機械の神
無くなったはずの左手の感覚が蘇った。
傷が完治したわけじゃない。
左手だけ戻ってきた。
見た目に大きな変化はない。
相変わらずの黒い着物。
一本に戻った刀。
あとは特に何も変わってない。
いや、違う。
「見える形」での変化がないだけだ。
床を蹴って空を飛ぶ。
さっきまでと速さが全然違う。
段違いなまでに速い。
ぶつかり合う2人の悪魔の間に入って腕を掴む。
「先輩は下がってください。流れ弾を破壊してくれればいいです」
「それはできないわ。このままじゃあなたが死んでしまうもの」
「先輩、俺を信じてくれませんか? 絶対に帰りますから」
先輩に精一杯の笑顔を作る。
勝ち目があるかはわからない。
でも前と同じように負けたりはしないと思う。
「・・・・・・わかったわ。でも絶対に無茶しちゃ駄目よ」
「はい。わかりました」
先輩が学校に飛んでいく。
そして俺は白い鎧と向かい合う。
無茶しなきゃ勝てないけどな。
「booster」
俺の呟きに反応して鋼の鱗が覆う羽が生える。
俺の拳が鎧を砕いて悪魔の腹に突き刺さった。
間髪入れずに顔面の鎧に一撃!
吹っ飛ぶ悪魔に追撃を加える。
だが腕でガードされる。
「たった一言で。いや、言葉すら紡がずに力を強めたか。ふっ、面白い!」
笑う悪魔を無視して高速で移動する。
「黒剣」
刀を抜いて悪魔の首を刎ねる。
だが再生した鎧に受け止められた。
鎧にぶつかった刀身が折れる。
振り切ったまま逆手に持ち替えて鎧に突き刺す!
俺の黒炎と悪魔の魔法が衝突して爆発する。
舞い散る黒炎と複数の属性の魔法。
「burst」
鋼の翼は巨大な砲台へと姿を変えて魔力を溜める。
「こい。俺を殺せるか?」
「やってやる。SHOOT!」
俺の掛け声共に砲台から巨大な光と闇が放出される。
それは凄まじい音を放ち悪魔を飲み込んでいく!
「期待外れだな。もういい」
鎧が解けて素の姿の悪魔が俺に手を伸ばしてくる。
「なあ、お前の名前ってなんていうんだ?」
「シユウ。シユウ・ルシファー。覚えることがないと思うがな」
「いや、意地でも覚える。お前に勝つからな」
俺の視界が光る。
視界いっぱいの魔法陣が現れたからだ。
魔法陣から大量の細剣が出てきた。
これが俺の切り札へ道。
「やれ、リン!」
叫びと共にシユウに剣閃の雨が降り注ぐ。
それはシユウの体を切り裂き貫いていく。
剣閃の雨を抜けてシユウが迫ってくる。
「わかってる。死なないよな、お前は!」
「だから時間を稼ぐんだよね? 桂木君」
魔法陣の影から御剣が飛び出してきた。
御剣の剣撃がシユウの頭を切り落とす。
御剣の姿が変だ。
体の周りに炎が渦巻いている。
菊の巨人の神剣みたいだ。
「配合種か。ふん、まだ生きていたとはな」
「僕は比較的軽い方で終わったからね。でも許さないよ。悪魔も人間も」
シユウと御剣が何かを話している。
配合種?
何の話をしているのかわからない。
でも今は気にしなくていい。
勝つことだけを考えて・・・・・・。
イメージするのは全てを退ける力。
殺すわけじゃない。
俺の意思で守れる力!
「吠えろ。全てを終わらせる神。機械仕掛けの龍騎兵!」
俺の後ろで機械仕掛けの龍が吠えた。
そして姿を変えて龍と人が混ざったようなものになる。
「お前はどこまで俺の予想を超えていくんだ。神を従えるとはな!」
後ろの荒野先生の声は無視だ。
意味わかんないし。
指を鳴らすと龍騎兵は刀へと姿を変える。
その刀を握って空を駆ける。
シユウは腕を交差させて防御する。
そして刀を振り上げて────
シユウの防御ごと鎧を切り裂いた。
「これで終わりだ」
「ふっ、神でさえ俺を殺すことは出来ないらしいな」
シユウの体は煙をあげて再生していく。
まだ死なないのかよ。
どうする。
次の手を考えるか。
真っ黒の羽を生やした男と白銀の翼を生やした女の人が俺たちの間に立ちふさがった。
荒野先生とヒルデ先生だ。
荒野先生の羽は見たことないものだ。
鳥のような羽。
その羽は漆黒で覆わてるが天使を見ているかのような錯覚すら覚える。
そしてヒルデ先生の白銀の羽は力を超越した「何か」を感じる。
一点の曇りもない。神々しさすら感じる。
「そこまでだ。これ以上暴れると聖騎士が来るぞ」
「桂木さんももう限界でしょう? それ以上力を使えば死んでしまいますよ」
2人の乱入にシユウは顔を歪めて舌打ちをする。
「堕天使の長と最高の戦乙女か。まあいい。従っておくか」
大人しく引き下がるんだな。
てっきり戦い続けるのかと思ってた。
シユウが目の前まで一瞬で飛んできた。
「ヴリトラの所有者。お前は唯一俺を殺せるかもしれない存在だ。俺を殺すまで死ぬなよ」
「言われなくても死ぬかっての。それと春だ。桂木春。覚えとけ!」
シユウは答えずに消えていった。
あいつ、覚える気ないな。
でも生きてる。
ちゃんと生き残った!
ハーレム計画、一歩前進だな。
「あれ?」
なんかおかしい。
体が溶けていく?
なんか手がドロドロしてる。
声が出ない。
なんでだ。
視界が紅くなっていく。
やばいな。限界だ。
何も聞こえないし見えない。
俺は闇に沈んでいった。
目を覚ますとピンク色の部屋にいた。
えっと、状況が理解できない。
俺はシユウと戦った後に倒れたんだよな。
そしてピンク色の部屋か。
わけわからないな。
とりあえず帰りたい。
ベットから起き上がると天井から声が聞こえた。
『おっ、起きたか。体はどうだ?』
荒野先生の声だ。
朝一番の声が男の声とか最悪だ。
「どうって言われても普通ですけど。なんかしたんですか?」
『いや、普通ならいいんだ。普通に戻すためにやったんだからな』
そういうことらしい。
うん、意味がわからない。
「俺、結構やばかったんですか?」
『ん? いや、大きな異常はなかった。戦いの直後に全身から血を流したのが不思議なくらい健康体だったぜ』
「そうですか。じゃあ帰れますよね?」
『ああ。学校にも行けよ。オーガスがうるせえからな』
「はい」
部屋を出る直前。
ゴミ箱の中に入ってる沢山のティッシュが目に入った。
そしてティッシュの隙間から見える。
ピンク色の小さな袋。
ゴムのようにも見える。
見たことないけどわかるぞ。
これってよく財布に入ってるやつだ。
つまり・・・・・・ゴムだな。
しかも使用済み。
「見なかったことにしよう」
荒野先生に気づかれないように呟いて部屋を出た。
学校に着いたら丁度朝の学活をしていた────
なんてことはなく授業中だった。
「早く席につきなさい」
そう促す先生に頷いて席につく。
特に意味のない日常。
これからはそれが続いていくんだろうな。
外を見るとなんとなくそう思えてくる。
昼休み。
俺の机には大量の本が置かれていた。
しかも分厚い。
「なんですか? これ」
「勉強しなさい。悪魔のことも。神のことも。全部」
本の持ち主────火野村先輩が微笑む。
聞いた話によると俺は一週間近く寝ていたらしい。
そこで先輩は二度とこんなことが起こらないようにと戦ってもいい悪魔と逃げることを優先するべき悪魔を教えようと決心したって話だ。
なら直接教えてくれてもいいのに。
なんで本で勉強しなきゃいけないんだ。
「あなたに戦うなと言っても無意味でしょう? だからあなたが伝承を見てどれだけ危険かをわかってもらわなきゃいけないの」
不満そうにしている俺の頭を撫でて先輩が言った。
正直勉強はしたくないけど伝承ってことは悪魔の弱点とかもわかるってことだよな。
なら少しくらい有利に戦えるかもしれない。
「よし、じゃあやりますか」
本を開いて閉じる。
「先輩、頭おかしいです」
「それはどういう意味かしら? 私の頭がおかしいと言いたいの?」
先輩の手から炎が出る。
怖いです。
その微笑みが怖いです、先輩。
「文字の量がおかしいんです。なんですか? 今の。広辞苑でも広げてる気分でした。俺、教科書でも寝ちゃうんですよ。広辞苑なんて無理に決まってるじゃないですか」
「少し頑張りなさい。戦っている時の集中力を使えばすぐに終わるでしょう」
いや、無理ですよ。
何冊あると思ってるんですか。
悪魔。天使。神。あとは聖剣と魔剣。英雄神話の本まである。
英雄神話の本だけで二十はありますよ。
天使や悪魔の本も沢山ありますし。
「そうは言っても数が多すぎます。せめて六冊くらいにしてくれませんか」
「駄目よ。情報は多いに越したことはないわ。知識が多いと戦いも有利に働くもの」
「それはわかりますけど・・・・・・」
もうやるしかない気がしてきた。
先輩は諦めないし。
リンは知ってて当たり前みたいな顔してるし。
「そうだ! ちょっと理沙の所行ってきますね。勉強はその後ってことで」
素早く教室を出て先輩から逃げる。
勉強は後だ。
やるかどうかわからないけど。
「理沙、おはよう」
教室にいた理沙の近くまで駆け寄って肩を叩く。
「今はこんにちはだと思うわ」
「そこはどうでもいいと思うぞ。じゃあ改めて言わさせてもらうよ」
答えはわかってるけど。
一応、形としてな。
「俺と・・・・・・付き合ってくれ」