英雄兵器
「英雄兵器ってなんですか?」
ミカエル様に問う。
なんだろう? この得体の知れない恐怖は。
知ってはいけない気がする。
頭の中の理性がブレーキをかけているかのように頭痛がする。
好奇心は死の元だ。
知らない方がいい。
それは────
「配合種の失敗作です」
頭の中の声を遮るようにミカエル様が答えた。
配合種・・・・・・。
人を犠牲にして強い人間を作り出す。
この世の禁忌。
また・・・・・・それが出てくるのか。
「戦争中、天界の中に悪魔が捨てた空の器を拾い無限の兵隊を作り出そうと言う考えがありました。当然、却下されたのですが密かに研究を進めていた天使がいたらしく十年前に完成、そして使用されました」
ミカエル様が続けた言葉は衝撃的なものだ。
だって・・・・・・それは明らかな「悪」だ。
堕天しないはずがない。
なのに天使は研究を進めたってことは堕天していないってことになる。
「それは龍の力を模した力を与えられ神を超える者という意味を込めて英雄兵器と名付けられました。その名の通り十年前の戦争では悪魔を殲滅し魔界の一部を消滅させたこともあります」
「ちょっと待ってください。龍の力を模したってなんですか? しかも消滅させたって────」
「人の体をそのまま使うのは無駄だと判断されたのでしょう。その為に龍の力を研究し再現したのだと思います」
なんだよ、それ。
無駄っておかしいだろ。
何が無限の兵隊だ。そんなの使って戦うのが戦争なのか。
『当たり前だ。使える物は使う。例えそれが姫様でもな』
頭にヴリトラの声が響いた。
姫様ってなんだ?
それに・・・・・・知ってるのか? 英雄兵器のこと。
『逆にお前が知らないことの方がおかしいが。十年前は人間界で使われたんだぜ。しかもこの町で』
どういうことだ? 十年前?
確か・・・・・・十年前って、何かあったはずだ。
確か・・・・・・確か・・・・・・。
「そうだ。桜だ。桜の家が火事になったのも十年前だ。って違う。それは関係ない。あとは・・・・・・」
白が産まれたのも十年前だ。
これも違う。
五年前より前のことが巧く思い出せない。
なんだよ、これ・・・・・・。
何かあった・・・・・・それだけは覚えてるのに。
頭を抱えて考え込む俺の頭を撫でてミカエル様が微笑んだ。
「落ち着いてください。・・・・・・配合種の彼はいませんね。なら好都合です。彼がいては話しにくいことですから」
「英雄兵器が人間界で確認されたということは聖騎士に譲渡されたと考えて良いのですか?」
「おそらくはそうでしょう。聖騎士は天使の管轄下にありますから試運転を兼ねて人間界にいる悪魔を殺すことが目的だと思われます」
ヒルデ先生の質問にミカエル様が答えた。
人間界にいる悪魔を・・・・・・。
それって────
「俺たち・・・・・・ですよね。やっぱり・・・・・・」
「可能性として一番高いのは私達ね。でもいきなりここに来るとは思えないわ。レナさんもいるもの、迂闊には狙えないでしょうね」
先輩の言葉に安堵の息を吐く。
でもそれは時間の問題ってことだ。
先延ばしにしただけ。しかも標的は人間界の何かになる。
「なら俺たちが先に動いて壊すっていうのは駄目ですか?」
「寧ろウリエル様の狙いがそれだと考えた方が良いと思います。御主人様の龍の力は強力ですから英雄兵器を壊すのに利用したいのでは?」
「その補佐の為に聖女ジャンヌ・ダルクを召喚させた。・・・・・・もしくは報酬としてって考えた方がいいのかしら」
リンと先輩が各々の考えを言い合ってる。
ジャンヌさんまで悪く言われてるのは納得いかないけど嫌な考えしか浮かばないのはしょうがないよな。
ウリエル様から贈られた本とジャンヌ・ダルク。
召喚したのはたまたまだけど見越したかのように話は通されていたし、その後の英雄兵器の話が出てきた。
荒野先生の様子を見る限り俺たちに話されることは決まっていたと思うから俺が戦ってヴリトラの力を使うことまで計算していた・・・・・・。
なんてことはないよな、さすがに。
ミカエル様はただ忠告しに来ただけだと思う。
それにウリエル様も天界からの補助だって言ってたらしい。
だから偶然のはずだ。
「とにかく気をつけてください。こちらで対処するつもりではありますが人間界に来られては大規模な戦闘を繰り広げるわけにいきませんから」
「はい、わかりました。お願いします」
頭を下げて魔法陣に消えていくミカエル様を見送った。
「それにしても英雄兵器ですか。対処法を考えなくてはいけませんね」
リンが顎に手を置いて言った。
「そうね。天使だけに任せるわけにいかないわ。私達で出来ることを探しましょう」
「まずは人間の保護を優先するべきです。この辺一帯に結界を張って侵入を防ぎましょう。それに桂木さんの龍の力を制御して探知を遅らせることも大事ですね」
「そうね。幸い英雄が味方についてくれてるからある程度の無茶は出来るけど・・・・・・。やっぱり数が少ないわね。なんとかならないかしら?」
話し合いが激化していく。
状況が状況だから仕方ないけど・・・・・・。
守る側の俺たちが慌ててどうするんだ。
あと他にやることがあるだろ。
「レナ、ちょっといいか? 聞きたいことがあるんだけど。あとジャンヌさんもお願いします」
そう言って教室を出た。
屋上に出てレナに問う。
「英雄兵器ってレナも関係あるのか?」
さっきのレナの様子は普通じゃなかった。
ミカエル様も気づいていたはずだ。なのに話には出さなかった。
多分聞いちゃいけないことなんだ。
だからと言って放っておくなんてことはしたくないから。
「・・・・・・ん、少しだけ」
「そっか。何をされたかは・・・・・・聞かない方がいいか。それだけわかれば充分だ」
それだけで戦える。
荒野先生にだって邪魔させない。
俺の大切なものを傷つけたんだ。黙って指咥えるわけにいかないだろ。
「・・・・・・でも、危ない。・・・・・・逃げた方がいいと思う」
「危険は承知だ。でもさ、やっぱり許したくないんだ。俺の勝手な理由だけど。これだけは譲れないものだから」
ジャンヌさんに視線を向けると頷いて答えた。
「やはりそう判断しましたか。及ばずながら微力を尽くします」
「ああ、ありがとな。あと荒野先生には内緒だ。怒られるからな」
人差し指を立てて笑う。
ジャンヌさんも同じ動作をして笑った。
「はい、承知致しました。マスター♪」
「・・・・・・死ぬの駄目。・・・・・・やらない方がいい」
レナが俺の袖を掴んで言った。
こういう仕草の女の子可愛いな。
今はそんなこと言ってる場合じゃないけど。
挑むと死ぬ・・・・・・か。でも待ってるのも嫌なんだよな。
ごめん、俺は止まるつもりはないんだ。
レナを抱きしめる。
「俺は死なないよ。絶対にな。そしてレナも守る。これも絶対だ。だから・・・・・・安心して見ててくれ」
「・・・・・・ん、わかった。・・・・・・見てる。ずっと・・・・・・ずっと見てる」
レナが小さく俺の服を掴んで言った。
「じゃあ戻ろうか。遅いと先輩たちが感付くかもしれない」
レナを離して学校に戻る。
二人はまだ話してるみたいだった。
帰るの俺だけか!
かっこ悪! なんか皆で帰ろうぜって言って一人で帰ってるってかっこ悪いぞ!
教室には荒野先生がいて先輩やヒルデ先生と話していた。
そういえば報告しろって言われてたな・・・・・・。
またお説教か・・・・・・。いい加減学べよな、俺。
『主人様じゃ無理だな。それより十年前のことは思い出したのか?』
頭に響くヴリトラの声に答える。
うるせっ。余計なお世話だ。
それと思い出してない。なんか・・・・・・大事なことを忘れてるんだよな。
思い出せそうで思い出せない。
『憶えてることから出してみたらどうだ?』
憶えてること・・・・・・?
えっと、そうだな。桜の家が火事になったのは憶えてるぞ。
でも・・・・・・それくらいしか憶えてないな。
逆になんでこれだけ憶えてるのか気になるくらいだ。
『記憶力無さ過ぎだろ。猿の方が利口なんじゃないのか』
黙れ。そういうのは女の子に言われて初めて意味を成すんだ。
お前に言われてもただの侮蔑にしかならない。
俺に気づいた荒野先生が近づいてきた。
「報告しろって言っただろ」
「すいません。忘れてました」
「・・・・・・ちっ。まあいい、わかってるよな?」
「はい。動くな・・・・・・ですよね?」
舌打ちをする荒野先生に答える。
ちなみにヴリトラの気配は消えた。
隠れたんだろうな、よくわからないけど。
俺の答えを聞いた荒野先生がため息をついて俺を横切る。
「教師として、種族の長として、お前を止める。だが口じゃわからないんだろうな。・・・・・・絶対に帰ってこい。命令だ」
「・・・・・・はい。すいません、また迷惑をかけます」
小声で答えて先輩たちの元へ駆ける。
あれは認めてもらったわけじゃない。
忠告だ。だって荒野先生が帰ってこいなんて言うとは思えない。
つまり、無理だと判断したら即逃げろ。
そういうことだ。
いつもの調子で話す。
「俺にも出来ることありませんか? なんでもやりますよ」
「残念だけど無いわ。結界を厳重にすることが最優先だから結界を張れない春は休んでいてくれるかしら」
いきなりの戦力外通告!
しかも先輩から・・・・・・。
確かに結界張れないけど何か出来ることあると思いますよ、先輩・・・・・・。
「桂木さんはジャンヌさんとトレーニングですね。英雄の動きを模倣して少しでも戦えるようになってください」
ヒルデ先生の提案に勢いよく頷く。
よし、これならジャンヌさんと乗り込む準備を進められる。
皆を騙すようで申しわけないけど。人間界での危険を孕んでる以上皆で突っ込むのは危険だ。
しかも感情的になりやすい俺は足を引っ張っりやすい。
さっきも荒野先生に考えを見抜かれたし。
そうだな、準備に一週間はかけたい。
久しぶりに礼装も持ってて・・・・・・。
ついでに白の授業参観も行くだろ。
っていうかこれだけは絶対に行かなくては!
「おーい、桂木。後輩が来てるぞ」
廊下側にいる生徒から声をかけられた。
「えっ? ああ、ごめん。すぐ行く」
廊下には香那がいた。
なんか焦ってるみたいだ。
そわそわしてる。
廊下に出た俺を指さして香那が叫んだ。
「あっ! やっと来た! 遅いよ〜。ねぇ先輩、魔法を教えて!」
相変わらず敬語がない。
それは置いといて。魔法を教える?
確か一年の魔法はレポートだったよな。手伝わされたから憶えてるぞ。
実習もやってるのか?
「教えるのはいいんだけど。俺は座学は苦手だぞ」
「大丈夫! 実習だけだから。レポートの方は美奈ちゃんに見せてもらうんだ」
「ならいいんだけどさ。それでいつがいいんだ? 明日から?」
「・・・・・・できれば今日からがいいな。期末試験まで時間が無いから」
元気よく答える香那。
だが香那の最後の一言は俺に戦慄を走らせた。
期末・・・・・・試験。
忘れてた・・・・・・。そういえば俺もやばい。
中間何点だっけ? 確か・・・・・・赤点は免れたはずなんだけど。
駄目だ、終わった。
俺も勉強しなきゃ。ヒルデ先生が家に来るなら成績のことで何か言われそうだ。
「じゃあ今日の放課後に教室行くから。その後魔法の勉強やろうか」
「うん、わかった。ありがと、先輩! じゃあね!」
駆け去っていく香那。
少しくらいなら大丈夫だ。
あとは家に帰った後に勉強すれば・・・・・・。
教室に戻って桜の元へ駆ける。
「お願いします! 勉強を教えてください!」
「は、はあ。まあ私で良ければ教えますが・・・・・・」
桜が若干引き気味で答えた。
と言っても桜には日向という障害がある。
日向と俺を同時に教えるのは難しいだろう。
だから俺はもう一つの手を使う。
今度は理沙の所へと移動して土下座くらいの勢いで頭を下げる。
「勉強を教えてもらえないでしょうか。出来れば毎日・・・・・・」
「ええ、私は大丈夫よ」
「ほんとに!? 理沙の勉強は平気なの!?」
「予習してるもの。それに春の家に行く口実にもなるから」
食いつき気味に言う俺に笑顔で答える理沙。
おお、さすが生徒会長。
いつ勉強してたんだ・・・・・・? 気にしない方がいいか。
俺の周りにはちゃんと寝てるのか心配になる人が多いような気がする。
「よし、これで怖いものがなくなった。授業参観行って、試験頑張って、その後英雄兵器をぶっ壊す!」
青い空に俺の叫びが木霊した。
放課後。
香那のクラスを訪ねた俺を迎えたのは由紀だった。
「何あんた、レポートはほったらかしにするのに実技はちゃんとやるのね」
「・・・・・・その件はごめんなさい。今度ちゃんとお詫びするから許してください」
「別に・・・・・・私は教えられなくても出来るわ。あの二人だってちゃんとやれば出来るし。・・・・・・でも言ったことくらい守りなさいよ」
「はい。おっしゃる通りです」
平謝りする俺。
今回は全部俺が悪いからしょうがない。
でも・・・・・・ちょっと悔しいな。後輩に言われ放題って。
由紀は昔は素直で可愛いかったのに・・・・・・。
なんでこんなにアタリが強くなったんだろう。
俺が甘やかしてからか? 多分そうだ。
はあ、自業自得か・・・・・・。
怒る由紀の後ろから香那が飛びついてきた。
「そんなのいいから、早く魔法やろ? 魔法の実技落としたら進級出来ないよぉ」
「それはあんたが悪いんでしょ。私は勉強教えるった言ったじゃない」
「だって・・・・・・いつも嫌そうなんだもん。私のせいで由紀ちゃんの成績が下がっちゃうの嫌だから・・・・・・」
「じゃあ春の成績が下がるのはいいの? 意味わかんないわ。同じ学年なんだから多少のことなら迷惑じゃないわ」
おお、軽く庇われた。
嬉しいけどいつもの毒が強すぎて気持ち悪い感じがする。
「じゃあ由紀ちゃんも魔法やろ。皆でやれば楽しいよ!」
そう言って香那が由紀の手を引っ張って走っていった。
先に演習場に行ったんだろう。
先に先生に許可もらわないと入れないんだけどな。
「しょうがない、俺一人で行くか」
放課後の勉強はため息と共に始まった。
由紀の礼装は銃型のものだ。
支給品じゃなくて高級品。凄い羨ましい。
香那のはグローブ型だ。
着衣型だ・・・・・・。大丈夫か、あれ。
グローブなら魔力も流しやすいよな、多分。
きっと大丈夫だ。そう信じよう。
「一年の実技テストって何やるんだ? あんまり憶えてないんだけど」
「先生に言われた魔法を出すだけ。発現の早さと間違いがどれだけ少ないかで点数が決まるのよ。あんたホントに学年一位なの?」
説明の後に毒が入るのが由紀らしい。
こういう時くらいやめてほしいけど・・・・・・。
「じゃあ簡単だな。俺が指示する通りに魔法を出してくれ」
そう言ってから一時間後。
勉強は終わりにして帰ることにした。
あまり長居はしない方がいいと思ったからだ。
あと集中力の問題。
魔力の使いすぎは色んな悪影響を及ぼすからな。
「正直な話、魔法の勉強必要ないよな。間違えたの二回くらいだぞ」
「二回も間違えたんだよ! 魔法で満点を取らないと成績が・・・・・・」
だったら他の勉強に力を入れろよ。
そう言いたくなる気持ちを抑える。
なんか演習場の周りに生徒が多い気がする。
ブレザーのリボンを見る限りだと一年生かな?
魔法の勉強をしようとしてたのか。
だとしたら邪魔だったな。
「ほら、さっさと帰ろうぜ。他の生徒の邪魔になるから」
香那の腕を引っ張ってその場を離れる。
なんか・・・・・・見られてる感じがした。




