礼装
「はあ、はあ。・・・・・・ふぅ。とりあえず逃げられたな」
息を落ち着かせて笑う。逃げられたって言っても相手は悪魔だ。多分すぐに見つかる。早く目的を済ませないといけない。
「デートの最中に彼女から逃げるか? 普通」
「嘘だって分かってるなら言うなよ。そろそろ怒るからな」
「ははは、悪ぃ。正義の味方さん」
「なっ! お前・・・・・・それをどこで知った!」
「アルバムで見つけたんだよ。「人助け部」ってのを」
マジかよ・・・・・・。まだ写真あったのか! あの部活の写真は全部捨てたはずなのに!
白泉が馬鹿にしたように続ける。
「超笑ったぜ、あれ。お前が人助けなんて考えるなんてさ」
「うっせー。ただの部活なんだから気にすんなよ!」
「だってさ、面白いだろ。人助けなんてするキャラじゃないじゃん、お前」
「ああもう! その話終わり! 早く行くぞ」
白泉の手を引いて礼装の店に向かった。昔の話は嫌いだ。特にあの部活の話はな。
「これ面白いんじゃね?」
白泉が提示してきたのはフォークの礼装だ。いくらなんでもふざけてやがる。俺が欲しいのは刀ていうか剣みたいな礼装なんだよ! そんな意味分かんないのいらない!
一概に剣って言っても沢山あるんだよな。ゲームで出てくるスネークソードみたいな物とかもある! クネクネしてる! 超ぐにゃぐにゃだ! 切れるのか? これ。
「じゃあじゃあ、これいいんじゃね? お望みどおりの刀だぜ?」
白泉が手に持ってるのは刀の柄だ。まあ、一般的な刀型礼装。値段は・・・・・・予算の6倍!? 6万ですか。ちょっと値段が高いな。
「高い。却下」
「はあ? なんでだよ。俺だったら絶対買ってるぜ、これ」
「じゃあ白泉が買えよ。流石に高すぎる。バイトしてない高校生なめんな」
「これさ、最新式なんだってよ。圧縮? 機能があるらしいぜ」
いや聞けよ! どんな機能があっても高すぎるんだっ────
「威力が上がる・・・・・・?」
白泉の持ってる説明文が目に入った。そこには圧縮機能の説明。それによる悪魔との戦闘の変化。色々書いてある。
圧縮とは────大量の魔力を使って小さな魔法を発現することによって魔法の密度を上げる。その結果、普通の魔法と比べて威力がずば抜けて高いらしい。
今まで使ってた礼装とは使い勝手が違い過ぎる。でも、昨日の獣。あれを何とかするとしたら・・・・・・。
「これ、買おうか」
これしかない気がする。これを使えれば悪魔に勝てる。だったら買うしかないだろ。
「おっ! これ良さそう」
「おい、仁。衝動買いはやめろ。ここに来た目的は一つだろ」
少し離れた所で声が聞こえた。白い服の男が2人。聖騎士だ。仏頂面の中年オヤジとワイルド風のイケメンだ。
その2人が俺に・・・・・・っていうより、手に持ってる礼装に気付いて駆け寄ってきた。
「おお! これ、最新式じゃん! お前、結構いい目してるな」
「いや、俺じゃなくて。見つけたのはこいつなんです」
とりあえず白泉を指差してパスする。口調からして悪い人ではなさそう何だけど、普通に怖い。
「お、俺はただ高いのを押し付けようと思ってただけなんで・・・・・・」
今すぐ白泉の照れたような笑顔をぶん殴りたくなった。考えることが最低だぞ! 押し付けるって!
「ふーん。押し付ける? なら俺にくんない?」
「は?」
「だから、俺が貰うって言ってんの。面白半分で選んだお前達より礼装の価値を分かってる俺の方が担い手としていいだろ?」
イケメンの方の聖騎士の突然の提案に俺達は呆然としていた。貰うって。まだ買ってないとはいえ、そんな提案飲めるわけない。
「そんなこと────」
「出来ないってか? お前達一介の高校生が? 人間の命を預かる聖騎士の頼みを断るのかよ」
「そんなこと関係ないだろ。これは俺達が先に見つけたんだ。だから俺達が買っても文句ないはずだろ」
「これはど素人が使っても意味ねえよ。持ち腐れるくらいなら諦めろって言ってんの!」
「持ち腐れるかどうかなんてお前にはわかんねぇだろ!」
流石に堪忍袋も限界だ! 立場を利用して好きなだけ言いやがって。止める白泉を無視して続ける。
「第一、今の惨殺事件だって何回逃げられてんだよ! 戦わないんだったらどんな礼装持ってたって意味ないだろうが!」
「テメェ、いい加減にしろよ!」
俺の顔面に聖騎士の拳がめり込んで吹っ飛ばされた。散乱する礼装。地面に流れる真紅の液体。唇を切ったみたいだ。
あいつも切れたのか。でもこっちだって────
「何人殺された。何回逃がした。何回言い訳する気だよ。次こそはって!」
手に持った礼装から炎が飛び出して刀を描く。絶対ぶん殴る! こっちだって我慢の限界なんだよ!
「おい! 店主! あの制限がかかってないぞ」
もう1人の中年オヤジが叫ぶ。その声に反応して奥から男が駆けてきた。
「いや、制限はしっかり掛けているのですが。ですが、あれ程の魔力を押さえ込むのは────」
「制限を超えて魔法を使うだと・・・・・・。おい、やめろ! 死人を出したいのか!?」
「面白いじゃん。テメェのふざけた生意気な面、ぶっ飛ばしてやる!」
「それはこっちのセリフだ。行くぜ────!」
炎を振るって聖騎士を攻撃する! 俺の単純な動きは聖騎士に当たらない。ただ周りの棚を破壊して礼装を吹き飛ばすだけ。でもな・・・・・・!
吹き飛んだ銃型の礼装を手に取って撃ち放つ! それは聖騎士の顔に当たって爆発した!
怯んだ聖騎士の腹を刀の柄でぶん殴る!
「このまま俺が魔法を出したらお前は死ぬぜ。油断したお前の負けだ」
「テメェ────!」
礼装を取り出したイケメンの顔に更に魔法が撃ち込まれた。イケメンの体はガラスを破って外に転がっていく。
「中学生ならまだしも。高校生を侮るなとあれ程言ったんだが、聞く性格ではないか」
俺の後ろから銃型の礼装を持った中年オヤジが出てきた。この人が撃ったのか。仲間なんじゃないのか、この人達。
おじさんは俺を睨んで言う。
「全て君の言う通りだ。悪魔のことも、その礼装のことも。君の怒る気持ちも分かる。だが、場所を考えろ」
「えっ? あっ・・・・・・」
後ろには半壊した店内。壊れた挙句散乱してる礼装。そして棚。目の前には割れた窓ガラス。そして俺達を見てる人達。これ、やばくね?
「弁償か。ローンでいけますかね?」
「それは俺達が受け持とう。それで君の怒りを納めて欲しい」
中年の人はいい人みたいだ。まさか、代わりに弁償してくれるとは・・・・・・。ってそれは駄目だろ! 俺が壊したんだから!
無言で首を横に振る俺におじさんは少し考えたように手を顎に当てる。そして────
「じゃあこうしよう。君が高校を卒業する時、聖騎士協会に所属する。これはその為の先行投資ってことにしよう」
「それなら、まあ────」
「その必要はないわ」
俺の言葉を遮ったのは────赤髪の女の人。そう、火野村先輩だった。
「ここのお金は私が受け持ちます。ですから春への先行投資も無しということで」
「何言ってるんですか! 今ので丸く収まってた話をなんで先輩は────」
「はい、20億」
先輩が見たこともないくらいの札束を投げ込んできた! このお金はどこから出てきたんだ・・・・・・。しかもポンッて投げたぞ。
「これだけあれば足りるわよね?」
「は、はい。十分です」
絶対黙らせただけだ! 怖ぇ。でもとりあえずは収まった。ついでに礼装も手に入っちゃったし。結果オーライかな。
「春? 春よね?」
「ん? げっ────!」
野次馬の中から金髪の女の人が出てきた。懐かしくはないんだけど、俺の昔の知り合い。っていうか、唯一の部活仲間だ。
「お前、生徒会長とも知り合いだったんだな」
「馬鹿言ってないで走るぞ! また逃げるんだよ!」
火野村先輩を置いて、また俺達はその場を走り去った。