俺が作ったんだぜ」
知らねぇよ! 全然気付かなかったよ、そんなこと!
はっきり言って不味い。最早不味いって言葉が褒め言葉とさえ思える程に不味い。
とにかく甘ったるくて酸っぱい。しかも後味は最悪。
「あー、美味しかった。ご馳走様でした」
食ったの!?
隣で両手を合わせた火奈を見る。
ほんとに食ってる・・・・・・。すげえ。なんと言うか、
火奈が驚愕してる俺を見て笑顔になった。
「じゃあ、ここ春くんの奢りね」
「はあ? なんでだよ」
「勝負勝負。ボクが買ったから春くんが払う。次の勝負は何にしようかな」
歩き去ってしまう火奈を見送ってかき氷の値段を確認する。
一個七百円・・・・・・。流石果汁から作ってるだけあるな。もう二度と食わねぇ。そしてまけねえ。
乱暴に二千円を差し出して火奈を追う。
「ねえねえ、春くん。負けたら罰ゲームないと駄目だよね?」
「へ? 罰ゲームなら受けただろ。代わりの支払いとして」
「ふふふ。それとは別に受けてもらうよ!」
火奈に手を掴まれる。そして連れてこられたのは────
「はい、あーん」
「あーん。うん、美味しいよ」
「そう? 良かったぁ。美藤くんのために作ってきたんだよ」
ピンク色の空間ひしめく夏祭りの公園だった!
俺の町では公園は休憩所として使われていて屋台がない。その為、疲れたおっさん達が集まって煙草をふかすかと思われたが、カップル達の溜まり場と化してしまったんだ。
要するに、夏祭りの陰に隠れて好き勝手しましょうねって場所。
「ここで三十分過ごします」
そう言った火奈に苦笑する。
マジかよ・・・・・・。
「うぅ、もう駄目ぇ・・・・・・」
五分後、火奈が俯いて呟く。罰ゲームを受けた張本人はといえば、特に何もなく大量に買った夕飯を食べていた。
「春くん、何で大丈夫なの? もう辛いよー」
「周りを無視すれば問題ないだろ。それか諦めて色に染まるか」
「色に染まる?」
「そう。ほら、あーん」
たまたま手に持っていたかき氷を掬って火奈に近づける。すると、火奈は顔を真っ赤にして目を逸らす。
「え、えっ!? でも恥ずかしいよ。あ、でもでも春くんがしたいって言うなら・・・・・・。えへへ、あーん」
口を小さく開けて待ちの体勢に入る火奈。
結構面倒な娘だ。それでも可愛いから許してしまう。
かき氷を口の中に入れようとした瞬間、口が閉じられて阻まれてしまった。
「お腹痛い・・・・・・」
「もう、本当に空気の読めない。早くトイレ行ってきな」
「あ、でも・・・・・・我慢できるよ。あーん」
何がここまでこの子を駆り立てるのか、再度口を開ける火奈の頬を掴む。
「早く行ってこい。かき氷は後で食べさせてやるから」
「ほんとに!? 絶対だよ、絶対!」
「はいはい、絶対ね」
叫びながら火奈がトイレに駆け込んでいく。
こういう所でも奴は変わらないな。それが良いところなんだろうけど。
・・・・・・と、まあ水奈と二人きりになったわけだが。
もじもじと俯いてる水奈に話しかける。
「何か食べるか?」
「え? えーと、じゃありんご飴貰っていいですか?」
「はい、どーぞ」
りんご飴を舐め始める水奈。
小動物みたいだ。小さな舌を出してペロペロと。
水奈を観察し続ける俺に白泉の横槍が入った。
「なあ、桂木」
「んー。なんだ?」
「卯月先輩って、夏祭りに来てるのか?」
白泉の問いの意味が分からない。
来てたとしても白泉に得はないんだから。
「来てると思うぜ。一応誘われたし」
「じゃあ断ったんだ」
「まあな。先に水奈火奈との約束があったから。まあ毎日会えるし良いかなって思ったんだけど」
「あれ、卯月先輩じゃね?」
白泉の指の先。公園の入口付近に見慣れた金髪が見えた。
・・・・・・理沙だ。理沙も俺に気付いたらしい。こっちを向いて目を見開く。
「わー、修羅場だ」
棒読み気味で言う白泉。絶対楽しんでやがる!
近付いてきた理沙が笑顔を作った。
「こんばんは、春。今日は自習してるから楽しんでこいって言ってなかったかしら?」
「ははは・・・・・・。ごめんなさい」
「ごめんじゃないでしょ。なんで水奈といるのか。教えてくれる?」
理沙の様子は目に見えて不機嫌だ。
どうしよっかな。下手に言い訳するとより面倒な方向に進んでいくだけ。とすれば
「実はさ、これには事情があって────」
正直に話すことにした。
元々隠すことでもない。ただ受験勉強の息抜きしようと思っただけだと話せば納得してくれるはず! なんだけど────
「帰るわよ」
そう上手くはいかないらしい。
理沙が俺の手を取って強引に歩き出した。
「ちょっ、待てよ。今水奈達と────」
「関係ないでしょ! あなた今受験前なのよ。勉強しなきゃいけないの。春が頑張るって言うから協力してるの。春を信じてるから自習だって信じたのに・・・・・・」
「それは、ごめん」
結局何も言わないまま。いや、言えないまま俺は理沙の後ろを付いていく。
理沙と一緒に遊びに来てたであろう女の人に一礼する。さっきまでは楽しそうに笑ってたんだろう。俺のせいで台無しだ。
水奈と火奈と白泉も。俺の中で今となって何の価値もない後悔が渦巻いていた。
「教科書を開いて」
「なあ、理沙」
「開いて」
理沙の低い声音に負けて教科書を捲る。
淡々と繰り広げられていく授業。それにはいつものような賑わいなんてなく、重い雰囲気が流れ続けていた。
問題を解いている俺のノートを理沙が指で叩く。
「ここ違う」
「あ、ごめん。えっと・・・・・・ここは?」
「何回も教えたでしょ。間違えやすいから覚えてって何回も言ったのに」
「悪い。の、ノート取ってあるからさ。すぐに確認するから。な?」
駄目だ。全く頭に入ってこない。
テーブルの上に置かれてる携帯が震える度に理沙の機嫌が悪くなる。
今日ばっかりは俺が悪いんだ。我慢我慢。
そう言い聞かせてみても携帯に伸びる理沙の手は見逃さなかった。
「何してんだよ」
「何って。確認するだけよ。相手が誰なのか。水奈や火奈だったら言わないといけないでしょう? 受験があるから遊べないって」
「俺が直接言うから。だから、その・・・・・・携帯見るのとか止めてくれない?」
「直接言うって、どうせまた遊ぶじゃない。もう春の言うことなんて信じないわ。こういう大切なことは私がやるから」
そう答えた理沙が勝手に通話ボタンを押す。
「もしもし、春くん? 帰るなら一言言って欲しかったな。でも、受験じゃしょうがな────」
「もう二度と・・・・・・」
「えっ?」
「もう二度と・・・・・・会わないで!」
携帯から聞こえる火奈の声が聞こえなくなるくらいの大声。
理沙の声は悲痛な物で、顔も見たことのないくらい感情を顕にしている。
でも何を言ってるのか理解できない。会わないで? 誰に? 何で?
俺が全部悪いのは理解できる。だから理沙の言い分にも納得だ。だけど、俺の交友関係にまで口出しされる筋合いなんてない!
「ふざけん────」
俺の声を呼び鈴の音が遮った。
間髪入れずに玄関が叩かれる。それはさながら幽霊が出てくる映画のように、絶えずに、勢いよく。
出ようと立ち上がる俺の腕を理沙が掴む。
「待って。行かないでよ。今は私の時間なの。私だけの時間なの! 私と一緒にいて。だって、あなたの彼女は私なの。他の誰でもない。私なのよ」
そういえば理沙はこういう子だった。嫌われたくないからと我慢して、し続けて、破裂する。
壊れたら簡単だ。今みたいに垂れ流すだけ。滝のように。雨のように。
片手で理沙を抱き寄せて空いた手で頭を撫でる。
「大丈夫。大丈夫だから。すぐに戻るよ。だから待っててくれ」
胸の中で理沙が頷く。
そして部屋を出て玄関へと向かった。
玄関は未だ音を出し続けている。
ここまで来ると純粋に怖い。ゆっくりと玄関を開けると火奈が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「会わないでってどういうこと!?」
「あー、それはさ。何でもない。理沙が間違えただけだから気にしないでくれ」
「間違えた・・・・・・?」
「おう。最近変な電話が掛かってきてさ、相談したら任せてくれって意気揚々と出たらああだよ。反省してるから許してやって」
「ううん。それだったらいいんだ。えへへ、なんか変なことしちゃったのかって焦っちゃったよ」
火奈がいつも通り満面の笑みを浮かべた。
何とか誤魔化せたようだ。周りを見ても水奈の姿は見えない。帰っちゃったかな?
「水奈は?」
「先に帰っちゃった。勉強の邪魔したくないからって」
「そうか。悪いことしたな。埋め合わせはちゃんとやるから」
「うん! 期待してるね」
さっきまでの雰囲気が嘘のように肩の力が抜ける。
火奈を見てると白を思い出してしまう。癖で頭に手を伸ばして撫でた。
一瞬、不思議そうな顔をしたがすぐに受け入れる火奈。サラサラの髪はすぐに俺の手に馴染んで抵抗することなく乱れていく。
「えへへ、外じゃ恥ずかしいよ」
「っと、悪い。撫でるつもりはなかったんだ。お詫びと言っちゃアレだけど、送ってくよ。暗いし、怪我とかしたら大変だろ」
「うん、ありがと・・・・・・って言いたいんだけど。今日はいいよ。お勉強の邪魔は駄目ってお姉ちゃんに言われたから」
「別に。気にすることないぜ? 少しくらいなら理沙だって怒らないだろうし」
「大丈夫だよ。ちゃんと帰れるから。その代わり────」
ふふ、っと一拍置いて火奈が更に明るい笑顔を作る。
「ボクが大学生になったら、一緒に住もうね」
「・・・・・・はあ!? それって」
「約束。ていっ!」
両手を首の後ろに回されて固定された。そして真っ直ぐに火奈が俺を見据える。
「────大好きだよ」
火奈が強引に口付けを交わす。
火奈の甘い匂いが俺の思考を停止させる。蕩けていくような意識に火奈の笑顔が重なる。
「えへへ、約束。ずっーと一緒だよ、春くん」
別れ際、最高の笑顔を見せた火奈。
それは考えるまでもなく、二階にいる理沙には見せられない。
修羅場・・・・・・修羅場、ね。
白泉の言葉が頭を過ぎった。
どうやら俺の夏休みは受験どころじゃないらしい




