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エピローグ





「なんスか・・・・・・あれ」


空を飛ぶ火野村先輩を見て菊城が呟いた。気持ちは分かる。俺も何も知らなかったら同じ反応してたと思うから。

先輩が一瞬、俺を見たような気がする。そして一気に空が真っ赤に染まった。

炎が闇を飲み込む。文字通り燃えた空が赤い雨を煙に帰していく。

その明らかにおかしい状況に言葉を漏らす。


「は、はは・・・・・・。すっげぇ」


見とれてしまうくらいに鮮やかだ。絶対に有り得ない空。

降り注いでくる炎の雨は暖かくて、温かい。迫っていた死の予感を取り払う。


「不思議ッスね。あの炎。家を焼かない。まるで空にいる何かの意志が反映されてるみたいっす」


菊城が周りを見回して言った。

言われてみれば確かにそうだ。家に当たった炎はすぐに塵に消えてしまう。木を燃やすことなく、ひたすらに空を食っている。


「あれも・・・・・・悪魔なんスね」

「ああ。すごく綺麗だ」


菊城と二人。空を見上げていた。

明らかに何か起こってる異常。目の前の空で分かる自分との差。

遠くて、遠くて、どんなに手が届かない。

ガラスの割れる音が響く世界で俺はきっと・・・・・・涙を流していた。







何度叩き切ってもつかない切り傷。

流石にこれは反則でしょ。そう言いたくなるような敵が目の前にいる。

そうアマイモンだ。

舞い散る炎の中、僕────御剣悠はボロボロになった剣を握る。


「まだ生きてるか。アモンとはしぶといな」


機械が喋ってるかのような淡々とした声。本当に癇に障る。

瞬時に距離を詰めて斬撃を繰り出す。だが、岩肌の前に弾かれるだけ。通用しない。


「剣聖の妙技もここまでか? 受けてみれば大したことのない。期待外れだ」

「だから・・・・・・その名前は嫌いだって言っている!」


体に入る力とは裏腹に無慈悲に弾かれる剣。

本当は使いたくないけど仕方ない。奥の手を────


「そこまで」


僕の手を炎の手が掴んで止めた。

僕の力の余波を受けない為だろう。炎を纏ったお兄様が真剣な表情で僕を見ている。


「君の力は君自身にも危害を加えるものだ。使わないようにって言ったはずだよ」

「分かっています。でも、使わないといけない状況に陥りました。ですから────」

「ちょっと前までの君なら「使わないといけない状況」なんて言わなかったのにね。眷属くんの影響かな?」


そこまで言われて気付いた。

確かに、少し前までの僕ならこんなことはしなかっただろう。勝てない敵でも機を伺って不意打ちで殺す。そうして今まで生きてきた。

それなのに今は・・・・・・。


「ふふ。さて、次は君だ。アマイモン。立ち去ってくれる気はないかな?」

「くくく、アモン。貴様程度が私に立ち去れと?」

「ええ。大人しく去ってくれれば君の失態も結界の破棄だけで済む」


お兄様の不敵な微笑みと共にガラスが砕ける音が空に響く。闇が晴れた・・・・・・?

もしかして力押しで結界を破壊した!? 内側から破壊するなんてほぼ不可能とまで言われてる芸当を、火野村さん一人で?


「僕の弟と妹は優秀でね。死んだフリをしてから結界の穴を探すなんて人並み外れた行動を当たり前のようにこなせるんだ。このまま人間界に滞在するというなら・・・・・・」

「確かに、これは消えた方が良さそうだ────が、すぐに戻ろう。貴様らの主を連れて。血湧く最終決戦というところか」


無機質な声に少しだけ嬉しそうな声が混じる。

そして、魔法陣の光に消える土人形を確認した僕達は落ちる火の粉の中、目立たないように地面に降り立った。


「そういえば彼、焔くんがいませんね」

「シーザスは眷属くんを助けに行ったよ。死にかけてるからね」

「また無茶したんですね、桂木くんは。本当に、危なっかしい人だ」

「それは人のこと言えないんじゃないかな? それと危なっかしいのは眷属くんの持ち味だからね。彼は前だけ見て走ってるのが似合ってるよ」


桂木くんは少しずつだけど認めてもらってるらしい。それはお兄様の様子を見れば一目瞭然だ。

普通なら妹の眷属の世界の為にわざわざ動いたりはしない。

確かに彼は不思議な人だ。何度打ちのめされても立ち上がって奇跡を掴む。

その姿はお世辞にもかっこいいとは言えないけど、自分にはない何かを感じられる。


「ところでシーザスのこと、焔って呼ぶことにしたんだね」


お兄様のイタズラっぽい笑みが僕の前に炸裂した。

これも考えてみれば彼の仕業だ。彼がいたから少しだけ信じてみようと思えたのかもしれない。

お兄様には照れ隠しのような作り笑顔でこう返す。


「そうですね。一応友達になりましたから」


これは今まで嘘で塗り固めてた僕の紛れもない本心だった。






翌日。

昨晩にフェニックスの血を飲むって荒治療を受けた俺はピンピンして学校でうだうだしている。

昨日の戦いのせいか体が怠くてしょうがない。頭がボーっとして視界がグニャってなってる。


「春くん」


机に伏せていた俺に日向の声がかけられた。


「んー? 今死にそうなんだけど」

「一昨日の話どうする? 昨日はそれどころじゃなかったけど今日なら行けるよ?」


一昨日? 昨日?

あー。火奈のことか。行かないといけない。昨日のこともある。色々話を聞かないと・・・・・・。

グダる体に鞭打って立ち上がる。


「よし、行こうぜ」


欠伸を交えながら日向に言う。そして、一年の教室へと足を運んだ。


一年の教室を覗いてみると笑う火奈が視界に入った。

相手は由紀と水奈だ。

とりあえずは友達が出来たらしい。あとは苛めのことだけど。何とか一歩踏み出せた。

俺を見つけた火奈が駆けてくる。


「春くん! えへへ、こんにちは」

「ああ、こんちわ。友達できたみたいだな」

「うん! まだ一人だけだけどね」

「それでも十分だろ。猫と話してた時と比べたら随分と進歩してるよ」


火奈の頭を撫でる。

重い体に火奈の笑顔が眩しい。何故か疲れが吹っ飛んでいく気がした。女の子は偉大だ。


「えへへ。あのね、あのね。春くんに言われたこと考えたんだ。だからね、お兄ちゃんにあった時、いっぱいお話できるようにいっぱい遊ぼうね!」


キラキラとして笑顔を繰り出し続ける火奈。

ちょっと眩しすぎるな。もうこいつを苛める奴がいるなんて信じられないぞ! この日々の疲れまで吹っ飛ばしたこの子の良さが分からない人間がいるのかよ。

例えるなら猫。そう! 猫が擬人化したような感じだ。何を言い出すかは分からないが、ウリウリして可愛い。

外見もそうだが、性格も明るい。そして何よりも防御が薄くてドキドキするのがいい。ちょっと危ないけどいい!


「ああ、そうだな。いっぱい遊んでいっぱい笑おうな」

「うんうん。じゃあね、早速遊ぼ! ほら、早く」


火奈に手を引っ張られて椅子に座った。

隣にいる水奈が小さく会釈する。


「ありがとうございました。その、私、嫌なこと沢山して・・・・・・。でも、大切なことに気付けたから」

「ん? そうか。よく分からないけど良かったよ。水奈の力になれてさ」


トランプを配る火奈を尻目に水奈が言う。


「私、ずっと嫌だったんです。お兄ちゃんに可愛がられる火奈ちゃんが。ずっと好きだって言ってたのに無視するお兄ちゃんが。だから、色々嫌がらせしちゃった。火奈ちゃんには許してもらえる分からないけど謝りたいな・・・・・・」

「なら、謝ればいい。火奈はほら、あそこで覗いてる馬鹿と似てるからさ。ちゃんと謝れば許してくれるよ」


親指で未だ教室の外にいる日向を指さした。てか、あいつを連れてこないと作戦台無しだ。

後ろに手招きして日向を教室に入れる。


「こいつも混ぜていいかな?」

「あはは・・・・・・。よろしくお願いしまーす・・・・・・」


予想外の展開に日向のテンションも少し低い。というより戸惑ってるみたいだ。

俺も正直かなり戸惑ってる。思ってたより状況が全然違うんだから。


「うん、一緒に遊ぼ!」


流石だ・・・・・・。トラウマを乗り越えた火奈は昨日までの火奈と違い過ぎて頭が痛くなってきた。

目の前にいる由紀の顔はやつれて疲れてるように見える。

ああ、そういうことね。今日一日火奈は頑張ってるみたいだ。いきなり大人数に突っ込むのは難しいから一人だった由紀から話しかけて・・・・・・今に至ると。

心底楽しそうに笑う火奈。

仕方ない。少しだけ付き合ってみるか。まだ依頼も終わってないんだから。


「よし、ババ抜きね!」

「また? 他にやることないわけ?」


同じ数字の札を捨てた火奈に由紀が嘆息して問う。もしかして・・・・・・


「火奈。ババ抜き以外のトランプゲーム知ってるか?」

「知らないよ?」


うわぁ。なるほど、疲れるわけだ。

今までずっとババ抜きかよ・・・・・・。


「おっし! やってやろうじゃねぇか! 何回でも付き合ってやるぜ!」


手札を整えて構える。

それからずっと昼休みはババ抜きを繰り広げていた。






放課後。

昇降口に誰かを待っている桜を見かける。

普段なら部活に勤しんでる桜がこんな所にいるのは珍しい。


「何やってんだ? また部員に怒られるぞ」

「すぐに行きますよ。でも、あなたに話があったんです」

「話? 桜が部活よりも優先したい話なんて珍しいな。電話じゃ駄目だった?」

「はい。これはちゃんと話さないといけないことですから」


桜の顔が少しだけ赤く見えた。

それは夕暮れのせいなのかは分からない。でも、真剣な話なのは分かる。


「あの、ですね。私は・・・・・・春と出会えて良かったと思っています。あの時、あなたが私の手を引いてくれなかったら私はお人形のままだったと思いますから」


桜は目を伏せて話し出す。

いつもの桜からは考えられない言葉の列が続く。


「あなたと一緒に見た景色は驚きの連続でした。イタズラをして怒られたり、高い木に登って降りられなったりと」

「ははは。あったな、そんなこと。今見るとそんなに高くない木なんだよな、あれ」

「はい。そして、いつからか私はあなたといることが当たり前になりましたね。ずっと一緒にいて、遊んで、怒って、喧嘩して。とても、とても充実した毎日でした」


桜の様子がおかしい。

何で昔話してるんだ。それはいい。でも、桜は何かを抑えるかのように胸に手を置いている。

そして、何か言いたそうに俺をじっと見ている。その瞳は少し潤んでいた。


「怖かったんです。日向と、私と、春の三人が離れてしまうことが。だからずっと我慢してました。春と同じように幼馴染みだって嘘をついて。目を逸らしていました」

「おい、桜?」

「でも、もう駄目なんです。怖くて、辛くて、痛くて、切なくて。だから今日ここで言おうって決めました。私はあなたのことが────」

「はーるーくーん! ドーン!」

「おわっ!」


いきなり背中に覆いかぶさってきた火奈によって桜の言葉が掻き消えた。

本当に火奈は・・・・・・。ったくしょうがないな。


「どうしたんだよ? あといきなりは驚くからやめてくれ」

「えへへ。ごめんね。あのね、あのね! 水奈ちゃんがお話したいって、ボクに」

「あー、うん。で? 俺に飛び込んできた理由は?」

「見かけたから!」

「おいおい、そりゃないだろ・・・・・・。っと、それで?」


桜へと向き直ると桜は顔を真っ赤にして手を振った。


「いえいえ! 何でもないです! 何でも・・・・・・ありませんから」

「いや何でもないってことは無いだろ。だってさっき────」

「もう部活にいかないといけませんから! また明日にでも」


俺の声を遮って何処かに走り去っていく桜。

消えた桜を見送って俺と火奈は顔を見合わせる。


「なにかあったの?」

「さあ? よく分からん。ま、明日になれば聞けるし、今日は水奈に会いに行こうぜ」


頷いた火奈と一緒に学校の中に戻った。





一年の教室に水奈はいた。

特に何をするわけでもなく、ずっと俯いている。

教室の外で立ち止まってる火奈の背中を押して教室に突っ込む。

音で気付いたんだろう。水奈は顔を上げて少しだけ微笑んだ。


「あのね、火奈ちゃん。私、謝りたいことがあるの」

「うん」

「私、ずっと火奈ちゃんが憎かった。お兄ちゃんに構ってもらえてたから。火奈ちゃんばっかりで私のことを無視してたから。それで酷いことしちゃった。ごめんね、ごめんね」


それからずっと繰り返される謝罪の言葉。そして火奈はそれを無言で受け止め続けていた。





数日が経って、火奈への苛めが少し落ち着いてきた日のことだ。

火奈が俺の教室に顔を出した。


「こんにちは、春くん」

「おー、どうした?」

「えへへ。前の先輩のお話聞けたかなって」

「前の・・・・・・? あー! 桜の話か。忘れてた」

「そこはもっとちゃんとしようよ・・・・・・」

「ま、まあそれは後で聞くとして。本当にそれだけが用なのか?」

「ううん。お礼が言いたかったんだ」


火奈は小さく微笑んで言う。


「お姉ちゃんはね、最後の家族だったから仲良くしたかったんだ。だからね、今が凄く楽しくて嬉しいの」

「そっか。なら良かったよ。俺は何もしてないんだけどさ。結局美藤先輩は普通に良い人だったし」

「あ、話したんだ」

「謝りに行ったんだよ。巻き込まれただけだったし、しかも適当なこと言って困らせたし」

「あはは、ごめんね。うちのお姉ちゃんが迷惑をかけました」

「いや、美藤先輩に至っては俺が悪いだけだから」


ほんっと噂に踊らされて馬鹿なことをした。次はもっと冷静に動かないとな。もう二度とやんないけど。


「えっと、ありがとうございました。先輩のお陰ですごく助かりました」


火奈が頭を下げる。

とりあえずは依頼も解決した。思ってた形とは違うけど全部終わったんだ。

終わったはずなのに────


「で、アマイモンはどうすんだよ」

「倒すよ。次は倒す」

「近い内に戻ってくるらしいわ。作戦会議ね」


あーだこーだ言ってる悪魔三人を見てるとまだまだ終わりそうもない気もしてくる。

当の俺といえばアスモデウスを倒したお陰で戦う気なんて殆どない。

明日からはまた人間としての日々に戻れそうだった。

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