獣
「なんだよ、あれ!」
白泉が狼にやっと気づいた。でも遅すぎる! 狼はもう走って来てる!
日向と桜は狼を見て固まっていた。いきなりあんなの見たんじゃ仕方ないよな!
狼の突進を刀で防ぐ! その1回で礼装にヒビが入った! 嘘だろ! たった1回だぞ!
「春くん!」
「大丈夫だ! だから早く逃げろ。じゃないと────」
もう1本刀を抜いて狼の目玉に突き刺す! 狼から血が吹き出して俺の体を濡らす。とりあえずこれで時間は稼げるはずだ。
「────ほんとに死にそうだからさ。俺が時間を稼ぐからその間にヒルデ先生呼んできてくれ」
3人に向かって出来る限り笑ってみせる。死にそうな程怖いのは内緒だ。マジでヒルデ先生いなきゃ勝てそうにない。いや、いても勝てるか分からない。
だが、桜は首を横に振った。
「駄目です! 春一人でなんて・・・・・・。さっきの傷も残ってるじゃないですか!」
「桜、そんな事言ってる場合じゃ────」
「そんなこと関係ありません! あなた一人残して逃げるなんて私には・・・・・・」
「桜ちゃん。行こう」
日向が桜の手を引いて俺に背を向ける。でも桜は動かない。
「嫌です。私は春を見殺しに出来ません。私でも何か出来ることがあるはずです。ですから私は────」
「春くんは勝つよ。私はそう信じてる」
「日向。あなたは・・・・・・」
「だって昔からそうだったもん。1人で無茶するけど必ず笑って帰って来る。だから今回もきっと────ね? それに私達が出来ることは先生を早く呼んでくることだと思うんだ。じゃないと私達が春くんを邪魔しちゃう」
「ああ。────だな! 絶対死ぬなよ! 全速力で連れてくるから!」
遠ざかっていく3人に少しだけ安堵して刀を構えた。絶対に死ねない。当たり前だ。死ぬわけにいくかよ!
夜の闇に狼の黒い毛並みが溶け込んで見えなくなる。なるほどね、こうやって人を殺してたのか。見つからないわけだ。でもな────見えない相手ならこっちにだって考えがないわけじゃないんだ!
刀で切り上げ、更に振り下ろす。まだ終わらない! 更に薙ぎ払い空を切る!これが俺の秘策。名付けて滅茶苦茶切りだ!
刀の軌跡は俺の周囲を隙間なく切り刻んでいく。電柱や塀。そう何もかもをだ。
「どうだ! これで近づけないだろ! これで少しは時間を稼────」
突然感じた手応えに口が止まった。柔らかい肉というより、固い何かにぶち当たった感触。
狼はまだ見えない。じゃあ何に当たったんだ・・・・・・? 駄目だ! 気にしたら。気にしたら絶対動きが止まる。だって────
少しだけ視線を落として俺が切り落とした物を確認する。そこにあったのは骨だ。ズタズタのボロボロで・・・・・・。何かの肉が付いている。
誰の? いや、何の骨? そんなの分からなくていい。今の俺がやることはただ一つ────
「ちっくしょうがあああああ!」
────あいつを倒す!
地面を駆けて見えない敵に突貫する! 完全に消えたわけじゃない! ただ、溶け込んだだけ! 目を凝らせば見えるはず!
夜の闇の中に2つ! 光る小さな星。よし! 見えた!
その星に向かって吠える!
「降りてこいよ! こらああああ!」
「グガアアアアアアアアアアアアア!」
うわっ! 怖っ! 空気が震える。唯の遠吠えだけで一気に戦意が喪失した。でも・・・・・・あんな物見せられて黙って逃げ帰るなんてできるかっつーの!
足元に転がってる石を星に向かって投げつける! また狼の姿は消えて投石を避けられた。
次は何処だ!? 逃がす気なんて欠片もない! 絶対倒す!
来た! 連なる街頭の光の中から闇が迫ってくる。逃げない! そして逃さない! あいつには────ムカついた!
「うらああああああああああああ!」
迫る牙。俺の頭なんて簡単に飲み込めるだろう。でも無防備な口内が俺の刀の前に晒される。それが今俺の目の前にある最初で最後のチャンスだ!
真っ赤な口内に炎の刀を突き刺す! 飛び散る鮮血。でも、これだけじゃ足りない。もっと魔力を注いで炎を強く────!
閉じられた口に刀ごと腕を飲み込まれた! 叫びたくなる程の激痛に耐えてひたすらに頭に思い描く。ただ────こいつを燃やし尽くすだけの炎を!
「ぐうううううう!」
「腕の1本ぐらいやるよ・・・・・・。でもな────俺はお前の命を貰ってやる!」
俺の腕を咥えながら唸りをあげる狼にもう1本刀を突き刺した! 賭けに走る必要はない。ただ2つの炎をイメージし続ける!
放された右手と無傷の左手。その両手に持つ炎の二刀。これで終わらせる! 息付く暇も与えない連続攻撃! 狼の皮膚を切って肉を断つ!
獣はまだ倒れない。射抜くような眼光で俺を見ている。怖くても止まるもんか! 止まったら死ぬんだから! 俺が止まるか、あいつが死ぬか。どっちが早いか・・・・・・勝負だ!
辺りに飛び散る血しぶき。俺の右手のものが大半だ。でもあいつのも入ってるはず────
刀身が小さな音を立てて爆発した! 狼の前足が動く! 何もさせねぇよ!
即座に刀身を再生させて足に突き立てる! 外した!? 横にずらされた前足は刀を躱して俺の脇腹を抉った。
「ぐっ────。まだぁ!」
離しそうになった刀を掴んで乱暴に薙ぎ払う! 飛び退いて躱した狼は俺を睨んで再度突っ込んできた。それを刀を構えて迎え撃つ!
衝突する刀と狼の体! 細い刀じゃ大柄な狼を受け切れない! 簡単に弾かれて俺に直撃する。
地面に転がって倒れる俺。これは・・・・・・やばいな。さっきやられた脇腹の血が止まらない。あと腕。感覚が無くなってきてる。俺の数十発はあいつの数発に逆転されるくらい軽いものなのかよ。ったく、ふざけんなっつーの。こんな理不尽たってたまるか!
「ごほっ! がはっ! くそっ────があああ!」
狼の鼻を殴りつける! 力の入らない拳じゃダメージなんて与えられない。はっ、ははは。ああ・・・・・・もう。
目の前に開かれた大口。文字通り、俺の未来は真っ暗ですってか。
ごめんな、白。お兄ちゃん、マジで死ぬらしい。
どうせ死ぬなら一気に・・・・・・。目を閉じて死を待つ────。
「ねぇ、君! 大丈夫!?」
閉じた瞼の裏に光を見た。晴れた視界の中にいたのは女の人。うちの制服を着てるから学生だ。真っ黒な長髪に真っ青な目。そして何よりもグラマラスな体型。火野村先輩とは違う。妖艶な雰囲気を持っている。
「は、はい・・・・・・。大丈夫です」
先輩とは違う吸い込まれそうな微笑みを作ってる女の人にそう答えた。




