後遺症と慰め
あれから数日が経った。
レナとリンが戻ってくることはなく、ミカエル様に捜索をしてもらうことになった。
そして今日、捜索に進展があったらしくてミカエル様が教室に来ていた。
「天界にてジャンヌ・ダルクの遺体が発見されました。外傷が酷く判別が遅れましたが間違いないと思います」
ミカエル様の報告に荒野先生が納得したように言った。
「まっ予想通りだな。龍の暴走を止めようとしたんだからな。寧ろ消し炭にならなかったのが奇跡なくらいだ」
「すいません。俺のせいで・・・・・・」
「気にすんなって言ってるだろ。暴走なんて誰にでも起こるもんだ。偶々誰も止められねぇ状況だっただけなんだよ」
荒野先生の言葉は俺を気遣ったものだと思う。
でも・・・・・・俺のせいなことは変わりない。
もっと他に手はあったんじゃないのか?
そう思えてならないんだ。
「それと頼まれていた物です。聞いた通り書庫に研究レポートなるものがありました」
ミカエル様が魔法陣から幾つものファイルを取り出して机の上を置いた。
全部あの人間を人形とか書いてあった研究レポートだ。
俺の話を聞いた荒野先生がミカエル様に話を通していたんだ。これは天界の反乱者への牽制になるらしい。
天使と聖騎士の繋がりだけじゃない、その奥にいるかもしれない英雄兵器の所有者もわかるかもしれないかららしい。
荒野先生がファイルを凄い勢いで捲り目を通していく。
「人形か・・・・・・。ったくめんどくせぇ奴が絡んできやがったな」
「知ってるんですか!? その人形っていうの! 教えてください!」
「いや、知らねぇ。だが似たようなこと言ってる奴がいたんだよ。千年くらい前にな」
千年・・・・・・。じゃあこのレポートは千年前のもの?
千年前にレポート用紙なんてあるわけないか。
関係者か・・・・・・。
「まっ頭の片隅にでも置いてけばいいだろ。それよりバアルだ。一部の熾天使が敵に回るとしたらこの戦いは勝った方がいい」
「どっちにしても勝たなきゃ死ぬんですよね。なら・・・・・・やりますよ」
やるしかないんだから・・・・・・。
俺のせいで死んだ人がいるんだ。だったら俺が和平を作って償わなきゃいけないんだ。
荒野先生はため息をついてから机に小型テレビを置いた。
それにはシグムント・バアルの姿が映っていて戦っているらしかった。
「よく見ておけ。敵の情報は大事なアドバンテージだ」
よく見ておけって言われても・・・・・・。
全然動きが見えない。動きの線が辛うじて見えるくらいだ。
この人・・・・・・俺なんかより遥かに強いんじゃないのか?
「サタナキアと比べてもそんな飛び抜けて速いわけじゃない。お前なら追いつけるだろ。だがこいつの力はサタナキアなんかとは比べ物にならないレベルだ」
「ちょっと待ってください! サタナキアと同じくらい? 見えないんですけど」
荒野先生の言葉に驚愕しつつテレビを見つめる。
やっぱり見えない。どうしてだ・・・・・・?
もっと集中するんだ・・・・・・。そうすれば・・・・・・。
シグムントさんの動きが遅くなっていく。
よし、見え始めてきた────
「お前・・・・・・待て!」
頭を叩かれて集中が途切れた。
痛てぇ! なんで叩かれた・・・・・・んだ?
「あれ? 椅子が・・・・・・ない?」
いつのまにか俺の椅子が消えていた。
椅子だけじゃない。机も少し焦げてる。
俺・・・・・・魔法使ったのか?
心臓の動悸が激しくなっていく。それだけじゃない。頭痛が酷い。体中が痺れたような錯覚までする。
なんだこれ。おかしい。絶対におかしい。
「大丈夫ですか? 桂木君!? 聞こえてますか?」
ミカエル様に肩を揺さぶられた。
頭にアーサーの顔がチラついてくる。
次第に息が苦しくなって首を押さえてしまう。
それが更に俺を苦しめる。
「暴走の後遺症か、トラウマか。どっちにしても最悪だな。これじゃ戦えねぇぞ」
「それどころじゃないでしょう! とにかく病院に連れていくべきです!」
「下手に刺激するとまた暴走するぞ。そっとしといてやれ」
ミカエル様に手を離されてゆっくりと息を整える。すると今度は吐き気が襲ってくる。
震える手で口を覆ってトイレまで走る。
「なんなんだよこれ! なんで力を抑えられないんだ?」
トイレで叫ぶ。
俺の腕は真っ黒の鱗に覆われていた。
俺の意志なんて関係なく龍の力が発動したんだ。
この様子だとさっきも発動したんだ。そして椅子と机を焼いた。
じゃあ・・・・・・誰かを傷つけたかもしれない。
「んっ! んっ、おぇ」
想像するだけで吐き気が襲ってくる。
なんで・・・・・・こんなことになるんだ。
戦わなきゃいけないのに。勝たなきゃいけないのに。
「はぁはぁはぁ。ちっくしょうが! なんでだよ・・・・・・」
俺の頭は天界での出来事に囚われていた。
数日後、シグムントさんとの戦いまであと3日だ。
七夕も終わってクラスの中が浮かれ気分になっていく。
クラスメイトは誰と祭りに行くかなんて話してる。
そんな中俺は寝たふりをしてずっと考えていた。
戦わなきゃいけない・・・・・・。俺は戦わなきゃいけないんだ。じゃないとジャンヌさんが死んだ償いが出来ない。
それだけじゃない。レナとリンを取り返さないと・・・・・・。
────剣の錆でしかない。
頭にアーサーの声が浮かぶ。
黙れっ! 黙れ! くそっ!
「おい、桂木。大丈夫か? お前、変だぞ」
この声は・・・・・・白泉だ。
なんで寝てる俺に・・・・・・。いや、起きてるってわかってるんだ。
多分また魔法が勝手に発現したから。
無視する俺に構わずに白泉が続ける。
「悪魔のことはわかんないけどさ。なんかあったら言えよ。話すだけでも楽になることもあると思うぜ。レナちゃんのことは残念だけどさ、まだ死んでないんだろ? だったら助けら────」
「うるさい。お前に何がわかるんだ!」
白泉の言葉を遮って掴みかかる。
俺の腕はまた黒くなっていた。
この腕で殴れば確実に殺せるだろう。
それは・・・・・・八つ当たりだ。
「もう・・・・・・やめてくれ。関わらないでくれ。死ぬかもしれないから」
手を離して教室から出た。
俺はもう・・・・・・どうしたらいいかわからない。
屋上で空を見上げてると携帯が震えた。
理沙からだ。七夕祭りに一緒に行こうって内容だ。
今は祭りって気分じゃない・・・・・・。それにもう誰とも関わりたくない。
返信をしないでボーッと空を見上げる。
あれ以来、皆には迷惑をかけっぱなしだ。
魔法の授業の度に暴走しかけて、ちょっとしたことでヒステリーを起こす。
桜や理沙にも迷惑をかけた。先輩や御剣にも・・・・・・。
俺はろくなことしないな。
「もう・・・・・・死にたいな」
「そんなことはさせないよ。そんなことは僕が許さない」
俺の呟きに答えたのは御剣だった。
屋上のドアを開けて荒く息を吐いている。
走ったのか? なんで?
御剣は近づいてきて続けた。
「君は僕を助けてくれた。だから今度は僕が君を助ける。君の代わりに僕がシグムント・バアルと戦って勝つ」
「なっ! お前、そんなの無茶だ。だって・・・・・・」
御剣は俺の第二段階よりも弱いから。
第二段階でも勝てるかわからない相手に挑むのは無謀でしかない。
「君は僕に言ったよね。僕と一緒に笑っていたいって。僕もそうだ。君と笑っていたい。たとえ無茶でも勝つから。僕が君を・・・・・・守るから」
御剣は微笑んで・・・・・・そう言った。
止めようとする俺の頭にアーサーの姿が現れて邪魔をする。
「ごめんね。悪魔の僕が近づくと君に悪影響を及ぼすんだね。じゃあ・・・・・・行くから。僕の戦いを見ていて欲しい」
御剣は魔法陣に消えていった。
昼休み。
教室に戻ると桜が抱きしめてくれた。そして優しく言葉を紡ぐ。
「大丈夫です。もう戦わなくていいんですよ。もう何も心配しなくていいんです」
「桜・・・・・・」
それはジャンヌさんの言葉と重なって頭の中のアーサーを消していった。でも・・・・・・頭痛はどんどん酷くなっていく。
息も苦しくなって体は痺れを増す。
桜の後ろに見える俺の手は黒く鱗に染まっていた。
「う、うわあぁぁぁぁ!」
叫びと共に桜を突き飛ばす。
吹っ飛んだ桜の頭が机にぶつかって血が流れ始める。
「ごめん。もう・・・・・・。ごめん!」
俺はその場から逃げ出した。
その日の夜。
俺は部屋に篭っていた。
ここにいれば誰も傷つけない。
昼から俺の腕は戻ってない。それどころかより黒くなっていた。
それが俺の恐怖を増加させる。
「ねぇ春。お祭り行かない? きっと楽しいわ。気分転換にもなるし」
理沙によってドアが叩かれた。
それに答えずに布団に篭る。
ここにいれば・・・・・・誰も・・・・・・。
いつのまにか眠りについていた。
次の日の朝。
柔らかく暖かい感触で目が覚めた。
これは・・・・・・おっぱいだ。しかも4つ。2人分だ。
飛び起きて見ると理沙と火野村先輩が寝ていた。
ドアは壊されていて燃えカスとなっている。
なんで・・・・・・こんなことするんだ。
俺は誰も傷つけたくないのに。
時計を見ると4時を指している。
まだ外は暗い。今なら・・・・・・逃げられる。
ベッドから離れて立ち上がる。
その音で火野村先輩が起きたらしい。声をかけられた。
「逃げるの?」
「しょうがないじゃないですか。今の俺は誰も助けれない。無駄な犠牲しか生まないんだから!」
叫んでいた。
腕は見たことないくらい黒くなってて鱗が変化しつつある。
そんな俺を火野村先輩は抱きしめてくれた。
「大丈夫よ。貴方は助けられる。自分を信じなさい。私は貴方を信じてるわ」
なんで・・・・・・皆優しくしてくれるんだ。
なんで・・・・・・責めないんだ。俺は状況を悪くしただけなのに。
「今日と明日は学校を休みましょう。そして明後日、学校に行きましょう。それでも無理なら私達は諦めるわ。春のしたいようにしなさい」
先輩の出した条件・・・・・・それはシグムント・バアルと御剣の戦いを見ろって言ってるように聞こえた。
そして二日後。
俺は先輩に連れられて学校に行った。
鱗が落ち着くことは無く、寧ろ酷くなる一方だ。
既に鱗は禍々しい形へと変貌していてそれが体へと侵食し始めてる。
教室に入ることはしなかった。
ずっと屋上で空を見上げてる。
だってこんな姿誰にも見られたくない。
また誰かを傷つけるかもしれない。
桜に・・・・・・なんて謝ればいいのかわからない。
色んな思いが俺の中で渦巻いていた。
「でも・・・・・・今日が最後だ。学校が終わったら魔界に行って適当に暮らして死のうか。白は・・・・・・最近会ってないな」
確か・・・・・・最後に会ったのは天界に乗り込む前日だ。
それからずっと会ってない。部屋越しに声は聞こえるけどな。
なんかトカゲの夢を見るとか言ってたっけ。
まるで・・・・・・今の俺だな。
昼休みを知らせるチャイムが鳴った。
そろそろ御剣が戦う時間だ。教室に行かなきゃな。
憂鬱だ。
なんか廊下が騒がしい。
当たり前か。人間じゃない化け物がいるんだから。
不審者って・・・・・・言われてるぞ。
そんなことはお構いなしに教室に足を運ぶ。
中にはヒルデ先生と火野村先輩がいた。
「お久しぶりです。桂木さん」
「うん、久しぶり。コレ見たら帰っていいんだよね?」
「はい。ですが・・・・・・御剣さんが勝った場合話しは聞いてあげてください」
ヒルデ先生に頷いてテレビを見る。
テレビの中には傷だらけの御剣と無傷のシグムントさんがいる。
まだ・・・・・・始まってないはずなのになんで傷だらけなんだ?
俺の疑問を汲み取ったように火野村先輩が説明してくれた。
「この2日間、悠は師匠の元で修行をしてたのよ」
2日じゃ何も変わらない・・・・・・とは言えないか。
御剣の傷は異常だ。覚悟の証か、それとも・・・・・・。
『本来出場する筈だった桂木春は体調不良で戦える状態じゃなくなった。そのため代わりに同じ転生悪魔の御剣悠が出場することになった。ほら! そこ! 缶投げるな!』
荒野先生の説明にブーイングが巻き起こった。
御剣に物を投げる奴までいる。
そんな中始まった御剣とシグムントさんのバトルは激しいものだった。
動きは全く見えない。
ただ御剣の魔法とシグムントさんの拳を振るう音が聞こえるだけ。
でも感覚でわかる。レベルの高い戦いをしてる。それだけで・・・・・・体が震えてくるくらいの戦いを。
御剣の剣とシグムントさんの拳が衝突して互いの動きを止める。
剣が直撃して無傷のシグムントさんも凄いがそれと互角に戦ってる御剣も凄い。
なんで追いつけるんだ?
「ふん、なかなか強いな。正直、期待以上だ」
「負けられない。絶対に!」
それだけの会話を残して再度ぶつかり合う互いの得物。
鋼が打たれる音が響いて黄金の破片が散る。
伝説の聖剣を砕くのかよ。シグムントさんの拳は。
真っ二つになった聖剣を握って御剣は尚も戦おうとする。
「もう・・・・・・やめろ。それ以上はマジで死ぬ」
意識せずに呟いていた。
御剣はパワータイプじゃない。だからあの拳で殴られたらひとたまりもない。
それでも御剣はシグムントさんに突貫していく。
それからは見てられるものじゃなかった。
骨が折れる音が響いて肉が飛び散る。
血を吐いて尚走り続ける御剣。
もう俺でも見切れるくらい遅くなっている。
「桂木、御剣はお前の為に戦ってるんじゃないのか?」
白泉がテレビを見ながら言った。
その目は逸らすことなく御剣を見続けていた。
「こんなの・・・・・・おかしいだろ。だって勝てるはずなんてないのに・・・・・・」
「前にさ・・・・・・言ってたんだ。桂木は何度も無茶をするって。だから僕が守りたいって・・・・・・言ってたんだ」
それはあの日言われた言葉。
僕が守るから・・・・・・。
俺は・・・・・・なんでここにいる?
俺はあそこにいないといけないのに。
外の騒ぎが大きくなった。
不審者だと言っている先生の声が近くに聞こえる。
そして教室に飛び込んできたのはセラだった。
息を切らしながらセラは叫ぶ。
「助けてください! レナを・・・・・・お姉さまを! 助けてください」
必死にすがりついてくるセラを引き剥がす。
「なんなんだよお前。そもそもお前が────」
「私だって! こんなことになるなんて考えてなかったんです。堕天したお姉さまを助けられると思って・・・・・・ウリエル様が英雄兵器に関わってるなんて知らなかったんです」
ウリエル様・・・・・・?
なんだそれ・・・・・・じゃあ!
テレビに一瞬だけ映し出された熾天使の面々。その中のウリエル様とメタトロンは笑みをかみ殺したような顔をしていた。
腕から黒炎が吹き出してくる。
頭痛が更に酷く、そして鱗の侵食が一気に進む。
「そんなのって・・・・・・ありかよ!」
最初から踊らされていた。
宮殿で会った時から・・・・・・ずっと!
俺の中で怒りが、憎しみが渦を巻く。
それに飲まれそうになるのを先輩が止める。
「落ち着きなさい! ここで暴れてもどうにもならないわ」
「でも・・・・・・! でもレナは・・・・・・リンはあいつのせいで!」
乾いた音が耳に響いた。
頬を叩かれたんだ。でも痛みはない。
逆に先輩の手から血が流れている。
俺の顔まで龍と化してる証拠だった。
「先輩・・・・・・ごめんなさい。俺・・・・・・」
「貴方がここで暴れてレナさんが帰ってくるの? リンさんは帰ってくるの? 違うでしょ。あの子達は私達が取り返すしかないの。あの子達の帰る場所を私達が守るのよ! 貴方はまだ守れるの。助けられるのよ。だから・・・・・・落ち着いて」
『女のことは気にするな。お前は暴れてやればいい。すっきりするぜ』
ヴリトラの声が先輩を否定する。
俺は守れる・・・・・・。まだ俺は・・・・・・。
『おいおいおい。あの暴走楽しかっただろ? もっと感情的にいこうぜ! すっきりしたいだろ?』
「違う。頭はクールにいくんだろ。なあヴリトラ?」
鱗に亀裂が入る。
こいつの声は俺が生み出した幻想だ。
アーサーの姿も全部俺の恐怖が生み出したんだ。
だから────
「乗り越えられる・・・・・・はずなんだ!」
鱗が砕け落ちて人間の肌が覗く。
『やっと目覚めたな、主人様』
「うるせーよ。俺がお前を起こしたんだ」
うん、魔力の制御もできる。
これで俺は・・・・・・戦える!
「ありがとうございます、先輩! 俺、勝ってきます!」
「ええ。行ってきなさい。そして見せるのよ。あそこにいる全員に貴方の力を」
「はい!」
先輩に勢いよく答えて魔法陣を描く。
光に飲まれる直前ヒルデ先生にブレスレットを渡された。
「機械仕掛けの龍の第二段階。強化パーツです。役に立ててください」
「はい、ありがとうございます」
光が止んで闘技場に着いた。
第二段階を纏って競技場へと高速で向かう。
受付を通り越して扉を破壊する。そして御剣に振り下ろされる拳を受け止める!
「お待たせしました。やっと・・・・・・戦える!」
シグムントさんの腹部に一撃ぶち込んで吹っ飛ばす。
「桂木君。君は・・・・・・」
「御剣、ありがとな。お前の戦い、ちゃんと見届けたから。今度は俺の戦いを見ててくれ」
「・・・・・・うん、わかったよ」
そう言って下がる御剣を見届けてシグムントさんと対峙する。
今度は・・・・・・俺が勝つ番だ!




