嘘と本音
「ずっと好きだったんです。初めて出会って約束してくれたあの日から。あなたは私を引っ張ってくれて助けてくくれました。だから」
「ごめん。俺、桜とは付き合えない」
桜の声を遮って言う。
さっき決めたばかりだ。
理沙と付き合うって。
あと俺は桜とそういう関係になったら駄目なんだ。
「俺、理沙と付き合うんだ。色々考えたんだけどさ。白も懐いてるしいいかなって」
桜は何も言わない。
でも啜り泣くような声は聞こえる。
「ほんとにごめん。色々してくれたのに」
そう言って桜の部屋から離れた。
「白、そろそろ寝る────」
「あっ?」
居間に戻ると日向や白の姿はなくて代わりに和樹さんがいた。
「なんでもないです。おやすみなさい」
「待て」
部屋から離れようとしたら呼び止められた。
「なんですか?」
「腹が減った。なんか作れ」
自分で作れよ。
とは言えないのが悔しいな。
泊めてもらってるしそれぐらいやるか。
「わかりました。少し待っててください」
台所に移動した。
作ったのは簡単なロコモコだ。
味は保証しない。所詮時間勝負だ。
「じゃあここに置いときますから」
テーブルに置いて居間から出る。
和樹さんは基本的に家事はしない。
本人いわく俺は働いてるからお前らは家事をやれってことだ。
でも稼いだ金は全て自分で使ってる。
桜や百合さんは大変な思いをしてるのに本人はこれだからな。
まあ他人の家に口出しできるほど余裕ないんだけどな。
部屋に戻ると携帯が光ってた。
メールが一件。
白は日向と一緒に寝るという内容だ。
さっきのことを思い出した。
あれで良かったんだよな。
桜をフッて。
泣かせた。
考えてもわからないな。
こんな時に相談できる相手がいればいいんだけど。
いや、いる。
1人、桜と似た考え方の女の人が。
決めたけど、泣いて欲しくないから。
部屋に行こう。
百合さんの元へ。
百合さんは部屋で本を読んでいた。
何故か恋愛小説だ。
好きなのかな。
「どうしたのですか? もう寝たほうが良いと思いますが」
「少し話したいことがあるんです。いいですか?」
「しょうがないですね。子供の相談を受けるのも親の役目でしょうから」
百合さんは微笑んでくれた。
それだけで何でも話してしまいそうになる。
本物の母さんみたいだ。
桜の告白のこと理沙のこと。
人間として死んで悪魔になったこと。
全部話した。
悪魔のことは隠しても良かったんだけど聞いてみたかったんだ。
悪魔のことをどう思ってるか。
「大体わかりました。まずあなたが悪魔になっていたことは驚きました。ですが変わることはありません。春は春です。大切な私の息子です」
百合さんが微笑んで言った。
あれ? なんかウルッてきた。
言葉では表せないくらいの感動だ。
「そしてもう1つ。桜のことです。あなたはどうしたいのですか?」
「えっ? それってどういう意味ですか?」
「桜と理沙さんという女性のことです。あなたは理沙さんを選んだから桜をふったのでしょう? ですがあなたは迷っている。ということは桜に好意があるということではないのですか?」
痛いところを突かれた気がする。
理沙のことが好きじゃないわけじゃない。
付き合ってたら他の奴に告白されても速攻で断れる自信がある。
でも相手は桜だ。
桜は例外なんだ。
俺にとって桜は白の次に大切な存在。
守らなきゃいけない人なんだ。
なんとなくわかる。
これは恋愛じゃない。
だから迷っているんだ。
桜が告白してくれた。
それは俺と付き合ってもいいということ。
俺を許してくれるってことだ。
理沙はずっと待っててくれた。
白も懐いてるし、頭もいい。
ルックスに関しては最高レベルのものだ。
なんで重なったんだよ。
いや、重なったわけじゃないけど。
「今更ですがふったのでしたら気にする必要ないのではないのですか? ふった後に色々されると迷惑ですよ」
「そうなんですか? アフターケアとかいらないんですか?」
「ふられた相手にアフターケアされると傷が深まると思うのですが違うのですか?」
言われてみれば確かにそうだ。
じゃあ気にしなくていいのか?
なら最初から結果出てたんだ。
「ありがとうございます。なんとなくわかりました」
頭を下げて部屋を出る。
もう考えたって手遅れなんだからしょうがない。
決めたんだから突き通せばいい。
次の日の4時だ。
目覚ましが鳴り響いて起きた。
ああ、なんでこんな時間に起きたんだよ。
2度寝なんてしたら朝ごはん作れなくなるしな。
しょうがない。散歩でも行くか。
部屋を出て適当に歩みを進める。
桜の家は広い。
お屋敷みたいだ。
しかも道場まである。
こうやって歩いてるだけで探検気分だ。
昔はここで探検ごっことかしたんだよな。
懐かしい。
道場だ。
ここには嫌な思い出があるんだよな。
剣道をやって桜にボコボコにされたとか。
今なら勝てるかな。
無理だな。絶対に。
何気なく引き戸を開けてみる。
鍵が閉まってると思っていたけどすんなり開いた。
中は汗の匂いが篭っていて女の子の声が響いていた。
道場の真ん中で桜が素振りをしてる。
よくわからないけど綺麗だ。
素人目だけど毎回全く同じように振られてるように見える。
等間隔で聞こえる床を踏み込む音。
見とれていた。
竹刀を振る桜の姿に。
興奮なんて覚えない。
ただ美しいと思った。
飛び散る汗の1つさえも。
「って馬鹿か!」
壁に頭突きして目を覚ます。
何してんだ、俺は。
理沙と付き合うんだろ。
なら、綺麗だ。とか美しい。とか思ってる場合じゃないだろ。
今の頭突きで桜に気づかれたみたいだ。
桜が駆け寄ってきて心配そうに見つめてくる。
「大丈夫ですか? 頭」
どっちの意味で?
ついに馬鹿になったってこと?
確かに馬鹿だけどそこまでおかしいか、俺の頭。
「ああ、いつも通り正常だ」
「あなたの頭からはいつも血が流れているのですか?」
「えっ? ほんとだ!」
おでこを撫でると血がついていた。
頭突きしただけで血が出るのか。
怖っ。道場怖っ!
「ほら、じっとしててください。絆創膏を貼りますから」
桜に絆創膏を貼ってもらった。
「ありがとう。ああ、そうだ。ちょっと来てくれない?」
少し離れた桜を寄せる。
「何故ですか? 今は汗臭いので近寄りたくないのですが」
「大丈夫。道場の中は全体的に臭いから」
「なっ! 本当ですか? ああ、夜だからという理由で閉め切るのはよくありませんでしたね」
窓を開けに行こうとする桜を抱きしめる。
「な、何をしているのですか!? あなたは!」
「なんかわかんないけどしたくなった。嫌ならごめん」
「嫌ですよ。あなたは昨日・・・・・・」
手を離して笑う。
「そうだよな。ごめん。じゃあ朝ごはん作るから。じゃあな」
道場を出ていく。
扉を閉めて目の前の木を見つける。
そして────
「馬鹿か、俺は!」
頭突きをする。
痛てぇ。また血が出たな。
でも気にしない。
どんだけ意志弱いんだよ。
ほんとに可愛ければ何でもいいのか?
それは違うだろ。
ちゃんと考えて決めたんだ。
ならしっかりしろよ、俺!
「ふう。走るか」
気分転換は大切だと思うからな。
走ることにした。
走って感じることといえば悪魔って凄いなってことぐらいだ。
人間だった頃より全然早く走れる。
龍の力を使ったら尚更だ。
さすがに車は負い抜けないけど自転車くらいならいける。
向かってくる自転車と走ってる人を敵の攻撃を見立てて避ける。
体を捻って、横に飛んで。
そして目の前に飛んできた腕を屈んで避ける。
って腕!?
「誰だ!? ラリエットしようとしたの」
「桂木君がいろんな人に迷惑かけるからいけないんだよ」
後ろにいたのは御剣だ。
イケメンはジャージ姿でもかっこいい。
なんかムカつく。
迷惑って・・・・・・。
自転車をぎりぎりで避けてただけだろ。
・・・・・・うん、迷惑だな。
「ごめん。思ったより動けてさ。調子に乗っちゃった」
御剣がため息をついて俺に木の棒を渡してきた。
「ならこれで遊ぼうか」
棒と遊ぼうをかけたギャグか。
うん、面白くない。
まあそんなことは置いといて。
「よし、乗った。じゃあ河原に降りようぜ」
遊ぶことになった。
木の棒を構えて御剣と対峙する。
互いの息を殺して・・・・・・駆け出す!
互いの木の棒がぶつかって軋む。
「甘いよ、桂木君」
御剣が手から炎を出して俺を定める。
「すぐに出さない時点でお前も甘いな」
御剣の手を掴んで俺から逸らす。
御剣の炎は川に飛んで消えていった。
木の棒に水を纏わせる。
水の刃を持った木の棒は御剣のそれを切り裂いていく。
そしてそのまま左から逆袈裟懸け────。
したが御剣の姿は消えている。
あの一瞬でか!
「はい、死んだ。残念だね、桂木君」
トンッとうなじを木の棒で叩かれた。
負けたか。
「少しくらい手加減してくれてもいいんじゃないか?」
「したつもりだよ。桂木君が迷ってるから攻撃も読みやすい。意識も外に向いてるしね」
マジかよ。
あの少しの時間でわかるのか。
やっぱり御剣って凄いな。
「悩み事なら聞くよ。助け合うんでしょ?」
「悩み事って言うか。俺自身のことがわかんないんだ」
御剣に昨日のこととさっきのことを話した。
「まあドキドキしちゃうよね。水無月さんって凄く綺麗だから」
「知ってるのか? 意外だ。御剣はそんなことに興味無いと思ってた」
「水無月さんは僕のクラスでも有名人だよ。才色兼備の名が似合う子だからね。成績はトップクラスで部活は全国大会で上位を取るレベル。しかも掛け持ちしていて・・・・・・だ」
改めて聞くと化け物だな。
掛け持ちしてて2つとも全国大会上位って。
しかも成績もトップクラス。
俺とは天と地の差があるぞ。
それだけじゃない。
平日は俺の買い物に付き合ってくれてるから部活は早退してるんだ。
ありえねぇ。
「そして卯月先輩も才色兼備の女の人。成績はトップ。部活こそやってないけど体育の授業で運動神経の良さはわかる。生徒会長をやっていて学校での信頼は大きい」
こっちもこっちで凄い。
中学の頃が嘘みたいだ。
ほんとに頑張ったんだな。
「桂木君モテモテだね。いきなり2人から告白されるなんて。他の男子からは嫉妬されるんじゃないかな」
「そんなものは慣れたよ。それでイケメンならどうするんだ? この状況」
御剣は少し考えてから言う。
「僕なら2人とも断るよ」
さすがイケメン。
相手も相当レベルが高くないと駄目なのか。
理沙と桜でも駄目ってどんだけレベル高いの求めてんだよ。
「かっこいいと言うことが違うな。褒めまくってたのに振るのかよ」
「違うよ。僕には付き合えない理由があるだけ。桂木君はどうしたいの?」
「それがわかんないから悩んでるんだよ」
今朝のことさえなかったら理沙に決めてたのに。
あんなの見たら・・・・・・。
「桂木君、好きな人に好きだって言うのは間違ってるのかな?」
いきなりなんだ?
御剣は遠い目をしてる。
「それは間違いじゃないだろ。好きだって言われて嫌な奴はいないだろうし」
「なら、桂木君もそうしたらいいんじゃない償いとかそういうことは抜きにして素直に言えば良いと思うよ」
「素直に・・・・・・か」
前に桜には償わなきゃいけないって言った。
でも・・・・・・。
「ああもう! めんどくせえ! 御剣、もう一回やろうぜ。なんか動きたい気分だ」
「しょうがないな。じゃあ本気でやろうか」
御剣が魔方陣を描いて剣を取り出した。
じゃあ俺も本気でやるか。
「第一形態」
体を黒炎が包んで着物と2本の刀を形作る。
「じゃあ始めようぜ!」
河原に鋼がぶつかり合う音が響いた。