RESTART
4月の下旬。
俺、桂木春は色々あって悪魔になった。
そして1ヶ月が経った今日────
「遠足だぁ!」
教室の生徒が騒ぎ出した。
明日、学校遠足がある。
行き先は東京の空港だ。
修学旅行のための練習らしい。
「なんだよ、桂木? つまらなそうだな」
俺の親友、白泉が机に地図を広げながら言った。
「いや、すっげえ楽しみだけど。ちょっとな」
「彼女か。ったく、羨ましいな! このバカップル共が!」
「誰がバカップルだ。学年が違うんだから行けないのは当たり前だろ。気にしてねえよ」
と、言いつつ気にしちゃうんだよな。
卯月理沙、俺の彼女の名前だ。
天然物ではないけど綺麗なブロンドの髪。
青く透き通った目。
俺には勿体無いくらいの美人だ。
付き合い始めたのは二週間程前だがそれからは殆ど毎日会ってる気がする。
「あれだろ? お前のことだから妹をダシにして家に連れ込んでんだろ! ああもう、なんでお前ばっかりいい思いするんだよ!」
白泉が俺の肩をバシバシ叩く。
そんなこと俺に聞かれても・・・・・・って言いたくなるけど言ったら文句言われそうなんだよな。
「まあまあ。東京に行ったらメイド喫茶にでも行こうぜ。俺の奢りで。1回行ってみたかったんだ。そういう所」
「絶対に嫌です。行くなら終わってから白泉さん1人で行ってください」
黒髪の女の子、水無月桜が不愉快そうな顔をして、会話に割り込んできた。
誘ったの俺なんだから行くの俺1人じゃないのか?
とか考えたら駄目なんだろう。
「御主人様、メイド服だったら家に沢山あるから着てあげようか?」
栗色の髪を揺らしてリンが楽しそうに笑う。
「・・・・・・メイドって何?」
紫色の短髪の女の子が首を傾げた。
「レナは知らないのか。執事みたいなものだ」
「・・・・・・家政婦?」
「うーん、少し違うけど。まあいいんじゃない? 」
「・・・・・・そ、なら興味無い」
レナは興味なさそうに本に目を移してしまった。
失敗か。
天使はメイドを知らないんだな。
意外だ。
「おい、桂木! メイドを家政婦を一緒にすんなよ! いいか、メイドっていうのはな────」
「白泉が言ってるのはAVの話だろ。それに違うところといえば家事の代行人か使用人かの違いだし」
「桂木・・・・・・白タイツを舐めるな!」
お前は何を言ってるんだ?
何故白タイツになる?
「ていうか白泉は足に興味なんてないだろ。なんだっけ? 腕?」
「二の腕だ! 足フェチはお前だろうが! 前に水無月の足を舐めたいとか言ってたろ!」
「馬鹿、何言って────」
「どういう意味ですか?」
俺の言葉を遮って桜が地図を握しめた。
地図がグシャってなってる。
多分俺の未来もこうだ。
「いや、違う。夜のテンションっておかしくなるじゃん? しかも丁度テレビにガーターベルトが映ったから────」
「何故そのような物が映る番組をみていたのですか?」
「えっ? えっとCMで通販があったんだよ。だからかなぁ」
視線をずらして白泉に助けを求める。
あいつ! 知らないふりしてやがる!
嘘だろ、裏切るのか!?
あのAV勧めてきたのお前だろ!
「そ、そんなことより、どこ行くか決めた方がいいだろ。決まってないのここだけだぞ」
「そうだよ、桜ちゃん。時間ないんだよ」
「それは日向がわがままを言うからでしょう! 私は初めから浅草で良いと言っていました」
よし、桜の怒りの矛先が日向に向いた。
助かった。
このままじゃクラスメイトの目の前で羞恥プレイをすることになっていた。
「もう浅草でいいんじゃね? 後は臨機応変にってことで」
白泉があくびを噛み殺して言った。
絶対に飽きたな。
正直俺もそろそろ終わらせたい。
この会議が昼休みにまで延長するのは避けたいんだ。
「・・・・・・正直めんどいから早くして」
「私は御主人様の意志に従うだけだから暇だなぁ」
この班自由だな。
明日は大丈夫なんだろうか。
そんな不安を余所に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
「どうかしら? 美味しい?」
「うん。まあ、美味しい」
「良かったわ。春の卵焼きも甘くて美味しいわ」
「あの、お二人さん。イチャつくなら他でお願いできませんかね!?」
昼休み。
理沙と弁当を分け合う様子を見て白泉が叫んだ。
「本当にラブラブだね。ハーレムはどうしたの?」
「作るけど、今はちょっと無理」
白泉の横で苦笑いしてるイケメン、御剣に答える。
「せめて1ヶ月は彼女でいたいんだって。はい、肉じゃが。たべたいんでしょ?」
「ええ、ありがとう。私も何かあげるわ。何がいいかしら?」
そんな俺たちの様子を見て御剣がため息をついた。
「そう・・・・・・なんだ。あと人目くらいは気にした方がいいよ。見てる方が恥ずかしいから」
「こいつらはこれで抑えてるんだ。家だと凄いんだぞ。ずっとベタベタしてるんだからな」
「あはは・・・・・・。じゃあもう手遅れなんだね」
御剣が乾いた笑みを見せる。
散々だな!
ふっ、まあいい。今の俺には余裕があるからな。
悪魔ということで一夫多妻が認められ他の男子が喉から手が出るほど欲してる女子を彼女にできたんだからな。
この調子で彼女を作っていけば・・・・・・。
あんなことやこんなこと!
やり放題にし放題。
そして毎日女の子に囲まれる夢の日々を────
「桂木君、声に出てるよ。あとそういうことは家で考えるようにしてね。少なくとも食事中はやめようね」
御剣に凄まれて鳥肌が立った。
うわぁ怖ぇ。
御剣ってこういう話は嫌いなのかな。
だったらしないように気をつけないといけないな。
「ごめん。次から気をつけるよ」
「そういえば御剣って遠足どこ回るんだ?」
気まずくなりかけた空気を白泉がフォローしてくれた。
さすが微イケメン。
コミュ力もそれなりにある。
「僕は休むんだ。ちょっと事情があってね」
「そうなのか? もしかしてぼっちとか!?」
「それは桂木だろ。いつも2人組の呪いとか言ってるくせに」
白泉が忌々しい言葉を口にした。
2人組の呪い。
男友達のいない俺にとって「2人組を作って」という先生の言葉は呪いと同義だ。
いつもいつも、「女子と組めばいいだろ」とか「お前の入る所はない」とか言われて先生と組むことになるからな。
高校に入って白泉と出会って本当に良かったと思えてくるぜ。
もう心配しなくて済むからな。
「残念だけど友達はいるよ。個人的な事情だから気にしないで」
「だってよ、桂木。っていうかお前もそんぐらいのことは知ってんだろ」
「知ってるけど言いたかったんだ。くそぅ、俺も男友達欲しいな。エロ話とか昨日のテレビの話とかしたい」
「何馬鹿なことを言っているのですか? そろそろ会談が行われる日ですよ。言うことは決まっているのですか?」
いつのまにか後ろにヒルデ先生がいた。
「あれ? 俺も出るんでしたっけ?」
「前に紙を渡しましたよ。和平はほぼ決定していますが、人間界をどうするかはあなたの意見も聞きたいとクシアさんが言っていましたから」
呆れたようにため息をつくヒルデ先生を横目に机の中を探る。
あった・・・・・・。
うわっ! ほんとだ!
悪魔と天使と堕天使の三国と人間界の在り方についてって書いてある。
しかも明後日だ!
「なんも考えてないですけど、大丈夫じゃないですよね」
「当たり前です。あなたの意見で人間界の未来が左右されるのですから」
うぅ、無駄に責任が大きい。
人間界も和平に加わるかって話だよな。
・・・・・・だったら俺じゃなくてもっと偉い人がやるべきだよな。
「すいません。なんで俺が人間界代表みたいな感じなんですか?」
「何か勘違いをしているようですが、人間界は和平には加わりませんよ」
「えっ? ・・・・・・そうなんですか!? 俺てっきり────」
「今回の会談では天使の所有する聖騎士の存続、及び配合種と呼ばれる人間の救済が目的です。あなたにはその後、人間の犯した罪を受け入れ和平へと導くか悪として排除するかの選択をしてもらいます」
排除? 何を言ってるんだ?
聖騎士が解散するのはわかる。
悪魔と戦う必要がないんだから当たり前だ。
でも配合種ってなんだ?
「どういうことですか? 言ってる意味がわからないんですけど。配合種ってなんですか? それに排除って!」
「そういえば人間界では公になっていませんでしたね。配合種というのは────」
ダンっと机が強く叩かれた。
「じゃあ僕は教室に戻るね」
御剣が顔を険しくして教室を出ていった。
「すみません。ここで話すことではありませんでした。では考えておいて下さい」
ヒルデ先生も一礼してから出ていってしまった。
なんなんだ? 一体。
まあいいや。とにかく話すことを考えなきゃ。
「そういえばあのルシファーも彼を配合種って呼んでたよね」
俺の考えを遮るようにリンが声を上げた。
「・・・・・・魔力をあんな使い方するの配合種くらいしかないから」
「レナも知ってるのか。配合種」
「御主人様は知らなくてもいいことだけどね」
どういう意味だよ。
それは置いといて。
御剣にも関係あるんだよな。
だったらなんとかしたい。
胸張って人間は大丈夫だって言いたいからな。
「なんなんだ? 配合種って。悪魔たちの中じゃ有名なことなのか?」
「だから知らなくてもいいことだよ。それは知らない方がいいって意味でもあるんだよ」
それからリンとレナは口を噤んでしまった。
なんなんだよ、一体。
ああもう、わかんねえな。
放課後の帰路。
聖騎士と出会った。
紫色の長髪の女の子と懐かしい男。
神崎始とセラだ。
聖騎士のくせにジャラジャラとアクセサリーを付けてる神崎と無欲という言葉を体現したような格好のセラ。
無駄に対照的だ。
「よお、久しぶりだな。春。元気にしてたか? こっちの女は・・・・・・おお! 財布ちゃんか! 美人になったな」
舌なめずりをして舐めるような目付きで理沙を見る神崎。
なんでこいつが聖騎士に・・・・・・。
そんなことより────
「もう関わるなって言っただろ」
「たまたま会っただけだろ。気にすんなよ。俺たちの目的はお前じゃないしな。契約悪魔くん」
馬鹿にしてるように笑う神崎。
こいつ、もう一回ぶっ飛ばす!
「やめよう。早く帰ってご飯食べましょう。お腹減っちゃったわ」
俺の手を掴んで笑う理沙。
何やってんだ、俺は。
ここで戦っても負けるのは俺だ。
暴れて理沙まで傷つけたら・・・・・・。
感情的になるのはいい。
でも冷静になれ。
そう言われたはずだ。
「うん、そうだな。帰ろう。ああ、でも買い物行かなきゃいけないな」
「うん。今日は何にするの?」
「適当に安いのを選ぶよ。じゃあ行くか」
理沙の手を握り返して歩く。
「少しは大人になったな。でも・・・・・・また怒らせてやるよ」
「また桜か理沙に手を出してみろ。今度は許さないからな」
「中古に興味はねえよ。もっと面白ぇ奴だぜ。俺の次の獲物は」
なら俺は止めてみせる。
お前の全てを。