悪魔のお使い 1
結局俺は何も出来なかった。蛇が幼女に戻るまで突っ立って震えてた。
俺の理解を明らかに超える魔力。リンの魔法陣とは違う。ただ単純な数の暴力。一時的とはいえ雨を降らしてその一部を針のように変化させるなんて・・・・・・。
「帰る、やめる?」
「えっ・・・・・・。あ、ああ。帰らなきゃだよな」
俺の顔を覗くレヴィに答えて手に触れる。冷たくて柔らかい感触。あれを見た今、それに恐怖を感じる。
俺もああなるかもしれない。例えば魔王様に逆らって戦うことになったらレヴィは俺を殺すだろう。そしたらあの化け物を相手にしなきゃいけない。でも────
「その前に先輩に殺されそうだ」
「ハル、死ぬ? 、ならレヴィ、守る」
冷たい手に少しだけ力が入った。あれに守られるなら心強いな。向かうところ敵なしだ。多分あのアーサーにも勝てるかもしれない。
「でも・・・・・・大丈夫だ。きっとなんとかなる。いや、してみせるから。レヴィは自分のことをしっかり考えな」
「レヴィは、ハル、好き。だから、守る」
「好きって────」
「チョコ、くれたから」
あっ・・・・・・そういうことね。子供ってこういうものだよなぁ。期待をしたら駄目か。てか手を出したらアウトじゃないのか? 捕まるよな! 俺!
「ハル、変」
「何でもないから気にしないで。うん、ほんとに。何でもないから」
怪訝な顔をするレヴィに目を逸らしながら答える。最近色んなことがあって色んな人と知り合いになったから変なこと考えることが増えた。
理沙や桜のような恋人と呼べる人もできた。先輩や御剣。リンみたいな信頼出来る仲間も。お兄さんみたいな人とも出会えた。
悪魔になって辛いことばかりじゃない。嬉しいことも沢山あったな。でも与えてもらうだけじゃ駄目なんだ。俺も皆に何かをしたい。
その為に強くなるんだ。甘えちゃ駄目だぞ、俺。
謎の決心をした矢先にポケットの携帯が鳴る。 画面にはアザゼルさんという文字が浮かんでいた。
「おー。今暇か?」
携帯から呑気な声が聞こえる。多分宴会でもしてるんだろう。周りがうるさい。あの人仮にも教師だろ。何やってんだ。
「魔王様に色々と教えて貰ってるので忙しいです。では────」
「おおこら! 待て! ったく、サタンの前にいたら電話なんか出ねぇだろうが。くだらねぇ嘘吐きやがって。馬鹿が」
こういう時だけ鋭いなこの人は。
どうやら逃げらしくため息を吐く。
「で、なんですか? 酔った勢いで電話した────なんて言いませんよね?」
「ああ。ちゃんとした用事だ。ちょっと待ってろ」
どうやら場所を変えたらしく足音が聞こえる。そして────
「新しい礼装を作りたくてな。お前には材料を集めて欲しいんだ」
「・・・・・・はい?」
「だから、礼装の材料を集めろ」
アザゼルさんから言われたのはお使い・・・・・・だよな。そういうのは部下に行かせればいいのに。堕天使のトップだろ、あんた。
だがアザゼルさんは俺を無視して話を進める。
「御剣がちょっと面白いこと考えてな。折角だから俺も乗ってやろうってな」
「・・・・・・で? 俺が行く意味はあるんですか? 部下に行かせた方が速いと思いますけど」
「今度は魔界にある材料で作ってみたいんだ。和平を結んだとしても堕天使が魔界にいたら騒ぎになるだろ。だからお前が行け」
「はあ。わかりました。何を集めればいいんですか?」
「それは後でメールする。じゃあ頼んだぞ」
通話が切れてメールが届いた。それには四つ名前が書いてある。グリム鉱石。龍の逆鱗。ユグドラシルの枝。そしてベヒモスの牙。
うん、何一つとしてわからない。どうやって集めるんだ、これ。
「てかグリム鉱石って聞いたことすらないぞ。山か? 山の名前なのか?」
「ん。大きい、山。強くて、硬い石、取れる」
頭を抱えて騒ぐ俺にレヴィが答えた。もしかして・・・・・・
「レヴィ、これ何かわかる?」
携帯を見たレヴィが少し頷いた。どうやらわかるらしい。場所はなんとかなりそうだ。後はどうやって交渉するか・・・・・・だな。
「じゃあ魔王様に話して一緒に探しに行こうぜ。俺1人だとわからなくてさ。レヴィがいてくれると助かるんだ」
「言う、駄目。こっち」
レヴィが城とは反対の方向に駆け出していく。言うのが駄目? ってことはもしかして────
「ここ、抜ける」
レヴィに走った先にあったのは塀に空いた小さな穴だった。やっぱりというか何というか・・・・・・。前会った時は脱走してたのか。
「そりゃ魔王様も機嫌悪くなるよ」
穴を潜ろうと四つん這いになったレヴィを見て胃と頭が痛くなるのを感じた。
城を抜け出したレヴィに連れてこられたのは大きな山だった。鉱山! って感じの山だ。石と砂。あとは作業用の車しかない。
「勝手に貰うのはまずいよな。人とかいないのか?」
「分からない」
そこまでは知らないか。当たり前だよな。周りを見渡しても人らしき姿はない。どれがグリム鉱石かも分からない。
『何かいるな。人型では無いみたいだが』
頭にヴリトラの声が響いた。それと同時にレヴィが体を震わせて身構える。
「下」
レヴィがそう言って飛び退いた。その瞬間────
「って、えええええええ!」
足元なら何かが飛び出してきた! 反応が遅れた俺はその不意打ちを諸に食らってしまう。
無様に宙を舞って地面へと叩きつけられる俺に「それ」は言う。
「我が名はラーヴァナ。魔を統べる王である」
何か変なこと言ってる・・・・・・。しかも見た目が気持ち悪い。山だと錯覚してしまう程の大きさ。2桁はありそうな程に多い腕。そして体中にある目玉。頭は見えないけど声が重複して聞こえるから複数あるはずだ。
人がいない理由・・・・・・分かっちゃったよ。こんなこと分かりたくなかったけどさ。こんな奴いたら逃げるよ、普通は。でも、こっちだって頼まれごとがあるんだ。
「第二段階────二重起動」
黒い着物。そして手には漆黒の刀を握る俺はラーヴァナと名乗る悪魔にそれを向けて叫ぶ。
「よくわかんないけど邪魔するなら戦うだけだ! いくぜ、Booster!」
背中に機械仕掛けの羽を生やして高速で空を翔ける。こんだけデカい体なら近くを飛び回ってればある程度安全だろう。
刀を両手で持ち直して黒炎を灯して斬り掛かる!
だが、その斬撃は目から生み出された炎によって弾かれてしまった。
無防備な俺に反撃のように炎の鞭が襲ってくる。それを防ぐために黒炎を腕に纏わせ────
「あれ? 出ない!?」
炎が腕に直撃して皮膚を溶かす! 熱いんだが痛いんだが分からない感覚が俺を襲う。
そして横から腕が薙ぎ払われ山へと叩きつけられた。
気を失いそうになるくらい鋭い痛みが体中に駆け巡る。口に溜まる血を地面に吐き出して青い巨体を睨む。
格が違いすぎる。そうとしか言えない。たった一撃でわかる。それくらい力の差が大きいんだ。でも・・・・・・。
「あー。やっぱり魔法は難しいな。少し焦っただけで反応しなくなるなんて」
何故か笑みがこぼれてしまう。なんでだろうな。勝てないのはわかる。でもそれは「俺1人で戦った場合」の話だ。
今は1人じゃない。今の俺には最強の切り札がある。さっき嫌というほど恐怖を感じた切り札が。だから勝てる。
俺は少しだけ時間を稼いでいればいい。
刀を手から離して俺の切り札を唱える。
「英雄模倣────ディルムッド!」
両手に黒炎の槍を生み出して地面を蹴って空を飛ぶ。迫る炎を長槍で弾いてラーヴァナの目を短槍で貫く!
硬い。目には簡単に入る。でも目の中に硬い何かがあるみたいだ。手応えがない!
「貴様程度の力では我に傷はつかん。我が縄張りに足を踏み入れたことを悔やみながら逝け!」
目が黒く変化して姿を変える。それは口のように開いて光り輝く牙を覗かせて巨大な銃身を吐き出した。
『チッ! おい! 何やってんだ! 逃げなきゃ死ぬぞ!』
ヴリトラの声が警告する。だが体が動かない。恐怖? ああ。死ぬほど怖い。でも頭は不思議な程に冴えている!
銃口が光る。それに合わせて拳を握って構えて自分を鼓舞するように唱える。
「黒炎────」
勝負は一瞬。後のことはレヴィに任せて俺は俺に出来る精一杯を────
「────龍牙「りゅうが」!」
銃口から放たれる瞬間────黒炎を纏う拳が銃弾を殴り暴発させる!
銃弾はラーヴァナの体内で爆発して内部を焼き尽くす。そこに────
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
蛇と化したレヴィが食らいつく! レヴィの牙は俺の槍が貫けなかったラーヴァナの体を容易く貫いてちぎる。
レヴィはひたすらにラーヴァナの体を食らい、ラーヴァナは呆然とそれを受けていた。
それを見る俺は薄れつつある意識の中で手を伸ばしていた。