闘技場
和平会談から一週間。
五月も下旬になりかけた頃。
俺は闘技場で丸腰の男と対峙していた。
男の名前はディルムッド・オディナ。
ケルト神話の英雄だ。
その男の手刀は俺の刀を砕き。
その男の掌底が俺の意識を奪う。
勝負は一瞬で終わった。
抵抗する暇なんてない。
俺の意識を飛び越えて衝撃が襲ってくる。
「はあ・・・・・・はあ。ふぅ、まだまだ!」
鋼の翼を広げて高速で移動する。
刀での攻撃をフェイントにして腕に黒炎を纏わせる。
拳をディルムッドの腹にぶち込む!
直撃した。
そのはずだ。
なのに・・・・・・。
吹っ飛ぶどころかダメージを与えた様子もない。
「良い判断だった。殺気と共に放たれたフェイント、思わず構えてしまったよ」
しかも笑ってやがる。
これが本物の英雄かよ。
俺じゃ手も足も出ねぇ。
繰り出された手刀が腕を砕く。
「躊躇いは死を呼ぶ。覚えておくといい」
剣を出したディルムッドが微笑む。
それと同時に鋼の翼が、そして龍の鱗が全て剥がれた。
「絶対に・・・・・・勝つ!」
龍の力を纏い直して駆け出した。
「あー! 負けた。やっぱり勝てないな」
教室に戻って机に突っ伏す。
闘技場にエントリーしてから毎日戦った。
その結果、前線全敗。
さっき戦ったディルムッドは闘技場全体で見ると弱い方らしい。
こんなのに勝ち続けないといけないとか。
全然笑えねぇ。
「人間界で英雄と呼ばれた方々と戦ってるんです。負けて当たり前だと考えてください」
「・・・・・・ん、魔界の英雄は制約がないから強いの多い」
リンの言葉に頷くレナ。
最近仲いいな、この二人。
「っていうか何で人間界の英雄が魔界で生きてるんだ? 神話出てくる人たちもだけどさ」
しかもあんな人外じみた力を持って。
あんな中に放り込まれた俺の気持ちがわかるか?
絶望しかないからな。
「元々悪魔や天使は人間によって生まれたものですから。それと同じようなものだと思います」
おっと、衝撃的なことがさらっと言われたぞ。
悪魔や天使が人から生まれた?
「どういうこと? 悪魔と人間って同じなのか?」
「違います。御主人様、創造と呼ばれる魔法を・・・・・・知ってるわけありませんね」
なんかいきなり馬鹿にされた。
いや、知らないけど。
「創造の魔法はその名の通りに生命を創り出す魔法のことを呼びます。この力は人間が唯一使える「魔法」と言われていて奇跡の力とも呼ばれてるんです」
「生命? じゃあ人間を作れるってことか?」
「いえ、それは出来ません。それは人間が自由に使える力ではないからです」
リンの説明はイマイチ要領を得ない。
唯一使える魔法なのに自由に使えないって矛盾してるだろ。
魔法はイメージで使えるようになるんだから使おうと思わなきゃ使えないんだ。
それ以外で発現するとすれば、それは暴走だ。
「そうですね。御主人様は『器』と『魂』はご存知ですね? では死んだ後の『器』と『魂』はどこに行くのでしょう?」
「そんなこと決まってるだろ。体は人間界で埋葬されるし魂は冥界だっけ? って所に行くんだろ」
「さすが御主人様です。主の太ももに釣られて勉強したんですね」
「うるせっ」
ここだけの話だが俺が悪魔や天使の勉強をしたのは火野村先輩がちゃんとやったら太ももを触らせてくれるって言ったからだ。
触らせてもらってないけどな!
今度触らせてもらおう。
「では魂に宿る魔力はどこに行くのでしょう? 魂と共に冥界で新しい命に生まれ変わると思いますか?」
「それは・・・・・・」
わからない。
魔力は魂の力だ。
なら普通に考えて魂と一緒に冥界に行くはずだ。
でもその後は?
リンの言った通りに生まれ変わるのか。
いや、でも・・・・・・。
「転生に魔力は不要な物です。冥界の神の力を阻害してしまいますから。なので魔力は冥界で捨てられます」
「はあ、なるほど。うーん、難しいな。魂と魔力って分けられるんだな」
「大事なのはそこではありません。捨てられた魔力はどうなるのかという話です」
「それは霧散するだろ。魔法が発現した後の魔力と同じだろ。使い終わったら消える」
俺の答えにリンがニヤつく。
あっ、間違えたな。
しかもまんまと引っかかったな! って言いたそうな顔してる。
「御主人様の考え方は理解できます。普通に考えればその答えに行き着くと思います。ですが違います。捨てられた魔力は行き場を無くし主人の元に戻ろうとします」
「でも死んでるんだろ? 魂は神の元にあるんだから戻れないし」
「体に戻るんです。まだ形の残っている体に魔力が宿りその体の最も強い記憶を元に形を変えるんです」
最も強い記憶。憧れとか嫉妬とか感情のことか。
小さい頃に特撮ヒーローに憧れた。
中学生の頃に神話の英雄に憧れた。
そういう感情を読み取って勝手に発現する。
それが創造の魔法。
確かにリンの言う通り、使えるけど自由に使えない。
死後に発現する魔法なんて聞いたことない。
いや、最近まで魔法の存在を知らなかった人間には判明してないことなんだ。
「じゃあ創造によって悪魔や天使が生まれるんだな」
「はい。悪魔は生前の欲望を満たすために。天使は生前の希望を残すために生まれたと言われています」
要するに悪いことをしたか、いい事をしたかの違いだ。
欲にまみれて悪行をすると悪魔として生まれて人助けをしたりすると天使として生まれる。
「特に人間界の英雄と呼ばれている者は沢山の逸話と共に善行や悪行が入り混じっているものが多いので悪魔か堕天使に生まれることが多いです」
ああ、それは納得だ。
感じ方は人それぞれだからな。
大量殺人を犯してる英雄を善と見るか悪と見るかはその人次第だ。
そう考えるとなかなか難しいな。
善であり続ける英雄なんているのか?
「聖王アーサー。彼は天使として君臨している唯一の英雄です。未だブリテンを救い続けているという話も聞きますよ」
いるんだ、天使の英雄。
でも聖王か。うん、なら納得だ。
「やっぱり強いんだろうな。よし、燃えてきた。もう一回行ってくる」
「そうですか。ご武運を」
リンの見送りに手を振って答えて魔法陣を描く。
光に包まれた先に闘技場の受付が現れた。
「対戦になさいますか? 観戦でしたらあちらの階段から観戦席に出れますよ」
「対戦で。・・・・・・じゃあ、このジークフリートって人と戦えますか?」
受付の人が持ってる紙を指さす。
ここの闘技場は受付の人に言えば勝手に対戦を組んでくれる。
でもさっきみたいに希望を言うと大体通る。
受付の人がアナウンスでジークフリートを呼び出した。
「すぐに出れるそうです。ではこちらにいらしてください」
受付の人に付いて行って待合室に出る。
このまままっすぐ歩けば闘技場に出れる。
「アナウンスが入ります。名前を呼ばれたら出てください」
「わかりました」
受付の人に頷いて龍の力を纏う。
ジークフリート。
知らないわけじゃない。魔剣グラムを操る大英雄。
ディルムッドより遥かに強いんだろうな。
アナウンスが入って名前を呼ばれた。
行こう。
強い人と戦うんだ。
胸を借りるつもりなんてない。
本気の相手に・・・・・・勝つ!
「お前は元人間か。ふっ、面白い。人間がどれ程やれるか・・・・・・楽しみだ」
肩から大剣を抜くジークフリート。
「よろしくおねがいします。負けるつもりは・・・・・・ありませんから!」
刀を抜いて駆ける。
刀を振るって大剣とぶつける。
刀が折れる。
脆い・・・・・・。
でも────
「Booster」
鋼の翼を生やして体を急回転させる。
振るわれる大剣を避けて黒炎と共に一撃を加える。
やっぱり効いてない。
でもディルムッドより動きが遅い。
ちゃんと避けられるし動きも見える。
だったらいけるかもしれない。
振り上げられるグラムを横に飛んで避ける。
そして即座に反撃!
グラムによる剣撃を刀で受け流す。
少しでもずらせれば反撃できる!
音を立てて崩れる刀。
大きくずれるグラム。
「黒剣」
黒炎の刀身がジークフリートの腕を切り裂いた!
鮮血が飛び散って腕が落ちる。
横薙ぎに振るわれたグラムを後ろに飛んで避ける。
「呪術か。なかなか面白いことをする」
グラムを地面に刺して腕を拾うジークフリート。
何でバレてんだよ。
慎重にやったんだぞ。
俺の一週間の成果。
たった一種類の呪いの魔法。
「よく気づきましたね。隠し方下手でした?」
「いや、俺が────俺達が普通ではないだけだ。体に違和感があればすぐに気づく」
ほんとに化け物並に頭おかしいな。
体に違和感があれば呪いだって気づくのかよ。
しかも種類まで。
身体能力の低下。
それが俺のかけた魔法。
それを気づかないように少しずつ強くしていた。
それと同時に二重起動の出力も上げていった。
ジークフリートの弱体化と俺の強化が働き続ければいつかは互角になると思ったんだけど・・・・・・。
期待しない方がいいみたいだ。
生々しい音を立てて腕と体がくっついていく。
不死身の逸話通りってことか。
なら弱点は背中だよな。
高速で距離を詰めてグラムと鍔競り合う。
容易く刀は弾かれてグラムの一撃が鱗を砕く。
吹っ飛ぶ体を羽で支えて体制を立て直す。
何かおかしい。
今のグラムの一撃・・・・・・。
あんな簡単に鱗が破られるか、普通。
よく考えれば刀もそうだ。
少し当たっただけで崩れる。
何か裏がある。
逸話通りなら何か答えが見えてくるかもしれない。
グラムによって切り崩さられる刀。
紙でナイフと戦ってるみたいだ。
龍の力が簡単に・・・・・・。
龍の・・・・・・力?
鳩尾に掌底が入る。
壁まで吹っ飛ぶ俺にグラムの追撃が襲ってくる!
体を屈めて避ける。
「やっと・・・・・・わかった」
龍殺しの逸話。
それがグラムの特性なんだ。
つまり龍殺しの剣。
ていうか結構有名な話だったな、龍王ファフニールを殺した話は。
そしてもう一つ。
聞きたいことがある。
「ブリュンヒルデって知ってます?」
「ああ、知ってる」
「元カノですよね!」
砲台を出現させて魔法の帯を放出する。
「どうだろうな」
両腕を交差させて耐えきったジークフリートが言った。
俺の読んだ本によると夫婦関係だったはずだけど、違うのか。
「あの人のことどう思いますか?」
「今は戦闘中だ。答える必要はない」
「あなたの答え次第で俺が強くなるかもって言ったら?」
どうしても聞きたいことがある。
最近のあの人を見てると気になってしかたがないんだ。
「あの人のおっぱいって柔らかいんですか?」
「・・・・・・垂れてるぞ」
ジークフリートの返答に膝をつく。
垂れてる?
あんな美人のおっぱいが?
「いや・・・・・・いける!」
想像するんだ。
美人の垂れたおっぱいを。
ハリがなくてシナシナに枯れたおっぱいを・・・・・・。
あれ、なんか悲しくなってきた。
やっぱり俺には無理みたいだ。
すいません、お兄さん。
俺はまだまだ初心者です。
「垂れたおっぱい・・・・・・。そんなの────。決めた。その現実をぶち壊す!」
黒炎を纏わせた刀でグラムを打つ。
刀は砕けずにグラムと火花を散らす。
これがおっぱいの力だ!
ヒルデ先生のおっぱいが垂れてるなんて認めない。
きっとハリがあってスベスベしてるんだ。
枯れてるはずなんて・・・・・・ない!
「逆恨みだな。だが・・・・・・ほんとに強くなるとはな!」
ジークフリートと剣戟を繰り広げる。
グラムを弾いて、避けて、反撃を繰り出す。
ジークフリートがそれを避けてグラムを振るう。
体に掠るグラムを無視してジークフリートに刀を突き刺す!
「龍宝の聖剣!」
ジークフリートの叫びと共にグラムが姿を変える。
黄金の刀身に青い宝玉が付いた巨大な剣。
その光は刀を包む黒炎を消していく。
「魔力を断ち切る龍殺しの剣。それが龍宝の聖剣だ」
じゃあ、グラムは何を切るんだと聞きたくなるけど我慢だ。
「それがあなたの本気ですか?」
「本気? 違うな。これでやっと1割だ」
笑って答えるジークフリート。
まじかよ、笑えねぇな。
でもついていける。
黒炎を纏わせた刀を強く握って構える。
一回でいい。
まぐれでも当たれば勝てる。
同時に獲物を振るってぶつけ合う!
黒炎と聖剣の光が交わって爆発した。
煙が晴れるのなんて待ってられない。
すぐに振り向いて追撃を────
体に熱が走った。
その熱を追うように血が溢れてきて・・・・・・体の力が抜けた。
「俺の勝ちだな」
晴れた空に笑うジークフリートの姿が見えた。




