悪魔の雨
「無理だね。悪魔に聖杯は使えない」
前の時と違ってあっさりと魔王様の元へと辿りついた俺に魔王様が言った。
呆れたように息を吐いて魔王様が続ける。
「神の力を操る君がその力の特性を理解していないとはね。人間の言葉には「呆れて物も言えない」というのがあるがこのことかもしれないな」
「・・・・・・すいません」
「まあいい。今は時間があるからな。話してやろう」
そう言って魔王様は手から闇を出して背中から黒い羽を12枚生やした。
確か・・・・・・羽の枚数は悪魔としての強さの証だったかな。6対の翼を持つ魔王様は悪魔の中でも屈指の実力者ってことだ。
「俺達は人間や天使に使えない魔法が使える。それが「闇」だ。逆に天使の操る「光」は俺達には使えない。わかるな?」
「はい。それは先輩・・・・・・。主に教えられました」
「なら、それは何故だ?」
「えっ?」
唐突な質問。不意を突かれたのもある。でも俺は・・・・・・答えられなかった。
何故? そんなのわからない。先輩はそういうものだって言ってた。理由なんてないって。魚が空を飛べないように悪魔は光を使えないって。
吃る俺に魔王様は言う。
「器が違うからだ」
「器・・・・・・。つまり、体のことですか?」
魂の器。人間や悪魔の体のことだ。確かに天使や悪魔は体の構造が少しだけ違うって聞いたことがある。だから人間より強い力を発揮できるって。
でも・・・・・・それが関係あるのか?
俺の心を読んだかのように魔王様は答えた。
「ああ。天使と悪魔。そして人間は体が違う。というより「中身」が違う。「魂」と「神経」がな」
「神経・・・・・・。魔力神経のことですよね? 体の中にある魔力の通り道をそう呼ぶって聞きましたけど」
「流石にそれは知っていたか。そう、魔力神経のことだ。まず、魔力は魂の力のことを言う。天使と悪魔は異なる魂を持っている。故に異なる魔力神経を持っていることになる」
「はい。それは分かります。でもそれが魔法を使えない理由になるんですか?」
「ああ。同じ悪魔でも使える魔法に差があるだろう。それと同じだ。どんな生物にも得手不得手があると考えていればいい」
つまり・・・・・・、先輩の言う通りそういうものなんだってことか。悪魔は闇を扱う代わりに光を使えない。天使は光を扱う代わりに闇を使えない。そういう存在だってことだな。
「それはやっぱり魚が空を飛べないってのいうと同じなんですか?」
「そうだな。その通りだ。「そう創られてない」だけ。それだけの理由だ」
何かおかしいのか薄い笑みをこぼす魔王様。そして────
「聖杯・・・・・・神の聖遺物は悪魔を滅ぼす物だ」
そう続けた。
「悪魔の「魂」も「器」も神の力に耐えられるように創られてない。あくまでも悪魔は「悪」であり、「正義」に潰されるものなのだから」
「それは、どういう意味ですか? 悪とか正義とかよくわかんないですけど」
「いや、いい。それはこっちの話だ。聖杯の話に戻そう。では何故悪魔が聖杯を扱えないか・・・・・・だが。それは聖遺物の話を交えて話そうか」
その後に聞いた話を簡単にまとめると、聖遺物ってのは神の力を持った奇跡の物体のことを言うらしい。有名なのは聖杯とか、十字架、槍とか着物。とにかく色んな物だ。そしてここが一番重要なことだけど神の力は悪魔の魂を溶かすものなんだ。
つまり、神の力に触れた瞬間に死んでしまうらしい。だから聖杯は使えない。だから悪魔が聖杯を使うことなんてありえない。
俺は魔王様の城の庭園で仁の言っていたことを思い出していた。
────人のままでいたいなら関わらなくていい。
それはどういう意味だ? 魔王様は悪魔に聖杯は使えないって言ってた。だから関わるなってこと? いや、違うだろ。ニュアンス的に考えると・・・・・・
「関わるとやばいことになる・・・・・・?」
そういうことか? いや、そもそも俺、人じゃないし。あれ? 駄目だ。よくわからん。さっきの魔王様の話といい頭が痛くなる話ばっかで嫌になるね。まったく。
「やばい? ハル、やばい? チョコもやばい・・・・・・」
「いや、チョコは平気だよ。ほら、これ」
いつの間にか横で俺を見つめてた幼女────レヴィにポケットからチョコを出して渡す。
包みを開けたレヴィは不思議そうにチョコを見つめて呟く。
「静か」
「そりゃそうだ。普通のチョコは叫ばないからな」
魔界のチョコだけだぞ。虫が出てくるなんて。人間界なら大問題だ。てかチョコに虫が混ざってるってどんな状況なんだろう? どのタイミングで入ってくるのかすごい気になる。
「あれは混ざってるとは違う気がするなぁ」
「なにか、違う?」
虫チョコを思い出して言う俺にレヴィが反応した。頬張ったせいか口元にチョコを付けて俺の顔を覗いている。
超可愛い。これを見ただけで板チョコにしたことを正解だと思えるほどに。
「あー、いや。こっちの話。レヴィは気にしなくていいよ」
レヴィの頭に手を伸ばして軽く撫でる。するとレヴィは体を軽く強ばらせて耐えるようにそれを受けた。
そして気まずい雰囲気。撫でた瞬間にレヴィは黙ってしまって、俺もなんか言葉が出ない。うーん、用事は済んじゃったからなぁ。
「────っと、そうだ。呪いは大丈夫だった? アモンに掛けられたやつレヴィが肩代わりしてくれたんだよな?」
俺の質問に無言で頷くレヴィ。やっぱりそうだったのか。
「まったく、レヴィもなかなか悪い子だな。あんまり主様に迷惑かけちゃダメだぞ。主は主で大変なんだからな」
「ん、ごめんなさい」
「うんうん。素直に謝れるのはいいことだ。・・・・・・ん?」
俺に謝っても意味なくないか? まっ、いいか。俺も先輩に迷惑かけまくってるからな。人事じゃないね。
「じゃあ、とにかく魔王様の元に戻ろうか。俺もやることあるし」
レヴィの手を握って城の中へと歩き出す。だがその足はすぐに止まることになった。レヴィが足を止めて空を指さしたからだ。
レヴィの指の先にあるのは・・・・・・堕天使? 悪魔の物とは違う黒い羽を羽ばたかせて空を飛び回る生き物がいた。
うん、多分堕天使だ。一応人型だから魔獣とか使い魔の類じゃないことはわかる。じゃあなんでここに?
「うーん。まあ気にしなくて大丈夫でしょ。ほら、中に入るぞ」
「黒い人、・・・・・・殺す」
「えっ? ちょっ────」
反応する間もなくレヴィの姿が消えた。それは瞬間移動のような速さだった。瞬く間に空へと飛び上がったレヴィは黒い羽の人に水の魔法を放ち、羽を穿つ。そして次の瞬間────
激しい爆発音と共に地面が破裂した。いや、巨大な蛇が堕天使を地面へと叩きつけたんだ。
空に浮かぶ「蛇」は水を纏ってこっちを俯瞰している。敵意は感じない。でも・・・・・・殺される。そう思ってしまうくらいの圧倒的な力を感じる。
堕天使は動く気配はない。でも生きてるみたいだ。体は痙攣して目は薄く開いている。俺の素人目だと死んだフリにしか見えない。
「レヴィ・・・・・・レヴィは!? 空に行って、そして堕天使の羽を貫いた。そして・・・・・・そして────」
どうなった? そんなこと考えなくてもわかる。でも認めたくない。だっておかしいだろ。あんなに小さな子があんな大きな蛇になるなんて・・・・・・。
「うっ・・・・・・ごほっ!」
堕天使が血を吐いて立ち上がった。死んだフリかどうかは置いといてほんとに生きてた! 良かった。ほんとに良かった。でも生きてるってことは────
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
地面が揺れるくらいの咆哮。それと共に蛇の体を渦巻く水が広がり雨となり俺達に降り注ぐ。この後のことは・・・・・・すぐに予想がついた。
「やめろ。それは・・・・・・駄目だ!」
雨は針となり堕天使の体ごと地面を貫く。ハリネズミのようになるまでそれは続いて、肉と血が飛び散って地面を濡らした。
雨が止んで魔界の空に残ったのは化け物と呼ぶにふさわしい姿をしたレヴィ。
それは正しく水を司る悪魔として存在を許された幻想体だった。




