二重起動
月曜日の朝って凄い嫌になる。
鳴り響く目覚ましを余所にボーッとそんなことを考えてみる。
なんていうかめんどくさい。
学校が嫌なわけじゃないんだけど行くのがめんどくさいんだよな。
もう一眠りしようかな。
隣で寝てる火野村先輩を見て考えを変える。
駄目だ。朝ごはん作らないとわけわかんない料理を食べることになる。
目覚ましを止めて体を伸ばす。
「よし、起きるか」
今日から頑張らないといけないことが沢山ある。
気合い入れていかないとな。
通学路での他の生徒の視線が痛い。
火野村先輩といるということもあるんだけど日向や桜に加えて御剣までいるから男女問わずに俺たちのことを見ている。
「体の調子が悪いわ」
先輩が肩を回している。
確かに言われてみれば。
体がチクチクする。
誰かに見られてるみたいだ。
「昨日の先輩の料理のせいじゃないですか? あのピチピチしてたやつ。リンは大丈夫なのか?」
「微妙かな。誰かに見られてる気がするくらい」
「そうだね。監視ではないと思うけど見られてる」
リンと御剣も俺と同じ風に感じてるみたいだ。
周りから来る視線じゃないんだよな。
殺気というか闘気というか。
敵意みたいなのを向けられてる感じがする。
視界の端に紫色の髪が映った。
「あれ? 気のせいか?」
「どうしたの? お弁当忘れたとか? 春くんのお弁当が食べられないのは少し辛いなぁ」
「日向は黙ってろ。知り合いがいたような気がしただけだから気にしなくていいよ」
確かセラだっけ?
新しい聖騎士の。
俺は悪魔だからいつか戦うことになるんだよな。
女の子と戦うのはちょっと苦しいな。
ハーレムが難しくなる。
見えないものを気にしてもしょうがないか。
さっさと行って理沙と話そう。
ハーレムのために・・・・・・。
教室に入ると荒野先生が当たり前のように俺の席に座っていた。
何やってるんだ、あの人。
「おはようございます。何か用ですか?」
「おう、まあな。まずはこれだ」
荒野先生が渡してきた紙を広げる。
手紙だ。
内容は人間界に娘を行かせるから面倒をよろしくというものだ。
それが丁寧に書き綴ってある。
最後にミカエルと書いてあるのでお見合いの話も兼ねてると思う。
「この俺の家に住まわせるってことですか?」
「おっ、察しいいな。その通りだ。ミカエルの子を悪魔との和平の象徴にしたいんだとさ。その為に悪魔と仲良くしたいらしいな」
なるほど。
それで人間界か。
いきなり魔界に送るのは嫌だろうな。
「わかりました。ですが、少し手当とか出ますよね?」
「しょうがねえな。ほら、これだ」
荒野先生が出したのは龍のアクセサリーがついたネックレスだ。
いや、手当・・・・・・。
あの食費とか出してくれるわけじゃないんですか?
「なんですか? これ」
「聞いて驚けよ。人工の龍だ。名付けて龍型礼装。機械仕掛けの龍だ」
いや、そういうことを聞いてるんじゃなくて。
天使の面倒を見るってことはそれなりに命を懸けるってことだよな。
その手当が礼装ですか。
なんかおかしいだろ。
「はあ、まあ貰っておきます。使い方は普通の礼装と同じですよね?」
「ああ。それと言っておかなきゃいけないことがある」
荒野先生の声が低くなった。
既に嫌な予感が漂ってるんだよな。
「人間界に悪魔が入ってきた。狙いは・・・・・・確実にお前だ」
また悪魔が来るのか。
そして狙いは俺か。
・・・・・・えっ?
「俺ですか!? えっ? 先輩とかじゃなくて?」
「そう、お前だ。闘技場でのサタナキア、人間界での円卓の騎士団の1人を殺したお前は悪魔の中じゃ地味に有名なんだぜ」
いや、サタナキア倒してないし。
ボコボコにされたし。
それにしても地味に有名って・・・・・・。
俺、もしかして凄いのか?
「それと天界のお姫様が来るんだからな。何らかのアクションは起こすだろ」
「そっちがメインですよね。絶対。オマケじゃないですか、俺」
「当たり前だろ。龍の力を持ってるだけの雑魚に用なんてねえよ」
荒野先生がホワイトボードを取り出して何かを書いていく。
2体の東洋の龍らしきものだ。
蛇にも見えるけど。
1体は真っ黒に塗り潰さて下に呪いと書かれた。
もう1体の方は尻尾に噛みついている絵で無限と書かれた。
「それでだ。そいつの能力なんだが、無限の龍王と呼ばれる龍王の力だ。無限の魔力を持ち、所有者に不老不死すら与えるって言われてる」
「無限の魔力。凄いですね。絶対に尽きない魔力タンクってわけですか」
「不死って方に目を向けろ。殺せないんじゃ勝ちようがないだろ」
荒野先生が呆れたようにため息をついた。
「でも追い返すだけなら簡単ですよね。先輩とか御剣もいますから」
「確かに御剣なら可能性はある。だがオーガスは駄目だな。家の力しか持ってねえ奴に龍が負けるはずがねえ」
「でも先輩は俺なんかより全然強いですよ」
「アザゼル、お客様がお見えになりました。今すぐ部屋に戻ってください」
女の人が横に来た。
見たことない人だ。
別の学年を担当してるのかな。
それにしても見たことないっていうのは凄い。
「わかった。じゃあお前には可能性の話だけをしてやる」
荒野先生がもう1体の真っ黒の龍を叩く。
「不死だろうが何だろうがお前の龍は呪い殺せる可能性がある。あくまで可能性だが俺はそれに賭けてやる。全力でやれよ」
そう言って女の人と教室を出ていった。
「それって・・・・・・俺に丸投げしてますよね!?」
俺の叫びが教室に響いた。
朝の学活で先生が2人の転校生を紹介している。
「リンと言います。ご主人様共々よろしくおねがいします」
栗色の髪を揺らしてリンが頭を使う。
なんで俺もよろしくされないといけないんだ。
そんなことより俺の目はもう1人の転校生に向けられている。
「・・・・・・レナ。よろしく」
紫色の短髪。
前にセラという女の子と出会った。
その人とそっくりだ。
レナと名乗った転校生はただ無表情で淡々と言った。
「「おおおお! 可愛い子が2人も来た!!」」
クラスの男子は歓喜の叫びを上げた。
いや、冷静になってくれ。
あの2人は俺のメイドとお見合い相手だ。
「でも2人も桂木の手垢付きなんだよな」
誰かが言った。
なんだよ、手垢って!
失礼過ぎるだろ!
手出してねぇよ。
男子の喜びが落胆に変わって俺に嫉妬の目が向けられる。
俺は何も悪くないぞ。
勝手に喜んで勝手に落ち込んでるだけだろ。
「・・・・・・君がヴリトラの人?」
レナが近づいて来て口を開いた。
「そうだけど。よろしくな」
「・・・・・・君、変」
会話は一言で終了した。
周りからクスクス聞こえる。
凄い恥ずかしいんだけど。
いきなりお見合い失敗してないか、これ。
昼休み。
先輩や御剣に今朝の話を伝えた。
1人でどうにか出来る問題じゃないからな。
「・・・・・・呼べばいいと思う」
話を聞いていたらしいレナが近づいてきた。
「呼ぶってどうやって?」
「・・・・・・龍同士は共鳴する。力を放出すれば自然に出てくる」
「ここでそれは危険よ。無関係な生徒を巻き込むのはどうかと思うわ」
「・・・・・・無関係な生徒に余計な緊張を与え続けるのも危険だと思う」
先輩がレナに言いくるめられてしまった。
強いな、レナ。
でも確かに良くないよな。
朝の話だと正当法じゃ絶対に勝てないって感じだし。
俺は呪いどころか普通の魔法でさえ特定の条件下でしか使えないポンコツだからな。
勝てない奴がいつ攻めてくるかわからない。
そんな状況が続いたらストレスが溜まるはずだ。
実際、俺は授業に集中出来なかった。
ならこっちから呼んでやるって言うのも一つの手だ。
「僕は反対です。人間界で悪魔が戦うと言うことは聖騎士を呼ぶことにも繋がります。また金曜日のような戦いを繰り返したくありません」
御剣の言う通りだ。
聖騎士を呼んだらもっと大きな戦いになる。
でも俺は────
「俺は・・・・・・戦いたいです」
「春? 珍しいわね。あなたがそんな事言うなんて」
「戦いたいわけじゃないですけど。嫌なんですよね。ずっと見られてるのって。それに────」
龍の力を纏って立ち上がる。
「一応お見合い相手なんで守らなきゃいけないでしょ。それでどうやって放出すればいいんだ?」
「・・・・・・普通に放出すれば大丈夫」
「ちょっと待ちなさい。やるなら放課後の方が安全でしょ」
先輩の言葉を無視して腕に黒炎を纏わせる。
そして集中して周りの空気を感じる。
俺と似たような力を感じる。
この町に4つ。
1つは俺自身。
もう1つは近くにいる。
2つは遠く離れてる。
でも1つは俺と同じ戦闘態勢をとっている。
こんなことまでわかるのか。
龍の力って凄い!
「じゃあ早速・・・・・・」
うわぁ怖ぇ。
ここで死ぬって洒落にならないパターンだよな。
「・・・・・・行かないの?」
「えっ? いや、行くよ。気合い入れてから」
なんとなく引き下がれない空気。
しょうがない。
行く────
「春! 前を見なさい!」
「えっ?」
目の前に剣を振りかぶってる男。
そして剣は俺の首に────
咄嗟に体を屈めて避ける。
首、ついてるよな。
斬られたのかと錯覚するくらいの攻撃。
もうやるしかない!
刀を抜いて悪魔の2撃目に弾く。
「お引き取り願いませんかね。それが一番楽な結果なんだけど」
「ふん。俺が興味あるのは龍だけだ。人間に興味なんてない」
そうかよ。でもここは人間界なんだよ。
お前の興味あるなしなんて関係ない。
お前がいるってこと自体があっちゃいけないことなんだ。
「第一段階」
2本の刀を出して空を飛ぶ。
あいつを見た感じだと龍の力を出してるように感じない。
まあ使ってるんだろうけどさ。
撃ち出される魔法を刀で弾いて剣と打ち合う。
俺とあいつの技量の差は歴然だ。
動きに追いつくだけで精一杯だ。
刀を投げて横に飛ぶ。
目くらましだ。
意識が刀に向いてるうちに死角から黒炎を纏わせた拳を打ち込む。
冷たくて硬い感触が当たる。
剣だ。
死角からの攻撃を剣で止めやがった。
もっと速く。
刀での攻撃を弾かれた。
もっと、もっと速く。
悪魔の腹に拳を回転させながら打ち出す。
手応えがない。
悪魔の腹に蛇が巻きついていた。
俺の拳は蛇に当たって衝撃を殺されたんだ。
「もういい。終わらせてやる。第一段階」
悪魔の腹に巻きついてる蛇が己の尾に噛み付いて姿を変えていく。
白い鎧。
全体的にスリムだ。
でも確かな力を感じる。
俺なんかより遥かに強い。
悪魔から放たれた氷は俺の腕を貫いて消えていく。
腕があった場所から血が溢れ出してきた。
痛てぇ。痛いけど死んでない。
鎧に刀を突き刺す。
それは貫通することなく弾かれる。
なら────
黒炎を纏わせた拳で鎧を砕く。
だが容易く受け止められて顔面に反撃が加えわれる。
よろめく俺に追撃の魔法が撃ち出された。
炎。氷。雷の三属性が俺の体を突き刺して燃やしていく。
「がぁ、ぐうぅ!」
叫びをなんとか堪えて前を見る。
そこに悪魔の姿はなく────
横から首を掴まれた。
その手は強く振りほどくことが出来ない。
ゼロ距離ならなんとかなるかも知れない。
「炎・・・・・・膜────黒剣」
黒炎の小太刀で悪魔の腕を突き刺す。
首の手が弱まって解けていく。
咳き込みながら悪魔を睨む。
既に腕の傷は癒えている。
なるほど。
あれが不老不死の力か。
どうやって勝つんだよ、マジで。
頭を潰せば死ぬのか?
絶対再生するだろ。
『無限の龍王を殺そうなんて考えること自体無理がある。そういうことだ』
頭に龍の声が響く。
うっせ。
じゃあ目をつけられた不運を呪いながら死ねって言うのかよ。
『生きられる術はある。契約すればいい』
契約?
確か上書きって出来ないだろ。
先輩が言ってたぞ。
悪魔の猛攻をぎりぎりで避ける。
全てが俺の体を掠って傷つけていく。
『悪魔なんぞの陳腐な契約と一緒にするな。龍との契約は器なんぞ使わん』
悪魔の拳が俺の腹に突き刺さって学校に叩きつけられる。
背中から嫌な音が聞こえる。
これ、やばいな。
悪魔が壁を滑り落ちる俺を掴んで教室の中へ放り込む。
周りから悲鳴が聞こえる。
もう精神干渉はしてないのか。
『お前の魂を捧げろ。俺の食料となり、俺の糧となれ。そうすればあれを殺してやる』
魂を捧げる?
何言ってるのかわかんないだけど。
勝てるのか?
『俺はお前とは違う。悪魔を殺すことくらい造作もない』
そうかよ、なら。
少しくらいなら食わせてもいいかもな。
「雑魚ばかりだ。アモンの力もこの程度か」
先輩たちが白い蛇に拘束されている。
多分、俺のせいだ。
体を踏まれて首に剣を突きつけられる。
「終わりだな」
顔に水が垂れてきた。
俺の首の前に手が出されている。
その手の主は涙を流して痛みに耐えている。
「理沙、なんで・・・・・・」
「痛いけど、春が死ぬのは嫌だもの。だから・・・・・・えへへ」
なんでこんな状況で笑えるんだ。
そんなことより────
悪魔が剣を振り上げる。
このままじゃ2人で死ぬ。
「アモンの力はこの程度? 舐めてくれるじゃない」
低く、そして感情を剥き出しにした先輩の声。
先輩の体が黒く変色して六対の黒い羽を生やしていく。
「見せてあげるわ。アモンの力!」
先輩の拳と共に炎が振るわれる。
それは簡単に悪魔の体を吹き飛ばして外に追い出した。
「すげえ。あれが先輩の力」
「そんなことより傷を手当しないと」
「いいから。理沙は自分の手をなんとかしな」
俺はやらなきゃいけないことがある。
契約。
魂を食わせればもっと強くなれる。
でもそれは俺の死を意味する。
頭を横に振って悪い考えを振り切る。
俺は決めたんだ。
自分を大事にするって。
こういう時は冷静になってハーレムのことを考えよう。
そうだ、今なら言えるかも。
どうせ死にかけてるし、恥ずかしいとか言ってる場合じゃないもんな。
「理沙。俺、帰ってくるから。だから俺と付き合ってくれないか?」
理沙は驚いたように目を見開いてから大きく頷いた。
「よっしゃ、勝つぞ。思いつかないけど」
チャリっと足元で何かが落ちた音がした。
龍のアクセサリーがついたネックレスだ。
そういえば人工の龍だっけ? これ。
なら・・・・・・使えるんじゃないのか。
ネックレスを拾って魔力を流す。
見た目の変化はない。
でも音がする。
耳に響くのは鎖の音だ。
俺の体を縛るように体の周りから聞こえる。
頭に響くのは歯車の音。
俺の中で何かが噛み合うような音がする。
『認証完了シマシタ』
「えっ?」
無機質な声と共にネックレスは弾けて消えていった。
そして頭に文字が浮かぶ。
「二重起動────第一段階」
俺の体は黒い炎と真っ黒の鎖に包まれた。